プリムスの伝承歌

-宝石と絆の戦記ー
流飴
流飴

第3話 隣国-Ⅰ

公開日時: 2020年11月9日(月) 21:30
更新日時: 2021年10月30日(土) 01:40
文字数:3,431

 三日間の船旅と半日の馬車の旅でようやくミステイル王国の王都へ到着する。

 がっちりとした厚い囲壁と、門を行きかう商人の数に驚いた。商業の都と呼ばれるのにふさわしい城下町だと感心する。

 門から見える城の外壁は赤茶色を基調としており、自国の白が基調の外壁と違う雰囲気をまとっていた。

 初めて見る他国の景観に思わず足を止めて見入ってしまう。


「リア様。参りましょう」

「あ……うん。わかったよ」


 クラルスに声をかけられ、僕は騎士たちに囲まれながら城門まで歩いていく。

 街の人々は道を自然と空け、物珍しそうに僕たちを見ていた。

 街並みを見ていると自国との違う建物や街の作りが目に入り、新しい発見に心が弾む。

 しかし、自分がよそ見をしていることに気がついて前を見据えた。大切な公務なのに浮かれている場合ではない。

 うしろからロゼのくすりという笑い声が聞こえ、隣のクルグを見やるとほほ笑んでいた。


「王子殿下。国外は初めてでしたな」


 一連の行動を見られていたようだ。幼い子どものような行為が恥ずかしくなり、顔が熱くなる。


「ごめん。珍しいものがたくさんあって、少し浮かれていたよ……」

「王子殿下の年相応の姿を見るのはほほ笑ましいですな。しかし、城に着きましたらご公務ですぞ」

「うん。母上の名代みょうだいで来ているから、しっかりしないとだね」


 僕の受け答えに彼は満足そうにうなづいた。

 城門の前へ到着すると、クルグは門番へ取り次ぎをはじめる。しばらくすると、僕たちは城の控室へと案内された。

 失礼がないようにミステイル国王と話せるのか不安だ。クラルスからは”いつもどおりで問題ない”と言われたが緊張してしまう。

 深呼吸を繰り返していると、一人の兵士が姿をあらわした。


「謁見の準備が整いました。ご案内いたします」


 兵士に謁見室前へと案内される。心臓の鼓動が皆に聞えるのではないのかと思くらい、うるさく感じた。

 気づかれないように小さく息を吐き、僕は前を見据える。

 絢爛けんらんな扉が開くと、玉座に国王が鎮座していた。威厳のある存在感に気圧されそうになるが、目をそらすことなく国王を正視する。

 兵士たちが左右にいる赤い絨毯じゅうたんの上を歩き、上段の手前で足を止めた。

 国王に一礼をし、クラルスたち星永せいえい騎士は頭を下げたままひざまづく。それを背中で感じたあと、僕は右手を胸に当てて言葉を紡いだ。


「ルナーエ国第一王子ウィンクリア・ルナーエです。国王様お久しぶりでございます」


 僕のあいさつを聞くと国王は直線のように引いてあった口をやわらかく緩めた。


「時がたつのは早いな。そなたはもう礼節のあるあいさつができるようになったのか。我が王子はそなたくらいの歳だとまだ母に甘えていたころだ」

「それは大げさですよ。父上」


 玉座の隣にたたずんでいる色の短髪に赤紅あかべに色の目の青年。第二王子のガルツ・ラディー。僕より十以上年上だった覚えがある。

 不意に彼と目が合ったと同時に背中へ剣を向けられたような戦慄が走った。ガルツ王子の瞳には底知れない何かを感じる。

 不審に思われないように彼から視線を外し、国王を再び見据えた。


「……お褒めいただき光栄です。陛下の拝命により親書をお持ちいたしました」


 僕の言葉でクルグが立ち上がり、側近の者へ親書を手渡す。


「ご苦労だった。ここまでの道のりは長く、疲れたであろう。部屋を用意してある。ゆっくり休むといい」

「ご配慮、感謝いたします」


 これから僕は一晩ミステイル王国で宿泊をする。ただの使者ならそのまま返されるのだが、僕は要人として受け入れられているので、そういうわけにはいかない。

 これも立派な公務であり、王族の務めだ。

 ガルツ王子をちらりと見やると、目が笑っておらず不気味だった。

 彼との再会で、幼いころ初めて会ったときのことがよみがえる。ガルツ王子がまとっている雰囲気。幼いながら苦手意識が芽生えていたことを思い出す。

 同盟国の王子にこんな思いを抱くのは失礼だ。ガルツ王子への感情は心の奥へしまい込もう。

 謁見はとどこおりなく終了し、胸をなでおろす。再び控室へ案内され、しばらくするとガルツ王子が姿をあらわした。


「ウィンクリア王子。おつかれさまです」

「お気づかい、ありがとうございます」

「予定しています晩餐ばんさん会までお時間があります。せっかくですから街の見学をしてはいかがでしょうか?」

「えぇ。ではお時間まで、ミステイル王国の城下町を堪能しようと思います」


 ガルツ王子の提案で僕たちは城下町へ見物に向かった。

 城外に出ると緊張の糸が緩んで、ため息がもれる。


「クルグ。僕、失礼なことしていなかった?」

「ご立派でしたよ王子殿下」


 クルグは満足した様子で口元に笑みを浮かべた。僕の謁見に失礼がなかったことを確認できて胸をなでおろす。

 不意に背後からすすりなく声が聞えてきた。振り向くとロゼが泣いており、どうしたのかと不安になる。


「どうしたのロゼ? 何で泣いているの?」

「殿下の……ご成長を拝見して感極まりました」


 彼女が斜め上な理由で涙を流していて思わず目を丸くした。

 涙を拭きながら「歳のせいで涙腺が緩くなった」と、ぼやいている。クルグは呆れた顔でロゼを見ていた。

 それほど彼女が僕のことを思っていてくれたのだとわかり、思わず笑みがこぼれる。


 ロゼの涙が落ち着いたあと、僕はロゼとクラルスとともに城下町へ見物に向かう。

 クルグと他の騎士は帰路に必要な道具をそろえに行くそうだ。

 すぐ近くにある案内板を見ると、大通りの西側に露店市場がある。僕たちはそこへ足を運ぶことを決め、歩みを進めた。


 露店市場へ到着すると、その規模に圧巻される。ルナーエ国では見たことのない食べ物や小物、装飾品などが多数見受けられた。

 他国の人の出入りが激しいので、いろいろな文化が入ってきているのだろう。


「こちらの小物かわいいですね。王女様へいかがですか?」

「かわいい……かな?」


 骨董品が売っている店の前でロゼが手に持っていたものは、何かを融合させたような小さな置物。

 彼女は少し”かわいい”の感覚がずれている気がする。

 芸術品かもしれないけど、僕にはそういう感性がうといため良さがわからない。


 すっかりロゼが主導権を握り、あれやこれやと露店を回っている。クラルスと僕は大人しく彼女の後をついていった。ロゼの檸檬れもん色の髪は気分をあらわしているかのように、上下にふわふわと揺れている。


 僕も周りの露店を見ながら人混みの中を歩く。異国の個性的な商品がたくさん目に入り、好奇心が弾んでいた。

 不意に舞い上がった風船に気を取られ、何かにぶつかってしまう。


「あっ……すみません。よそ見をしていまして」


 少しの違和感を覚えた。当たった感触が人とは違うふわふわとやわらかい感じ。

 顔を上げると、柔らかい被毛に包まれた兎がこちらを見ていた。人間の大人と同じ大きさで二足歩行。円柱の帽子をかぶり、紳士的な服を着こなしている。

 自分の見知っている兎とは違い、思わず目を丸くした。


「こちらこそ失礼いたしました。お嬢さん怪我はありませんか?」

「え……はい。大丈夫です」

「よかったです。では急いでいますので失礼」


 兎は帽子を少し持ち上げて会釈をすると、足早に立ち去っていく。まるでおとぎ話の絵本から飛び出したようだ。

 実際、亜種族を見るのは初めてだ。僕と同じく、クラルスとロゼも驚いた表情で去っていく兎の後ろ姿を見送っていた。


「ラピヌ族は初めて拝見しました」

「うん。僕も書物でしか知らなかったよ」


 亜種族は人間とは違った姿をしており、種類もさまざま。同族種で世界各国に小さな集落を形成している。

 先ほどの兎はラピヌ族といい、ルナーエ国の山岳地帯に集落を構えていた。

 彼らは閉鎖的に暮らしていたが近年、街へ姿を現すようになり、友好な関係を構築している最中だ。


「あれ? 殿下、先ほど”お嬢さん”って呼ばれていませんでした?」

「う……うん。気にしていないよ」

「殿下のご容姿は中性的ですから間違えられますね」


 もう少し男子らしくならないかと、悩むときがある。武術を習っているが、筋肉がつきにくいらしく細身のままだ。

 クラルスくらいの年齢になれば変わってくるのだろうか。


 露店市場をひと回りしたころ太陽が西に傾きつつある。

 晩餐会の時間も迫ってきているので、クルグたちが待っている城門へ向かった。


「おかえりなさいませ王子殿下。ご見学はいかがでしたか?」

「すごく勉強になったよ。ありがとう」

「それでは晩餐会のお時間がもうすぐですので城へ参りましょう」


 クルグに先導され、再び城の中へと足を踏み入れた。

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