戦いの日、早朝クラルスのお気に入りの場所へ来ていた。泉の水面は太陽の光を受けてきらきらと輝いている。
目を瞑り、心を落ち着かせる。自然の音が心地よく感じた。
突然風が吹き、銀髪がふわりと舞いあがる。気配がしたので振り返ると、ちょうどクラルスが顔を見せた。
「リア様。そろそろ行きましょうか」
「そうだね……」
彼は少し離れたところで待っていてくれたようだ。
心は不安な気持ちでいっぱいだった。本当にミステイル軍に勝てるのだろうか。
クラルスに緊張している雰囲気が伝わったのか眉をさげている。
「ご不安ですか?」
「不安じゃないと言ったら嘘になるかな」
彼は真剣な表情になり言葉を紡いだ。
「リア様。私は先日あなたに忠誠を誓いました。それはリア様のために身を挺すというわけではございません。……あなたとともに生きる覚悟です」
クラルスの言葉に心が軽くなる。応えるようにゆっくり頷いた。
「……ありがとう、クラルス。僕は負けないよ。絶対に……」
意を決してクラルスとともに拠点へと足を進める。
公会堂の前には星影団の団員が集まっていた。整列している皆をみて緊張が走る。
スレウドさんに手招きをされ、彼の元へ歩いていく。
僕たちはリュエールさんの後ろに控えているルフトさんとスレウドさんの隣へ並んだ。
視線は皆、彼女へ注がれていた。全員が集まったのを見計らってリュエールさんは声をあげる。
「皆、この戦いが国の命運をわけるわ! 亡き女王陛下と騎士団長様のために勝利を捧げる!」
彼女の言葉に星影団から喊声が上がり、空気が震える。とうとう戦いが始まってしまう。
これからたくさんの人の命が散っていくことになる。
緊張で身体が強張っていると、隣にいたスレウドさんに背中を叩かれた。
「リア! 皆を信じろ! あとはやるだけだ」
「はい。わかりました」
公会堂へ早馬が到着する。ミステイル王国軍が進軍をしたという知らせだ。
リュエールさんの合図で星影団も進軍を開始する。
僕たちは最後に皆のあとをついて行き、戦場の荒野へと向かった。
荒野の向こうからミステイル王国軍がやってくる。お互いの顔が目視できるところまで近づいた。
リュエールさんは制止の命を出す。
目を凝らしてミステイル軍を見渡すが、ガルツの姿は見えない。部下が僕たちを捕縛してくるのを城で悠々と待っているのだろう。
しばらくの静寂のあと、相手の隊長らしき人物が声をあげる。
「愚かな群衆に告ぐ! こちらの目的は大罪人ウィンクリア・ルナーエおよびクラルスの捕縛である! 拒む場合、セラスフィーナ王女殿下とルナーエ国の逆賊と見なし、同盟国を脅かす者として排除する!」
よくもこんな嘘を大声で言えるのかと怒りを覚える。相手の言葉が終わるとリュエールさんが剣を掲げ声を上げる。
「逆賊はどちらか! 女王陛下と騎士団長様を手にかけ、ウィンクリア王子殿下に罪をかぶせ、この国の平和を脅かそうとするミステイル王国! 今すぐセラスフィーナ王女殿下を解放して、この地から出て行きなさい!」
「聞く耳を持たぬなら力でねじ伏せるまでだ!」
ミステイル軍の「突撃!」の合図で土煙をあげて両兵が衝突する。
リュエールさんにうながされ、僕たちは隆起している丘の上に登った。ここからだと戦況がよく見える。
今は歩兵同士が乱闘をしていた。
敵の隊長が騎馬兵へ合図を送ったと同時に、左右の雑木林から星影団の弓兵が現れる。
奇襲は成功したようだ。ミステイル軍の騎馬兵たちは弓兵の対応に右往左往している。
「ここまでは作戦通りね!」
「結局ミステイル軍は今日まで索敵しに来なかったからな。俺たちをなめやがって」
スレウドさんは悪態をついて苦笑いをしていた。
不意に僕たちの頭上でカルムの短い鳴き声が聞こえる。リュエールさんは腕を曲げるとカルムはそこへ降り立った。
「カルム。弓兵たちのところまで行って安心させて」
カルムは鳴いたあと、大空へ舞い上がり雑木林のほうへ飛んでく。よく人間の言葉を理解しているなと毎回感心する。
「さてと……。そろそろかしら」
リュエールさんは左手を前に出すと、てのひらに雷を帯びた球体を作り出した。どうやら彼女は雷属性の宝石シトリンを宿しているようだ。
星影団は次の策のために、僕たちがいる丘まで少しずつ後退をしてくる。
頃合いを見計らい、リュエールさんは作り出した球体を空高く打ちあげた。太陽の光に負けないほど明るく光り、短く大きな破裂音がする。
それを合図に星影団は左右にわかれた。
「今だ! 落とせ!」
ルフトさんの合図で、巨大な岩を二つ丘から落とす。恐ろしい勢いでミステイル軍へと突っ込んでいった。
落石は後方にいる弓兵までもなぎ倒していく。密集しているがゆえ、落石の早さに対応できていない。
「よし。かなり動揺しているな。俺は中衛へいく」
ルフトさんとスレウドさんは剣を抜き、丘を降りて乱戦の中に姿を消した。リュエールさんは抜剣をすると僕たちのほうを向く。
「リア。私はいくけど無茶だけはしないでね。女神アイテイル様のご加護がありますように」
「はい。ご武運を……」
彼女は強い眼差しで身をひるがえし、丘から降り立った。
戦場は悲鳴と怒声が渦巻いている。
血で血を洗う最前線。たくさんの兵士が地に伏している。目をそらすことは許されない。
僕の無実を信じてくれた星影団の皆。僕は今、地に伏している人々の命の上に立っている。最後まで見届けなくてはいけない。辛くても、それが王族としての僕としての義務だ。
意を決して足を前に出すとクラルスに腕を掴まれた。
「リア様。……よろしいのですか」
不安そうな顔で彼は見ている。
あの日の夜とは違い、今度は自分の意思で剣を振るい人を殺めてしまう。それでも高みの見物はしたくない。皆と一緒に戦いたい。
「大丈夫。もう……決めたから。行こうクラルス」
彼は頷き一緒に戦場へと降り立った。
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