プリムスの伝承歌

-宝石と絆の戦記ー
流飴
流飴

第16話 星影-Ⅰ

公開日時: 2020年11月21日(土) 22:30
更新日時: 2021年10月30日(土) 02:24
文字数:4,679

 スレウドさんは一軒の酒場の前で足を止める。扉には”準備中”と書かれている木の板がかけられていた。


「ここが星影せいえい団の拠点だ」

「酒場……ですか?」

「表向きにはな。活動費稼ぎと情報収集にいいところだぜ」


 彼は構わず扉を開けて、室内へずかずかと入っていく。

 クラルスと顔を見合わせたあと、僕たちもスレウドさんの後をついていった。

 室内には誰もおらず、星影団の団員がいるとは思えない。団長だけ待っているのだろうか。

 彼はそのまま奥へと進み、酒瓶棚の前で止まる。床を見てみると何か引きずったようなあとがあった。


「なるほど……隠し部屋ですか」

「貴族お抱えの騎士団たちに追われたりするから、こういう場所が必要なんだ。団長はこの先にいる」


 そう言いながらスレウドさんは棚を右へ移動させた。

 そこに姿を現したのは、ぽっかりと空いた薄暗い空間と下へ伸びている階段。ひんやりとした空気が、足元から這い上がってくる。


「足元気をつけろ。少し下りないと灯りがない」


 スレウドさんは慣れた足取りで階段を下っていく。僕は片手を石の壁につきながら、ゆっくりと階段を下りた。まるで自ら暗い海へ身を沈めていくようで、息苦しさを感じる。

 階段の終着点へつくと、驚いた。目の前には酒場と同じ大きさくらいの空間が広がっている。壁にかけてある角灯だけが室内を照らしていた。

 階段近くにいた男性二人はいぶかしげに僕たちを見ている。


「スレウドさんが客人を連れているのは珍しいですね」

「団長への客人だよ。今、いるよな?」

「はい。奥の部屋で副団長と待っていますよ」


 僕は会釈をして彼らの前を通り過ぎる。地下室は隔壁で仕切られた大小さまざまな部屋があった。

 すれちがう団員たちは、僕たちを見てひそひそと何か話しているようだ。

 いたたまれない気持ちになりながら、奥の部屋へと案内される。


「待たせたな。なんとか連れて来たぜ」


 簡易的な長机と長椅子が置いてあるだけの簡素な部屋。そこに二十代前半くらいの男性と女性が椅子へ座っていた。

 亜麻色の長髪に菖蒲あやめ色の瞳の女性は僕たちを見て、にこりとほほ笑んだ。胡桃くるみ色の短髪に青藍せいらん色の瞳の男性は鋭い眼光をこちらへ向けている。

 この男性が星影団の団長なのだろうか。それにしては、歓迎しているような態度ではない。むしろ僕の存在を嫌悪しているように見えた。

 突然、椅子に座っている女性が勢いよく立ち上がる。


「ウィンクリア王子と護衛のクラルスね。私は星影団団長のリュエールよ。隣にいる彼は副団長のルフト。よろしくね」


 彼女の自己紹介に目を丸くする。手荒いことをしているのでスレウドさんのような屈強な男性が団長だと思い込んでいた。

 想像と真逆な端正な顔立ちの、美しい女性。きれいな衣服を身にまとえば、そのまま貴族の夜会にいても遜色がない雰囲気をまとっていた。


「どうぞ椅子にかけて。立ち話をするような内容ではないわ」


 彼女にうながされ、長椅子へ腰をおろす。古い椅子なのか、体重が乗ると軋む音が聞えた。

 クラルスは座らずに僕の後ろへ立って、警戒をしているようだ。

 リュエールさんは眉を少しさげて話をはじめた。


「本当、陛下とうりふたつね。陛下と騎士団長様は残念だったわ……」


 何と答えればいいのかわからず言葉を詰まらせる。沈黙していると、彼女は言葉を続けた。


「さっそく本題に入りましょうか。ウィンクリア王子とクラルスは私たち星影団と手を組んで欲しいのよ」


 言われると思っていたがやはりそうだ。正直、星影団と手を組むことは決めかねている。


「申しわけないのですが、お誘いはお断りします。僕自身まだ混乱していまして……」


 母上と父上の死。僕とクラルスが濡れ衣を着せられたこと。セラが城に幽閉されていること。星影団からの誘い。

 短い期間で自分の周りが目まぐるしく変わっている。それに今の状態では正常な判断はできないような気がした。


「ウィンクリア王子。スレウドから説明聞いた?」

「何の説明ですか?」


 彼女はスレウドさんをじろりとにらみつける。彼はばつが悪そうに肩をすくめた。


「スレウド! きちんと説明してって言ったでしょう!」

「そんなの長くて覚えていられるかよ。リュエールから話したほうが説得力あるだろう」

「もう……。ごめんなさい。説明がないと断るのは当然よね」


 リュエールさんは上がっていた眉を思いきり下げた。スレウドさんは城からミステイルの兵士を追い出すために僕が必要とは聞いたが、あれが説明だったのだろうか。


「それよりもまず、二人には休息が必要ね。部屋を貸すから今は休みましょう。落ち着いてからで構わないわ」

「い……いえ。ご迷惑かかりますし……」


 さきほどスレウドさんのことで警戒をしていた。かくまう代わりに入団しろと迫られるのではと不安になる。


「失礼ですが、またリア様に恩を着せて入団を断れない状況にするのではないですか?」


 クラルスも同じことを思っていたようだ。リュエールさんは再度スレウドさんをにらみつける。


「スレウドは強引なんだから……。私の説明を聞いたあとで判断してもらって構わないわ」

「リュエ。こいつらかくまってもいいのか? 見つかったら俺たちも危険だ」


 副団長のルフトさんは僕たちをあまり快く思っていないようだ。ずっと彼の刺すような鋭い視線を感じている。


「私がいいと言ったらいいの! ともかく今はミステイルの兵士たちが、この街を徹底的に調べている。外に出るのは危険だわ」


 クラルスと顔を見合わせた。少なくとも団長である彼女は無理やり星影団へ引き入れるつもりはないようだ。


「リア様。いかがなさいますか?」

「……少しだけ、お世話になろうかな」


 僕の言葉を聞いた彼女は、うれしさと安堵が入り混じった表情をしていた。


「よかった……。部屋に案内するわね」


 さっそく彼女は僕たちを部屋へ案内してくれた。二台の寝台と小さな机が置いてあるだけの部屋だ。


「この部屋は好きに使っていいわ。きれいなところでなくて申し訳ないけど……」

「いえ。十分です。ありがとうございます」

「何かわからないことがあったら、そのあたりにいる団員に聞いて」

「はい。わかりました」


 彼女はほほ笑むと、部屋をあとにした。自然とため息がもれる。外套がいとうを脱いで、寝台へと腰をおろした。

 リュエールさんたちがかくまうと聞いて、心のどこかでは安堵していた。

 ずっと気を張りつめていたので、ゆっくりと心と身体を休めたい。


「リア様。セラ様は城に幽閉されてしまっているようですね」


 外套をきれいに折りたたんだあと、クラルスは対面の寝台へ座る。


「うん。ガルツの手の届くところにセラがいると思うと心配だよ」


 早く王都へ行ってセラを助けたい。そう思っていても、今の僕にセラを助け出す力も術もなかった。

 もし、僕の命と引き換えにセラが解放されるのなら、よろこんで命を差し出すつもりだ。


「僕……ガルツに捕まったほうがいいのかな」

「それはいけません。陛下と騎士団長様が命をかけてリア様を逃がしてくださいました。無下になさらないでください」

「でも……セラが……」


 それにセラ以外の安否がわからない。ロゼ、クルグ、ルシオラ。みんな生きているのだろうか。


「そうそう。クラルスのいうとおりよ」


 部屋の扉が開かれると、リュエールさんが盆に飲み物を三つ乗せていた。そのひとつを差し出されたので受け取る。

 彼女は盆を机の上に置くと、僕の隣へと座った。クラルスは受け取った飲み物をじっと見ている。


「ただの紅茶よ。変なものなんて入っていないから安心して」


 受け取った飲み物をひとくち飲む。優しい紅茶の味が口の中に広がった。からからに乾いた喉がうるおされ、ほっとする。

 彼女は飲み物に口をつけたあと、言葉を紡いだ。


「ウィンクリア王子。あなたが死んでしまったら、セラスフィーナ王女は一人になってしまうのよ」

「それでも、セラが死んでしまうよりかはいいです」

「……よく考えて。自分の命を簡単に投げ出しちゃだめよ」


 真剣な表情でリュエールさんは訴えている。もちろん僕だって最善を尽くしたい。

 そういえば、彼女は疑いもなく僕が濡れ衣だということを信じてくれている。なぜなのだろう。


「リュエールさん。僕たちのことを援助してくれることはとてもありがたいです。でも、掲示板の内容を見れば誰だって僕が謀反むほんを起こしたと思いますよ。何か僕が無実だという確証でもあるのですか?」

「目を見ればわかるわ」

「えっ……?」


 リュエールさんはじっと僕のことを見つめた。洞察力が鋭いのか、超能力的な力があるのだろうか。

 言葉に詰まっていると、彼女はいたずらな笑みを浮かべた。


「なんてね。陛下と騎士団長様からどれだけ愛されていたか。そして、あなたの振る舞いや笑顔を見ていたからね。すぐガルツ王子に陥れられたのだとわかったわ」

「……見ていた? 僕をですか?」


 僕とセラはせいぜい外出といっても王都内で年に一、二回ていど。それもほんの数時間だ。彼女の言動から長期間、僕を見ていたのだろう。

 疑問符だらけになっていると、クラルスが口を開く。


「……リア様を見ていたということは、城に出入りをしていたのですね。そして、忍び込んでいたわけではない」

「うーん。半分正解ってところかしら」


 なぜ彼女は城に出入りをしていたのか。リュエールさんはひも解いていくクラルスを見て、正解を導き出すのではとわくわくしているようだ。

 彼は少し考えたあと、何か合点がいったような顔をする。


「もしかして……。あなたたち星影団は陛下が数年前に雇った諜報ちょうほう員ですか?」

「正解! 定期的に陛下へ国の内情を報告するために出入りしていたのよ。もちろん内密にだけどね」


 以前、母上が諜報員を雇っていると話をしていた。そして、その正体は星影団。裏で母上と繋がっていたとは思いにもよらなかった。


「そうだったのですね。正直、驚きました」


 星影団は表の顔は自警団として活動しており、裏の顔として諜報員の活動をしている。

 母上と父上は彼女たちを信頼して諜報を頼んでいた。接点があることで少し安心する。

 彼女たちの虚言の可能性も考えたが、僕を捕まえたいだけなら街に入った時点でミステイル兵に突き出しているはず。


「リュエールさん。なぜ……僕が必要なのですか?」

「ミステイル王国は未成年で次期女王であるセラスフィーナ王女以外殺すつもりだったと思うわ。ルナーエの国民を弾圧せず、ルナーエ国を裏から支配するのには都合がいい。それに自国も最低限の犠牲で済むからね。夜襲を仕掛けたのがいい証拠だわ」


 ガルツの目的は宝石を奪うことだが、最終的にはリュエールさんの述べたとおりにするつもりだったと思う。

 彼女はさらに言葉を続けた。


「でも、ここで誤算が発生。殺すはずだったウィンクリア王子が逃げた。あなたたちが逃げてミステイル王国が一番恐れていることは何だと思う?」

「……リア様が真実を語り、セラ様をお救いするために挙兵をすること……ですね」


 クラルスの回答にリュエールさんは満足そうにうなづいた。


「正解。だから迅速にあなたたちと接触して、ウィンクリア王子を陣頭に挙兵する必要があったの。権力に強く縛られる貴族は下手に行動できないからね」

「でも、今の僕は両親殺しとして流布されています」

「嘘を流してまで阻止したい。それだけあなたの存在を危険視しているということよ。今ごろ血眼になって探しているでしょうね」


 彼女にガルツの真の目的を話そうとしたが、まだ心の中では星影団を受け入れられていない。それに、僕が宝石を宿していなくても同じことをしていただろう。

 リュエールさんは紅茶をひとくち飲んで喉をうるおす。ひと息ついてから彼女は話を再開する。

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