デタラメ戦線

とっても愉快な仲間たちと、ちょっとファンタジーな戦場を
鶴菌スズヒト
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010 蛙間と桑名と走馬灯

公開日時: 2021年11月22日(月) 15:30
文字数:6,286

更衣室。

今日は初陣だ。

コアシは銃剣をメインに、最低限の物資と背後を守る盾が一体となったシールドと呼ばれるリュックサックを背負う。そこには打撃型戦闘杖、通称竹刀のスペアが2本備えられていた。

「班長、結構気になってたんですけど。班長の被ってる帽子って、なんの装備なんですか。――他に同じキャップを被ってる人を見ないので。」

「あぁ、これね。僕ってほら、表情がないでしょう?」

あ、自覚あったんだ。表情がないっていうよりは、笑い過ぎな感じがするのだが。確かにいつ見ても変化はなく、今だっていつも通りの笑顔だ。

桑名は頷くわけにも行かず、言葉を濁した。

「あとはまぁ、安全面もありますが、視線を読まれづらい、というのもメリットとしてあげられますかね」

ここで桑名には疑問符が浮かぶ。角を使えば正確に位置を把握できるのは相手も同じはずだ。だったら目に頼るような戦い方をする敵はいないのでは、という疑問である。

しかし、小蘆の口調からは冗談めいたものは感じられない。

「なるほど、視線――ですか」

「まぁ、共感を得られることも少ないですけどね」

 別に必須な装備というわけではないらしい。

後日、トサカさんに聞いたのだが、ダイラタンシーパックをあつらえたヘルメットなのだという。その薄さからは気づかなかった。しかし、角で見れば頭に攻撃を受けることなんてないだろうに。用心深いことだ。必要のない飾りだけの安全装備であることから、ここ196拠点では臆病者の代名詞なんだそうだ。

ヒルマ曰く臆病者であるところの俺は、しかし本気で購入を検討していた。

「知ってるかい?そもそも全身に防弾防刃の装備をまとっているのには理由があるんだ。一つはもちろん、敵の攻撃を受けてもなお立っていられるということは戦術の幅が広がるし、恐怖心を薄めることができるというのもある。しかしそれよりも重要な用途があるだけど。なんだか分かるかい?」

「......迷子にならないように、とか?」

「正解は死体の保護だ。肉片の一つ、血の一滴に至るまで敵国に渡すわけにはいかないんだよ」

桑名は説明に膝を打った。

なるほど。肉体に施されている調整のレシピが敵に掴まれるというのは、まずそうだ。

その目的から見ればヘルメットというのは確かに役には立たない。そもそも上半身に着るジャケットには首筋から耳、顎にかけてプロテクターがあるし、角を接続する額当ても襟につながっていて、首が飛んでも離ればなれにならない仕組みになっている。

どうりで他に使っている人を見ないわけだ。ここに来た初日の、感じの悪い視線にも何となく合点がいった。うちの班が駱駝なのにも、マイナスなイメージで理解した。


 俺は竹刀をメインにシールド。背中にはスペアとしてのヒルマ専用刀を5本差している。この専用刀というのが結構重い。刀身を守るための鞘がどうやら特別に重いらしい。これをもって戦うというのは、少し窮屈そうに感じられた。

 ヒルマと合流し、出口に向かって廊下を行く。

徐々に温度が低くなってきているのを肌で感じた。空母に穿たれた、あの出入り口に近づいてきたらしい。

ヒルマは、メインに専用のヒルマ専用刀。荷物はそれのみ。

「おいヒルマ、背嚢はどうした」

「私の荷物はこれだけ」

身軽そうでうらやましい。しかしいつも思うが大丈夫なのだろうか。シールドは要らないのだという。

「なんだよ、私が身軽だと不服か?確かにお前の荷物は――重たそうだが」

もちろん文句も不満もない。あるのは不安だった。

それを察したヒルマはむくれる。

「情けない顔すんなよ、気持ち悪いな。大丈夫だよ」

背面の防御力と爆発物への耐久力を犠牲にしたのだと言う。そうまでして速さを優先する意味があるのかは、納得できない。


 作戦中は自分の背中にある装備を手に取ることはなく、俺はコアシの背中にある予備を使い、ヒルマが使う予備は俺が背中に装備している。このあたりの考え方は自衛隊のそれに近いのもがある。彼らの統率が、その背嚢の内容物や収納する順番までに及ぶのは、自分以外の隊員が使うことまでを想定に入れているためである。考えてみれば当然だが、背中に備えられたものなど、自分では手が届かない。個ではなく集団としての能率や効率を優先された仕組みである。

「それじゃぁ第五班の諸君、行軍を開始しますよ。そこで――――僕の愛機の出番ですね」

見覚えのあるバギーを目の前に、ヒルマは青ざめた。


 「こちら第五班こちら第五班、予定通りポイントデルタに到着せり〜。送れ」

ヒルマはやはり顔色が悪い。

「酔った、最悪」

何かこみ上げるものを口元で押さえては、それを必死に飲み込んでいた。

ここでの食事もタダではない。特に俺たち新人にとっては、馬鹿にならない問題だった。

「あ、でも聞きましたよ?カネキチさんの運転じゃ別に酔わなかったとか」

「げ、イシベさん。しゃべっちゃったかー」気まずそうなヒルマ。イシベさんは、こういうところで融通が利かない。悪い人ではないのだが。

「まるでコアシさん恐怖症っすね」

苦笑い。あれで班長は運転好きだからな。

打電によれば敵戦力の三分の一は第五班に集中しているらしい。敵の思惑としては二正面と見せかけた三正面作戦で戦力をそぐことが目的だと考えられる、らしい。

軍事行動にしては、この煮え切らなさである。俺の感覚に照らせば、テキトウが過ぎる。


 三人はいそいそとバギーに白い迷彩のカモフラージュで隠す。ここらは、もともと海の上だった場所で、大きな勾配が緩やかにある以外に細かな段差を除けば凹凸はない。

特定のパターンで塗装され、穴が開けられた大きな布を3人で広げた。端にある鳩目にペグを打ち込む。うねる氷の谷を埋める形でカモフラージュを張る。

「こんなにやる必要、あるんですか?」

ペグを二本ほど打ち終え、早くも面倒臭くなったヒルマは愚痴をこぼした。

「そりゃ、艦まで歩くのは嫌でしょう?」

「・・・」

確かに、そっちのほうが面倒くさい。

 ここから先はポイントとの斜度を考慮して、徒歩による行軍を進める。折角隠した移動用の足が見つからないように、進路を変えて進んだ。未来の戦場にしては随分と原始的な場面が多い。あの少女いわく、伏兵を配置したりトラップを仕掛けたり、といった情報戦に基づく戦略は使われなくなって久しいのだという。先の大戦で衛星は一つ残さず塵になり、激しい磁気嵐が戦場の情報量を限定していたのだ。

情報戦はある程度のところまでしか、復旧はできていない。衛星をもう一度打ち上げることは難しいのだろうか。

難しいはずだ。衛星軌道に乗せる燃料があるのなら、異様に膨れた月の質量に干渉して太陽を操作したほうが、遥かに戦略的だ。この戦争は、そのための戦争なのだから。

つまり、どこまで行っても不意打ちや急襲はできない。

そういう時代だ。


 そして、ここで特殊車と接敵。

黒々とした鉄の塊が、周囲の氷を巻き上げながら近づいてきた。

停められた先頭車両からは、その容積からは予想できないほどたくさんの兵隊が出てきた。黒い装備に身を包んだ特殊部隊の亜種だ。17人の機敏な動きがテロ制圧のそれに似ていたし、規律のある連携が見て取れる。一斉に車から下車すると、流れるように俺たちの死角に展開し、両脇からぞろぞろと出てきて陣を組む。距離を取ってこちらに注意しつつ、一糸乱れぬ動きで作戦行動に従事する彼らの練度に、俺は固唾をのんでいた。俺たちはあれに比べて、勝算が見えるほどに訓練を積んだだろうか。少なくとも銃を使う様子はない。その代わりに、彼らの手にはショベルがあった。柄が少し長く、しかしそれは適切な長さのようにも思えた。

「スコップか。あれじゃ百姓一揆じゃん。」

先陣に躍り出たヒルマは刀を抜き、半身で構えた。

抜刀したばかりの単分子刀は、ガスを纏ったままにその刀身を光らせた。

「やいやい、野郎ども。遠慮せずにかかってきな―――」

「いや、こいつらは素人ではないだろ」

一目見たらわかるだろ。

ロシア軍の特殊部隊スペツナズ。

彼らは近接戦ではショベルを斧のように使うことで有名である。

その血筋か、生き残りか。

どちらもあまり変わらないが、まぎれもなくプロである。

「たぶん、皆さんは日本語しゃべれないと思いますよ」

さっきの動きだって見ていたはずだ。俺たちみたいな初心者と一線を画することは、一目瞭然だろう。しかしヒルマはそれに気づかなかったらしい。

さらに走り込み、陣形の目の前に躍り出て正眼に構える。

「でしゃばりすぎだ」

そう叫んだときには既に遅かった。

ヒルマも一歩遅れて、角で知覚した。

正面から二人、長物を用いた突き。

スコップの肉厚で鋭い先端が、ヒルマを目掛けて飛んでくる。

「キャ」

女子らしい悲鳴とともに、後足を踏み外してバランスを崩すヒルマ。

突きは奇跡的に躱され、ヒルマがいるよりも後方へ通り過ぎた敵兵二人。

ヒルマの斜め後ろにしゃがみ込んだ二人は、振り向きざまに斧を振った。

「Во-первых, завершено」

(やばい、死ぬ―――)

ッドガ。

黒い竹刀と黒い銃槍が、二人の頭部をとらえた。

敵兵二人は背後からの殴打で動かなくなる。

コアシも俺も、何とか間に合った。

ヒルマを圧倒したスピードからして、肉体をいじっていることは間違いない。

しかし背後からの攻撃に対応できなかったところを見ると、感覚を拡張するは付けていないらしい。

「はぁ、はぁ。——まじで死ぬかと思った」

「前に出すぎだ」

「うるさい。私だってそれなりに考えて――」

黒ずくめが二人、シンクロした対照的な動きで柄の長いショベルを振る。

野球バットを振る要領で振られる二つのショベルは、寸分の狂いもなく同時にヒルマの首をとらえる軌道をなぞっていた。ヒルマを軸に対象するベクトルでの、正確な斬撃。


コアシがヒルマの襟首を後ろに引っ張り、寸でのところで逃れられた。間一髪だ。

しかし刀までは逃れられなかった。パリンと高い音を立てて刀身が砕ける。

逃れてきたヒルマと切り替わるように、コアシとクワナが二人を処理した。ちょうど振り切っている敵の脇腹を一突き。敵兵をさらに二人減らせたが、周りを完全に囲まれた。

「どうする、班長」

「お前が言うか!!」

お前のせいだろ!!! この女の立派な面の皮には、幾度となく驚かされる。

「ここは狭すぎます、撹乱してから各個撃破でいきましょう」

目を合わせることはできないが、日本語はマイナーな言語だ。どうせ話していても聞き取れる敵はいないと高を括ったコアシ。

「これ以降は、お互いにかばい合うことは、できないですからね」

クワナとヒルマは頷いた。

「クワナ、もらってくぞ」

ヒルマは、予備の刀をとった。刀身を保護している鞘のボタンを押すと、ガスが放出される音とともに鞘が割れて開き、ヒルマへ刀を差し出す。

「このペースで行くと、あっという間になくなるからな」

専用刀は残り4本だ。

「大丈夫、私に任せろよ。もう奴らの動きは見切った」

自信に満ちた表情は、なんだか腹が立った。

二度も死にかけたくせに、二度も助けられたくせに。

「タイミングが肝心です。さっきの場合の独断専行は、外れくじですよ」

諫めるコアシだが、ヒルマは耳を貸さない。

新しい刀を手に入れると、また一人で走り出す。散会してから行う戦闘は、同時に動き出してこそ意味があるというのに、だ。またも浮き駒になった。あいつが浮いていないことのほうが、もはや珍しいほどかもしれない。たとえ生きて帰ってもコアシ先生の説教だな。

味方を4人の減らされてもなお、陣形を修正しながら距離をあける彼らの姿勢には脱帽だ。こちらのテイタラクを思えば、いささか申し訳ない。

 ヒルマに後れて、クワナとコアシも二手に分かれ各自が戦闘に移った。

ヒルマが近づくと、正面にいた敵兵は後ろへ下がり後方にいた兵は横に展開する。

そして最初の一人が構えてヒルマに襲い掛かろうとする、その刹那。

ヒルマは急に腰を低く落とした。膝だけで無く股関節を使って、半身に構える。

人は元来、上下の移動に対しては視認が遅れる。

この男も、例外ではなかったようだ。

居合にしては間合いが近過ぎるが、それは彼女の本意であった。

この動きについてこられなかった先頭の一人は勢いのままに、進む。

動きを止めていたヒルマが懐に収まると、見えないところで鈍い音がする。

すると敵は覆いかぶさったまま動かなくなった。あとから聞けば、柄による打突を胸に見舞ったのだという。

小柄なことにもメリットはあったようだ。

「Пуленепробиваемая функция отключена?」

敵が何か言葉を吐き捨てた。何を言っていたかわからないが、動揺しているらしい。

鳩尾に入った強打に伸びている最初の一人を肩に乗せたまま、その陰に刀を隠したヒルマ。角によって追撃をかけてくる敵の存在に感づいたヒルマは、自分を隠す盾として使った。

機を待って静止する。

そしてタイミングを合わせ、一人目の大腿と接近していた二人目の膝頭をまとめて横一閃。

凍てつく大地に合わせた白い迷彩服に、鮮血を咲かせた。

ゆっくりとした動きが次の瞬間には早く鋭い所作になり、そして時が止まったようにぴたりと動きを止める。世界のどの武術にもないキレのある動きは、異国の兵士を翻弄したようだった。型を極める武道家は、見えない敵を想定した演武を稽古するという。そしてその目的は、このキレのある動きを実現することにある。

三人目の男は、動かなくなった一人目をヒルマごと蹴り飛ばして踏みつけようとするが、横からきたコアシの銃剣が襟首を捉え、真横に突き飛ばす。弾かれたところを見ると、刃は通らなかったらしい。すぐさま追撃を受け、スコップの柄を銃槍で受け止めるコアシ。動かなくなった男が邪魔で立ち上がれないヒルマをかばう構図になり、場は膠着しかけた。

ヒルマをかばうコアシの白い装甲には、既に幾人かが染みとなって残っていた。

「す、すごい。班長て強いんだ」

「感心してる場合じゃないでしょう」

「分かってるから―――動かないでね!!」

敵と組み合っているコアシの股座から飛び出すと、三人目の男の大腿を斬る。

転倒したところにコアシは上から、追い打ちをかけた。


 一方、クワナはというと。コアシがヒルマの援護に回ったこともあり、かなりの苦戦を強いられていた。

肩で息をするクワナと、それを囲む敵部隊。

既に二人ほどは倒したが、クワナも満身創痍で随所に刃の擦れた跡ができていた。左胸のダイラタンシーパックは破れ、その防御力を失っている。

よく飛び、よく跳ねる不規則な彼らの戦い方に圧倒され、もはや防戦一方だ。

「コアシ先生! ヘルプです!!」

大きな声で助けを求めてみるも、その時にはさらなる敵との交戦でそれどころではなかった。返事はない。

ですよね、援護はできないってさっき言ってましたもんね・・・

左脇の掴みを握ると、背中に格納されているにシールドを半分だけ展開した。

盾さえあれば遅滞戦闘ができる。無理なものは無理だとあきらめて、他二人の援護を待つことにした。苦渋の決断である。


 そして都合の悪いことに、増援の到着である。

先ほどに見たのと同じ戦闘車両が、これまた同じように白い粉雪を舞い上げながら迫ってくる。

「クワナ君、ヒルマさん。一時撤退です」

コアシの指示は十分に聞こえているが、既に追い詰められていたクワナは撤退することが難しいほどに包囲されていた。

スカートの装甲にはヒビが入り、展開していたシールドの関節部分にもガタがき始めていた。

「撤退はできそうにない。すると俺はどうすればいい」

―――俺は、死ぬのか―――。


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