実はまだ本編は始まっていません。
本日の文章もプロローグに含まれます、とある男の昔話でございます。
加えて、本文はあくまでも架空の設定でございます。
もしお気を悪くされた方がいらしたら、本当にごめんなさい。
しかし残念ながら、一から十まで、そのすべてが嘘とは言えないかもしれないのでございます。
とは言っても、こんなのは所詮―――おっと、いけません。
詳しいことは申せませんが、タイトルを見ていただければ。
拙い文句ではございますが、幾らかはご納得いただけるかと思うのでございます。
それでは今宵も、お楽しみ。
宜しくお願いします。
学校のチャイムが鳴った。
放課後だというのに、西陽は差していない。
そういえば、そうだった。
放課後はいつも一人で過ごしている。
勿論勉強ばかりしているわけじゃないけれど、かといって一緒に遊ぶような友達がいるわけでもない。浅薄な日々を騙し騙し垂れ流している僕ではあるが、しかし全くの無色な青春を送っているわけじゃなかった。
つまらない話じゃないはずだ。
「ねぇ老野君、今太陽は昇ってると思う?それとも沈んでいるように見える?」
唐突に聞かれた僕は6限に取ったノートを開いた。
白いノートは蛍光灯の光を反射して、寝ぼけ眼の僕には眩しい。
「さっきの授業聞いてなかったのか。あれは昇りきる前に止まったんだ」
もちろんちゃんと授業を聞いていたわけではなかったので、板書通りのことをしったかぶった。
「もちろん、私だって知ってるわよ。2052年の3月の――?あれ、何だったかしら」
「10時38分」
暗記は嫌じゃない。
「そう、それよ。でもね、そういうことじゃなくってね…」
なんだか思わせぶりだ。いつものことではあるが、まるで脈があるように振る舞ってくれないで欲しい限りである。期末考査を目前に控え、途方に暮れている僕には一秒として無駄に過ごせる時間など在りはしないのである。
そう思う少年の机上には、なにも広げられてなど、いなかった。
白状してしまえばこんな女にかまう暇などない。願わくば何処かへ行ってくれないだろうか。でなきゃ平静を保てない。
「それで、そういうことじゃないって、どういうことだよ」
僕と日向葵の言葉のキャッチボールは、
――――「葵、行こ。先輩待ってる」
ここで途絶えた。
部活の同期と思われるスポーティな女子は、クラスのドアから顔を出して日向を呼んだのだ。全くもって申し分のないタイミングの良さだ。
無様にも空振った。かっこ悪い。
「うそ、もうこんな時間」
あたふたして、忙しそうに支度した。せわしなく多方面に励む彼女が、なんだか楽しそうに、僕の目には映った。眩しい。なんだか青春らしいじゃないか、僕とは違って。
目が合うと「ごめんね、部活だから」と笑みを残して去っていった。
不意打ちの微笑みに、不覚にも一瞬―――。
深呼吸。
残り香を意識してしまった。
ほほうなるほど。
僕という男は、ついにアンテナをおかしくしてしまったようだ。
故障である。
日ごろから溜まりにたまった性欲が誤作動を起こしているに違いない。しかし僕は、僕というアンテナの狂った思春期を引き摺る少年は、走り去っていく彼女の後姿に寄り添って揺れる柔らかそうなポニーテールを見届ける。これでよかったのだと、勝手にもほんの少しだけ胸中穏やかになっていたのだった。
思えば、日向という奴はこういう女だったような気がする。
なんというかいつも無邪気で、それでいて無差別で。そして何より無慈悲だ。
それはこちらがどのような行動を取ろうとも、だ。彼女を相手取る僕の身にもなって欲しいものだ。あいつはいつまでも純粋なままに微笑み、僕は馬鹿みたいに空振り続ける。
やっぱり、つまらない話だ。
しかし、それにしてもこの課題の量。途方に暮れる。学校とは違い学習塾ではいよいよ本気モードへとシフトされていくのだ。
時間を持て余す人間を学生、お金がある人類を大人と定義したとするならば、勿論この定義には例外が発生する。そして一般的にお金がない大人をホームレス、時間がある大人をフリーター、お金がある子供をボンボンと呼ぶ。そして時間に追われる僕のような学生のことを特に、受験生と呼ぶのである。とはいっても僕個人としてはまだ高校二年生なのだからそこまで躍起になる必要はないのでは、などという世迷言を平気で心中に隠し持っているのだが、しかし塾の講師に言わせれば今年の夏が最も肝心で大切な正念場なのだという。未だに高一気分が抜けていない春の高校2年生に何を言っても、と思わないこともないが、受験のプロに言わせれば分不相応も甚だしいといったとこなのだろう。
学歴社会を築いた老人たちはとっくに老いて、死に絶えたはずなのに。何十年も続く就職安寧期は人口減少の最たるものだ。学なんてなくたって。
しかし高校生活はなかなかに厳しく、世知辛いと大人は言う。きっと今までも、そしてこれからもこの教室のこの椅子に座ったときに見える景色が変わることはないのだろう。
たとえそれが、太陽が昇り切ることを諦めた4年前のあの日であったとしても。
その現象は突然に、何の前触れもなく、そしてあたかも予め誰かに決められていたかのように、生じたのだった。
例外も含めたすべての人類がその現象を半ば強制的に享受することとなる。
午前10時38分56秒23。
誰も気づかないうちに、厖大でさり気ない日常が終わりを告げた。
当時の僕が現象に気づいたのは午後7時。夕方のことだった。
当時中学一年生だった僕は、未だに部活動には入らずにクラスメイトと遊び続けるという、有り体に言ってしまえばあまり健全ではない放課後を過ごしていたこともあり、なんだか無性にむしゃくしゃしていたことをうっすらとではあるが覚えている。
まだ肌寒い春の日。
かったるい二限目の数学の授業中。
やる気なんか勿論湧かなくて、窓の外をそれとなく眺めている。
頬杖に支えられた顔を最小限に傾けた。
開ききっていない瞼越しにぼんやりと、それでいて何も考えずに。
僕は薄い雲がかかった それ を見ていた。
今から思えば、この時には既に それ は動きを止めていたんだ。
僕みたいな一人の人間には絶対にどうすることもできないほどの規模で、世界に異変が起きていた。
そしていつも通りの授業を怠惰に流して、気がつけば終礼。帰宅部の僕は帰宅すらサボって教室で一人、教室の片隅で机に伏せていた。
いつもなら、伏せている机に茜色の西日が差す頃までは寝ていたい。
ほんの2、3時間のつもりだった。
目が覚めたのは、学園の守衛に肩を叩かれたためだ。もう7時ですよとか、そんなことを言っていたような気がする。
ただ、不審な光景だった。
僕はいつまでたっても朝のまま空が止まっていることに気づいたんだ。
不思議なくらい明るい空は、不気味なくらい青々としていた。
その時に僕が覚えたのは、それは果てしない気持ち悪さだった。
やっと気づいた世間は、慌て始めたようだった。僕自身の肉体も違和感を感じていたようで、さっきから吐き気がする。取り敢えず学校を出ることにした、いい加減帰ろう。早くスマホが見たい。いち早くこの現象を知りたいと思ったからだ。いままで当たり前のように訪れた現象が、音も立てずに止まっているのだから、この状況を咀嚼し呑み込まなければ正気ではいられない。
電車に乗っても、自転車をこいでも。なんだかこの世の終末と対峙しているようなムードが、見ず知らずの他人とでも共有できた。
何度見ても、やはり変化のない太陽。
思えばこのときからだった。生きとし生けるものが生存競争のために最適化されていく。
この当たり前の法則に僕たち人間が当てはまらない道理はない。
人間の思考回路が、無意識の中でアップデートされていく。
いや、この更新はずっと前から始まっていたのかもしれない。
ただいま。
「おお、おかえり」
ソファにどっしりと座り、テレビから目を離さずに僕を出迎えたのは父である。彼の名誉のために断っておけば、時間のある大人ではなく時間を作れる類の大人である。
そしてテレビを見るのは父の趣味だった。レトロな趣味だが、父の年齢を考えれば決して手軽な趣味ではない。
若い世代が儲かるように、社会はできていないのだ。と言うのが父の口癖だ。何が面白いのかわからないが、食い入るようにいつも見ている。
高い通信料、恐ろしく高いチューナー。
テレビなんて代物は、高齢者の特権のようなものだというのに。
けど、今はそんなこと。どうでも良かった。
「父さん、やばいよ。外見て、太陽が!!」
反応はなかった。
ニュースを見ているようだ。
こうなってしまえば、しばらくは無反応を貫くだろう。父はそういうヒトだった。
タバコを吹かしながら、
「有象無象も、いよいよお目覚めの時間か」
灰皿で吸い殻を潰しながら、ボソボソとそんなことを呟いていた。
19:42
ニュースなんて何時つけたってつまんない。つい最近までは、なぜか中国の衝撃映像なんかを面白おかしくお届けしていた連中だ。立派なジャーナリズムである。
そんなに面白いのかと、父に習いテレビを見る。
僕も父に合わせて正座。やはりつまんない。
「明日の天気です、今日の渋谷の様子を見てみましょう」
するとテレビキャスターの映る画面の背景には昨日までと同じように、夜のスクランブル交差点が映された。
慌てて窓の外に目をやると、確かに雲ひとつない快晴。狂ったような日光は健在だった。これはおかしい。
「父さん、これって?」
「いいところに帰ってきた。おかえり」
父はテレビからは目をそらさずに声だけで答えた。いや、さっき同じやり取りはしたはずである。これはよほど面白いことになっているらしい。
愛する息子の帰宅だというのにこの扱い。まぁいつものことなのだが。
父は10分位経ってからスマホを開くと、珍しく吹き出していた。
やはり面白いらしい。そういうときの、いつもの表情だった。
「ほら見てみろ、これが日本の大半を占める高齢者の実態だ」
スマホで撮影されたと思われる縦長の動画には、テレビ局に殺到する老人たちの様子が映されていた。えらく荒れているらしい。手元がぶれていて、とても見れたような映像ではなかったが、それも含めて、異様な光景に見えた。
父いわく、テレビ局は2年前あたりからニュースの内容を全く変えず、再放送し続けていたのだという。
父の膝下には、びっしりと書き込まれたノートがあった。テレビの内容を記録していたらしい。
無論、こんなことは本来ならば誰かが気付きそうな程度のかわいい悪戯だ。しかし昨今の情勢を思えば、ありえない話だとも言えない。テレビを見るのはおじいちゃんやおばあちゃんくらいなもので、僕達は殆ど携帯端末から情報を仕入れている。父はレトロな趣味を持っていたのだ。
そんな父だからこそ気づいていた事態かもしれない。いくら古臭い文化とはいえ、この超高齢化社会を極めるこの国に住まう僕らはマイノリティだ。7割を占める老人たちをそんなくだらない方法で欺き続けていたなんて。
程なくして、ネット配信で謝罪会見が開かれていた。
気が付かなかった老人たちによる、恥の上塗り大会。
なるほど、アホ丸出しじゃないか。
この国は既に腐っていたらしい。
腹を抱えて笑った。
11月末。
登校。
全席優先席と書かれた沢山の空席を尻目に、電車に揺られていた。
同じ車両に乗っているのは7、8人。
その全員が座席に凭れていて、彼らの視線は僕が座席を利用することを許さなかった。
コロナビールの車内広告と一緒に、電車に揺られる。
僕はつり革に体重を預け、単語帳をめくった。
infant 未成年者 赤ちゃん
見慣れた単語で、流行りの差別用語だ。
京成八幡駅。
一人、同じ高校の制服を着た女子が乗ってきて、立っている僕の視界に入る。
なぜだか同じ高校からの帰途なはずなのに、彼女はこの駅で乗ってきた。
そして座席に、座った。
え、座っていいの? おじさんの顔色を窺ってみると、どうやらダメみたいだ。
僕の心配などどこ吹く風。彼女はすました顔で、背もたれに体重を預けていた。
幻覚だろうか。今日は、相当疲れているらしい。単語帳に目を落とすと、しばらくして
「なんで座ってるんだよ、この小娘が」
聞き苦しい金切り声が、車両の静寂を破る。
最近の高齢者は実にピーキーだ。
そのまま死ねばいいのに、脳梗塞にでもなって。
僕が中学二年生だったら、女の子が怒鳴られているこんな状況を黙ってみている、ということはないはずだった。
大人になんてなるものじゃないな。
まぁ、高校生だけど。
しかしまぁ、どちらがアホかといえば、それは明確だ。
ルールを過剰にとらえるのも、あえて破るのも、そんなくだらないなルールに何食わぬ顔でしたがっている僕なんかは特に、アホだ。
その女子は、さも当然のように。そしてやっぱりすました声で、
「いいじゃない、別に。空いてるんだから」
論点を、知らない振りをした。大胆なことをする奴だ。
そしてそいつは文庫本を開いて、足を組み直した。
スカートは短かった。―――いや、短すぎるだろ。
単語帳は、目線を装うための飾りになった。
「ふ、ふざけんなよ。優先席って書いてあるだろうが」
喚く老人。
少女の明らかに大きすぎる、わざとらしいため息。
「大の大人が声を荒げちゃって恥ずかしい。私も将来こうなるだなんて思うと、嫌になるわ」
高齢者は顔を真っ赤にしながら、それでも力なくガナる。
途中からは要領を得なかったから、聞いていられなかった。
彼女は文庫本に没頭する。
僕は単語帳に没頭する、フリをした。
infection 感染
いっそ感染症でも流行してくれたら、こんな状況もなくなるのだろうか。
いけない。
相当疲れているらしい。
オイノ青年:げ、あんた誰だよ!!
オイノ中年:未来の君さ
オイノ青年:僕やだよ、こんな髭面のおっさんになんて――。
オイノ中年:いや、髭なんて剃ればいいだけじゃないか。
オイノ青年:あっそう。で、今何の仕事してんの?
オイノ中年:艦長、じゃなくて。隊を率いるリーダーさ。
オイノ青年:いや、あんたの妄想は聞いてないよ。
オイノ中年:いやホントなんだって、これでも主人公にスピーチ聞かせたりするんだから。
オイノ青年:どうせあれだろ、君らが死んだら採算が合わない、とかってベタなやつをかますんでしょ。
オイノ中年:ど、どうして過去から来たはずの俺が、知ってるんだよ・・・。
次回、「幼気な女神は操れない」
オイノ青年:いやホント。頑張って職探せよ、未来の僕。僕も頑張るからさ。
オイノ中年:が、頑張るよ・・・。
宜しくお願いします。
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