プリムスの伝承歌

-宝石と絆の戦記ー
流飴
流飴

第23話 作戦

公開日時: 2020年12月24日(木) 22:30
文字数:3,692

 午後、修繕の手伝いをしているとリュエールさんから声をかけられる。


「リア。ちょっと公会堂まで来てくれる?」

「はい。これを置いてから行きます」


 釘の入った箱を届けてから急いで公会堂へ向かった。簡易的な机を囲んでリュエールさん、ルフトさん、スレウドさんがいる。

 机の上にはルナーエ国の地図が広げられていた。

 少し遅れてクラルスが合流する。皆、真剣な表情をしているので、これから何を話されるのか察した。


「リア、クラルス。ガルツが動き出したそうよ。およそ三〇〇〇の兵を率いて私たちの拠点へ向かっているわ」

「三〇〇〇……。予想より多いですね」

「それだけ本気で潰したいらしいわね」


 王都からの距離を考えると、早くて明後日には新拠点までやってくるだろう。リュエールさんは険しい表情で僕たちを見据えた。


「この戦いに負ければ星影せいえい団は戦力を失ううえに新拠点も奪われてしまう。再建はかなり厳しくなるわ」

「最悪リュエールとリアが生きていればどうにかなるさ」

「何言ってるの! 皆がいてこそよ。私ひとりが生き残って、どうにかできるものではないわ」


 スレウドさんの言葉にリュエールさんは声をあげた。隣にいたルフトさんは彼女の肩を叩いてなだめる。


「王国軍になんか負けるつもりはねぇが、万が一だ。俺たちの代わりはいくらでもいる。だが星影団の団長であるリュエールと、この国の王子であるリアの代わりはいねぇんだ」

「……わかっているわ。でもあなたたちを死なせるつもりはないわよ」


 スレウドさんの言葉が胸に刺さる。確かに僕の代わりはいない。でもそれは皆も同じだ。スレウドさん、ルフトさん、クラルスの代わりはいない。

 できることはすべてやるつもりだ。


「リュエールさん。星影団の兵力はどのくらいですか?」

「今の時点で一〇〇〇に満たないわね……。正面からのぶつかり合いでは勝てないわ」

「厳しいですね……」


 諜報ちょうほう者によると、ミステイル軍は騎馬兵六〇〇、歩兵一九〇〇、弓兵五〇〇。対して星影団は歩兵九〇〇、弓兵九〇程度。戦力はかなり差があり、圧倒的に機動力は負けている。

 あごに手をそえて考えを巡らせる。


「リュエールさん。星影団の編成はミステイル軍に露見しているのですか?」

「今朝、カルムを諜報者に送ったのだけど、そろそろ帰ってくるかしら」


 そのとき、短い鳴き声が聞こえ、カルムが窓枠へ止まった。リュエールさんは急いでカルムのそばへ寄る。


「カルム。おつかれさま」


 カルムの足には小さな筒状の紙が縛りつけてあった。彼女はそれを広げ、中身を確認する。


「今のところ新拠点から視認できる範囲にはミステイルの諜報者はいないそうよ」

「へぇ。探りを入れないとは俺たちはなめられたもんだな」


 スレウドさんは肩をすくめて苦笑した。星影団を諜報しないということは力押しでどうにかなると思っているのだろう。


「リュエールさん。森に弓兵を全員伏兵させて、騎馬兵の側面から狙いましょう。奇襲をして機動力を削げば相手も混乱します」

「そうね。弓兵が狙われても森に逃げ込めばいいでしょう。騎馬兵も森までは追ってこれないわ」


 彼女は地図へ図形や文字を書いていく。

 伏兵だけでは勝てない。もっと相手に損害を与えないと、まともに戦えないだろう。


「このあたり一帯は隆起しているところが多い。荒野の平地から一番高い丘までおびき寄せて落石をしよう」

「荒野の戦場で落石とは面白いですね」

「使えるものは地形でも何でも使うさ」


 クラルスはルフトさんの案に感心をしていた。

 籠城戦に落石は主に使われる。ミステイル軍も荒野で使われるとは思わないだろう。

 そのためには明後日までに落石用の石を調達しなければならない。


「相手の諜報がこちらに来ていないのであれば、少しくらい大胆な動きをしても露見しないわね。その作戦でいきましょう」

「あとは万が一を考えて退路確保だな」


 策も決まり、リュエールさんたちは団員へ声をかけて公会堂前に集めた。

 修繕作業は中止し、今から各自ミステイル軍との戦いに備える。

 リュエールさんは団員への役割を振りわけて指示をしていた。


「リア様。とうとう始まるのですね」


 僕とクラルスは公会堂の端で奮起している星影団を見つめていた。


「うん。絶対この戦いには勝たないといけないんだ」

「えぇ。リア様。私が必ずお守りしますのでご安心ください」


 安心させるように、彼は柔らかい笑みをくれた。

 不意に、もしクラルスが戦いの最中死んでしまったら僕はそれを受け入れられるのだろうか。

 当たり前の日常は簡単に奪われてしまう。もう自分が身にしみてわかっていた。


 恐怖心が足もとから這い上がり全身を駆け巡る。それを振り払うように頭を左右に振った。


「……リア様どうかなさいました?」

「ううん。何でもない……」


 リュエールさんたちは話が終わったようで公会堂へと戻ってきた。


「あぁ。これからやることが山積みね」

「リュエールさん。おつかれさまです。僕に何かできることはありますか?」


 彼女は少し考えたあと、何か思いついたような顔をした。


「リアも私と同じ指揮がれるようにしましょうか。万が一私が指示を出せなかったときのためにね」

「ぼ……僕がですか? それはルフトさんがする役目だと思いますけど……」


 彼女に問うと、ルフトさんは中衛で指揮を執るそうだ。それでも周りからすればまだ子どもだ。そんな大役を引き受けていいのだろうか。


「リアはこの国の王子よ。あなたの頑張っている姿を見ればみんなの鼓舞になるわ」

「そういうものなのですかね……。みなさんの役に立てるのでしたらやってみます」


 まだ実戦経験がないので、どこまでできるかわからない。

 不安なことはたくさんある。リュエールさんが任せてくれるのなら僕なりに頑張ってみよう。

 さっそく彼女に指揮の執りかたを教わる。その他にも作戦のこと、兵士の動きの予想など戦いに関することを夜遅くまで学んだ。



 真夜中、寝つけず公会堂の高い天井を見つめていた。少し外の空気を吸ってこよう。

 起き上がると、不意に何かが手に触れた。


「……リア様。どちらへ?」


 隣に寝ているクラルスが薄目を開けて問いかける。寝惚けているのか無意識に僕の手をつかんだみたいだ。


「眠れなくて、少し外へ行って来るよ」

「……おともします」


 彼が起きあがろうとしたので、無理やり肩を押さえる。クラルスは最近、力仕事をして疲れている。僕が眠れないというだけで睡眠を妨げたくない。


「大丈夫。すぐ帰ってくるから」

「しかし……」

「クラルスは身体を休めて。それも大事なことだよ」

「……かしこまりました」


 彼の乱れた毛布をかけ直す。クラルスは目を閉じると、すぐ規則正しい寝息が聞こえてきた。

 静かに立ちあがり、公会堂から外へ向かう。

 夜気は肌寒さを感じるくらい冷えていた。夜空にはほとんど闇に食べられてしまっている繊月が浮かんでいる。


 少し散歩をしようと村の裏手を歩く。不意に川の近くでリュエールさんの姿を見つけた。

 彼女に話しかけようと思い近づこうとしたが、すぐに足を止める。先にリュエールさんへ近づく人影を見つけた。

 弱い月明かりを頼りに確認をすると、毛布を持ったルフトさんだ。彼はリュエールさんへ乱暴に毛布を投げつけた。


「これから戦だっていうのに、団長が風邪引いたらどうするんだよ」

「ルフトありがとう。心配して探しに来てくれたの?」

「俺たちの団長だからな」

「へぇ、それだけ?」

「茶化すなよ」


 ふたりの邪魔をしてはいけないと思い、この場から離れようとした。

 しかし、聞こえてきた話の内容に思わず耳を傾けてしまう。


「……何か悩んでいるのか?」

「リアたちのことなんだけど。星影団へ引き入れて本当によかったのかなって……」

「必要なことだったんだろう」

「でもまだリアは十四歳よ。クラルスと一緒に諸外国へ亡命させたほうがよかったのかもしれない」


 リュエールさんは僕たちの勧誘を悩んでいた。

 僕は星影団へ入ったことは後悔していない。もしリュエールさんに出会わなかったら、今ごろガルツに殺されていただろう。

 盗み聞きになってしまうが、木の陰に隠れて会話を聞くことにした。


「王子も王女を救いたいんだろう。利害は一致しているからリュエが悩むことじゃない」

「ルフトはもう少しリアとクラルスに優しくしてよね」

「気が向いたらな。どうもあのふたりはいけ好かない」


 ルフトさんは僕たちのことを嫌っているのは態度でわかっていた。理由がないのに嫌われるのはなれている。


「まだ怒ってる? ……この話は止めようか。もう済んだことだしね」

「そうだ。お前に舌戦で勝てる気がしない」


 彼は苦笑していた。リュエールさんとルフトさんの舌戦を想像して苦笑する。彼女に勝てる人は早々いないのだろう。


「そろそろ戻るか? だいぶ冷えてきたぞ」

「もう少しお話しよう?」

「……仕方ないな」


 ふたりは岩場に腰かけ他愛もない話を始めた。気づかれないよう静かにその場から離れる。

 彼女の悩んでいる姿は見たことがなかった。ルフトさんだからこそ悩みを打ち明けているのかもしれない。

 リュエールさんとルフトさんは今まで支え合って星影団を率いてきたのだろう。

 村をぐるりと一周して公会堂へと戻り、眠りについた。

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