冷たい風に頬をなでられ目を覚ます。隙間風が入ってきたようで、肌寒さを感じる。外を見やると乳白色の霧が、木々の存在感を薄くしていた。
隣に寝ているはずのクラルスの姿がない。早朝、魔法の練習をすると言っていたのでどこかへ行っているのだろう。
彼を探しに部屋から出る。受付まで歩いていくと、僕たちが訪ねてきたときと同じ女性がまた本を読んでいた。
彼女は僕の視線に気がついてほほ笑む。
「おはようございます。お早いですね。よく眠れましたか?」
「はい。おかげさまで。あの……」
そこまで言うと女性は神殿へ繋がる扉に視線を移す。
「お連れの方でしたら神殿のほうへ向かわれましたよ」
「ありがとうございます」
彼女に会釈をして、神殿へ繋がる回廊へ出る。霧が晴れつつある回廊を歩いていると、神殿の裏手にクラルスを見つけた。
彼は一枚の葉を持って目をつむっている。何をしているのだろう。
声をかけずに見守っていると、クラルスの持っていた葉が持ち手部分から結晶化する。
ダイヤモンドの魔法だ。思わず彼へ足早に駆け寄る。
「おはよう、クラルス。もう魔法が使えるの?」
「リア様、おはようございます。何度か試してようやくですよ」
クラルスの足元には結晶化した葉が何枚も落ちていた。
落ちている結晶化した葉を拾い上げる。少しひんやりとした感触があり、まるで葉が氷に閉じ込められているようだ。
これがダイヤモンドの付与魔法。
「きれいな魔法だね」
「まだ基本の魔法しかできません。応用するには時間がかかりそうです」
まだ僕は一度しか魔法の発動をしたことがなく、魔法の練習をどうすればいいのかわからない。
彼の刻印を見たとき、ひとつの懸念が生まれた。
刻印を見られて、僕に月石が宿っていることが露見しないだろうか。
「クラルス。刻印を隠すように手袋をしたほうがいいかな?」
「……いえ。そのままでよろしいかと。幸い月石は爪の色が変化せず、目立ちません。それにリア様はふだん手袋をしていませんから、かえって怪しまれてしまいます」
彼も爪の色があまり目立たない白銀色なので、隠すことはしないそうだ。
ふだん通りにしていたほうが怪しまれないだろう。僕の懸念は杞憂に終わった。
そのとき、草を踏む音がこちらに近づいてくる。
現れたのは赤褐色の髪に栗色の瞳の男性。僕と目が合うと、彼は声を上げた。
「おっ! やっと見つけたぜ!」
反射的に僕とクラルスは剣の柄に手をかける。
「何者です!」
クラルスは僕を庇うように前へ出た。男性は敵意がないことを示すように両手を挙げている。
「おっと! ウィンクリア王子と護衛のクラルスだろう? 別に捕まえに来たわけじゃない。話したいことがある」
「話したいこと?」
クラルスは今にも剣を抜こうとしていた。
「おいおい、剣なんて抜いたらすぐに追い出されるぞ。ここの規則を知らないわけじゃないだろう?」
原石神殿では争いごとが禁止されている。抜剣をすれば違反で強制的に追い出されてしまう。
そのことは部屋を借りるときに説明を受けていた。遠くで歩いている神官から刺すような視線を感じている。
「なるべく他の奴に聞かれたくない。おまえたち部屋を借りているな? そこで話す」
「……リア様。いかがなさいますか?」
彼の服装を見るかぎり、ミステイル王国の兵士ではなさそうだ。僕に接触をしてきたのなら、セラの居場所を知っているかもしれない。
「話を聞いてみよう」
男性は何者なのだろうか。疑問を抱きながら、宿泊している部屋へ案内をする。
彼は部屋へ入ると、椅子へ勢いよく座った。僕は寝台へ腰をおろし、クラルスは僕の近くの壁に寄りかかる。
「自己紹介がまだだったな。俺はスレウド。星影団って聞いたことあるだろう。そこの団員だ」
彼の”星影団”という言葉にクラルスは顔をしかめた。
「星影団。悪名高い賊ですね」
「自警団って言ってくれ」
星影団の名は僕も聞いたことがあった。貴族の間では有名な賊。
税金の保管庫を襲い、貴族から金目のものを奪う。あまりいい噂は耳にしたことがなかった。
「貴族を襲っているのは事実だが、俺たちが狙っている貴族は悪事を働いている奴だ。おまえたちは知らないだろうが、街の人たちから懲らしめて欲しいって依頼があるんだ」
「そう……だったのですね」
言われてみれば、被害に遭っているのは、悪い噂がある貴族ばかり。どうやら星影団は義賊であり自警団としても活動しているようだ。
「それで、スレウドさん。話とは何ですか?」
「単刀直入に言う。ウィンクリア王子、クラルス。俺たちの仲間になってくれ」
「えっ!」
彼の発言に面食らってしまう。
スレウドさんの話によると現在、城はミステイルの兵士に占拠されているらしい。追い出すために僕を必要としているそうだ。
「そ……そんなこと急に言われましても……」
「団長がどうしても必要なんだとさ」
星影団は王子が味方にいることで、大義名分を得るつもりなのだろう。それなら僕より次期女王であるセラを優先的に探すはずだ。
それに星影団は僕たちが両親殺しをしていないと確信でもあるのだろうか。
「スレウドさん。僕たちは国中に女王と騎士団長殺しとして流布されています。疑っていないのですか?」
「真偽は知らんが、虫も殺せなさそうな顔のお子様が女王殺しとは思えないけどな」
「……僕たちは母上と父上を手にかけていません。すべてガルツが仕組んだことです」
「へぇ。ミステイル王国の第二王子か。で、おまえたちは命からがら逃げだしたと……」
彼は僕を疑っている様子はない。疑うの問題以前、真偽にあまり興味がないように見えた。
「スレウドさん。セラ……妹がどこにいるのか知っていますか? 今、一番権力をもっているのは次期女王であるセラです。最優先でセラの身の安全を確保するために動きますよね?」
「あー……。俺は王子を連れて来いって言われただけだからな。王女は知らん」
結局セラの所在は掴めず、肩を落とす。僕に接触してきたので、セラを保護してくれているのかと少し期待していた。
「で……。ウィンクリア王子どうするんだ? 俺たちと手を組めば王女探しも楽になると思うし、おまえたちの身の安全は確保されるぞ」
スレウドさんの言っていることはもっともだし、嘘をついているとは思えない。
しかし、星影団の傀儡にされ、自由が利かなくなってはセラを探せない。彼らがセラを優先的に探してくれるとも限らない。
あまりにも判断材料が欠けている現状で、誘いを受けることはできかねる。
「わざわざ来ていただいたところ、すみません。僕は妹を探さないといけませんので、お断りします」
「……ふぅん」
スレウドさんは一枚の紙切れを僕に差し出す。広げてみると簡易的な地図のようだ。
「隣街の拠点の地図だ。気が変わったら来いよ。歓迎するぜ」
彼は気だるそうに椅子から立ち上がると、退室をした。無理やり勧誘するわけではなく安堵の息がもれる。
足音が去っていくのを確認して、クラルスと目を合わせた。
「……こんな勧誘が来るなんて思わなかったよ」
「またリア様に接触する輩が来たら面倒ですね。明け方に出発しましょうか」
「うん。とにかくセラの情報が欲しいよ」
受付の女性に明け方に発つことを伝える。彼女は「わかりました」と短いひとことを発して、冊子に何かを記載していた。
「あの……ここに宿泊した方の忘れ物で外套ってありますか? 不要でしたら、ふたつ譲っていただきたいです」
「外套ですか?」
彼女はいぶかしげに僕を見たあと、受付の裏にある小部屋へと入っていく。
しばらくすると、そこまで痛んでいない外套をふたつ持ってきてくれた。
「もう何ヶ月も取りに来ませんから、元の持ち主は必要ないのでしょう」
「ありがとうございます」
彼女に会釈をして、各自でセノパーズへ向けての準備を始めた。
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