僕とクラルスは外套をまとい、リュエールさんスレウドさんとともにランシリカの街へ足を踏み入れる。
きれいに舗装されている石畳と、規則正しく並んでいる家屋が印象的な街並。街の奥にはランシリカの兵舎が見えた。
僕たちは目立たないように入り口の端へ移動する。
「さてと、まずは情報収集ね。いきなりコーネット卿を訪ねてリアが捕まったら元も子もないわ」
「そうだな。露店市場にいって誰かに聞いてみるか」
近くにあった街の案内板を見ると、西のほうに露店市場があるようだ。
他にも宿屋が三軒、宝石屋が二軒、武具屋や雑貨屋などの店が充実している。大きな街なのだということがうかがえた。
「リアとクラルスは私たちと少し離れたところにいてね。コーネット卿のことを聞き回っていて怪しまれる可能性があるから」
「わかりました」
リュエールさんは肩に止まっているカルムの背中をなでる。
「カルム。自由にしてていいわよ」
カルムは短く鳴くと、大空へ舞い上がった。カルムを見送り、さっそく僕たちは露店市場へと足を運んだ。夕刻が近いので主婦や子連れが多く、賑わっている。
行き交う人々は活気にあふれており、みんなの笑顔がまぶしく感じた。
リュエールさんとスレウドさんは、威勢のいい声で呼び込みをしている青果店の前で足をとめる。
並んでいる蜜柑を買い、そのついでに話を聞くようだ。僕とクラルスは少し離れた建物の陰から会話に耳をかたむける。
「お兄さん。私たちコーネット卿に面会予定があって、この街に来たのだけれどお屋敷はどこかしら?」
「もう俺はおっさんだよ、お嬢さん。コーネットさんの屋敷は東大通りの奥だ。大きいお屋敷だからすぐにわかるぞ」
「ありがとう。新鮮な果実を売っているのね。このお店に来てよかったわ」
「おみやげに柚子を持っていくといいぞ! コーネットさんは柚子が好きだからな!」
リュエールさんは話が上手だ。男性は店をほめられて上機嫌になっている。
「考えておくわ。コーネット卿ってどんな方かしら? お会いするの初めてなの」
「コーネットさんは人情あふれるいい人だよ。他の街じゃあ貴族同士のいざこざを聞くが、ランシリカはコーネットさんがしっかりしているから平和だよ」
コーネット卿はランシリカの人々から愛されている人なのだと感じた。懸命に訴えればコーネット卿は僕が濡れ衣だと信じてくれるかもしれない。そんな期待が胸の中で大きくなっていく。
「最近、王都で謀反があったわよね? ここにも情報が入っているの?」
「もちろん。大きな街だからすぐに掲示板へ知らせが張り出されたよ。しかし王子がねぇ……。いつかはこんなことになるとは思っていたがな」
「どういうこと?」
「もっと昔は王子が生まれただけで非難囂々だったさ。実の親である女王陛下にも蔑まれていたしな。こんな世に産んだ親を殺してやりたいって、謀反が起きてもしかたなかったってことさ。今はどうか知らないけど結局これだろう。まだ王女様が生き残っていただけよかったよ」
男性は淡々と話し、リュエールさんへ果実を詰めた袋を渡した。
王族のことは一般市民が知る余地はない。僕は両親を殺してもおかしくない人だと思われていて、胸に悲しさがあふれる。
うつむいているとクラルスの手が肩に乗った。彼のほうを向くと心配そうに見ている。
リュエールさんは肯定も否定もせずに、ただ男性の話を聞いていた。
「こんなことになるなら、早くよその国へ出すか病死と見せかけて殺せばよかったのにな。昔だってそうだったのに。王子ひとりの命で俺ら一般市民の平和が保たれるなら安いもんだろう」
「……。コーネット卿は今回の謀反どう思っているのかしら?」
「特にコーネットさんが何かしている様子はないぞ。でも忠誠を誓っていた女王陛下と騎士団長様が殺されて怒り心頭かもな」
「そう……。いろいろ聞かせてくれてありがとう」
リュエールさんは愛想笑いをしてスレウドさんとともに青果店から立ち去った。
さきほどの男性の言葉が頭の中を巡っている。僕はこの国に必要がない人間ということはわかっていたつもりだった。
間近で聞いた言葉の刃に心がえぐられる。
国民の人たちは心の中で僕を殺せと思っていたのではないだろうか。
不意にクラルスに肩を掴まれて、彼のほうへ向かされる。驚いてクラルスを見ると真剣な表情をしていた。
「リア様。あの者の言葉をお気になさらないでください。皆があの者と同じ思いをリア様に抱いているわけではございません」
「……わかっているよ」
うまく笑えただろうか。クラルスはいまだに硬い表情をしている。
「リア様。あなたは私の主です。私には、あなたが必要です」
「クラルス……。ありがとう」
彼の優しさに自然と笑えた。いつもクラルスは心の支えになってくれている。彼の言葉で、どれだけ助けられているのか知らないだろう。
クラルスは柔らかくほほ笑み、肩から手を離した。
「リュエールさんたちと合流しましょう」
僕たちは急ぎ足で露店市場の入り口へ向かった。
入り口でリュエールさんとスレウドさんは僕たちを探すようにあたりを見渡している。
「リアたち、こっちだ!」
「お待たせしてすみません」
「はぐれたかと思ったわ。いちおうコーネット卿の情報が聞けてよかったけど……」
そこで言葉を止めると、彼女の眉がつり上がった。
「あのおっさんリアのこと知らないくせに好き勝手いって本当腹が立つわ! 顔面に蜜柑をめり込ませてやりたかったわよ!」
リュエールさんは蜜柑の入っている袋を破く勢いで掴んでいる。それを見てスレウドさんは苦笑していた。
「知らないことを好き勝手いうのが人間だ。あんなことを思っているのは一部の人間さ。リア、気にすんな」
スレウドさんは大きな手で僕の頭を乱暴になでる。城にいたとき、あまり他人から優しくされたことがなかった。ふたりの優しさがこそばゆく感じる。
コーネット卿の屋敷の場所もわかったので、これからどうするのか話し合う。
露店市場の入り口の端に置いている長椅子へ座る。リュエールさんから、さきほど買った蜜柑を手渡された。
蜜柑をむいてひと房頬張ると、柑橘類の爽やかな香りと、甘酸っぱい味が口の中に広がる。
旅の疲れも忘れてしまいそうなくらい美味しい。
彼女も売っていた男性は気に入らないが、蜜柑はおいしいと絶賛している。スレウドさんは蜜柑を豪快に頬張りながらリュエールさんへ問いかける。
「リュエール。これからどうするんだ?」
「そうね。コーネット卿は、掲示板の内容に疑問を持っていて動いていないかもしれないわ。事情を説明すれば協力してもらえそう」
僕もそうであってほしいと願っている。コーネット卿は今の僕をどう思っているのだろうか。
もし会えたら、あの日の夜のことを話してみよう。
不意にクラルスが僕とリュエールさんの前に立った。
「どうしたのクラルス?」
首をかしげると彼は口の前で人さし指を立てる。クラルスが目配せをしたほうを見ると、ミステイル王国の兵士が数名歩いていた。兵士たちは露店市場のほうへ行くようだ。
彼は正体が露見しないように目隠しになってくれていた。
目を合わせないように顔を伏せる。ここで見つかるわけにはいかない。
ミステイルの兵士たちはクラルスの後ろを通りすぎると、露店市場の人混みにとけていった。
胸をなでおろして、短いため息をつく。
「ミステイルの兵士がうろついているな……」
「よく堂々と歩いているわね。何しに来たのかしら」
「あっちは王女を傀儡にしてやりたい放題だな」
セラは今どうしているのだろうか。ガルツの手の届くところにいるので心配だ。
早くセラを助け出して抱きしめてあげたい。セラに会いたいという渇望に胸を焦がしていた。
ミステイルの兵士が周りにいないことを確認して、僕たちはコーネット卿の屋敷へ向かう。
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