デタラメ戦線

とっても愉快な仲間たちと、ちょっとファンタジーな戦場を
鶴菌スズヒト
鶴菌スズヒト

014 膝カックンと修道女A

公開日時: 2021年12月1日(水) 15:30
文字数:4,874

桑田青年には、もはや何が正しいのかがわからなくなっていた。デバイスから生成されていた角は白くにごり、その輪郭を曖昧にしている。


いいのです。皆さんは散々苦しんだじゃありませんか。もう楽になりましょう。あなた方の努力は確かに無意味だったかもしれません。でも、その努力が無駄になるかどうかは今のあなた達の判断と、今後の身の振り方にかかっているのです。本来ヒトは、隣人を殺めるようになどで来ていないのです。そんな分不相応な使われ方をしていれば、いずれ限界が来るのは自明の理です。そして我々は文明を持つ知性ある、魂を持った人間です。知恵の実を食べた私達にしかできないことがあるとすれば、後悔から生じる学習による改善だけなのです。


聞かされた氷上近接戦闘群の一同は、皆同様に呆れ果てていた。若干一名、桑名蛤を除いて。彼らには共通理解があった。殺らなければ殺られ、殺ることで自分が生き延びるのだという実感があったのだ。それに、クワナとヒルマを除く隊員の全てが彼らの手段を知っていた。すがりつく敵勢力を無力化してから、完全に管理された環境で飼い殺されるということを、知っていた。数年前から行われ始めたこの宣教活動に関しては、既に情報を共有されたあとだったのだ。


「すいませんシスターさん。俺、いや俺たちを、救ってもらえないでしょうか」


声は震えていた。

膝折って、懇願した。

しかしこうすれば、俺たちはこんな汚れ仕事をしなくて済む。延々と、敵の血で手を汚さなければ生き残れない修羅から逃れるにはこれしかない。そのためだったら宗教だってなんだって利用してやればいいじゃないか。それでもう危険から逃れられるんなら、お安い御用だ。

片膝を付き、両手の指を組んで背筋を伸ばした。

理想的で模範的な祈りのポーズだった。


ケンタウロスのシスターに向かって下から信仰を仰ぐ主人公の姿が、そこにはあった。


「おい、バカグリ。騙されてるぞ、いい加減気付けよ!」

ヒルマは必死に説得を試みたが、肩を揺すっても、桑名が反応することはなかった。

「班長、ハマグリが壊れたぁ!」

「コアシくん、お宅の新人あんな事になってるけど、大丈夫かい?」

「ええ、まったく。多感なお年頃なもんですからすぐにコロっと騙されちゃうんです。これは帰ったら説教ですよ」

部下の不始末に、ため息を一つ。そして語って聞かせた。

「ハマグリ、いいかい? 彼らの意見には間違っているところが幾つかあるが、その中でも見逃しちゃいけない点が2つある。なんだか分かるかい?」


「班長も、一緒に行きましょうよ。彼らの意見が間違っているかどうかなんてのは二の次でしょう? そもそもが間違っていたんですよ。太陽の奪い合いだなんてみみっちいことをしてるから、いつまでもこんな仕事をしなきゃいけなくなるんです。嘘だっていい、そこに善意があればそれは、冷たい本当よりいくらかマシです」


「ヒトは太古の昔から、同族内で殺し合ってきた。それは農耕を始めるよりずっと昔からだ。そしてそのたびに目覚ましい技術発展をし、今日まで栄えてきたんだ。人殺しがいけない? とんでもない。それこそが僕達が唯一持つ人間の特性だ」


「戦争を養護したいんですか? 平和はお嫌いですか?」


「いいや、平和は大好きだ。でもそれは、日曜日が大好きなのと同じだ。戦争があることを受け入れた上で、僕達は平和を愛している。違うかい?」


「でもそれが、無償で手に入るんですよ。明日からはずっと日曜日ですよ? それこそ、多少のプライドを捨てるだけで手に入るじゃありませんか。これを利用しない手はないですって」


ドガッ。 


桑名が祈っていたはずの地面を穿つ衝撃とともに、大きな音がした。雪煙が舞上がる。

桑名は、地面に叩きつけられた何かを握る腕を掴み、空中へと逃れていた。

「な、何をするんですか! シスター・アリス!」

桑名に握られた女の腕が地面にぶつけていたのは、巨大な十字架だった。

そして、二本の刀が雪埃を切り裂く。

二本の刃はそのままシスターの喉元があったはずの宙を斬る。角で感知していた彼らには、予備動作が見えていたためか、反応が遅れるということはなかった。

視界が悪い中でのフレンドリーファイヤを恐れるほど、彼女らも素人ではなかった。

自分の刀身を確認すると、血はついていないらしい。

「メイ、当たった?」

「こっちは駄目。お姉ちゃんは?」

「こっちも駄目、案外奴らも動けるじゃない」

視界を制限していた埃が晴れると、そこには首のない鉄の馬だけが残されていた。

桑名とタカギ姉妹が周りを見渡すと、修道女に周囲を囲まれていた。

「神を利用しようとするなど、許されることではありません。懺悔なさい。私がカイシャクいたしましょう」

彼女らに言わせれば、懺悔と切腹が同一のものとして定義されるらい。日本語を流暢に操る彼女は、やはり日本人の感覚を理解していなかったらしい。

「こういうことだよ、わかったかい? ハマグリ」

コアシは右手を伸ばして、受け身を取り損なっていた桑名を立ち上がらせた。

「さ、戦闘ですよ」

六人を囲むように展開した修道女は、シスター・アリスと名乗った修道女以外はケンタウロス状態のままだった。

「班長、私あれ欲しい」

落合が悪ノリする。「欲しいよね、アレ。この人達をみんな捕まえられたらきっと買ってくれるよ。ねぇコアシくん?」

「え、ちょっと勘弁してくださいよ!!」

馬上から振り下ろされる十字架を受け流しながら、コアシは答えた。

「無事に持って帰れたら、もしかするかもしれませんが。まずは目の前の敵の殲滅か無力化が急務でしょ」

落合はニヤリと笑った。

「やってたね、ミナモちゃん。オッケーだってさ」

秋山の背後から振り下ろされる十字架は、都木メイの斬撃と秋山のカウンターで防がれた。

「おっさん、じゃぁ私達も買ってもらえたりするかな、秋山班長?」

二人の背後からそれぞれ迫りくる修道女。

「げ、聞いてたのかい。マイちゃん」

秋山は、都木妹に後ろから迫るケンタウロスの膝をめがけて右手を突き出し、突き崩した。

その右手に握られていたものこそ、秋山専用刀だった。二十センチほどの刀身に刃はなく、刃の峰には短いもう一本の刃がついている。現代版、兜割りである。特性はその強度にある。材質は硬さのみを追求したもので、これ以上長くすると武器として扱う限度を軽く超える。肉体を強化している秋山であっても、扱える限界はこの長さだった。

握られた兜割りは、その刃先が鉄馬の膝を確実に射抜きケンタウロスを無力化した。複雑に作り込まれた四足歩行のロボットは、その足を一本負傷するだけで使い物にならなくなるようだった。 

続いて、その登場者の二の腕を掴むとまたたく間に組み伏せた。警棒術。警察官が拘束するために考案した警棒と全身駆使して取り押さえる技術である。

しかし相手は修道女、直ぐに気を失った。

秋山の背後にいた敵は、都木メイが投げた専用刀が貫いた。

「私はマイじゃなくてメイだ!!」

膝を後ろから蹴った。いわゆる膝カックンである。

長身の秋山が跪くと、メイにとっては丁度いい位置まで背中が下がった。これが目的だったのか、メイは秋山の背中から専用刀を二本ひったくった。同時に秋山も、腰に下げていたヤスリを抜刀した。

一〇班は一度集結すると、都木マイもメイの背中から予備を受け取り、全員が二刀の両手持ちになった。

二刀流こそが、一〇班の真骨頂。それをテーマとして編成されたスリーマンセルである。

 チームワークが発揮されんとしている頃の5班はというと、ヒルマの独断専行を他二人がフォローしていくいつものスタイルで、戦況をスクランブルしていた。


いつもは機動力で先手を取り、走り回っていたヒルマだったが、今回はそうも行かない。

馬並みの機動力を持って駆け回り、すれ違いざまを唯一の戦闘機会とするスタイルは、彼女には合わなかったらしく背後からの一撃を食らう。

ここで十字架の基本戦略が顕になった。

背中に一撃をもらったはずのヒルマは、思ったよりも余裕そうに立ち上がったのだが、次の瞬間、その場から消えた。居なくなったのではなく、瞬時にその場から姿を消したのだ。

くっそぉぉおおおおおお

ヒルマの声が聞こえてくる方向を見ると、十字架に引きずられていく昼間の姿があった。あの下半身の有用性が理解できた。噂に聞く、市中引き回しと言うやつである。

そしてその馬が走ってゆく方角は、北。

まずい。これはまずいぞ。

奴らの本部があるのは、ロシアで大陸側だ。いま、北の方へ逃走、基、連れ去るということは、そう遠くない距離に拠点でもあるのか。

だとすると、修道女の用いていたあの武器と彼女らの目的は――。

そういうことかよ! 

コアシと目配せすると、互いに理解していた。

今回の宣教師は、強引な手段を取ったようだった。

あの十字架には、捕縛に特化した何らかのシステムが仕込まれていたのだ。それを思えば、なるほど十字架の形にも納得できる。当てさえすれば後は自慢の脚力で引きずり回すのだから、戦闘訓練をしていない人間でも下半身の鉄馬を乗りこなすことができれば戦術が一つ成立する。ヒルマが修道服の一般人に引けを取るはずだ。

「ヒルマ、鎖は切断できないのか」

「あ゛その手があったか」

既に先端が欠けている専用刀を振り回し、脱出に成功した。

「宗教の勧誘だしねちっこいのは当然だけど、ここまでとはね。ヒルマ、大丈夫かい?」

「背中にまだなんかくっついてるけど、大丈夫」

乱戦になっている中心部からは大きくハズレた場所に一対三の構図が出来上がった。

「いや、3対1とか。絶対に勝てないじゃないっすか。無理無理。降参するっす」

修道女Aは、思ったよりもあっさりと降参した。またも聞こえてきたのは日本語だ。鉄馬がしゃがみ込み、それを待ってから修道服をギリギリまでたくしあげて降りると、頭の後ろで手を組んだ。

「煮るなり焼くなり、ご自由にどーぞ」

「存外、簡単に降参するんだな」

「そらそうっすよ、相手は戦闘のプロですよ? ただの宗教お姉さんが勝てるわけ無いっすよ」

気さくな女性だった。

「捕虜になるんだぞ。その、怖くないのか?」

「え、だって老野さんのところっすよね。なら大丈夫だって聞いてるっすよ」

「誰からかな?」流石にコアシも不審に思ったらしい。

「誰ってそりゃ、山本さんからっす」

知らない名前が出てきた。

「あれ、皆さんご存知ないっすか? でも老野って人は知ってるんですよね。なら良かった。さ、私達なんてどうせ素人なんですから、ちゃっちゃと連れっていってくださいよ」


白河夜舟の大量虐殺を思い出した。

「いや、捕虜になったらって身の安全が保証されるわけじゃないぞ? 連れて帰れないぐらいだったらその場で殺してあげたほうが、なんて人だって」

「それなら心配ご無用っすよ。ここは基地とはそんなに離れていないですし、それにそのための多脚戦闘車両ですから。定員三名の乗り物を一人一台持ってきてるんで」

「準備がいいね、君たちは何が目的なんだい?」

「何、ってそりゃ亡命。もとい、帰国ですよ。勿論シスター・アリスは別ですよ。彼女は本気であなた方を連れ帰るつもりでいます」

「俺たちを救うとかって言っていたのに、それもこれも嘘だったっていうのか」

心から救いを求めていたハマグリは肩を落とした。

コアシはフォローを入れる。「まぁ宗教家なんてのはみんなそんなもんですって」


「いえ、別に私達は嘘なんてついてませんよ?」


「「え?」」

ヒルマはきょとんとしていた。

「いや、だから。あなた達の基地? は、遠くないうちに特殊魚雷で吹き飛ばされるっすよ。それから救いたかったらしいんですね。悪い人じゃないんっすよ」


コアシは思い当たる違和感を思いだした。最近の手応えのない仕事。大量に投下された出来損ないの生物兵器達―――。

「熱源探知か、熱感知対策だったのか。放たれた特殊魚雷が進んでいるのは氷の中だね?」

「まぁ。っそんなとこっす」

「期限は?」

「さぁ? でもさっき言ってた熱感知対策の話と照らせば、打ち出されたのは最近っすよね」

老野はこのことを知っているのか。


読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート