プリムスの伝承歌

-宝石と絆の戦記ー
流飴
流飴

第56話 急変

公開日時: 2021年3月30日(火) 22:30
文字数:1,666

 突然、リックさんは僕の左手首を掴んだ。何をしようとしているのかわかり、手を握りしめる。

 彼の手を振り払って逃げようとしたが、その場に押し倒された。声を出そうとしたとき口を手で押さえられる。


「リア。何の宝石が君に宿っている。採石場の入り口でのやりとりを見ていたから、わかっているんだ」


 あまりにも唐突なことで思考が停止する。リックさんは僕の爪の刻印を見ることに必死で、左手にぎりぎりと力を入れた。僕は刻印を隠そうと手を強く握る。


 彼は初めから僕に宝石が宿っていることはわかっていた。隠していたので、何か特別な宝石が宿っているのだと勘ぐったのだろう。

 月石のことが露見してしまったら何をされるかわからない。


「何も盗ろうとはしない。見せるだけでいいんだ」


 リックさんの必死さに恐怖を感じた。宝石のこととなると豹変する人なのだろう。

 僕は抑えられていない右手で彼の頬を殴る。力が緩んだので腹を蹴り飛ばし、リックさんを押し退ける。乱暴をしてしまったが自己防衛だ。

 乱れた呼吸を整えようと肩で息をする。


「……っやめてください」

「まったく乱暴だな」


 それは僕が言いたい言葉だ。騒ぎを聞いてシンが僕たちの元へやってきた。リックさんは頬をさすりながら、悔しそうな顔をしている。


「リア。どうかしたか?」

「……邪魔が入ってしまったな。もう少しで刻印が見られたのだが」

「はぁ!? お前リアに何をした!」


 シンは殺気立って抜剣をする。彼がリックさんを斬りつける前に慌てて抑えた。


「シン! 僕は大丈夫だから、剣を収めて!」

「そうそう俺を殺さないほうがいい。君たちに帰る道がわかるなら別だけどな」


 シンは舌打ちをして剣を収める。

 僕たちは複雑に入り組んだ道を何度も通ってきた。リックさんがいなければ採石場の外へは出られない。彼は自分を人質に身の安全を確保して狡猾こうかつだ。


 リックさんの豹変には驚いたが、興味本位で刻印を見たかっただけで他意はないだろう。好奇心が行き過ぎてしまったのかもしれない。

 シンはリックさんをにらみつけた。


「……もうリアに近寄るなよ」


 シンは僕の手を引いて、クラルスが寝ている場所へと戻る。彼は手を離すと大きなため息をついた。


「シン。ありがとう」

「あの宝石狂が……命拾いしたな。クラルスだったら有無を言わせずその場で殺されていたぞ」


 クラルスは僕のこととなると何をするのかわからないので思わす苦笑した。

 彼は疲れているのか、あれだけ騒いでいたのだがまだ眠っている。


 シンと話し合い、さきほどのリックさんの件はクラルスには話さないことを決めた。彼に余計な心配をさせたくない。

 そのとき、リックさんがこちらに顔を覗かせた。


「君たち、そろそろ出発するぞ」

「あぁ。わかったよ。俺たちが行くまでそこを動くな」


 彼は肩をすくめて通路へと戻る。まだクラルスは気持ちよく寝ているのだが、ゆすって起こす。


「クラルス……」

「ん……リア様……?」

「大丈夫? 起きられる?」

「おはよう。お寝坊さん」


 シンはまだ半分夢の海をさまよっているクラルスに悪態をつく。

 彼は一瞬で覚醒して、跳ねるように起き上がると、顔を赤らめた。どうしたのかと思い首を傾げる。


「も……申しわけございません。リア様より遅く起きてしまうとは失態です」

「気にしないで。疲れていたんだね」


 シンに頼んで、リックさんをこの場から遠ざけてもらう。足音が遠ざかったことを確認して、クラルスの左手に手を重ねた。

 彼は何をされるのかわかったようで手を引こうとする。クラルスの手を離さないように強く握りしめた。


「魔力譲渡させて。僕、このくらいしかできないから」


 重なっている手の間から光がこぼれる。シンとクラルスは僕を戦いに参加させないようにしていたので、自分できることで助けたい。


「リア様。もう大丈夫ですよ」

「クラルス。もっと僕のこと頼っていいよ」

「リア様からそう仰っていただけると心強いです」


 彼は優しくほほ笑んだ。いつかみんなと肩を並べて戦いたい。

 クラルスは外衣を羽織り、僕と一緒に通路まで出る。シンは僕たちが出てきたのを見計らってリックさんとこちらへ歩いてきた。

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