「さて、もう少しで強い魔力を感じるところへ着く。宝石を宿しているのなら感じるだろう」
「え……えぇ。そうですね」
リックさんはちらりと僕のほうを見ると、先に歩き出した。
シンはさきほどのことを心配して僕にぴったりと寄り添って歩いている。クラルスは怪訝な顔を彼に向けていた。そこまでリックさんのことは警戒しなくてもいいと思うがシンはずっと彼の背中をにらみつけている。
しばらく歩いていると、空気が肌寒く感じてきた。奥から冷気が流れ出しているようだ。
「少し寒いね」
「だいぶ奥まで来たし、こんなもんだろう」
シンは特に気にしていないようだ。角灯の間隔がだいぶ広がっている。このあたりまで来た人は少ないのだろう。
拓けた場所へ出ると寒さが増した。はく息が白くなっているのがわかる。さすがにみんなも異常な寒さだということを感じているようだ。
「この冷気は異常だな」
「さみぃ! どうなってんだ?」
奥の岩壁から冷気とともにすさまじい魔力を感じる。あたりを見渡したが幸い魔獣はいないようだ。
リックさんが角灯を高く上げると、岩壁にある瑠璃色の宝石を見つける。彼はいの一番に走り出し、宝石を食い入るように見ていた。
僕たちも後を追い宝石へ近づく。
「これは……ラピスラズリだな。この魔力、原石欠片に間違いなさそうだ」
「やっと見つけた! 長かったなぁ」
シンは安堵とうれしさが混じった表情をしていた。
ラピスラズリは氷属性の宝石。この場所に充満している冷気にも納得がいく。シンの髪色と宝石の色が似ているので彼にぴったりな宝石だ。
「おい、リック。約束は忘れていないだろうな」
「あぁ。わかっている。慎重に採るから少し黙っていてくれ」
ラピスラズリは宝石の中でも柔らかい部類に入るので、時間をかけて採取するようだ。
リックさんは不意に右端から奥へ延びている通路に目を向けた。
「……何かあそこの奥から感じないか?」
「そうですか?」
僕たちは顔を見合わせる。特に魔獣の気配などは感じなかった。
「すまないが見てきてくれないか。採取にはまだ時間がかかる」
魔獣が来ないか心配なのだろう。彼を安心させるためにも僕たちは奥の通路を確認しに行く。
クラルスが角灯を持って先に入り、そのあとにシンと僕がつづく。通路はゆるやかな下り坂になっており、奥のほうに角灯の光が見えた。
そのとき、僕は背中を手で強く押される。勢いよくシンへ覆い被さるように倒れてしまう。彼も突然のことで支えきれずにクラルスに向かって倒れた。
クラルスも僕たちを支えられず一緒に地面へ転がる。角灯が投げ出され、乾いた音を立てた。
振り返るとリックさんが魔法で土を隆起させて、通路を塞ごうとしている。彼の手の中には、ラピスラズリがあった。
「あの野郎っ!」
「俺も原石欠片はなかなか見つけられないのでな。運がよければ他の採石者に助けてもらえるだろう」
シンは剣を抜き、坂を駆け上がる。彼が振った剣は、隆起した土に阻まれた。通路は完全に封鎖され、僕たちは閉じ込められてしまう。
リックさんは初めから原石欠片が見つかっても、渡すつもりはなかったのだろう。あまりにも唐突な彼の裏切りに言葉が出なかった。
クラルスは角灯を拾い上げてため息をつく。
「あの野郎! 最初から俺たちを出し抜くつもりだったな!」
シンは悔しくて岩壁に剣を何度も叩きつける。クラルスは僕に角灯を渡すと、剣を抜いた。
「シン。下がっていてください」
彼は剣先を塞いでいる岩壁に突き刺す。クラルスが魔力を送ると、入り口を塞いでいた土は砂のように崩れ落ちた。
魔法で生成された土なので、ダイヤモンドの魔法干渉が有効だったようだ。
僕たちがラピスラズリがあった場所へ戻ると、宝石とともにリックさんは姿をくらましていた。
「リックさんいないね」
「私たちは上手く使われてしまいましたね」
シンは殺気立っており、ありったけの暴言をこの場にいないリックさんへ吐いていた。
まだそんなに時間はたっていないので、彼を追いかければ間に合うかもしれない。僕は約束を違えられることは嫌いなので、リックさんへ怒りを覚える。
「とりあえず後を追いましょうか」
「当たり前だ! クラルス、リア行くぞ!」
シンは僕の持っていた角灯を奪って、勢いよく走り出した。宝石のこともあるが、僕たちは来た道を覚えていない。リックさんの案内がなく採石場から出られるのか心配だった。
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