デタラメ戦線

とっても愉快な仲間たちと、ちょっとファンタジーな戦場を
鶴菌スズヒト
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氷上の楼閣編

001 鬼と魔法と駱駝

公開日時: 2021年11月1日(月) 15:17
更新日時: 2022年10月17日(月) 10:45
文字数:6,358

 世界には、須らくバランスが存在する。

バランスがあればこそ、万物はその存在が維持されるの。

そしてバランスは脆い。そのすべてが、例外なく壊れやすい。

倒れない独楽はない。枯れない花はない。死なない人はいない。

バランスを必要としない偏った存在は、回転をやめた独楽と同じ。

滅びないのではなく、そもそも存在していないだけ。

例外は、やっぱりない。


結局はそういうこと。


このお話の結論だって、結局は―――。



本日から毎週月曜、水曜、金曜とお勉強させていただきます。

【ご意見、ご指導、ご鞭撻のほど宜しくお願い致します】

併せてご愛読いただければ、なんて思っている今日この頃ではございますが。

まずはご指南のほうから賜れればと。



2081年2月12日

 それは夕日か、暁か。

夜空の地平線は黄色、朱色、紫色というグラデーションで、壮大に彩られていた。

異様なまでに、多色で歪で広い。

雲一つない、澄んだ空。

回折した太陽光がかろうじて届く、歪んだ色。

薄暗く静かな、白銀の大地。

しっとりと冷えた空気が頬を潤す。


大きなタイヤを履いたバギーが一台。


桑名蛤クワナハマグリはバギーの後部座席から身を乗り出して、単眼鏡で遠くを確認した。

「イシガミさんの話じゃ、ここら辺だったよな」

誰にともなく、つぶやく。

彼の白い吐息は、後方へと流された。

額から伸び、垂直に上を向く二本の角が、冷たい風を切る。

揺れる車体は、目立つほど立派なサスペンションによって、滑らかに揺さぶられていた。

オフロード仕様のスタッドレスタイヤは地面の凹凸を潰しながら進んて行く。

「あ!――いるじゃん」

クワナが単眼鏡のメモリを操作する。

カチッと音がなり、熱感知から光学感知へと切り替わった。

額につけていたカチューシャのようなデバイスを外すと、黒い角はそのデバイスの中へと消える。

「どのあたりにいますか」インカムで聞かれた。

「前方二時の方向、距離3.8Kmです。敵勢力は、約一個分隊程度ですね―――っん?」

クワナ少年は車内に戻った。

「敵は銃を装備しているようです」

「また随分とレトロな。古き良き、ってやつですか」

助手席で日本刀を肩に抱えた女は、静かに皮肉った。

蛙間水面ヒルマミナモ。低身長、童顔の女である。

白いフードで隠されたその目は眠たそうに、日本刀へと向けられている。敵への興味は薄いらしい。

「油断しちゃだめですよ。――とは言っても、クワナ君には無用の心配だったかな」

運転席でハンドルを握る白キャップの男が、爽やかに青年をイジる。いつも通りの定番な言い回しだ。

桑名が小気味良く言い返そうとしたところで、

「臆病なだけですよ。彼の場合」

無駄に鋭く、横やりが入った。先日の失態をまだ根に持っている彼女は、嫌味を言ったのだった。

「ははは。クワナ君にはいつになく厳しいですね。まぁでも、安全第一で的確に。これが第5班ウチのモットーですからね。手際よく処理しましょう、作戦は先ほど説明した通りです。頼みますよ?」

「「りょーかーい」」

二人は聞きなれた説教に空返事で返した。

覇気のない返事には、班長と呼ばれる男もあきれ顔である。

小蘆風丸コアシカゼマル。高身長で筋肉質、つば付きの白いキャップがトレンドマークの脇役であり、他二人をまとめる班長だ。

「ったく、ホントに頼みますよ? 今月は、これで結構きついんですから」

コアシが本音を漏らすと、二人の視線がそれへと集まった。

運転席の端につき立てられ、後部座席まで伸びるそれ。

ひと一人の身長ほどもあろうかという、長い鉄の塊である。黒光りするそれには先端が付けられておらず、ライフルの弾倉のようなものが横に取り付けられていた。薄くビニールが貼ってあり、新品である。

「おニューじゃないですか」

「おニューですね」部下二人はニヤリと口角を上げた。

「なんだ。案外、羽振り良さそうじゃないですか、班長?」

何も知らないヒルマは軽口をたたく。

筋肉隆々な白キャップの男は、それに似合わず弱弱しいため息をついた。

「―――ええ、おニューですとも。無計画に突っ走る君たちのフォローの末に、無残にも散ったBIGHORNの後継機です」

語調は少し尖っていた。

二人の口角は上がったままで動かなくなり、バツが悪そうに黙る。

ヒルマはわざとらしく、溜息をついた。

「やれやれ、まったくだなハマグリ。今度ミスしたら、給料から天引きにするからな」

自分のことは棚に上げる。

「お前だってさんざん助けられてただろうが」

「ハマグリと違って私は撃墜数が多いから、問題ない」

クワナ青年は、軽口を流せるほど大人ではなかった。

「―――よぉし、お前がそこまで言うのならいいだろう。俺の撃墜数が多ければ文句も出ないな、ヒルマ」

「調子に乗るな、ハマグリのくせに。でもまぁその話、面白そうだからのってあげる」

※彼女がアジテーターである。

「よっしゃ、決まりだな」

コアシは、キャップのつばを正すと、やはりため息をついた。

「あのねぇ―――はぁ。それでは、作戦開始ですよ」コアシは諦めた。

暫く下っていくと、その地点に着いた。

白に統一された複雑な装備に身を包む隊員三名は、敵を前にする。

高身長の厳つい白キャップ、低身長の女、特に特徴のない男の三人である。

各々、上げていた暗視グラスをおろして、鼻にかける。

三人の白い息を押し流していた風が、止んだ。

レバーを目いっぱい引くと、槍の先端部が装填される。

鍔が親指に弾かれると、刀身を守っていた鞘はガスを漏らしながら割れるように開いた。

腰に繋がれていたカラビナは一度外され、手首に付け替えられる。

銃槍の男。

日本刀の女。

竹刀の男。

並んだ後ろ姿には、もはや新鮮味も違和感も残されてはいなかった。

すべての武器が黒々としていて、白の大地に映える。

目的は拠点防衛と戦線の維持。

あえて大義を掲げれば、残された37の核資源と平和を守る、そんな彼らの闘い。

三人がカチューシャ状のデバイスを、頭部につけられているアタッチメントに合わせて装着する。

すると、各々の黒い角が形成され、準備が整う。

彼らにとっては日常になりつつある戦闘は、いつもの通りに始められた。

00,00.02

 敵部隊の密集陣形による一斉射撃。ダダダと銃声を響かせる彼らは、前時代のセオリーに則った作戦行動に出たようだった。移動に使っていたと思われる車両の影や、盾を持ったユニットの影に隠れながら、一糸乱れぬ動きで掃射する。

それでも、銃弾が彼らに当たることはなかった。

3人の白い剣士がまっすぐ走り込むと、銃弾は、その軌道を途中で曲げるのである。

宙を流れる大量の銃弾はまるで何かを避けるように、その軌道をゆがませていった。

これこそが、戦場から長距離の飛び道具を追いやった発明――マグネット・ファズ。

磁力式の防弾装置で、広範囲の金属の軌道を歪ませる。バギーに搭載されている旧式のシステムだ。こういった旧世代の手合いには、まさに効果覿面。二世代も前のカタログ落ち商品だが、今でも現役である。銃弾はまるで彼らを避けるよう四方へと散らされた。

00,23.04

弾の中には歪ませた軌跡でも辿り着かんとするものがあり、桑名の肩を穿つ。

しかし、弾痕は肩の装甲に煤がついただけに留まった。被弾した際の衝撃でさえ、その衝撃力を殺されたのである。これこそが防弾、防刃装備の完成形である、ダイラタンシーパックだ。基本的には消耗品だが、銃弾であれば3発程度なら無傷に抑えられる代物で、長い間秘匿され続けた技術に基づく発明品である。

見えない球状の壁が、逸らされた弾道から浮かび上がってきたのもつかの間、第二射として弾幕が張られた。

01,05.08

 「当たらないとわかっていても、これはおっかない」などとつぶやく青年は桑名という。身長は169センチ、体重62キロ。なんの特徴もない25歳である。彼の額には直角に折れて鋭く天を指す、二本の黒い角があった。今の時代を象徴する第七次産業革命。その象徴的な発明の一つであり、先の平和な戦争がもたらした技術発展の産物である。第一次は蒸気機関であるのに対し第七次は俗に”能力拡張”と呼ばれた。

連勤に次ぐ連勤に労働意欲を削がれている桑名青年は、背後から飛んできた流れ弾を首だけで躱す。

黒い竹刀を握り直すと、また走り出した。

白い保護色に身を包んだ死角からの攻撃にも、躱した勢いをそのままに、縦回転の打撃で応戦する。


今の時代、彼らは目に頼らない。

「だから当たらないよ、そんなの」

02,32.04

陰湿にほくそ笑んでいた女は、足元に被弾して前のめりに一回転。

強い衝撃とともに、顔から雪面に突っ込んだ。

「痛ぁ。」鼻血が垂れて、ヒロインにあるまじき間抜け面が出来上がる。

被弾した左足には傷跡らしきものはなく、さらに飛んでくる熱い軌跡は、先程までと同様に不自然な歪みを見せていた。

「良い様だな、この猫野郎」クワナが揶揄う。

「猫って言うな!」頭部から生える二枚の角を隠しながら言い返す。

「ほら、そこ。油断してちゃだめですよ」並走していた二人から野次が飛ぶ。

「ハマグリのくせに。ってか班長まで!?―――くっそ、頭きた」

静かに、フラッと立ち上がった。

転んでも這って前進する彼らにとって、銃は既に恐怖の対象ではなくなっていた。その勢いこそ何度も殺されるが、衝撃に耐え、ときに躱しながら着実に距離を詰める。地表に潜伏していた伏兵はカモフラージュの上から一瞥もくれずに処理し、埋められた地雷を飛び越えて更に前へ、進んでいく。

03,19.72

進路を歪められたオレンジ色の閃光は、薄暗い大地へ行く宛もなく流れていった。

ついに三人は無傷のまま、とはいかなかったが、脚腰にものを言わせてあっという間に距離を詰める。

 敵部隊もそこまでは予想の範疇であることを行動で示した。手はず通り、小銃の銃身に沿って付けられた銃剣で応戦する。そのうち半数は防弾シールドを構え、中世のヨーロッパに見られた戦鎚と盾によって組まれる密集陣形を作った。

03,53.81

「おいおい、またこれかよ」

「ヒルマさん、出番ですよ」

 面倒くさそう態度を見せ、ぶつくさと小言をつぶやく彼女は、蛙間と書いてヒルマと読ませる珍しい姓を持っていた。身長は153センチ、体重は40キロ後半強。居合道の道場の一人娘として育った19歳で、やはり彼女の頭にも黒い角が二本。見ようによっては猫科動物の耳を連想しそうなアンテナが一対、並んで生えていた。

先ほど転んだときに出た鼻血には、いまだに気づく様子はない。

「クワナ!!撃墜数は数えといてよ!!!」

05,37.06

――すうっと息を吸い込む。

一度鞘に刀を収めると、腰を落した。

流れるように落ち着いた所作で、先ほどまで刀が握られていた右手を前へかざし、狙いを定める。

05,42.63

ヒルマの視界の中で、盾役の一人と右手が重なったその刹那――。

刀の届く間合いまでを一瞬で詰め寄ると、盾で組まれた壁の一角を文字通り、切り崩した。

05,43.88

正面に残っている上半身を蹴り飛ばし、さらにもう一撃。

突き出された盾や銃剣を、リーチの中から、その持ち主ごと切断したのだ。

続く斬撃で、さらに奥の壁も刻んでゆく。

これが三人の中で唯一、日本刀に近い形状の武器を携行する彼女の役割である。特に盾は、相性が良すぎた。


 斬撃型特殊戦闘用単分子刀022型、通称ヒルマ専用刀。刃部分の素材としてガラス質のものを採用しているため汎用性の低いデリケートな代物だったが、居合の技術と合わせて使われればその効力は凄まじいものになる。繊細なため、すぐに折れるし曲がりやすいが、兎にも角にもよく切れるのである。さしもの耐刃素材でさえも、分子レベルでの切断には耐えられない。

この武器に対して盾を構えれば、防御はもちろん攻撃すらままならなくなる。

こと現代の戦場においては、切り札になりうる性能を持っていた。

上から見れば弓状に広がっていた陣形は、一つの綻びから崩れ始める。

集団の一角を切り崩し、さらに奥に進まんとする彼女が囲まれそうになるのは至極当然の流れだった。

05,51.09

死角から来た小銃の柄による打突をひらりと躱すと、振り向きざまに懐に踏み込み、盾と体の間に刃を噛ませる。するとそのまま、両脇から後頭部までを音もなく――。

彼女に切れないものは、なかった。


 クワナは何食わぬ顔で、ヒルマの肩を踏みつけて密集陣形のさらに奥へ侵入する。

乱戦の口火は切って落とされた。さらにコアシもヒルマを飛び越えるように陣形の穴をすり抜けると、乱れた陣形の真ん中に躍り出た。

敵部隊も蜘蛛の子を散らすように陣形を組み替えようと試みる。しかし一度この状態になってしまえば、三対多を想定して編成されたこの三人の独壇場である。

ただひたすらに走り、敵の銃を片手で押さえながら袈裟切り。ヒルマは生き生きと戦場を闊歩する。まるでショッピングモールを駆け回る幼気な少女のように、無垢な笑顔をまき散らしながら、一人また一人と順に切り伏せていった。

07,05.26

 背中からの突きと正面からの突きを、横に振って軌道をそらしたクワナ。その隙をついて背後に打突を与える。

クワナ青年が両手で構えるのは量産型特殊戦闘杖と呼ばれる黒い竹刀。曲がるし切れないが、絶対に折れない。その一点のみを追求された打突を主眼とする武器である。カーボン製の竹刀であるため生産コストも維持費も低く、この国の組織には重宝されている代物だ。乱戦で武器を手放さないように、手首と鍔とを鎖でつなげている。

隊での通称はヤスリで、摩擦を上げることで衝撃を効率よく敵に伝えられるように工夫されている。表面は鮫肌のようになっていて、ダイラタンシー方式の耐刃装甲の表面を根こそぎ引きちぎるようにできていた。


少数が過ぎるこの編隊の強みを生かすように、敵の隙間を縫い、混乱を誘う。

07,28.94

手を掴まれると、柔道やレスリングの要領で手前に引き込みながら重心を奪い、足をかけて転ばせると、取りも直さずブーツで踏んでとどめを刺す。近接格闘も鍔迫り合いになると、膝を内側に挫くことで相手の体制を崩し、その隙をついて首と肩に強打を見舞う。


 槍先をリロードしながら各個撃破していくのは、この班の班長である小蘆風丸である。

こんな時であっても、目深に被ったキャップの下では貼り付けたようなニコニコしていた。固定されたような表情筋のせいで、彼の思考を読める人間は少ない。

そんな彼の側頭部にも、一本の角があった。前に向かって渦を巻きながら伸びていて、その形状は羊や西洋悪魔のそれと似ている。角が黒いことに例外はない。


使う武器は、見ようによっては槍に見えなくもない、銃槍である。正式には量産型戦闘槍。しかし、先端部をリロードする様子は、狙撃ライフルに弾を装填する狙撃手のそれとよく似ている。なので通称“銃槍”なのだ。

槍の先端には米型の断面を特徴とする構造が採用されており、直線的な刺突による貫通力を実現するために、曲がらない最大限の工夫がなされている。ゆえに切れないしすぐに折れるため、リロードが必要な消耗品として仕上がっていた。貫いてはリロード、ときに足をかけて転ばせては、また突く。といった具合に繰り返される。

使用する武術は銃剣道。銃剣術とはそもそも旧軍時代に杖術や槍術を組み合わせて考案されたもので、その技は多彩であった。突き、払いを中心にしたその戦い方は元来、実践的なものである。


 本来なら近接武器に対して有効であったはずの銃もライフルも機関銃も、この乱戦では仲間も巻き込むため、実践的とは言えなかった。

同士討ちを誘えるこの状況に、三人は丁度良い人数だ。ときに庇い合い、お互いに絡む敵を剥がし合いながら。変則的な戦闘は、途中で息を接ぐことなく続けられた。ハンドナイフによる応戦もむなしく、刀、竹刀、銃槍を扱うこの三人の前に、彼らは非力であった。


 白い装備と白い大地に差す紅色、それは彼らの戦い方を物語る。

高度な科学と発展した技術が彩る戦場に、文明は残されていなかった。

12分53秒の戦闘を生き抜いたのは、無様に殴り、背中を斬り、頭を蹴飛ばす野蛮な兵士たちである。


太平洋連合直轄、氷上近接作戦群所属、第五班。


彼らの肩には緑色のステンシルで「05」と印されてあり、その下には座りこむ駱駝が、同じくステンシルで描かれていた。それは血に濡れ、乾き、拭われてきたためか、輪郭が淡くなるほどに掠れている。


返り血を浴びる彼らの姿は、侍と呼ぶには品位に欠けた。

黒い角を生やしたその出で立ちは、どちらかといえば――鬼のそれであった。

クワナ:この時さー、お前ずっと鼻血出てたな。

ヒルマ:!!!!

ヒルマ:知ってたなら教えろよ!!

クワナ:いや、なんかーw結構かっこいい感じにドヤ顔とかしてたしwww邪魔とかできないじゃん?w

ヒルマ:////)バカハマグリ!!!

クワナ:いや、むしろ新しいって。鼻血系ヒロイン。

ヒルマ:んー。・・・・私、イケるかな。

クワナ:イケるって、流行る流行る(www)

コアシ:――――クワナ君、あんまり年下を揶揄うもんじゃありません。


次回、「空中三回ひねり」


クワナ:班長だって気づいてたんじゃ・・・

ヒルマ:二人とも、シバく!!!



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