プリムスの伝承歌

-宝石と絆の戦記ー
流飴
流飴

第4話 隣国-Ⅱ

公開日時: 2020年11月9日(月) 21:30
更新日時: 2021年10月30日(土) 01:43
文字数:3,491

 城内は晩餐ばんさん会の準備のため、侍女たちが慌ただしく動き回っている。

 自国でも他国の要人が来訪したとき、豪華な晩餐会をしてもてなしていた。僕とセラも勉強のため一年前から同席をして、まつりごとの話や他国の情勢などを耳に入れている。

 しかし他国へおもむき、もてなされる立場になるのは初めてで緊張してしまう。


 日も落ちてきたころ、僕たちは与えられた部屋で待っていると侍女があらわれた。


「お待たせいたしました。晩餐会の準備が整いましたので、ご案内いたします」


 侍女のあとをついていくと、美術品や絢爛けんらんな装飾があしらわれている工芸品がある部屋へ案内される。

 縦長の卓上には温かい料理が食べきれないほど並んでいた。

 僕のあとについてきたクルグ、ロゼ、クラルスは壁沿いへ並ぶ。晩餐の席には国王とガルツ王子、数名の貴族がすでに談笑を楽しんでいる。

 ガルツ王子と目が合うと、彼は立ち上がった。


「ウィンクリア王子。お待たせしました。どうぞおかけください」

「はい。このような晩餐会をご用意していただきまして、ありがとうございます」


 夜の宴がはじまる。食事をしながら他愛もない会話が室内に響く。難しい政の話をされたが、無難に受け答えができ安堵した。

 一年前から謁見に同席していたため、国内外の政は大まかであるが把握している。

 お酒が入り、上機嫌になっている国王から話しかけられた。


「アエスタス女王の体調はどうですかな?」

「体調ですか?」


 母上は大きな病をわずらっているわけではない。なぜこのような質問をするのだろうか。


「アエスタス女王は月石を宿されてだいぶ年月が経っておる。噂によると原石プリムスを宿すと体調に変化があると耳に入れたので心配でしてね」

「お気づかい、ありがとうございます。風邪で少し体調を崩すときがありましたが、大きな病はありません」


 母上が月石を宿していることは、国外に隠しているわけではない。ほとんどの国主や要人は認知している。

 他に北の大国フィンエンド国のティグリス元帥が原石プリムスを宿していると公言していた。


「父上。ルナーエ国の象徴である宝石ですので、あまり触れることはよろしくないですよ。ウィンクリア王子、お気を悪くされましたら申し訳ありません」

「いえ、お気になさらないでください」


 ガルツ王子は相変わらずの笑顔を見せる。

 原石プリムスを宿している人は世界でも少ないため、各国から注目されてしまうのは仕方ない。

 大半のお皿が空いたころ、晩餐会はお開きになる。美味しい料理だったが、緊張していてあまり楽しむことができなかった。



 ガルツ王子から城に隣接されている迎賓げいひん館へ案内をされる。僕は貴賓きひん室へと誘導され、クラルスたちは隣の二部屋を使うようだ。

 貴賓室は広々としていて、一人で使うには大きすぎる。ガルツ王子は室内の物品の説明を丁寧にしてくれた。


「何かございましたら扉前の衛兵にお申しつけください」

「はい。ご丁寧な案内ありがとうございました」


 彼は一礼をすると、部屋から退室した。

 用意されている寝間着に着替え、さっそく寝台へ横たわる。ふわふわとした寝具に身体が沈み込んだ。ようやくひと息つけて安堵の吐息がもれた。

 緊張の連続だったが、自分のかてになったことは確かだ。

 明日に疲れを残してはいけない。いつもより早い時間だが、就寝しようと毛布を頭からかぶった。



 時計の針が刻む音を聞きながら寝返りを打つ。なれない部屋と寝具のため、寝つくことができなかった。

 無理やり寝ることをあきらめて、寝台から這い出る。冷たい夜風に当たれば眠気がくるかもしれない。

 薄い毛布を羽織り、部屋を出ると衛兵に声をかけられた。


「どうなさいましたか?」

「少し風にあたってきます」

「護衛の方をお呼びしますか?」

「いえ、結構です。お気づかい、ありがとうございます」


 さすがにクラルスたちを起こすわけにはいかない。衛兵に会釈をして、広く薄暗い廊下を歩いていく。

 深夜なのでひと気もなく、館内は静まりかえっていた。

 見張りをしている衛兵たちは、時が止まったかのように微動だにせず不気味だ。


 空気の流れを頼りに、城と迎賓館をつなぐ回廊へたどり着く。解いてある銀髪が、やさしく夜風にもてあそばれた。

 回廊の中央には夜空を見上げているガルツ王子がたたずんでいる。彼の色の短髪が闇にとけこんでいるように見えた。

 僕に気がつき、赤紅あかべに色の瞳と視線が交わる。

 ここまで来て引き返すわけにもいかない。ゆっくりとガルツ王子の元へ歩み寄った。


「こんばんは。ガルツ王子」

「ウィンクリア王子。眠れませんか?」

「えぇ……。少し夜風に当たろうと思いまして……」


 隣に並ぶと、ガルツ王子の身長はかなり高く、見上げてしまう。不意に彼は僕の銀髪を少しすくった。


「あ……あの……」

「失礼しました。あまりにも美しい銀髪でしたので……」

「……ありがとうございます」


 ガルツ王子の手が、左耳にしてある三日月型の耳飾りにそっと触れた。

 あまり他人に触れられたことがないので、どういう反応をしていいのか戸惑ってしまう。


「あなたはこの耳飾りと同じ月のようですね。透き通る純粋さを感じます」

「それでしたら妹のセラは太陽ですね。いつも僕に笑顔をくれます」

「兄妹で対極な関係とは、まるでルナーエ国を象徴する太陽石と月石のようです」


 彼は満足したのか左耳から手を引く。代わりに赤紅色の瞳が僕のことをじっと見ていた。

 ガルツ王子に見つめられると、不安な感情がわいてくる。

 彼から視線をそらして、空に浮かんでいる月を見つめた。


「……城下町はいかがでしたか?」

「ルナーエ国と違った文化で、とても勉強になりました。国民のみなさんも活気があり、いい国ですね」

「お褒めいただけて光栄です」


 少しの沈黙のあと、ガルツ王子の低い声が回廊に響く。


「ウィンクリア王子。国の平和を維持するために必要なことは何だと思いますか?」


 なぜそのような質問をするのだろう。各国の思想は違うと思うが、僕なりの答えを紡ぎ出す。


「……そうですね。国民あっての国ですので、皆の意見を聞いてよりよい政策をとっていくことでしょうか」


 彼は僕の答えに薄笑いを浮かべていた。何かおかしなことでも言ってしまったのだろうか。


「私は”力”だと思います。この地に強大な国を作り、ひとつの権力でまとめる。それが争いを起こさず平和を維持できると思いませんか?」

「そうかもしれませんが……。そのために他国へ侵略するのですか?」

「それ以外、何があるのですか」


 ガルツ王子は氷のように冷たい目をしていた。思わず身体が強張り、羽織っていた毛布を握りしめる。


「戦争は人々に負担がかかります。侵略せずとも同盟を組めばいいのではないですか?」

「同盟なんて書面上の約束事。その国のさじ加減でいつでも破れるのですよ。歴史がそれを証明しています」


 彼の思想はあまりにも過激で、僕は賛同できない。


「……僕にガルツ王子の考えは、わかりかねます」

「……まだお若いですね」


 僕が政に関わったのは、つい最近のことだ。時が経つにつれて、ガルツ王子と同じ考えを持つようになるのだろうか。

 僕は人々を戦火に陥れるようなことはしたくない。今はそう思っている。


「……夜風が冷たくなってきました。あまり長居しますとお身体にさわりますよ」

「そうですね。そろそろ戻ります。お話のお付き合い、ありがとうございました」

「あなたと話ができてよかったです。おやすみなさい」


 ガルツ王子は回廊の闇へ溶け込んでいった。僕も与えられた部屋へ戻り、寝台へ横たわる。

 人々の平和を維持する意見はガルツ王子と相違していた。僕の考えは間違っているのだろうか。

 考えを巡らせながら眠りの海へと沈んでいった。



 翌日の早朝。朝食を済ませ、迎賓館をあとにする。ガルツ王子と貴族数名が見送りのため城門まで同行してくれた。


「ウィンクリア王子。交友会の日を楽しみにしています」

「えぇ、お待ちしております。お世話になりました。お見送り感謝いたします」


 僕たちは一礼をして城をあとにする。緊張した空間から解放され、思わずため息がもれてしまった。


「王子殿下、お疲れ様でした。なれないことばかりで気疲れしましたな」

「リア様。お勤めお疲れ様です」


 クルグとクラルスに気取られてしまい、情けなくなる。


「ごめん、見苦しかったね。国に戻るまで気を抜かないようにするよ」

「いいのですよ殿下! 私たちの前ではいつもの殿下でいてください」

「ありがとうロゼ」


 改めて背筋を伸ばし、大通りを歩いていく。初めての国外で、なれないことばかりだった。

 それでも僕なりに勤めを果たせたと思う。

 振り返り、青空を背にしているミステイルの城を見上げる。昨晩のガルツ王子との会話がずっと心の隅に引っかかっていた。

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