仲間の血の臭いに誘われたのか、十数匹の魔獣がうなり声を上げて集まってきている。
僕たちは剣を抜き、構えた。
「リア様たちは下がっていてください」
「このくらいお子様の手を借りなくても大丈夫だ。おとなしく見学してな」
クラルスとルフトさんは襲ってくる魔獣を次々に斬り伏せていく。ふたりの剣術は鮮やかで動きに無駄がない。
僕たちに襲いかかろうとしている魔獣は、クラルスが優先的に倒してくれていた。
疲れた表情をしているシンにそばに寄り添う。ふたりからすこし離れて、念のため魔獣が襲ってこないか警戒をした。
「っ痛……!」
「シン!? 大丈夫!?」
彼は腕を押さえて座り込んだ。昨晩と同じく浅い呼吸を繰り返している。
シンを助けたいと思っているのに、ただ苦しんでいるのを見ていることしかできない。自分の無力さを悔やんだ。
不意に不穏な気配を感じた。そちらのほうを向くと魔獣が口を大きく開けている。口の中から人の頭くらいの大きさの火球が生成された。
火球は発射され、クラルスとルフトさんを襲う。
「ふたりともよけて!」
気がついたふたりは間一髪でそれを避ける。火球は僕たちの近くの木に着弾をして、中央から折れた。
「これが魔獣の魔法……」
「……早く逃げたほうがいい。魔獣の数が異常だ。こんな群れを見たことはない」
シンは荒い呼吸を繰り返しながら、戦況を見ていた。
先日、クラルスが話していた”魔力の強い人間を捕食したがる”という言葉を思い出す。
宝石を宿している僕たちがいるので、魔力につられて集まってきてしまったのだろう。
魔獣は次から次へと現れいっこうに減る気配がしなかった。
突然、一匹の魔獣が遠吠えを上げる。声は森に響き渡り、木々が震えた。
それに応えるかのように、どこからともなく地響きが聞こえてくる。あたりを見回したとき、森の中から三つ首の巨大な狼型の魔獣が現れた。
家屋くらいの大きさで魔獣の親なのだろうか。人間を丸呑みしてしまいそうなほどの大きな口からは、低いうなり声が発せられている。
大型の魔獣は僕たちのほうを見ると、迷うことなく走ってきた。
「リア様!!」
「っ間に合わない!」
クラルスとルフトさんの悲痛な声が響く。大型の魔獣は身体の大きさに似合わず素早い動きで前足を振りかぶった。
シンを抱えて避けることはできない。
突然、目の前が真っ暗になり、身体が弾き飛ばされた。
全身を強打して地面に転がる。起きあがり、傷を確認したが目立った外傷はない。その代わりに背中に傷を負ったシンが傍らに倒れている。
彼が僕を庇ってくれたのだと理解した。
「シン! どうして!?」
シンの背中には魔獣がつけた深い掻き傷があり、大量の血が流れ出ている。
明らかに魔獣は僕を狙っていた。彼はどうして僕を庇ったのだろう。
それを考えるより今は眼前の魔獣を倒さないといけない。
クラルスとルフトさんが大型の魔獣に斬りかかるが、咆哮の衝撃波で吹き飛ばされる。
「ルフトさん! クラルス!」
ルフトさんは吹き飛ばされたと同時に雷撃を放った。魔獣に命中したが、あまり効いていないようだ。
魔獣と目が合い、身体がこちらを向く。シンが落とした長剣を拾い上げ、構えた。
それと同時に中央の頭が口を開くと、巨大な火球が作り出される。
剣に集中をして付与をした。相手が魔法を使うなら弾き返せるはずだ。
巨大な火球が僕に向けて発射される。
剣を火球めがけて振り下ろすと、火球は魔獣へ弾き返された。轟音とともに中央の頭へ直撃する。
怯んだ隙に、ルフトさんとクラルスが両端の首を切り落とした。魔獣の巨大な身体が傾き、地響きとともに倒れる。
それを見ていた魔獣の残党は森の奥へと姿をくらました。完全に魔獣の気配が消えて、安堵する。
剣を投げ出して、シンの元へ駆け寄った。
「シン! しっかりして!」
ルフトさんとクラルスも僕たちの元へ駆け寄ってくる。
「リア様! お怪我はありませんか!?」
「僕は大丈夫。それよりシンが僕を庇って……」
シンはまだ息はあったが出血が酷い。このままでは死んでしまう。
彼は薄目を開けて、かたわらに座っている僕を見上げた。
「そんな顔するな。……どのみち俺は遅かれ早かれ死ぬからな」
「そんなこと言わないで……。シン。何で僕を庇ったの? 庇わなければシンは……」
こんな酷い怪我をすることはなかった。彼は僕のことを嫌っていたのではないのだろうか。
「少しは、おまえに恩義があるしな……。それに……知らない国へ亡命してきて、初めて優しくされて、うれしかった」
「シン……」
「やっと……。誰かを守れた気がする」
シンは僕に冷たい態度をしていたけど、本当は義理堅くて心優しい少年。そんな彼をここで失いたくない。侵食症に侵されてわずかな命かもしれないけど、彼には諦めずに生きてほしい。
シンを抱き起こし、侵食されている左手を両手で包み込む。
「僕が……シンを助ける……」
月石に”シンを助けたい”と強く念じる。しだいに左手が優しい暖かさに包まれた。僕とシンを青白い光が包み込む。月石を宿している左手からは帯状の光がいくつも発せられた。
魔獣に荒らされた草花に光の帯が触れると生命力を取り戻し、火球で折られた木からは新芽が芽吹く。
不思議な光景に目を奪われる。クラルスに使ったときとは違う魔法だ。
突然、硝子が割れるような音がする。シンの左腕をおおっていた紫色の結晶が徐々に剥がれ落ち、破片が空へ舞い上がった。
「……これは……」
ルフトさんとクラルスも驚いた様子で僕たちを見ていた。
左手から光が止むと、てのひらに違和感がある。シンの手を離すと、僕の手の中にはきれいなアメジストが収まっていた。
シンの爪を見ると宝石が宿っている証の刻印はなくなっている。彼は侵食症から解放されたようだ。
背中の傷もすっかり癒えている。
「俺は……侵食症が……治ったのか?」
シンは驚いた様子で左手を確認していた。
「シン……。よかった……」
安堵してため息をついた瞬間、眩暈がして身体が傾く。そばにいたクラルスがすぐに支えてくれた。
身体に力をいれようとしても入らず、自分の足で立つこともできそうにない。
「リア様。どうなさいました!?」
「……ごめんクラルス。身体に力が入らなくて……」
クラルスは僕を抱き上げ、心配そうな顔をしていた。意識ははっきりしているのに身体だけ力が入らず不思議な脱力感。ルフトさんは眉を寄せて、僕を見ていた。
「一度に大量の魔力を消費したから、身体に負担がかかったんだろう。しかし……侵食症を治すとは……」
侵食症は魔法では治らないと聞いていたので、驚いた。原石である月石の治癒魔法なので治せたのかもしれない。
僕の手から落ちたアメジストをシンが拾い上げる。
「とりあえず用を済ませて戻るか。他の魔獣が来たら厄介だ」
ルフトさんは頼まれた果実を急いで採取した。僕たちは足早に林道を戻る。
「……森の外まで一緒にいく。魔獣に襲われるかもしれないからな」
「えぇ。お願いします」
シンは一緒についてきてくれるようだ。
森を抜けたころ、身体が熱く呼吸が苦しくなる。クラルスが息苦しくしている僕に気がついて足を止めた。
「リア様。大丈夫ですか!?」
「ん……平気だよ……」
彼を心配させないように無理やり笑顔を作る。シンが僕に近づき、額に手をあてた。彼の手がひんやりとしていて気持ちがいい。
「……だいぶ熱があるな。急いで戻ったほうがいい」
シンにうながされ、僕たちは急いで酒場へと戻った。シンも一緒についてきてくれたが、酒場に駆け込んだので怪訝な顔をしている。
彼には僕の身分を貴族と話していた。嘘をついていたことは露見してしまっただろう。
高熱で意識がもうろうとしてくる。ベルナさんは慌てて水桶や布を用意してくれた。
「すみません……。ありがとうございます」
「礼はいいから、今はしっかり休みな」
寝台に寝かされている僕をシンは眉を下げて見ている。
「ねぇシン。僕のわがままなんだけど治るまで待っていてくれるかな。少しお話がしたい」
「……わかった。約束する」
彼の言葉に安心して、そのまま眠るように意識を手放した。
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