プリムスの伝承歌

-宝石と絆の戦記ー
流飴
流飴

第10話 転機-Ⅱ

公開日時: 2020年11月15日(日) 22:30
更新日時: 2021年10月30日(土) 02:02
文字数:2,380

「クラルス。みんな、無事だよね……」

「えぇ。リア様。早く陛下と騎士団長様の元へ参りましょう」


 僕たちは階段を駆けあがり、二階の廊下へと足を踏み入れた。

 そこには遊びつくされた人形のような騎士たちの亡骸なきがらがいたるところに転がっている悲惨な光景。

 あたりには、むせ返るような血の臭いが充満しており、思わず手の甲で鼻をおおった。


「酷い……」

「これは……異常です。とにかく急ぎましょう」


 騎士たちの亡骸を避けながら廊下を走ると、ようやく謁見室が見えてくる。

 扉は開いており、かすかに声が聞えてきた。

 僕たちが室内へ飛び込むと、そこには信じがたい光景。


 ミステイル王国兵に囲まれている父上と星永せいえい騎士数名。皆、血まみれになっている。

 母上は星永騎士たちに守られていた。


「は……母上! 父上!」


 声を上げると、ミステイルの兵士たちが振り返る。それと同時に父上と星永騎士がミステイルの兵士たちに斬りかかり、乱闘になった。

 室内が怒声と悲鳴が交錯し、血の臭いに満たされていく。

 僕たちに襲いかかってきた兵士はクラルスが応戦をして、息の根を止めていった。

 ミステイルの兵士が皆、床に倒れたところを見計らい、母上と父上の元へ駆け寄る。


「母上、父上! 無事でよかった……」

「リア! どうしてここへ! 伝令と会わなかったのか?」

「う……うん。会ってないよ」


 どうやら父上は伝令の者を僕たちへ送っていたようだ。ここへ来るまでに会わなかったので、すれ違いをしてしまったのかミステイル兵に手をかけられたのかもしれない。


「急いで城から脱出するんだ。セラにも伝令を送った」

「えっ……! どこへいけばいいの……」

「一番近い街でかまわない。不安なら少し遠いが原石神殿へ行くといい」


 城から逃げろとは異常事態。滞在している騎士たちでは対応できないほど深刻な状況なのだろう。


「父上と母上はどうするの!?」


 母上は強い口調で答えた。


「私たちはこの国の女王と騎士団長。騎士や民を置いて逃げるわけにはいきません」

「で……でも……」


 僕の言葉をさえぎるように、父上はクラルスへ言葉を投げかける。


「クラルス。ここまで息子をよく守ってくれた。そして命令だ。今すぐリアを連れて逃げろ」

「騎士団長様っ……」


 そのとき、乱れた足音が謁見室へ近づいてきた。父上たちはすぐさま警戒態勢に入る。

 そして、暗闇から響いてくる聞き覚えのある声。


「ちょうどいい。手間が省けました」


 謁見室に兵士を連れてやってきたのは、ミステイル王国の第二王子ガルツ。

 彼が城を襲った首謀者に間違いないだろう。父上と星永騎士は僕と母上を守るように前へ出た。

 ガルツは冷たい瞳で母上を見据える。


「アエスタス女王陛下。あなたが宿している月石と太陽石を渡してください。素直に渡せば命だけは取らないであげましょう」

「夜襲を仕掛けて、いまさら私たちの命の保証をするなど虫のいい話です」


 母上の言葉にガルツは含み笑いをした。


「……では大切なご子息とご息女の命の保証を提案すれば考えは変わりますか?」


 彼の狙いは太陽石と月石のようだ。まさか同盟国が宝石を奪いに襲ってくるとは思っていなかった。

 城を襲い、戦争の発端になりかねない状況を作ってまで、ガルツは宝石を奪おうとしている。

 母上は無言で彼をにらみつけていた。ガルツは僕たちと距離を少し縮める。


「あなたたち王族は国内にいる反乱分子の夜襲に遭い、命を落とします。騒ぎを聞きつけたミステイル王国軍が駆けつけるが、時すでに遅し。管理下を失ったふたつの原石プリムスはミステイル王国が管理する。という俺が作り上げた物語の駒に今からなってもらいます」


 ガルツは初めから取引をするつもりはなかった。彼は言葉を続ける。


「自らの命を差し出して、民が傷つかずに済むのでしたら王族の本望でしょう。ご安心ください。ルナーエの国民はミステイル王国が統治します」


 張り詰めた空気で喉が押し潰されそうだ。不意に母上が僕の左手を握った。


「リア。お願いです。どんなに辛くても生きてください。可能性を捨てないで。よき母親ではなかったですが、あなたのことは愛していました」

「……母上」


 母上は目に慈愛と悲しみの色を浮かべながらほほ笑んだ。


 今、ガルツに僕が月石を宿していることを告げれば、母上たちの命を守れるかもしれない。

 僕一人の命で皆が助かるのなら、月石とともに命を捧げる。

 しかし、やすやすと宝石を渡していいのだろうか。母上や歴代の女王が守ってきた思いを無下にしてしまう。


 逃げるべきなのか、ガルツに捕まるべきなのか。考えあぐねいているとガルツが声を上げる。


「女王陛下。何か悪あがきでもするつもりですか?」


 母上は星永騎士へ目配せをした。母上に声をかけようとしたとき、クラルスが手を強く握る。

 彼は父上のめいどおり逃げるつもりだ。言葉が出ない代わりに左右に首を振った。僕だけ逃げたくない。

 闇を切り裂くような母上の凛とした声が謁見室に響く。


「ミステイル王国に宝石は渡しません!」

「その選択を後悔するといいでしょう」


 不敵に笑うガルツが右手を掲げる。それと同時にクラルスは僕の手を引いて、勢いよく走り出した。

 向かっている先は謁見室に隣接されている露台。


 少し遅れて無数の矢が僕たちを襲った。星永騎士たちは身をていして僕とクラルスを守り、散っていく。


 振り返ると父上は母上を守るように全身で矢の雨を受けた。倒れた父上に母上が寄り添った瞬間、一矢が母上の胸をつらぬく。

 大切な人たちが失われる。深い絶望が全身を駆け巡った。


「母上っ! 父上っ!」


 今すぐ二人の元へ駆け寄りたい。しかし、クラルスはそうさせないように、僕の手を強く引いた。

 「王子を追え」とガルツの声が聞こえる。

 露台へ出るが、剣をたずさえたミステイルの兵士たちが僕たちを囲む。


「リア様! しっかり掴まっていてください!」


 クラルスに抱き寄せられると身体が宙を舞う。僕は涙とともに暗闇へと落ちていった。

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