しばらく道なりに走っていると、短い悲鳴が聞こえた。声からするとリックさんだろう。
急いで彼の元へいくと、リックさんは大きな蜘蛛型の魔獣に襲われていた。何十匹もいるので彼ひとりでは手に負えないようだ。
原石欠片の魔力につられて集まってきたらしい。
「よおリック。いい様だな」
「……四面楚歌だな」
「何言ってやがる! よくも俺たちを騙したな!」
シンが怒鳴っている間にも魔獣はリックさんを襲っており、彼は短剣で応戦していた。
僕は黙ってみているわけにもいかず短剣に手をかけた。加勢しようと足を踏み出したとき、クラルスに制止される。
「クラルス……?」
彼は困った表情をして口の前に人さし指を立てた。シンもクラルスも加勢する様子はない。このままリックさんを見捨ててしまうのだろうか。
シンは腕を組んで、高みの見物を始めた。
「大変そうだなリック。ラピスラズリを渡せば、助けてやってもいいぞ」
「何を……」
「別に俺たちはどっちでもいいんだぜ。魔獣に食われたお前の亡骸から宝石を取れるからな」
シンの顔が完全に悪党だ。彼は騙されて、そうとう怒っている。僕とクラルスは顔を見合わせて苦笑した。強引な取引だが、シンに任せよう。
「あとで渡すから助けろ」
「渡すのが先に決まっているだろう。お前は信用ならねぇ」
リックさんは舌打ちをして、腰に下げている鞄からラピスラズリを取り出した。彼は宝石を乱暴にシンへ投げる。
さすがに命には替えられないのだろう。シンが宝石を受け取ると同時に、魔獣が彼に襲いかかる。
「シン!」
僕とクラルスは抜剣をして応戦をする。飛びつこうとしている魔獣を次々に斬り伏せた。
倒しても魔獣は分岐路から現れ、きりがない。
「これでは埒が明きませんね」
「こっちだ。走るぞ」
リックさんに案内され、入り組んだ道を走っていく。後ろを振り返るとまだ魔獣は追ってきていた。このまま入り口まで行ってしまうと、他の採石者がいた場合危険だ。
「リックさん。トパーズの魔法で魔獣の進路を塞いでください」
「馬鹿言うな。塞ぐまで時間がかかる。生成するのは間に合わん」
「僕が時間を稼ぎますので、お願いします!」
「リア様! 危険です!」
「こんなにたくさんの魔獣が外に出たほうが危険だよ!」
走りながら腰に下げていた弓を掴み、矢をつがえる。放たれた矢は魔獣に命中をして、金切り声が上がった。
ありったけの矢を使い魔獣を牽制する。その間にリックさんは土を隆起させ、通路を塞いだ。しばらく蜘蛛がうごめく音が聞こえたが、しだいに遠のいていった。
魔獣の群れから逃げられて安堵する。クラルスは慌てて僕のもとへ駆け寄ってきた。
「リア様。お怪我はありませんか?」
「大丈夫だよ。みんな無事だね。よかった」
リックさんはため息をついて、眼鏡の位置を中指で直した。シンは怒りが収まらないのかリックさんの胸ぐらを掴む。
「シンやめて! 宝石は手に入ったからいいでしょう?」
慌ててふたりの間に入り引き剥がした。リックさんは冷たい目で僕たちを見ている。
「……そんな素直じゃ世の中で生きていけないぞ。騙されるほうが悪い」
「騙すほうが悪いに決まっているだろう! 自分を正当化すんな!」
「俺は何年も採石をやっていて原石欠片を発見したのは今回初めてだ。おまえたちみたいな初めて採石へ来た奴に渡せると思うか?」
シンは眉をつり上げてリックさんをにらみつけていた。彼にどんな理由があろうとも約束なので守ってほしい。
「……今回はいつもより欠片の収穫がよかったからよしとするか」
リックさんは詫びれもない様子だった。本当に宝石のことしか頭にないのだろう。彼はためいきをつくと、僕たちの横をすり抜けて歩き出した。
「ここから先は一本道だ。用も済んだし俺は先に出る」
「自分勝手な奴だな……」
リックさんは立ち止まると僕たちのほうへ振り返った。
「採石場に来ることが初めての君たちが原石欠片を見つけられた。もしかしたら宝石が導いてくれたかもしれないな」
「宝石が……ですか?」
「……まぁまぐれだろう。リア、次に会う機会があれば左手をみせてくれ。今も気になって仕方ない」
「お断りします」
僕の答えを聞いた彼は顔を歪めて苦笑する。リックさんは左手を軽く上げると、立ち去っていった。
彼の姿が見えなくなったところでため息をつく。
リックさんはとてもあくが強い人だ。長時間一緒に行動してどっと疲れが押し寄せてくる。
彼がいなければラピスラズリを手に入れられなかったかもしれない。しかし、一連のリックさんの行動を考えると彼とはもうかかわりたくはない。
「リア様。シン。私が寝ている間に、何かあったのですね」
クラルスに問い詰められたので正直に話すことにした。本当、リックさんは余計なことを言う。
「黙っていてごめん。実はリックさんに無理やり刻印を見られそうになったんだ。シンが来てくれたから大丈夫だったよ」
彼は悲しそうな表情をしている。クラルスに心配をかけたくなくて黙っていたのだが、逆に不安にさせてしまった。
僕たちのやりとりを見ていたシンが言葉を紡ぐ。
「クラルス。俺がリアにリックの件は黙ってろって言ったんだ。おまえに心配かけたくなかった」
「……えぇ。承知しておりますよ。とりあえず外へ出ましょうか」
シンは自分が指示したと嘘をついた。僕があとで何か言われるのではないのかと思ったのだろう。否定すると話がこじれてしまうので、そのまま黙っていた。
シンは宝石を取り出し、てのひらへ乗せる。瑠璃色の綺麗なラピスラズリから強い魔力と冷気を感じた。
「この宝石冷たいな。氷属性だからか?」
「そうかもね。魔力がすごい濃縮されているみたい」
「私でも強く感じますね」
僕は幼いころから原石が宿っていたが、魔力を感じたことはなかった。たくさんの宝石に触れて、魔法を使用したので感覚が研ぎすまされてきているのかもしれない。
シンは大切にラピスラズリを腰にある鞄へ収めた。
「クラルス。この近くの街ってどこだ?」
「トラシアンが一番近いですね。半日くらい歩けば着くと思いますよ」
僕たちは採石場近くの街であるトラシアンへ向かう。リックさんが言った通り、入り口までは一本道だった。
久々に洞窟から外へ出て、太陽の光がまぶしく感じる。新鮮な空気をたっぷり吸い込み、空を仰ぐ。太陽の位置からすると昼くらいだろう。丸一日採石場内にいたらしい。
不意に短い鳥の鳴き声が聞こえる。森の中から一羽の鳥が舞い上がった。
「あっ! カルム!」
僕の声を聞いたカルムは、一目散に肩へ止まった。頭をなでると、目を細めている。リュエールさんが心配で寄越したのだろうか。カルムの足には紙がくくりつけてある。
―何かあったらカルムに手紙をくくりつけて飛ばしてね。リュエール―
「リュエールさん。心配なのでしょうね」
クラルスは苦笑している。
シンがカルムを触ろうとしてそっと手を伸ばした。それに気がついたカルムは僕の肩を伝って、クラルスの肩へ移動する。
シンはあまり好かれていないようだ。
「まだだめか!」
「これから仲良くなれるよ」
トラシアンは採石場から南に位置する街だそうだ。僕たちは休憩を挟みながら街へ向かった。
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