プリムスの伝承歌

-宝石と絆の戦記ー
流飴
流飴

第7話 夜会-Ⅰ

公開日時: 2020年11月12日(木) 22:30
更新日時: 2021年10月30日(土) 01:52
文字数:3,342

 交友会当日、王都はいつもよりにぎわっていた。城の中も外もミステイル王国の要人を歓迎する準備で慌ただしい。

 城下町の露店市場も飾りつけが華やかになっている。

 セラは窓から着飾っている街を見てはしゃいでいた。


「リア! みてみて! 街がおもちゃ箱をひっくり返したみたい!」

「すごくにぎやかだね」


 彼女の隣に並んで、城下町を見下ろした。王都全体が賑やかになることは年に数回なので、このような街並みを見ると晴れやかな気持ちになる。

 空は青の絵の具で塗ったような快晴で、穏やかな風が吹いていた。

 あと半刻もすれば、ミステイル王国の船が到着する。


「セラ。そろそろ謁見室に行こうか」

「うん。緊張するわ」

「僕も同じだよ」


 街から聞こえてくる喧騒に後ろ髪を引かれる思いで、僕たちは謁見室へと向かった。

 お出迎えのために、父上と僕は謁見室前、母上とセラは室内で待機をしている。

 しばらくすると、ミステイル王国の船が船着き場へ到着したと知らせが入った。大々的なお出迎えは初めてなので、粗相をしないか不安になってしまう。

 不意に、隣にいる父上が僕の肩に手を置いた。


「リア。緊張しているのか?」


 無意識に身体をこわばらせていたようで、緊張を解かすように父上が軽く背中を叩く。


「はい。前回の交友会のことは幼くてあまり覚えていませんので……。初めての気持ちです」

「要人が来る行事へ出席させるのも、リアとセラが成長している証拠だ。失敗してもかまわないから経験を積みなさい」


 父上は白い歯を見せて、太陽のような笑顔を向けた。それにつられて僕も自然と口元がほころび、いつのまにか身体の緊張が解けている。

 一度深呼吸をして、心を落ち着かせた。前を見据えたとき、大勢の乱れた足音が聞こえてくる。


 階段から自国の兵士に囲まれた、ミステイルの国王とガルツ王子が現れた。僕と父上は一礼をして母上たちが待っている謁見室へと通す。

 遅れて僕と父上が入室し、玉座の隣へ並ぶと母上はあいさつを始めた。

 セラを見やると、前をまっすぐ見据えている。


「ルナーエ国第一王女、セラスフィーナ・ルナーエです。本日はお越しいただき、ありがとうございます」


 いつもの天真爛漫なセラと違い、次期女王の表情を見せていた。凛とした面持ちは母上に似ている。

 謁見室であいさつを終えると、大人たちは意見交換会をするために会議室へと向かっていった。

 僕とセラは夜会まで予定はない。クラルス、ルシオラと合流して、お茶をしようと中庭までの回廊を歩く。

 緊張の糸が緩んだのか、セラは思いきり息を吐きだした。


「すごく緊張したわ。リア、私大丈夫だった?」

「うん。立派だったよ」

「セラ様。本番は夜会ですよ」

「わ、わかっているわよ! ルシオラ!」


 ルシオラに夜会のことを突かれて、セラの表情が引きつる。

 セラのころころ変わる表情に思わず笑みがこぼれた。


「リア様。資料の最終確認をなさいますか?」

「そうだね。時間もあるからしようかな」

「じゃあ、お茶をしながら一緒に確認しましょう!」


 僕たちは資料を持ち合って、中庭へと集まる。

 セラは夜会で注目されることになるが、緊張している様子はない。笑顔でいるセラを見て、自然と僕も笑顔になる。

 彼女のうしろにいるルシオラを見やると、穏やかな笑みを浮かべていた。


「ルシオラ。うれしそうだね」

「えぇ。セラ様がリア様と一緒にいられて、とてもうれしそうなお顔をしていましたので……」

「もう、ルシオラ! 余計なこと言わないでよ!」


 セラは顔を真っ赤にしてルシオラに抗議をしている。そういえば最近セラと長い時間一緒にいることがなかった。

 僕のことを求めてくれて笑顔にしてくれるセラは、とても大切な存在なのだと改めて噛みしめる。


「ありがとうセラ。僕もセラと一緒にいられてうれしいよ」

「う……うん。あぁ、せっかく覚えたことが、ルシオラのせいで忘れてしまいそうだわ」

「それは失礼いたしました」


 中庭に僕たちの笑い声が響き渡った。太陽が橙色に染まるまで穏やかな時間をすごす。

 そして、空が紺の色に染められたとき、夜会が始まる。



 夜会会場の広間にはミステイル王国の要人と自国の貴族がたくさん集まっている。

 星永せいえい騎士とミステイル王国の兵士が壁沿いに並び、母上とセラは上段の椅子に座っていた。

 父上は母上の隣、僕はセラの隣に立ち、要人や貴族のあいさつに対応する。

 セラは緊張している様子はなく、自然な笑顔で応接していた。少し戸惑うそぶりを見せたら、僕が話を繋げる。

 二人で協力をして、なんとかあいさつの嵐を抜けることができた。

 人の足も途絶え、僕たちはようやく一息つく。


「リア、セラ。ごくろうさまでした。終わりまで自由にしていていいですよ」

「わかったわ、母様」


 セラは短く息をついて、席を立った。僕はセラに付き添い、夜会の人混みへと足を進める。

 会場内は、立食を楽しみながら貴族たちが談笑していた。

 気は乗らないが、セラを誘ってミステイルの国王とガルツ王子の元へ向かう。

 彼らは用意されている東の上段の席にかけて、雑談をしていた。ガルツ王子は僕たちに気がつくと席を立つ。


「これはセラスフィーナ王女、ウィンクリア王子。わざわざ席にまでお越しくださって、ありがとうございます」

「こんばんは。先日はお世話になりました。またお会いできてうれしいです」

「夜会、楽しんでくださいね」


 セラがほほ笑むと、ガルツ王子はあの笑顔をセラに向ける。彼の貼りつけたような笑みを見ると、不安な気持ちに駆られた。

 社交的なあいさつを交わし、他愛もない話をしていると、ミステイルの国王が途中で離席をする。

 向かった先は母上のところのようだ。

 先刻から背中に視線を感じていたので、僕たちもガルツ王子から離れることにする。


「ではガルツ王子。僕たちはこれで失礼します」

「えぇ。お互いよい夜会にしましょう」


 僕たちが離れると、待っていたかのように貴族の女性たちはガルツ王子を囲んだ。

 まだ彼は独身。歳の近い女性は妃の座を狙うため、気を引こうと必死になっていた。


 僕とセラも、たまにどこの国の王女が王子がと貴族がすすめてくる。特に僕を有力国と取り結ぶ道具にしたいので、貴族が懸命にかけあっているらしい。

 他国の王女も母上譲りの容姿の僕をそばに置きたいらしく、まれに言い寄られる。

 国のことを考えると、早く結婚したほうがいい。しかし、自分の存在意義は何なのだろうかと自問してしまう。

 このまま自分の意思で何もできなく、国の操り人形として生涯を終えるのだろうか。


「……リア。大丈夫?」

「えっ……」


 顔に出てしまっていたのか、セラが心配そうな表情をして覗き込んでいた。

 僕は憂いの気持ちを振り払うように、左右へ首をふる。


「大丈夫。ちょっと考え事をしていただけだよ」


 これ以上心配をかけないようにセラへ笑顔を見せた。


「セラ。貴族のかたたちへお話しに行こうか」

「うん。そうね。少し不安だけど、リアが一緒だから大丈夫よ」


 僕もセラと一緒で心強い。

 夜会前、母上に自ら要人や貴族たちへ話しかけるように言われていた。

 今のルナーエ国や近隣国の情勢を知るため、王族としての務めだ。

 さっそく近くにいる貴族へ話しかけると、うやうやしく頭を下げる。


「これはセラスフィーナ王女殿下。次期女王としてのごあいさつが立派で将来が楽しみですよ」

「王女殿下は日に日にお美しくなられて……」


 いつものことだが、貴族たちは僕をいないものとして扱っている。セラの前で、あからさまな嫌がらせをして楽しんでいるようだ。

 僕は気にせず笑顔を作った。


「お褒めいただきまして、ありがとうございます。将来、兄のウィンクリアと二人で国を支えていきます」


 急に僕の名前を出された貴族は、明らかにおどおどしている。


「え……えぇ。王子殿下の騎士団長就任も楽しみですわ」

「そ……そうですわね」

「……将来、騎士団長の名に恥じないよう、日々精進します」


 そのあと、他の貴族や要人にも話しかけ、まつりごとや街のこと、他愛もない話を積極的におこなった。

 ただ、自国の貴族と会話をするときは、相変わらず僕を軽んじる者が多い。クラルスかルシオラがこの場にいたのなら、悪態のひとつくらいついているだろう。

 嫌がらせは笑顔で受け流し、適当に受け答えをする。


 粗方の人たちと話し終えると、セラはため息をついて露台の方へ歩いていった。

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