本文の内容は決して真似しないでください。
彼らは特別な訓練を受けています。
しかし、胸に詰まるものがあるときは、
喉元につっかえてる何かが気になるときは、試してみるのも一興かもしれません。
オススメはしませんし、責任はとれませんが。
しかし、得てして現実とは、正攻法が最適解とは限らないのも事実です。
如何でしょうか。
では本日も、お勉強させていただきます。
銃への対策法が確立してから久しい現代の戦争。
一時流行った無人機によるロボット軍隊も、圧倒的な破壊力を誇っていた爆撃機も、衛星が一つ残らず失われた今となっては過去の遺物だった。強烈なジャミングや人工的な磁気嵐によって細かな電子機器も機能しない。そんな現代の戦闘は、少数による遭遇戦やゲリラ戦が主流となっていた。
ダイラタンシー式の防弾ジャケットに防弾スカート。対刃グローブ、弾除けに使う高電圧ディストーションとディストラクター。背中を守るシールド。銃殺と爆殺を封じ合い殴殺と斬殺が主流となった現代戦を思えば、それらは理にかなった装備であった。
「ヒルマ。凍り付くと肌が割れます、拭っておくといいですよ」
タオルを差し出す小蘆。身長は182センチ、体重は82キロの巨漢である。自衛隊から配属された、この班を束ねる3等陸尉。銃剣道訓練隊に席をおいていた経歴を持つこの男は、やはりここでも銃剣を装備していた。白いキャップがトレードマークである。
ヒルマは顔が汚れていた。本人は気づかなかったようだが、眼球にまでその飛沫が及んでいる。
曰く、かけていた暗視グラスはどこかで失くしたらしい。
「ありがとうございます、班長」遠慮なく、ごしごし。
「君たちの体調管理も仕事のうち、だからね。クワナ君もいかがですか?」
「いえ、俺は・・・結構です」
手の平に残る、鈍い感触に意識が支配されていた。
殴られる瞬間の、敵が浮かべる歪んだ表情。
ひしゃげた目。
鉄の味。
コアシやヒルマの浮かべる、まるで何もなかったような表情。
二人に合わせて平然を装おうと努めるが、顔が引きつってしまうだけだった。
ぎこちない。
今の日常に慣れていないのは、この男だけだった。
「すいません、俺は大丈夫です」
目を合わせることは、できなかった。
作り笑いは不得手だ。口角を上げようとも表情にならない。
「そうですか・・・それじゃ、バギーを起こしてきますね。まぁ落ち着くころにはピックアップできます、ここで待っていてください。」
少し困った風な顔をした小蘆は、ショートスキーを履き、地面を強く蹴った。
クワナは、コアシの背中を見送りながら手で顔を拭うと、手が今までの感触を思い出した。人を殺める瞬間は、嫌でも肉体の構造を意識させられる。
アドレナリンがすべてを誤魔化してくれるのは、敵と相対しているその時だけだった。
後になって正気を取り戻すと、その分のノックバックに苛まれる。
肉を殴り、骨を砕く感触。
コアシの目が無くなると、線を切ったように力が抜けた。
薄暗い灰色の大地に、二人きり。
足がすくんで膝をつくと蹲り、腹の底にあった不快感を、白い大地にぶちまけた。
しかしヒルマは、その状況を前に同情はなく――――むしろ、若干ながら引いていた。
「何、またなの?毎日毎日ゲロゲロやってるけどさ。いい加減、慣れろよ」
「―――お前は、何とも思わないのか」
「ええ、そりゃ死にたくないもの」
即答だった。
「あのねぇ。いつまでベジタリアンやってるつもりだ、クワナハマグリ。私達はね、こうすることで生きながらえてるの。わかるだろ?いつまで潔癖やってんのよ。馬鹿じゃないの?そんなに死にたいなら、いっそ死ねば?」
ヒルマは膝をついているクワナの角をで掴むと、情けない男の頭を持ち上げた。
吐しゃ物に呼吸を妨げられながら、絞るようにクワナは呟く。
―――俺たちがしていたのは、まぎれもなく、虐殺だ―――。
ヒルマの視線はより冷たいものへと変化するが、それでもクワナの思考が止まることはなかった。
口に出すことを許されない、独り言。
お前のようにはなれないよ。
生きてきた時代が違うんだから。
人殺しに慣れてしまえば人間、オシマイなんじゃないだろうか。
この時代のやつらはどうかしている。
目の前の女も普段は何の差異も感じないが、やはりこの瞬間だけは違和感、というよりも異物感を感じるのだ。この場合、異物は俺のほうなのかもしれない。
俺の感覚は、ヒルマに言わせれば戦前の遺物だ。
それでも。こんなに高度な文明をこんな下らない事に使ってるなんて、おかしいんじゃないのか。そう思わずにはいられない。
大儀は分かる。だが、他にも手段があるんじゃないのか。
今日は二人、直接手に掛けた。
俺は最低限しか殺していない。もちろんこれは偽善だし、ここの気温は氷点下。どのみち、二日も放置されれば間違いなく死に至る。
これから俺たちは、瀕死の敵兵をこの場に残してバギーで帰還する。
今ならまだ間に合うのだろうが、自分では何もできない。いらぬ誤解に繋がらないとも限らないし、そもそも初めてではない。
自分で伸しておいてこんなことを言うと滑稽に聞こえるだろうが、俺はこの瞬間が何よりも嫌いだ。
こんなことに慣れたくなんて、
独り言は突如として終わった。
桑名の体に走る、鋭い感覚。
ヒルマは、うずくまっている桑名の横腹を蹴り上げた。
躊躇なく、そして元気よく。
蹴られた腹部に上向きの力が加わる。
徐々に重心が宙に浮き始める。
生じた回転力により、持ち上がった上体は飜り、
ついには下半身も浮き上がった。
全身が斜めに回転しながら、斜め上へと―――。
それはそれは美しい放物線を、描いたのだった。
ドサッ。
音を立てて頭で着地すると、勢いがまだ殺しきれず転がる。
首が突っかかって勢いが止まり、仰向けに倒れる。
遅れてやってきた腹部の痛みに、うずくまって耐える。
「あんたが死ぬのは別にいい。けど、あんたの自慰行為に巻き込まれて死ぬのは、御免なんだよ!!」
正直な女だった。
「お前にわかるものか。このサイコ野郎!! 誰が喜んで殺しなんかするものか!!」
言い終わるよりも前に、第二波を吐き出した。
腹を蹴られた分、幾分かスッキリした気もする。
―――喜んで殺してる奴なんて。
小さく呟いたヒルマは何かに気づき、うずくまったままの青年を置いて。
一人、歩き出した。
帰還である。
ノックに応えると、若いスーツの男が入ってきた。桑名碧である。
艦長室。
「なんだ。また、お前か。で? 今度は何の用だい。厚生省だろう? 君の管轄は」
事務仕事に追われる部屋の主は、煙たそうにあしらおうとする。
部屋の主、老野一徹はわかり易く嫌な顔をした。
話が長くなりそうなのを察したのだ。
かけていた老眼鏡を少し下にずらし手を止めると、顔に入った深いシワの奥にある鋭い瞳を、部屋の侵入者に向けた。
「呼んでもいないのによく来るよねぇ。なに、暇なの? 君」
「名目上、君はこの組織の責任を負う立場にいるだろう。俺は実情を知っているから、人的な損耗率の話はあえて持ち出さないが、だからこそ看過できないんだ」
「えーっと。なんの件の話だったかなぁ。すまんがこちとら、もうすっかり老人でね」
オイノは、わかり易く額のシワを撫でた。
しらばっくれる老人に腹を立てたクワナは、呆れた。
先日訪れたときの話から進展を見せない老人とのやり取りに湧き上がる憤慨を、それでも隠しながらゼロから話し始める。
「立派に管轄だよ、ここにだって日本の国民が働いている。名目上は戦争でないんだ、彼らの立ち位置は労働者でその人権は保障されるべき。これが上の考えなのは君だって分かっているだろう」
「それこそ名目上の、形而上のお話だ。そこら辺の面倒な処理はそっちで頼むよ、頼りにしてるんだからさ。な、友達だろう?」
年相応に垂れたまぶたが優しさを演出することは、なかった。
「その友達としての忠告だ。君には彼らを兵器として扱いすぎている節がある。彼らだって個性を持つ人間だ」
この男はまるで分かっていない。現場を知らないのだから、当然といえば当然だ。最早この国は日本ではないし、まして平和なわけがない。その頃のルールを引っ張り出してくるなんて、やっぱりセンスがない。
オイノは手を動かし始める。
「個性なら与えているだろう」
男は、決して手は止めずに答える。
「まさかとは思うが、班別記号のことか?あれはただの識別用の記号でしかない、班員を色で判別できるように施しているだけじゃないか。第一、個性というものは与えられるものではないだろ。幼稚園じゃないんだ。」
「それ以上の個性は彼らには必要ないよ。彼らはこの現代においては、兵器でしかないからね。考えてもみてよ、彼らは民間の力を得ている個人にすぎないだろう。集団としての練度は低く、自衛隊のそれと比べても遠く及ばない。それでも未だにこの状態で他の国と上手く渡り合えているのは、彼らに実力があり、その実力を自衛隊のような練度のある機関が上手に運用しているからに過ぎない」
「とは言っても彼らは核爆弾やミサイル兵器じゃないだろう?君はどうかしている。いや、変わってしまったのだ。これを見ろ、お前の手元にも同じものがあるだろうけどな。昔の君は、少なくともこんなことはしなかったはずだ」
置かれたレポートには「脳核情報のプログラム化について」とある。
実験として得られた「ヒューマノイド専用戦闘プログラムシリーズ:遊佐」の企画書もあった。
これには、実用段階に移行する一つ前のテストを実施した際の詳細な結果について、記された記録も含まれている。
少し苦い顔をしたオイノは、別の資料で隠した。
「いやまったく、君のフェミニストっぷりは30年前から変わらないようで何よりだが? ここはまぎれもなく戦場だよ。現地まで持って行ってそれから引き金を引いてやるそれだけ。よーいどんと、そう声をかけてやるだけであとは勝手に敵を処理をしてくれる。彼らは、便利な自立式の殺戮兵器なんだよ。そもそも、考え方が変わっていない君のほうに問題があると思うがね。こっちで目覚めたのは最近で、見てきた現代もここ2、3年の間だけだろう?俺達がいた時代とは違うんだ―――いい加減、目を覚ましたらどうだ。手元のそれは軍事機密なはずなんだけど、今回そのことに関しては黙っててあげるからさ」
コーヒーを少し啜ってから、また作業を再開した。
「歴史を紐解けばそんなに時間は流れていない。今は間違いなくどの時代よりも非人道的な時代だ。」
「そんなことないでしょ。無敵に近いとも思える装備、武器は与えた。そしてお偉方と開発局のエリート様方が決めた試験を突破してきた技量が、あいつ等にはある。その2つが合わせれば、あとは戦場に放り出してやるだけだ。そう俺に言わせるほどの実力が彼らにはある。報酬だって十分に払ってるよ。剣術士や剣術家の多くいる国こそが戦力を持つことになった現代だ。そしてこれまでの歴史では剣を用いた武術、これを大切にしてきた国はそう多くはない―――俺たちの国を除いては、だがな。こと剣術においては明治の頃から、日本はまさに最先端を行っていたと言える。」
「何だ、お前もすっかりこの社会に染まっているみたいじゃないか。昔は違かっただろう。時代に侵されていない僕達だけなんじゃないのか、この流れを変えてゆけるのは、」
「あぁもう長いよ。眠い説教はもう十分だ。思い出話が終わったのなら出て行ってくれ。戦争の邪魔で、迷惑だ」
――奥歯をかみながら、踵を返したクワナは最後に言い残した。
「もう既に、俺が組織した補充の件は話がついたからな。戦争は他でもない俺たち人間だけが持ちうる文化だ。今でも俺はそう思ってるよ、一徹」
オイノは溜息をついた。
「好きにしてくれ。勝てれば、他はどうでもいいよ」
コアシ:いや、それにしても随分と飛ばされてましたね。
クワナ:え、班長見てたんですか。
コアシ:いや丁度そっちについたらさ。なんていうの、修羅場?みたいな感じになってて
クワナ:別にそういうのじゃないですよ
コアシ:でも班内恋愛なんてのは勘弁してくださいね?
クワナ:そ、そんなのあるわけないっすよ!!!
コアシ:ホントかなぁ。ヒルマちゃん、あれで結構ライバルは多そうだけどね。
クワナ:そ、その話。詳しく。
コアシ:いやね、東さんのところの登坂くんがね。一生懸命に食事に誘ってたらしいんですよ。
クワナ:え、マジな奴じゃないですか。大丈夫かな・・・。
コアシ:おや、とられないかが心配ですか?(ニヤニヤ)
次回、「老野は嘲笑い、少女と出会う」
クワナ:いや、あいつの蹴りはかなり効いたんで。登坂さん、怪我してたからな。
コアシ:―――それは、ちょっと心配になってきましたね。
宜しくお願いします。
自作しましたロゴマークです。挿絵なども素人ながら頑張ってみようと思っています。
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