プリムスの伝承歌

-宝石と絆の戦記ー
流飴
流飴

第15話 出会-Ⅱ

公開日時: 2020年11月20日(金) 22:30
更新日時: 2021年10月30日(土) 02:21
文字数:3,523

 朝と夜が混じり合う時間。東の空が銀色を帯びている。

 僕たちは身支度を整えて原石神殿をあとにした。人目につかないよう近場の森へ向かう。

 そのとき、森の中から十数名のミステイル王国兵が姿を現した。待ち伏せをされていたようだ。


「大罪人ウィンクリアを捕縛しろ!」

「リア様。こちらへ!」


 ミステイルの兵士たちが一斉にこちらに向かって走ってくる。クラルスは僕の手を引いて、回り込むように森へと入った。

 森の中で弓兵をあざむくことはできるが、剣をたずさえた兵士は草木をかき分けて追いかけてくる。


 クラルスは剣を抜くと、剣身が白銀はくぎん色の光を帯びた。彼は振り返り、左右の大木へ銀の線を引く。

 ミステイル王国兵たちの行く手を阻むように、大木が折り重なりながら倒れた。


「なっ……何だあの剣は!? 魔法か!?」

「……参りましょう」


 困惑している声を背中で聞きながら、森の奥へと逃げ込んだ。

 走りながらクラルスへ質問を投げかける。


「クラルス。さっきの大木を斬れたのは、剣に付与エンチャント魔法をかけたからなの?」

「えぇ。剣の強度と鋭利さが増す付与エンチャント魔法です。まだ長時間はできませんが、威圧だけでしたら十分でしょう」


 振り返ると、ミステイル兵の姿はない。どうやら振り切れたようだ。さっそくダイヤモンドの魔法に助けられた。

 僕たちは木の陰に隠れて息を整える。


「もう追手は来ていないね」

「予想はしていましたが、待ち伏せされていましたね。私たちが南下していることはわかっているでしょう。街の入り口を見張られる前に参りましょう」


 なるべく木々に隠れるように歩き、森を抜ける。遠くのほうに、青空を背にした街が見えた。

 太陽が昇り始め、街の周辺には人々が行き交っている。僕たちは慌ただしくしている商人たちに紛れ込んで、セノパーズへと足を踏み入れた。



 早朝の街は活気に満ちあふれている。僕たちは外套がいとうを深くかぶり、街をさまよう。何かセラの居場所へ繋がる手がかりはないか。

 この街の貴族へ頼りたいが、僕たちを両親殺しと思っているのなら接触するのは危険だ。


「ねぇ、クラルス。街の人から情報を聞いたほうがいいよね。貴族を頼るのは危険だと思うんだ」

「そうですね。人通りの多い店の店主から聞いてみましょうか」


 大通り沿いは人の行き交いがあるので、ミステイル兵と近くで接触しないかぎり正体は露見しないだろう。

 幸い、僕は最近まで王都から出ていない。顔を見られただけで王子とはわからないと思う。

 ふと、一ヶ所に人だかりができているのを見つけた。街の人々から「王都が大変なことになっている」という声が聞こえてくる。


「みんな集まっているけど何だろう」

「掲示板があるのかもしれません。こちらまで知らせが届いたのでしょう」

「何か情報があるかもしれない。行ってみよう」


 人だかりへ近寄ってみると、クラルスが言っていたとおり、掲示板があった。

 皆、食い入るように見ながら、さまざまな声を上げている。


「王子様が謀反むほんだなんて怖いわ。王位継承権がない腹いせかしら?」

「何でも謀反を治めたのが、隣国のガルツ王子らしいぞ。騒ぎを聞きつけて船を戻したと聞いた」

「陛下と騎士団長様はおかわいそうに。王女様は大丈夫かしら」

「あの王子は邪魔な存在のくせに育ててくれた恩はないのか! アイテイル様の怒りを受けろ!」


 僕を罵倒する声、セラを心配する声、女王と騎士団長を失った悲しみの声が耳に入ってきた。

 そして、なぜこんなにも盲目的に僕が両親殺しをしたというのを信じているのだろう。

 掲示板の内容を見ようと、人の間を縫って前へ進む。

 ようやく文字が読めるところまで近づき内容を読み込んだ。


 アエスタス女王陛下、ウェル騎士団長殺害。

 首謀者、第一王子ウィンクリア・ルナーエ。共謀者、星永せいえい騎士クラルス。

 ウィンクリアの部屋より、謀反の計画書を発見。

 見つけ次第、速やかに騎士団へ報告。可能なら捕縛すること。


 張り紙には僕が見た文言の他に僕の部屋から謀反の計画書が見つかったと虚偽が書いてあった。

 そして、署名の欄を見て息が詰まる。セラ直筆の署名が書かれていた。

 それを見てすぐに理解した。セラはどこかの街に身を隠しているわけではない。ガルツに囚われてしまい、今もまだ王都にいる。

 署名は無理やりガルツに書かされたのだろう。

 皆、ガルツがルナーエ国に滞在しているのは、セラを献身的に支えていると解釈しているようだ。

 この書面はセノパーズだけではなく、国中に流布されていると考えたほうがいい。


 セラはガルツの手中にいるが、殺されはしないと思う。次期女王という肩書き、そして僕を誘い出すための人質だ。

 しかし、ガルツの気が変わってセラが不要と判断されれば、すぐ殺されてしまう。

 助けに行きたいが、今の僕にはその術も力もない。

 やるせない気持ちになっていると、ミステイル王国兵が三人、掲示板へと向かっていった。

 隣にいるクラルスに耳打ちをされる。


「リア様。移動しましょう。見つかると厄介です」


 人がひしめき合う中、人混みをかき分けていると、思いきり誰かと肩がぶつかった。

 見上げるとミステイルの兵士だ。慌てて顔をそらし、急いで立ち去ろうとしたが、大声で呼び止められた。


「おい! そこの外套の奴! 怪しいな! 顔を見せろ!」


 人々の視線が注がれる。ここで正体を露見するわけにはいかない。

 クラルスを見やると、抜剣をする態勢で剣のつかに手をかけていた。こんな人が多いところで乱闘を起こすと、けが人が出てしまう。

 この状況を切り抜ける打開策が浮かばない。緊迫した空気に喉が締めつけられ、呼吸が乱れる。

 無情にも兵士の手が僕の外套に伸びた。目をきつく瞑ったとき、突然腕を引かれる。顔を上げる暇もなく、覆いかぶさるように筋肉質な腕に肩を抱かれた。


「おぉ、弟! よく来たな! 会えてうれしいぞ! 兵士さんウチの愚弟ぐていが何かしましたか?」


 聞き覚えのある声。ちらりと視線を上に移すと、赤褐せっかっ色の髪に栗色の瞳。スレウドさんだ。

 思わぬ人物の登場に目を丸くする。

 彼は耳元で「黙ってうつむいていろ」とささやく。僕は大人しくスレウドさんの指示に従い、顔を伏せた。

 彼の言動から、一芝居をしてこの場をしのごうとしてくれていることが伝わる。今はスレウドさんに合わせるしかない。


「弟でも何でもいい! とにかくそいつの顔を確認させろ!」

「兵士さん、考えてもみろよ。そこに書かれているお尋ね者が、人混みにのこのこと現れるか? そいつは相当マヌケだぜ?」

「ん……まぁ。しかし……」

「フィンエンド国からわざわざ兄の俺が働いているルナーエ国に来てくれたんだ。まずは休ませてあげてぇ。長旅で疲れ切って顔も上げらんねぇんだよ」


 よくもそんな嘘が口からすらすら出てくるのかと感心してしまう。僕もわざとスレウドさんに身体をあずけ、疲れているふりをした。


「ほら、兵士さん。もう立ってるのもやっとだ。それとも少年をいじめることがご趣味で?」

「だ……誰がそんなことを!」


 ミステイルの兵士が動揺している間に、スレウドさんは僕の手を引いて人混みに溶け込む。

 しばらく人通りの多い道を練り歩いた。後ろを振り返ると、クラルスが追いかけてきている。彼も無事なようで安堵した。

 人通りの少ない建物の裏手まで来ると、ようやくスレウドさんは歩みを止める。

 遅れてクラルスが合流したとき、険しい表情をしてスレウドさんから僕を引き離した。


「スレウドさん。助けてくださってありがとうございます」

「なぁに、お安いことさ。王子にしてはいい演技だったぜ」


 彼は白い歯を見せて笑った。スレウドさんは偶然通りかかって助けてくれたのだろうか。

 それだとしても、あの場で僕の正体が露見してしまえば彼は仲間と思われてしまう。

 そのとき、クラルスから大きなため息が聞こえた。白銀の瞳と呆れた顔がスレウドさんを見ている。


「私たちを助けたということは何かあるのでしょう?」

「おぉ、クラルス。察しがよくて助かるぜ。ウチの団長に会ってみないか?」

「……そんなことだろうと思いましたよ」


 スレウドさんは偶然僕たちに遭遇して助けたわけではない。恩を着せて、団長との面会を断れないようにするためだ。

 おそらく僕たちが街へ入ってからずっと機会を伺っていたのだろう。

 スレウドさんの策略にうまくはまってしまったようだ。この状況でさすがに彼の申し出を断ることはできない。

 星影せいえい団への入団を強要しないので、無理やり引き入れるつもりはないと思う。


「わかりました。助けてくださった恩もありますし、お話だけでしたらお伺いします」

「リア様……」


 クラルスの心配そうな表情とは裏腹に、スレウドさんは満足そうに笑みを浮かべていた。

 星影団の団長はいったいどんな人物なのだろう。

 僕たちはスレウドさんに案内され、星影団の拠点へと歩みを進めた。

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