シンが星影団に入団して早一週間。今日は拠点近くにある川のほとりで、それぞれ鍛錬に励んでいる。
僕とクラルスは弓の練習、シンはスレウドさんと手合わせをしていた。
弓を扱うのは王都にいたとき以来だ。
僕の位置から二十歩ほど離れたところに印のついた板が立てかけてある。
狙いを定めて、つがえている矢を放つ。目標の印より少し外れて板に突き刺さった。
「久しぶりだと精度が落ちるね」
「リア様でしたら、あと何本か射れば感覚を取り戻しますよ」
クラルスに場所を譲って彼が矢を射る。空気を裂く音とともに、矢は印の中央へ吸いこまれるように命中した。
「クラルスの腕は鈍ってないね」
「まだ的は動いてませんから。ロゼ様は目標が動いていようが、急所を射ぬいていましたからね」
「……ロゼ。無事かな……」
ロゼはあの日の夜以来、姿を見ていない。今も彼女の安否は不明のままだ。悪いことを考えてしまう頭を横に振る。
「ロゼ様と再会したときに成長したお姿を見せてさしあげましょう」
「そうだね。ロゼに再会したとき、恥ずかしくないようにするよ」
不意にシンとスレウドさんのほうを見やると、激しく剣を交えていた。
シンは果敢に攻めているがスレウドさんは彼の斬撃を軽く、いなしている。
「シン。頑張っているね」
「剣術はなかなかだと思いますけど、まだ本調子ではなさそうです」
シンは数ヶ月間、食事も睡眠もまともに取れていなかったので体力が落ちているとぼやいていた。
スレウドさんはシンのほうへ踏み込み、彼の剣を弾いた。剣が宙を舞い、地面へと落ちる。
「シン。始めたころよりはよくなっているが、途中から攻めかたが単調になってたな」
「スレウドはまだ俺の観察している余裕あるのかよ」
シンは愚痴をこぼしながら地面に座り込んだ。
「俺に勝つにはあと四年後だな。またいつでも相手してやるよ」
スレウドさんはシンの頭を乱暴になでると、拠点へと戻っていった。僕たちは座っている彼の元へいく。
「シン。おつかれさま」
「体力も剣術も落ちていてなかなか上手くいかないな……」
「シンはすぐに感覚を取り戻せるよ」
「とにかくやるしかないか……」
シンと何度か手合わせをしているのだが、僕のほうが勝率が高い。クラルスには一度も勝てたことはなかった。
彼は日を追うごとに感覚を取り戻しているので、時間が解決してくれるだろう。
シンはぐっしょりと汗をかいており、前髪から雫がぽたぽたと落ちている。
「リアとクラルスって弓も使えるんだな」
「うん。将来、父上の地位を引き継ぐことになっていたから、いろいろ習っていたんだ」
「リア様は幼いころから剣術、体術、槍術、弓術、馬術を習われていましたよ」
「えっ……。それなのに筋肉つかないのか?」
痛いところを彼は指摘してきた。まだ細身だけど、これから成長すると信じたい。
クラルスは僕の護衛になってから、弓術と槍術を習い始めた。ふたりでロゼとクルグに厳しく指導されていたなと思い出を振り返る。
シンは水筒の水をすべて飲み干すと、時間は早いが浴場へ行くそうだ。僕とクラルスも一緒に浴場へ行くことにした。
脱衣所へ入るとまだ誰も利用しておらず、貸し切りだ。服を脱いで髪留めを外したとき、シンの視線に気がつく。
「シン。どうしたの?」
「リアの髪、長くて邪魔じゃないか?」
「幼いころからこの長さだったから、なれているよ」
何歳のときなのか忘れてしまったが、一度だけ母上と父上に髪を切りたいと相談したことがあった。毎日の手入れが大変という理由だった気がする。
そのとき一緒にいたセラが嫌がり、大泣きをしたので以来髪を切ろうとはしていない。
ルナーエ国の古い言い伝えで、綺麗な長髪には精霊が宿るという話がある。女神アイテイル様も綺麗な白銀色の長髪だったそうだ。
「……後ろから見ると、おん……」
シンはそこまでいうと口をつぐんだ。女の子みたいと言おうとしていたのだろう。
ミステイル王国の王都へ行ったときもそうだったが、たまに性別を間違えられる。シンは僕が嫌がると思って言葉を止めたのだろう。
浴場に入り、汗を流しているふたりを横目で見る。クラルスとシンの筋肉がついた身体がうらやましい。自分の貧相な身体が恨めしく思う。武術で腕力が必要なことも多いので、早く成長してくれないかと願うばかりだ。
浴場から出ると食堂から美味しそうな匂いが漂ってくる。料理は素朴で優しい味がして、毎日献立を見ることが楽しみだ。
お腹を空かせている団員たちは、早めに席へついている姿が見えた。
食堂の席は限られているので、僕たちはいつも寝泊まりしている家で食べている。
「おぉ! いい匂い! 今日の夕飯は何だ?」
「さつまいものご飯、鶏肉と野菜の煮込みですね」
シンはクラルスから献立を聞くと早く食堂へ行こうと急かした。
夕食を食べているとシンの様子がおかしい。さきほどから煮込みに入っている緑の野菜をよけている。嫌いなのだろうか。
「シン。その野菜嫌いなの?」
「少し苦手……」
「食べてあげようか?」
僕は嫌いなものは特にはない。シンに残されてしまうくらいなら食べてあげようと思った。
その会話を聞いていた、クラルスは制止する。
「栄養を考えて作られているのですから、食べないとだめですよ」
「クラルスは俺の親か!?」
「選り好みしないリア様を見習ってください。将来、リア様のほうがシンより大きくなるかもしれませんね」
その言葉を聞いたシンは僕のほうを見て真顔になる。
突然、端によけていた緑の野菜をかき集めると大口を開けて食べた。そんなに僕がシンより大きくなるのが嫌なのだろうか。
「……やっぱり苦い」
「シン食べられたね! えらい、えらい!」
彼を褒めると、顔を真っ赤にしていたので思わず笑ってしまった。シンが星影団へ入団してから僕たちの家は賑やかになった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!