デタラメ戦線

とっても愉快な仲間たちと、ちょっとファンタジーな戦場を
鶴菌スズヒト
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005 世界は歪み、視界は回る

公開日時: 2021年11月10日(水) 00:00
文字数:5,629

以下の物語は、当然ながらフィクションでございます。

現実世界にも似たような名前の国や、似たような経歴の大統領などが出てくるかもしれません。

しかしそれらすべてに、他意はございませんので、ご安心ください。

本作には今後、いくつかのブラックなジョークなども含まれる予定がございますが、どうか鼻で笑っていただければ、それ以上のことはございません。面白がっていただければ何よりです。

「大統領閣下、NASAより緊急の連絡が入りました」

職員の豹変した血相に気づくほど、この男に余裕はなかった。

「悪いが今はそれどころではないのだ。あぁ、すまない中佐、話を続けてくれ」

報告書の概要を読み上げていた国防情報局の男は、割り込んできた職員を気に留めたが、それでも話を続けた。高々、隕石の一つや二つよりも大きな問題を抱えていたのだ。

「先ほどあったサイバー攻撃により、軍の技術開発局の研究レポートが盗まれた可能性があります」

「どの国からだ」

「中国のものと、思われます」

男は、ため息を飲み込んだ。嘆いているほどの猶予さえないかもしれない。

この時この国の軍部には、かねてから開発計画を進めるか否かで議論を重ねていた一つのレポートがあった。その技術が世に出回れば、今ある軍事バランスが崩れかねないと懸念されていたのだ。

 深刻そうな二人とは別に、職員は焦っていた。しかし、宇宙開発局の報告よりも、今は軍事に関する報告のほうが優先されるようで、自分が割って入ることは出来そうにない。そう悟った職員の顔色はより一層青くなっていった。両手で握った資料に目を落とす。この報告を一人の喉で留まらせてしまっていることに、酷く怯えていた。

「それで中佐、何が盗まれたんだ?」

例のレポートであります」

「な、何ということだ。やっとの思いでオムツメーカーから買い取ったのだ。これはつい三週間前の話だぞ。頭の硬い開発者を頷かせるのにいくらつぎ込んだと思っているのだ。冗談じゃないぞ」

「ベビーベッドメーカーであります。閣下。」

「・・・」

二人は絶望し、沈黙が漂う。その様子を横から見ている職員は何が起きているかを知らず、胸中では手元の資料をいち早く吐き出してしまいたいと、焦燥にかられているのだ。こちらとて大変なのだと目で訴えるが、この国のトップは頭を抱え資料を睨んでいたため、その訴えは届かなかった。

すると、男は椅子から立ち上がる。

「緊急会議を始める。CEAとOSTP、それから各省庁にも通達しておいてくれ」

「大統領閣下、報告なのですが」

「すまないが、今日中には報告を受けられそうにない。君だって聞いていただろう、緊急事態なのだ。これなら隕石到来の報告のほうが、幾らか気が楽だったさ」

足早に部屋を立ち去る大統領に、取り付く島もない職員。いよいよ涙目であった。

「時間がないので会議は始める。単刀直入にいうと、例のレポートが流出した。中国のサイバー攻撃によるものだと思われる」

開いた口が塞がらない一同。先に報告を受けていた元帥は奥歯を噛んだ。

「一歩間違えれば、あの資料は我々が世界から隔離しておくべき負の発明になりうるものだ。二年前から説得を始め、開発者の所属するベビーシューズメーカーの首を縦に振らせるのに大枚を叩き、ようやく私たちの管理下に収めたばかりだというのに。よりにもよって、なぜ」

「ベビーパウダーメーカーだ」

「ベビーベッドメーカーであります」

国家安全保障局の重役が、たじろぎながらも皆が承知している重要性を再度主張した。

そして更に元帥が重い口を開く。

「閣下、逆にこの技術をばらまいてみるというのは」

「おいおい血迷ったか、言語道断だ。世界の秩序維持を受け持つ我が国が、なぜ火付け役を演じなければならない。歴史に笑われるのは大統領閣下なんだぞ」

「そうだ、私も三度目は御免だ」

「それでも一考の価値はあるのではないでしょうか。今現在、我が国と中国がこの技術を占有しているということは、核の存在を差し引いてもやはり、何とか保たれている今の均衡を崩してしまいます。戦力の不均衡が戦争の引き金になりうるということは、歴史が証明しているはずです」

「それは、そうだが――」

大統領が最後によしとしなければ終わらない会議も、元は俳優をしていたこの男には、荷が重いように思われた。

「しかし、戦争というものは目的が生じて初めて正当化されるものだ。技術が一つ発展したからといってそれが直接的に戦争につながることはあるまい。世界がそこまで戦争を欲しているとは考えられない」

「お言葉ですが、火種などはそこらかしこに転がっています」

「この情報が漏洩していたことを黙っていれば、有事の際にこの技術に成す術もなく死んでいくであろう未来の戦士たちには、さて、どういう弁解をしたものでしょうか。責任問題になりかねませんぞ」

「そんなこと知ったことではない、この国を守ることが私の勤めだ。兵士たちだってこの国の平和の為に散るのだ、本望だろう」

「兵士は防衛と攻撃を旨とするものであり、決して消費されるものではありません。何より、たった数年の延命が何になりますか」

「少なくとも私の任期は終わる。だからそれまでにこの国だけでも守らなければならない。これは譲れない」

「この国の社会的な立場を守るのも、あなたの仕事です。そうでしょう」

 西暦2031年11月3日 決議が下された。緊急中継で全世界へとレポートが拡散されることになったのだ。わずか数秒で全世界へ発信されるSNSも、この時ほど火を噴いた例は後にも先にもないだろう。

 翌日、げっそりと痩せた職員が報告に訪れた,。

「だ、大統領閣下、NASAより報告があります」

「なんだ、君か。昨日の件だな、話してくれ」

「せ、世界が、滅びるかもしれません」

「なんだね君は。冗談を言いに来たのかね。どうやら君の目には、私が暇に見えるらしい」

要領を得ない説明は、突拍子もない言葉から始められた。そして、のどに詰まったものを吐き出すように、職員は語って聞かせた。

「こ、今回接近が報告されている隕石はその体積に対して比重が大きく、直撃すると思われるポイントは月面であることが予測として算出されました」

「ま、待て。待ちたまえ。ジョークじゃないのか」

一刻も早く重責から解き放たれたい職員は男の絡みを無視して吐露し続けた。

「月の体積に対して比較的軽かったその比重が増えることによって今まで保たれていた月と地球の奇跡的なまでの均衡が崩れ、そこから先この星がどうなるかが未だに計算途中なのです―――」

「おいおい、エイプリルフールには気が早いんじゃないのかね・・・」

恐ろしい現実を脊髄反射で拒否する。男の作り笑いは徐々に苦笑に変わっていった。

「い、何れにしても、不明量な領域が広すぎます。そして何より、その可能性の中には地球環境の急激な変化が予測され、シミュレーションの結果として少なくない可能性が人類種の絶滅を予期しています」

「―――私達は、もう助からないのか」

「期限は2052年3月、その時までに隕石の軌道に何もできなければ人類は滅びます」

みるみる血の気が引いていくのは大統領。今度はこの男の方であった。

「なぜ、昨日のうちに話しておかなかったのだ。そんな重要なこと」

「お、お言葉ですが閣下、」

「まぁいい。後悔や反省はすべてが解決してからでも遅くはあるまい。昨日の今日で申し訳ないが各国の首脳と宇宙開発局などの有識者を交えて会議を開く。まるで映画のような話だが、地球を守るためだ」

話しながらも足早に部屋を出ていく。職員はそれを追いかけた。

「お、恐れながら閣下、私は先日、」

「君は見たかね、もう十年前になるか。私が主演を務めた映画でね、ちょうどこういうのがあったんだ」

「はぁ、すいません。いくつかのタイトルは存じ上げているのですが」

「ふん。君の世代だともう知らないのかね。自分が年寄りのように感じるよ」

「映画のラストはやはり、ハッピーエンドですか」

「ラストはバットエンド。詳しい内容は君のために取っておくが、やはり人間は愚かだったという話だ」

 西暦2034年7月、ハリウッド映画のように米国を始めとする先進国の技術者が膝を突き合わせた会談をいくつも経て、一つの作戦が発表された。核保有国が所持している核兵器のうち97%を提供し、宇宙空間で隕石に炸裂させ衝突する月面の座標を操作する。これによって発生するデブリの量を最低限に抑えられるのだという。地球環境を守るために最良の計算結果へと導く計画。この計画は国際社会においても大きな意味を持った。歴史上最大の規模で行われる軍縮である。 

 この計画は核兵器の使用に反対している層に熱く支持され、ついには実行に移されようとしている。全278ページに及ぶ未来予想に関するレポートは様々な媒体で世界に流布され、国を挙げて、変化する環境に耐えうる体制を構築するべく、全世界が動き始めた。しかしそのレポートの内容には重大な火種がくすぶっていた。やはり、急すぎる武装の放棄は、社会に不安をもたらしたのだ。

「大統領閣下、資料が届いております。なんでも、なかなか例の計画にサインをしない中国ですが、国内でクーデターが起きているようでして」

大規模地球保護作戦の結果、地軸の傾きと月の比重の関係で地球の公転周期と自転周期が一致してしまう。すると地球は、ある片面のみを太陽に晒し続けもう一方の面は永久凍土となる。世界に公開された278ページには、日本を含むユーラシア大陸の一部とオーストラリア大陸、そして南極大陸を地球の日陰側ダークサイドに置くという旨が含まれていた。

「やはり賛成してもらうのは難しいか。もちろん経済的な支援も保障してはいるが、自然環境にもたらすのは完全なる破壊だ」

「ですが、少なくとも先進国の人類は助かります。しょうがないと割り切ることはできないのでしょうか。損得の話ではないはずです」

「しかしこの計画における日向側ライトサイドに我が国も含まれている。これが問題なのだ」

男の予測通り、米国の出した計画書"通称プラン"は完全には支持を集めることができなかった。ロシアが"プラン02"を公開。どちらのプランを採用するかで議論となった。どちらの計画にも大量の核兵器が必要に迫られるため核を戦略的に使うことができず、異例だが決着の付けづらい世界大戦がはじまったのだ。被爆国である日本では「平和な戦争」と皮肉られる大戦である。

「彼の言った、有事の際というやつが来てしまったらしい。なんというタイミングだ」

コン、コンと短いノック。入ってきたのは秘書官だった。

「大統領閣下、スキャンダルが発覚したようです。貴族委員からリコールが公表されました」

「こんな時に。なぜ今なのだ!!」



「「核を作るな! 戦争をするな!!」」

こんなに遠くにいても聞こえてくる。

何を言っても通用しない、有象無象の咆哮。

プランには日本からも核の開発と提供を求める項目がある。二日あれば核弾頭ミサイルをこしらえる技術力があると、まことしやかに語られていたのは嘘ではなかったようで、政府関係者も世界のためならと了承していた。が、国民の一部はそうではなかったらしい。日陰側ダークサイドに我が国が含まれていることに対する不安もあるのだろうが、メディアの偏向報道も相まって、国会議事堂前は連日この有様である。

人類に未練はない、滅んでも構わないと思っているのだろうか。それと知らずに活動している様は、まさに愚の骨頂である。

 今日の仕事は暴徒の鎮圧であった。今日も今日とて頑張ってるみたいだな、飽きもせずにデモデモしやがって。

こちとら休日返上の緊急出動である、もちろん嘘だ。前もってデモがあることはわかっていたので、大会の欠場を余儀なくされることは5日も前から分かっていた予定であった。たまったものではない。

「浮かない顔しやがって、どうした桑名」先輩だ。

「本当は大会のはずだったんですよ、今日は」

「ん? ――あぁ、剣道か。そういえばお前も特練員だったな」

はははと笑った。先輩はいい、実力も学もあるし悩みなんかなさそうだ。

「そうですよ。忘れないでくださいよ、俺にはそれしかないんですから」

「ああ、そういえばそうだったな」

肯定されると、それはそれで。


総員、位置につけ。守れよ。


そういう命令だった。体育会系らしいシンプルなもので、本分を忘れて行動するな、といった旨の指示である。この常識のない奴ら相手に変に攻撃的になるなといった忠告も含まれているに違いない。いくら休日を返上していようとも、だ。

シールドを構えた俺は、機動隊員だった。

 議事堂に乗り込もうとする集団を阻止するために隊列を組むのだが、この時にいつも疑問に思うことがある。根本的な話なのだが、やはり、俺たちがいるから安心して奴らは飛び込んでくるのではないだろうか。マッチポンプのそれではないが、議事堂に乗り込むぞと言ったところで阻止されることはもう分かり切っているはずだ。そんなことは俺たちが許さないに決まっている。しかし、どうだろうか。仮に俺たちがここにいなくたって、本当に国会議事堂に乗り込むやつなんていないんじゃないだろうか。大体、国会へ行って何をしようというのだ。人差し指を突き立てて「お前は間違ってる」とでも言いたいのだろうか。俺たちがいれば多少の荒事も民意の反映のためにする聖戦、といった具合に美化されるわけだ。いい歳の大人が土曜の昼下がりから寄って集ってストレス発散。近所のフィットネスクラブに来るような感覚でデモデモしやがって。クラブの会員証を発行した覚えはない。

警察の注意喚起と、デモ隊のやり場のない怒りとが声となって響き合い、場は騒然としていた。そんな喧騒の中にいた俺は、胸中で一つの真理に至っていたかのもしれない。

 危ないですから、押さないで。さがって。暴力はよくないでしょう。

語調を強めつつ衝突した。烏合の衆も集まればその重量は計り知れない。人の流れが集中し体当たりの体を成した集団との競合いになった。左隣の隊員がムキになってシールドで押し返すと、奴らの勢いは倍になって帰ってきた。


そして何故か、一升瓶が飛んできたのだ。


ヘルメットを着けていたが、当たりどころが悪かったようで、平衡感覚を失う。

顎に当たったらしい。

熱いものが流れる。


音が聞こえなくなり、焦点が合わない。


世界が左側に傾いていくのを見届けてから、意識は手放された。

大統領:いやまったく、こんなに重要な話ならばもっと早くしなきゃダメじゃないか。

職 員:いや、でーすーかーらー。(呆れ)

大統領:ああ、すまんすまんww ただ、こういうコメディ映画の主演もしたことがあったのだよ。

職 員:そーですか。あれ、結構多彩なんですね。アクションだけとばかり。

大統領:なんだね君、見ていないのかね。

職 員:そうですね、最近は専らスプラッターコメディばかり見てますね。

大統領:・・・なんだか、とっても疲れているのだな。

職 員:さすがに、スプラッターコメディにご出演なさっていたことは・・・

大統領:若い時にな、モブ役でだが一回だけあったな。

職 員:お、ちなみにどんなシーンですか。

大統領:空飛ぶサメに食べられる、モデル役だよ。

職 員:――サメって空飛ぶんですね。

大統領:ああ、飛んださ。彼らは映画の中ならば、なんだってするのだよ。


次回、「女神は失敗から成功を生み、暴かれる」


大統領:君も、気を付けたまえよ。

職 員:さすがに、大丈夫だと思います。

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