目をきつく閉じたとき、走る足音が聞こえた。目を開けるとガルツは僕から飛び退き、誰かが目の前に立ちはだかる。
ゆっくりと視線を上に移す。
「……っ……クラルス」
見上げるとクラルスが殺気立って剣を構えている。ガルツは先ほどと同じ水の魔法を使いクラルスへ攻撃を仕掛ける。
クラルスは剣に付与をして襲ってくる激しい水流を斬りつけると、蒸発するように消えた。
「……。ダイヤモンドとは珍しい」
「あなたも回復魔法であるサファイアを攻撃魔法として使っていますね」
ふたりはにらみ合い、お互い動こうとはしなかった。張りつめた緊張の糸を切ったのはガルツだ。
「残念ですが、ここでやり合うつもりはありません。月石が宿っていることを確認できただけでいいでしょう。次はあなたを奪いにいきますよウィンクリア」
ガルツは身をひるがえし、逆側にある階段を降りていった。クラルスは彼のことは追わず、剣を収めた。
足早に僕のそばへ駆け寄ってくる。
「リア様……!」
クラルスは血があふれている僕の腕に布をきつく巻いた。そうしている間にルフトさんが屋上へ駆け上がってくる。
「王子、リュエ!」
彼はリュエールさんの元へ駆け寄り抱き上げる。彼女はまだ意識が戻っていない。無事なのだろうか。
「リュエールさんは……」
「気絶しているだけだ」
「よ……よかったです」
ルフトさんは雷を帯びた球体をひとつ生成すると打ち上げた。短い破裂音のあと、あたりを明るく照らす。
撤退の合図だ。
「護衛。ランシリカまで撤退だ」
「かしこまりました。その前にどこか安全な場所でリア様の止血を……」
クラルスが僕を優しく抱き上げた。そのとき、遅れてシンが屋上へ上がってくる。彼と目が合うと悲痛な声をあげた。
「リア!? どうしたんだ、その怪我!」
シンは眉をつり上げると、クラルスの胸ぐらを掴んだ。
「クラルス護衛だろう! なんでリアがこんな目にあっているんだ!」
「ち……違うよシン。僕が勝手に行動したからなんだ。クラルスは悪くないよ」
クラルスは思いつめた表情をしていた。僕が悪いのに、そんな顔をしないでほしい。
シンはクラルスから手を離した。
「……悪い」
「シン。リア様の傷口を魔法で塞げますか? 止血しなければ危険です」
「わかった。やってみる」
シンが腕の傷口に手をかざすと、氷におおわれた。冷たいのか痛いのかわからず、感覚が麻痺しているようだ。
「リア。足のナイフ抜くぞ」
僕が歯を食いしばるとナイフが抜かれる。痛みで身体がのけぞり、クラルスの外衣を強く掴む。
血は出たが、すぐにシンは止血をするために氷の魔法を使った。
「痛いし冷たいよな。街に着くまでの辛抱だ」
「大丈夫だよ。ありがとうシン」
「王子の応急処置が終わったなら城塞から出るぞ」
屋上から撤退しようとしたとき、ひとりの団員が慌てた様子で階段を駆け上がってくる。
「ルフトさん大変です! ミステイルの兵士たちが城塞に火を放ちました!」
「何だと! おまえら急いで撤退だ」
逃げている最中、城塞のいたるところから火の手が上がる。焦げている臭いがあたりに充満していた。敵か味方かわからない兵士たちの悲鳴や慌てた声が交錯している。
階下へいくと、すでに火の手が回っており、外へ出る扉は炎に包まれていた。
「ふざけんな! ガルツ王子は自国兵まで焼くつもりかよ!」
シンは抜剣をして付与をする。炎を斬るように剣を振るうと、氷の粒子が飛び散り、炎がかき消された。
彼を中心に冷気が迸り、出口までの道を作る。
「シン! あなた魔力の調整がまだ……」
「そんなこと言ってる場合かよ! 俺が外まで道を作るから、リアとリュエさんを頼む!」
「シン……!」
彼に手を伸ばそうとしたが、目の前がみるみる暗くなり、意識を手放した。
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