プリムスの伝承歌

-宝石と絆の戦記ー
流飴
流飴

第39話 月夜

公開日時: 2021年1月30日(土) 22:30
文字数:2,108

 深夜、物音で目が覚めた。起き上がると、リュエールさんの姿が寝台にない。どこへ行ったのだろうか。

 スレウドさんとクラルスを起こさないように、部屋を出る。

 廊下にはひと気はなく、しんと静まりかえっていた。リュエールさんは外へ出てしまったのだろうか。

 宿の玄関を開けると、石畳の階段に彼女は腰をおろしていた。リュエールさんは毛布を羽織って、月を見つめている。


「リュエールさん……。眠れませんか?」

「あっ。リア起こしちゃった?」

「いえ。そんなことありませんよ」


 夜の空気はひんやりとしていて肌寒い。彼女は片手で毛布を広げて隣へ座るよううながした。

 さすがに気恥ずかしくて遠慮する。


「風邪引いちゃうわよ」

「だ……大丈夫です」


 リュエールさんに手を引かれて無理やり隣へ座らされると、肩に毛布をかけられた。密着してしまい、彼女の体温が伝わってくる。

 こういうとき、どうすればいいのかわからない。自分の顔が熱くなるのを感じる。


「顔を赤くしてかわいいわね」

「か……からかわないでください」


 気取られてさらに恥ずかしくなる。リュエールさんは僕の解いてある髪を手でいた。大切なものを扱うように細い指がゆっくりと落ちる。

 特に嫌ではなかったので、拒むことはせずおとなしくしていた。


「……ごめんなさい。リアの髪が綺麗でつい触ってしまったわ」

「いえ……気にしないでください」


 リュエールさんは僕の髪から手を離すと、じっと見つめられた。澄んだ菖蒲あやめ色の瞳と目が合う。

 月明かりを背にした彼女を見て綺麗な人だなと感じた。


「こんなことがなければ、リアとは一生交わらなかったわね」

「そうかもしれません……」


 無意識に僕たちは夜空に浮かぶ月を見つめた。街にはほとんど灯りはなく、いつもより月の光を強く感じる。

 不意にリュエールさんは僕のほうに少し頭を傾けた。僕の銀色の髪と、リュエールさんの亜麻色の髪が交わる。


「リア。あなたがこの国の人々を守るなら、私があなたを守るわ」

「リュエールさん……」


 僕たちを星影せいえい団に誘ってしまったことを悔いての言葉なのだろうか。ルフトさんも言っていたが、リュエールさんが気にすることではない。きっかけは彼女かもしれないが、僕が自ら選び取った。

 それにこの選択が正しかったのかわからない。


「リュエールさんが、そう思ってくれるだけでうれしいです」


 ほほ笑むと彼女は目を細めた。どうしてリュエールさんはここまで僕によくしてくれるのだろう。母上たちの忘れ形見だとしても、ここまでしてくれるのだろうか。


「あの……僕たちまだ会ってまもないですけど、なぜここまでよくしてくれるのですか?」

「そうね……。私とリアが似ているからかしら」


 僕と彼女が似ているとはどういうことなのだろう。首を傾げると、リュエールさんはくすりと笑った。


「私ね、元は街を統治していた貴族の娘だったの。他の貴族に無実の罪を着せられて、私以外粛正されてしまったわ。故郷を追われて頼る人もいなくて、死んでしまいたいと思った。そのとき、手を差し伸べてくれたのがルフトとスレウドだったの」


 彼女の過去を初めて知った。境遇が似ている僕に手を差し伸べたかったのだろう。


「それに、陛下に恩があるの」

「母上にですか?」


 リュエールさんは星影団の活動をしているとき、一度騎士団に捕まってしまったことがあるそうだ。極刑になるところ、母上が王都へ連れてくるように指示したらしい。そのときに、協力関係を持ちかけられたそうだ。母上は以前から星影団の動きと諜報力を知っていたらしい。


「最初は陛下のこと、悪の親玉だと思っていたわ。実際話を聞いて利害が一致したから、お互い協力関係を築こうって思ったの」

「貴族の悪事を抑えられないことに、母上も父上も悩んでいました」

「今の陛下と騎士団長様のせいではないことはわかっているわ。少しずつむしばまれていったのよ」


 貴族の悪事をどうにかしようと母上たちは長年悩んでいた。権力と金は人を変えてしまうと父上が口にしていたことを思い出す。

 リュエールさんは凜とした表情になり、僕を見つめた。


「リア。私は何があろうと、この戦いに勝つつもりよ。陛下たちを手にかけたガルツを許せない。私は国の平和を取り戻すために、辛くても前に進む覚悟よ」

「僕も……。少しでもリュエールさんの助けになればと思います」


 僕の言葉に彼女はほほ笑む。リュエールさんは愛国心だけで動いているのではなく母上に恩があった。

 母上と父上のために挙兵をしてくれてありがたく思う。


 不意に僕の手に彼女が触れた。リュエールさんの体温が温かく感じる。


「リアの手冷たいわね。夜気にあたりすぎだわ。部屋に戻ったほうがいいわよ」

「リュエールさんはどうしますか?」

「……私はもう少しいるわ」


 彼女にうながされて部屋に戻り、寝台へ横になる。リュエールさんの覚悟を聞いて自分も考えさせられる。

 僕はいろいろな選択に迷っている。選んだことに自信が持てていない。

 もし自分が選んだことが間違いで、皆を苦しめることになってしまったらと思うと怖くなる。


 僕にはまだ覚悟が足りないのかもしれない。今後、自分自身を信じて選択を選び取ることはできるのだろうか。

 そんな思いをめぐらせながら眠りについた。

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