騎士団長様にあの日の恩を返すために少年騎士団へと入団希望をした。厳しい試験を乗り越え入団したのは十二歳のころだ。
月日は流れ、十五歳のある日。訓練の後、騎士団長様に声をかけられる。
「クラルス。話がある」
「はい」
少年騎士宿舎の小さな会議室に案内された。椅子に座るようにうながされ、騎士団長様が座るのを確認してから椅子へ腰を下ろす。
少年騎士が個人的に呼ばれることは珍しい。貴族の視察同行にでも拝命されるのだろうか。
「クラルス。年上の騎士がいるなか首席の座に着き、騎士としての成長ぶりに俺は一目を置いている」
「もったいないお言葉、ありがとうございます」
騎士団長様直々に褒めてくださることはそうそうない。素直にうれしく思うが、それを伝えるために呼ばれたわけではないだろう。
「クラルスを見込んで頼みがある。我が息子の護衛に就いてもらいたい」
「王子殿下のですか?」
「そろそろ息子も娘も十歳になる。個別に護衛をつけようと思ってな」
「……私で勤まるのでしょうか?」
まさか自分が王子殿下の護衛に抜擢されるとは思っていなかった。
しかし少年騎士団の首席とはいえ、まだ未熟だ。そんな自分が騎士団長様の大切なご子息を守れるのか不安しかない。
「大人の護衛だと子供たちが萎縮してしまうかもしれないからな。娘には次席のルシオラを就けるつもりだ。将校を目指しているのであれば無理は言わん」
ルシオラとはあまり話したことはないが、女性で成績がよく一目を置かれていた。
騎士団長様が大切なご子息を私に託そうとしてくれている。それは私を信頼してくれているからであり、騎士団長様へ最大の恩返しになるのではないだろうか。
「……あの……未熟ですが、私でよろしければ……」
「そんなに謙遜するな、おまえの腕は確かだ。息子を頼んだぞ」
「はい!」
「それと……。可能なら息子を支えてやって欲しい……」
そのときの騎士団長様の表情は忘れられないくらい憂いの表情をしていた。騎士団長様はすぐに憂いの表情を隠す。
私の前に綺麗に折りたたまれた一着の外衣を差し出した。これには見覚えがあった。何度も見かけて、それに袖を通すのを夢見る少年騎士も多い。
「あの……こちらは」
「星永騎士の証である外衣だ。明日からこれを着て護衛に就いてくれ」
「よ……よろしいのですか。私が袖を通してしまって」
星永騎士は少年騎士で優秀な成績を収めて卒業した人や、一般の騎士が武勲をたて、騎士団長様に認められれば星永騎士になれる。そんな特別な地位だ。
「箔づけみたいなものだ。星永騎士が守ってくれるなら外部の人も文句は言わないだろう。それにその素質はおまえにある」
「み……身に余る光栄です」
まさかこんなにも早く袖を通せる日がくるとは思いにもよらなかった。外衣を受け取る手が震えてしまう。
騎士団長様からは今晩中に、星永騎士の宿舎に移動するようにと言われた。さいわい自分の私物はほとんどないので、すぐにでも移動できる。
明日の集合場所と時間を伝えられると話は終わりになった。
騎士団長様とふたりきりになれる機会は今後ないかもしれない。思い切ってあのときのお礼を伝えよう。
「……騎士団長様。ユーディアという村を覚えていらっしゃいますか?」
「ん……あぁ。覚えているさ、あの出来事は忘れることはない」
「あのとき……騎士団長様に助けていただきました。改めてお礼を言わせて下さい。ありがとうございました」
言葉を紡ぐと、騎士団長様は目を見張った。
「あのときの少年か? ……そうか、大きくなったな。騎士に志願してくれて感謝する」
優しい声。まるで父親にでも言われたような感覚になった。
直接お礼を言える機会はないだろうと思っていたので、自分の気持ちが伝えられてうれしく思う。これから王子殿下の護衛をしっかり努めて、恩返しをしようと心に決めた。
自室に戻ると同室の少年騎士からは騎士団長様から何を言われたのかと興味津々で聞いてきた。私は王子殿下の護衛を任されたことと、星永騎士になることを伝えると皆立ち騒ぎ、祝福をしてくれた。
そして、今から星永騎士の宿舎に移動する。すぐ荷物をまとめてお世話になった少年騎士たちの部屋を巡りあいさつを済ませた。
星永騎士の宿舎へ移動すると、宿舎の前で待機しいた先輩騎士が、部屋に案内をしてくれた。護衛ということもあり、すぐ駆けつけられるように宿舎の一番手前の部屋だ。
鍵を受け取り部屋に入る。小さな机と椅子、衣類を収納する棚、清潔感のある寝台、ひとり部屋としては十分な広さだ。少年騎士の宿舎は四人でひと部屋だったため待遇の違いに戸惑う。
明朝から王子殿下との顔合わせだ、まとめてきた荷物を解き、かたづけを始める。
そういえば王子殿下と王女殿下を何とお呼びすればいいのだろうか。確かお名前は、ウィンクリア様とセラスフィーナ様。お名前で呼ぶにはなれなれしすぎるだろう。
皆がふだん呼んでいる王子殿下が一番無難だ。
それと、騎士団長様が仰っていた”支えて欲しい”とは、相談や雑談相手になればいいのだろうか。
王子殿下がどういう方なのかわからないが、まだ九歳のはずだ。同性の年の近い私が話し相手になればきっとよろこんでくれるだろう。
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