プリムスの伝承歌

-宝石と絆の戦記ー
流飴
流飴

第40話 諜報

公開日時: 2021年2月2日(火) 22:30
文字数:2,213

 僕たちはランシリカをあとにして、拠点へと帰るため馬を走らせた。空には気持ちよく飛んでいるカルムが見える。

 拠点へ戻ったあとは情報を整理して、それからどうするのか決めるそうだ。


「リア。頬は大丈夫?」

「はい。昨日よりだいぶ腫れは引きました」


 リュエールさんが心配そうに僕を見ていた。酷い怪我ではないので二、三日もすれば治るだろう。


「魔法で治せばいいだろう?」

「そういうわけには……」


 スレウドさんの言葉を聞いて硬直した。リュエールさんとクラルスは治癒系の魔法は使えない。四人の中で治癒魔法を使えるのは僕だけだ。彼は僕に月石が宿っていることを知っている。


「スレウドさん。リア様に月石が宿っていることをどうやって知ったのですか?」

「許せ。あれは不可抗力だ」


 クラルスが問い詰めると、スレウドさんはばつが悪そうな顔をした。

 リュエールさんとルフトさんに月石のことが露見してしまったとき、彼も偶然近くにいたそうだ。


 スレウドさんに月石のことは他言しないようにと、リュエールさんは口をすっぱくして言い聞かせていた。


 二日間の陸路の旅を終えて、拠点へ到着した。空にいる太陽が西に傾きつつある。

 先日の戦いで軽傷だった団員たちは回復をして、作業に勤しんでいた。拠点の修繕作業は八割ほど進んでいるようだ。

 リュエールさんはルフトさんを見つけると手を振って呼びかけた。


「ルフト! ただいま!」

「リュエ、戻ったか。交渉は上手くいったのか……って聞くまでもないな」


 彼女は交渉に成功したうれしさが顔に出ていたようだ。


「うん。上手くコーネット卿と交渉できたわ。準備ができ次第、合流するそうよ。ルフトのほうは何か変わったことあった?」

諜報ちょうほうから特に連絡はないな。修繕作業はだいぶ進んだから、そろそろ公会堂で雑魚寝じゃなくていいと思うぞ」


 これからリュエールさんとルフトさんは修繕された家に団員を割り当てるそうだ。

 スレウドさんは気怠けだるそうに公会堂の中へ向かった。


「じゃあ俺は呼ばれるまで寝てるぜ」

「はい。おつかれさまでした」


 僕とクラルスは、公会堂の階段へ腰を下ろし夕日をながめる。


「クラルス。おつかれさま。野営だとあまり眠れないよね」

「ご心配にはおよびませんよ」


 クラルスとスレウドさんは野営をしているとき、交代で見張りをしてくれていた。あまり眠れていないと思うが、疲れた表情を彼は見せなかった。

 拠点に心地よい風が吹き抜け、僕たちの髪を揺らす。


「クラルス。僕、今でも思うんだ。戦争を始めるきっかけを作ってしまって、本当にこれでよかったのかな……」

「私にもわかりかねます。ただ、私たちは未来を奪われないために戦っているのは確かです」


 人は変化を嫌い、現状維持をしたいと思うことが大半。自己保身をするのは自然なことだ。

 いくら未来のためとはいえ、不確定なことに身を投げるという人はごくわずか。

 少しずつ両親殺しの濡れ衣を払拭しなければならない。僕たちは思い描いている未来を掴めるのだろうか。


 修繕作業をしている団員をながめていると、リュエールさんとルフトさんが姿を現した。家屋の割り当てが決まったようだ。

 団員が次々に呼ばれ、家屋に案内されている。


 最後に僕とクラルスが呼ばれリュエールさんの元へいく。案内された家屋は元クラルスの家だった場所だ。

 彼女はクラルスがこの村出身のことは知らない。たまたま割り当てられたのだろう。不思議な運命を感じた。

 リュエールさんは気をつかってくれて、この家は僕とクラルスだけのようだ。


 玄関の扉に手をかける。以前見たときとは違い、壁や床板は綺麗に直っていた。

 簡易的な机と椅子。奥の部屋には寝台が四台置いてある。

 クラルスは複雑な表情で部屋の中を見ていた。もう彼が幼いころ記憶していた家ではなくなってしまっている。クラルスの過去を知ってしまったので心苦しい。

 それでも今日からここが僕たちの家だ。家の中へ足を踏み入れて、クラルスのほうへ振り向く。


「……クラルス。おかえり」


 僕の言葉を聞いて彼は優しくほほ笑んだ。


「えぇ……。ただいま戻りました」


 クラルスの言葉は今はもういない両親へ向けたものなのだろうか。とても優しい声色だった。

 彼はゆっくり歩みを進め、部屋の中へと足を運んだ。



 ランシリカからの帰還から一週間。拠点の修繕作業も大詰めになっていた。

 僕とクラルスは作業中リュエールさんに呼び出される。公会堂の彼女の部屋へいくと、ルフトさんが一緒にいた。


「ふたりとも作業中に悪いわね。ちょっとお使い頼まれてくれるかしら?」

「はい。わかりました」


 リュエールさんのお使いは、プレーズという街にいる諜報員から情報をもらってくることだ。

 ルフトさんと一緒に行ってきてほしいらしい。彼は嫌そうな顔を僕たちへ向けていた。


「リュエ。そんなの諜報の奴かカルムに任せればいい……」


 リュエールさんはルフトさんの言葉をさえぎるように、彼の手を掴んで雷を走らせた。ルフトさんは痛みで座り込んでしまう。


「リアたちはプレーズに行ったことある?」

「いえ……。王都にいたときは、南方の街に一度視察へ行っただけです」

「なるほどね。いろいろな街を知るのもお勉強よ。拠点の場所はルフトが知っているから彼に任せて」


 リュエールさんは見聞を広げるために配慮してくれたようだ。自国のことを知る機会を与えてくれてありがたく思う。

 やはり実際に目で見て肌で感じないとわからないこともあるだろう。

 明日からさっそくプレーズの街へ向かうことになった。

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