次の日、僕たちはランシリカに向けて出発した。先に到着している星影団の団員はランシリカの兵舎で待機しているそうだ。
諜報者の情報によると現在ガルツは城塞に向けて、王都を出発したらしい。率いている兵士は自国兵だけだそうだ。
きらめく太陽と澄み渡った青空。さわやかな風が吹くなか、馬を走らせる。空ではカルムが気持ちよさそうに飛んでいた。
今朝から作戦のことで頭がいっぱいだ。出発前、緊張しているのがスレウドさんに伝わったのか乱暴に頭をなでてから見送ってくれた。
「ランシリカに着いたら作戦の確認をするわよ」
「わかりました」
「それからたくさんご飯を食べてたっぷり睡眠を取ること! 寝不足だったら連れていかないわよ!」
大がかりな作戦前だが、リュエールさんはいつもどおりに振る舞ってくれていた。みんなどこか張りつめていたので緊張を解きたいのだろう。そんな彼女の心づかいに胸が温かくなる。
「それじゃあ夕食は、大盛りご飯に朝とれたて卵の汁物と美味しい肉がいいな!」
「おまけに緑の野菜もたくさん用意するわね」
「リュエさん。わざと言っているだろう」
ふたりのやりとりを見て思わず笑みがこぼれた。
シンは嫌な顔はするが緑の野菜は残さず食べるようになっている。彼のことを見ると昔のセラを思い出す。
セラは幼いころ茄子が苦手で食事にでるたびに僕のお皿へ移していた。見かねた母上が料理長に相談をして、どうにかセラに美味しく食べてもらおうとしていた。今は克服できており選り好みせずに食事をしている。
セラに似ていると言うとシンは嫌な顔をすると思うので黙っていた。
「リュエールさんとシンは相変わらずですね」
「うん。作戦前なのを忘れそうなくらいだよ」
まだ言い合いをしているリュエールさんとシンを見てクラルスは苦笑していた。
二日間の陸路を走り、ランシリカに到着をした。東の空では星々がまたたきはじめている。そのまま僕たちは騎士の兵舎へと向かう。
コーネット卿の厚意で兵舎は自由に使用していいと許可されていた。リュエールさんは明日の作戦会議のため、確保部隊の団員を大会議室へ集める。
「みんな、明日は絶対にガルツを確保するわよ。情報交換を常にして、些細な変化でも私に連絡をちょうだい」
リュエールさんの言葉に団員の皆がうなづく。諜報者によると、ガルツは今日城塞へ到着したとのことだ。
彼女は作戦の再確認を始めた。明日、夕刻になる前に城塞近くの森へ身を潜める。明け方、ランシリカ騎士の手引きによって奇襲を開始という流れだ。
僕は胸にもやもやとしたものが残っていた。ガルツが怪しい行動をしていない。それが逆に不気味だった。
ひととおり話が終わり、解散になる。夕食まで時間があるので、クラルスとシンと一緒に寝室で休憩した。
シンは寝台へ座ると寝室を見回している。
「綺麗な兵舎だな」
「父上が年に数回、各街の兵舎の視察に行くんだ。劣悪な環境だといい騎士が育たないって信念があって掃除には力を入れていたよ。ミステイル王国はどういう感じの兵舎なの?」
「俺は遠征ばかりだったからな。兵舎にいる時間のほうが少なかった。それに俺は途中から宝石の研究所に閉じ込められていたから」
「あっ……。ごめん」
シンに嫌なことを思い出させてしまった。彼は「気にするな」と笑顔をくれる。
シンと同い年の少年騎士とシンを比べると、彼は厳しい環境であったことがうかがえた。
ミステイル王国は敵国が多かったので必然とそうなってしまうのだろう。
「クラルスは遠征に行ったことあるのか?」
「私は十五歳のときからリア様の護衛なので遠征には無縁でしたね」
「へぇ。十五歳で護衛に抜擢とか相当強かったんだな」
「少年騎士は十二歳から十八歳までなんだけど、クラルスは当時の少年騎士のなかで首席だったんだ」
シンは納得という顔をしていた。クラルスはもともと剣術に長けていた。それに驕らず努力をしていたので首席の座につけたのだと思う。
「騎士団長様はリア様と年の近い護衛騎士がいいと仰っておりました。幸いルナーエ国はここ十数年有事はありませんでしたし、リア様に長く仕える護衛騎士を育てたかったのかもしれません」
当時、専属の護衛騎士がつくと聞いて不安だった。貴族に縁故のある人で嫌がらせをされるのではないのかと思っていた。
クラルスと初めて会った日のことは今でも鮮明に覚えている。彼の目を見てすぐ優しい人なのだと察した。
思ったとおり着任初日に貴族を糾弾しようとしてくれた。そして、初めて家族以外で名前を呼んでくれた人。
今まで他人に心から優しくされたことがなかったので、うれしくて泣きじゃくってしまった。
今思えば彼に醜態をさらしてしまって恥ずかしい。
僕たちが他愛もない話をしていると扉を叩く音が聞こえた。夕食の準備が整った知らせだ。
シンは満面の笑みを浮かべながら僕たちを食堂へと急かす。
献立はシンが要望した白米、卵と野菜の汁物、香りがいい香辛料で味付けした肉だ。しっかり緑の野菜も用意されている。
彼は素直によろこべず複雑な表情をしていた。わかりやすく表情に出してしまうシンに思わず笑みがこぼれる。
夕食後、早めに僕たちは寝室へと戻った。リュエールさんが食堂にいた人たちを次々に追い出したからだ。彼女に文句を言われる前に足早に退散した。
寝台に横になりながら明日のことを考える。ガルツを捕らえることができるのだろうか。失敗したとき、王都にいるセラに危害を加えるのではないのかと思ってしまう。
目を瞑りながら両隣の寝台に寝ているふたりへ声をかけた。
「シン、クラルス。必ず作戦を成功させようね」
「あたりまえだ」
「えぇ。必ず。戦いを終わらせましょう」
それぞれ僕の問いに応えてくれた。自分に「大丈夫」と言い聞かせる。
不安ではないといえば嘘だ。ガルツが奇襲を察知していたら、拠点が制圧されてしまったら、誰かが犠牲になってしまったら。考え出すときりがない。
嫌なことを考えてしまう頭を左右に振る。僕は毛布を深くかぶり、眠りについた。
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