「このていどで済んでよかったわ。頬は大丈夫?」
リュエールさんは水と布で頬を冷やしてくれた。まだ痛むが、歯が折れたわけではないので時間が解決してくれるだろう。
「はい。大丈夫です。ありがとうございます」
「リアが殴られたとき、クラルスを抑えるの必死だったわよ」
彼女は眉を下げてクラルスに視線を移す。彼は身を縮こませ、少し頬を染めていた。
「も……申しわけありません。リア様のこととなると自分が抑えられないときがありまして……」
クラルスは自覚があるようだ。彼が僕を大切にしてくれていることの表れなので、困るときもあるがうれしく思う。
「お子様誘拐の件はこれで決着だな。まったく骨が折れるぜ」
「スレウドおつかれさま。晩酌でもしてゆっくり休んで」
「そうさせてもらう」
スレウドさんは気怠そうに肩をならしていた。
「今日はコーネット卿に交渉できる様子ではないわね。日を改めましょうか」
「あの……リュエールさん」
彼女に話しかけようとしたとき、コーネット卿が姿を現した。
僕たちは姿勢を正して、椅子へかけなおす。
「どうか楽にしてください。このたびは息子を救ってくださり、ありがとうございました」
「いえ、元はといえば突然私たちがお邪魔してしまったことが発端です。ご迷惑をおかけしました」
リュエールさんが謝罪を口にして頭を下げたので、僕たちもそれに習った。
コーネット卿は「顔をお上げください」と慌てている。僕たちが顔を上げると、彼は椅子へかけて、姿勢を正した。
「王子殿下。お聞かせください。民に恨まれてまでなぜ戦う道を選んだのですか? 他にも選択肢はあったはずです」
「ルナーエ国の未来のためです。それにセラは今、王都で自分なりに戦っていると思います。僕はセラをおいて逃げたくはないです。今は離れてしまっていますが、セラとともにルナーエ国の平和を取り戻します」
まっすぐコーネット卿を見つめる。彼は表情を変えずに静かに話を聞いていた。
ひと呼吸をおいて、さらに言葉を続ける。
「コーネット卿が母上と父上から信頼されており、僕もコーネット卿に協力をしてもらえれば心強いと思っていました。しかし、協力をしてもらうことはランシリカの平和を奪ってしまうのではないのかと思っています。僕は、今どうすればいいのか迷っています……」
「リア……」
リュエールさんは僕を見て困った表情をしていた。余計なことを話していることはわかっている。
それでも今の気持ちをコーネット卿に知ってほしかった。
彼はしばらくの沈黙のあと、口を開く。
「今でも、私には何が真実なのか考えあぐねいております。ミステイル王国のガルツ王子殿下が城に滞在していることも、セラスフィーナ王女殿下にお会いできないのも不可解でなりません」
彼は城での出来事を疑ってくれていたようだ。そう思っている人がいるという事実だけで心強い。
コーネット卿は、話を続けた。
「私は王子殿下のすべてを信じることはできません。真実を知るために協力するというのはどうでしょうか? 女王陛下たちを手にかけたと確証したとき、私は王子殿下の命を奪います」
「……それでも構いません」
「そのためにはこちらの条件をいくつかのんでもらいます」
全面的にというわけではないが、コーネット卿は星影団に協力してくれるようだ。
コーネット卿が提示した条件は三つ。星影団へ協力をするかしないかは騎士個人の意思に任せること、協力する騎士は星影団の拠点へ滞在させること、ランシリカの街が危険に晒される場合必ず助けること。
リュエールさんはコーネット卿の条件をのみ。星影団との協力が締結された。
コーネット卿の提示したものに疑問が浮かんだ。ランシリカの騎士を星影団の拠点へ移動させてしまっては街の守りが手薄になってしまう。それでいいのだろうか。
「コーネット卿。ランシリカを守るための騎士の人数が極端に減ってしまいます。不安ではありませんか?」
僕が問うと、リュエールさんは合点がいったのか頷いていた。
「なるほど。むしろ手薄にしたほうがいいのですね」
「……さすが星影団の団長というべきでしょうか」
首を傾げていると、彼女が説明をしてくれた。
ガルツが戦力である騎士が滞在していないランシリカの街を襲えば、ただの虐殺行為となる。彼は自分の信用を落とす行為はしない。そう考えての作戦だそうだ。
コーネット卿は、これからしなければならないことがたくさんある。騎士招集の命もどうするのか不安になってしまう。
「私は明日から工作をするために動かなくてはなりません。合流までお時間いただきます。ご了承ください」
「えぇ。心得ました。こちらで何かありましたら使者を送ります」
「かしこまりました」
宵も更けてきたのでお暇をしようとしたとき、コーネット卿に呼び止められた。
リエルを助けてくれたお礼に宿を用意してくれたそうだ。スレウドさんはまた追っ手が来ないかと心配していた。
リュエールさんは「ふかふかの寝台で寝たい」と声を上げたので僕たちに拒否権はない。
コーネット卿の厚意に甘えて、用意された宿へ泊まることになった。
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