「へぇ。自信あるのか? 直前で逃げるなよ?」
「ご託はいいです。始めましょう」
僕は修練場へ足を進めた。騒ぎを聞いていたのか、遠巻きでラザレースの騎士たちが僕たちを注視している。
彼の実力の程度はわからない。しかし、騎士の態度から勝算を見出していた。
僕と金髪の騎士は対面になり、剣を抜く。クラルスを見やると剣の柄に手をかけていた。
彼は僕に危機が迫ったら迷わず抜剣する。「大丈夫」と目で訴えたが、クラルスは姿勢を崩そうとはしなかった。
「付き人の二人は怖い顔してんなぁ。邪魔だけはするなよ」
騎士は鼻で笑いながら、僕のほうへ向き直った。剣を構えて彼の攻撃に備える。読みが正しければ初めに攻撃を仕掛けてくるのは騎士のほうからだ。
「行くぞ! しっかり柄を握ってろよ!」
彼は素早く間合いを詰めて、剣を振り下ろした。受け止めた衝撃が腕にびりびりと伝わってくる。
僕を潰す勢いで剣を振るので、気を抜いたら剣が弾き飛ばされてしまいそうだ。
「王子! 受け止めてばかりじゃ勝てねぇぞ!」
反撃をしない僕へ、さらに剣を強く振り下ろす。それが狙いだ。
さきほどの鍛錬で、クラルスから教えてもらったこと。相手が予想をしていない行動をして意図的に隙を作る。
彼の大きく振った腕が下ろされたとき、剣で受けずに素早く避けた。騎士の体がぐらりと傾き、体勢が崩れる。彼の手を蹴り、剣との繋がりを絶った。次いで首元に剣先を突き出す。
「……僕の勝ちです」
彼は、驚きと悔しさが交じったような表情をしていた。騎士は唇を噛み締めて膝をつく。
僕は短くため息をついて、剣を鞘へ収めた。
「ご自身で言いました約束は守ってください」
見学をしていたラザレースの騎士たちがざわついている。今日はもう鍛錬をする場合ではなくなってしまった。
クラルスとシンの元へ歩みを進めたとき、騎士が勢いよく立ち上がる。彼の表情は怒りの色に塗りつぶされていた。
「体術を使うのは卑怯だ! 剣術のみで戦え! そうやって卑怯な真似をして女王陛下たちを手にかけたんだろう!」
鍛錬のときにクラルスから教えられた言葉をそのまま彼に伝えたい。強情な騎士は、負けを認めたくないようだ。
突然、彼は剣を拾い上げ僕に向かって投げつけた。短剣を抜こうとしたとき、クラルスとシンが素早く動く。
クラルスは抜剣をして飛んできた剣をなぎ払い、シンは僕を庇うように片腕を伸ばしていた。
金属音とともに剣が宙を舞い、乾いた音をたてる。騎士は唖然とした表情で僕たちを見ていた。
クラルスは怒りの形相で、剣を携えたまま騎士に近づく。
「素直に負けを認めず、そのうえリア様に危害を加えようとする愚行。しつけがなっておらず、名ばかりの騎士とは貴様のことだ」
騎士はクラルスの凄みに気圧されてしまっている。遠巻きに見ていた騎士たちもクラルスの威圧に顔を引きつらせていた。
「クラルス。剣を収めて」
彼は、騎士をにらみつけたまま静かに剣を収める。僕は騎士を見据えて言葉を紡いだ。
「あなたの敗因は、僕のことを戦う前から格下と見下していたことです。それが大きな隙となりました。戦争では対峙する相手の力量を瞬時に察することは難しいです。くれぐれも気を抜かないようにお願いします」
僕たちは騎士たちの視線を背負いながら修練場をあとにした。
一応チェルシーさんに先ほどの出来事を伝えたほうがいい。会議室へ向かうため回廊を歩いていると、心地よい風が僕の髪をそっとなでた。
後ろからシンの不安そうな声が響く。
「……リア。大丈夫か?」
彼の声につられて振り返ると、白銀色と琥珀色の瞳と視線が交わる。
「大丈夫。ごめんね。やっぱり騎士の手合いは受けるべきじゃなかったよ。ラザレース騎士のことはチェルシーさんに相談すればよかった」
「気にするな。それに言われっぱなしだと嫌だしな」
シンは眉を下げて苦笑していた。クラルスはシンの隣で申しわけなさそうな顔をしている。
「リア様がお受けにならなければ、今日にでも離反者が出て街にも混乱が生じていたかもしれません」
「うん。リュエールさんの言うとおり、コーネット卿が来るまでは戦争のことを口外するのは危険だと思う」
「あ……。そういう理由でアイツの手合いを受けたんだ」
僕が騎士の手合いを受けた理由は街の混乱を避けるための他に別の理由もあった。
「それとね。僕自身、悪く言われるのは構わないけど、クラルスとシンを悪く言われるのは嫌だったんだ……その……」
僕はひと呼吸をおいてから言葉を紡いだ。
「クラルスとシンは……僕にとって大切な人だから……」
自分の気持ちを言葉にすると、気恥ずかしくて頬が熱くなる。
クラルスとシンは今まで僕を守るために行動で示してくれていた。それを見ていたので僕も感化されたのかもしれない。
だからといって彼らに気持ちを伝える必要があったのか疑問だ。なれないことを言い、頭がぐちゃぐちゃになって次の言葉が出てこない。
俯いていると、シンに勢いよく肩を抱かれた。彼の顔を見ると、白い歯を見せて満面の笑みを浮かべている。
「何だよリア! 照れるだろう! でも、うれしいぜ。ありがとうな」
「リア様にそう仰って頂いて、私は果報者ですよ」
クラルスはやわらかい笑みを僕にくれた。
守られている立場の僕がおこがましいかもしれないけど、大切な人を自分なりに守っていきたいと思う。
二人の笑みに応え、自然と笑顔を送り返した。
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