では、今回も十分程度お時間をいただきまして。
お勉強させていただきたいと思います。
やはり疑問だった。
渡されたコンテナを開くと、中には資料にあった装備一式がパズルのように敷き詰められていた。
インナーは別の箱だが、白い外殻とダイラタンシーパック、それから背負うシールドも格納されている。
そこまではいい。
ただ、右肩と左胸のステンシルも随分とかすれているし、ところどころ染みがついている。外殻に限っては随所に解れが見えている始末。
襟裏を見ると、老野と書いてあった。まさかの使い回しだ。この部屋の表には畠下の名前があったし。老野? 聞き覚えがあった。確か、艦長もそんな名前だった気がする。どうやら、装備から部屋の備品、布団のシーツに至るまで、すべてが使い回しらしい。
シールドにはあとで油をさしておかないといけない。こうも年季が入っていると、いざというときに展開できるかが心配だ。
試しにリュックサックの要領で背負ってみると、左脇の握りを前に引っ張ってみた。説明書を正しく読めているのなら、これでうまく展開できるはずである。
ガラガラガラガラ。
重たいシャッターを開けたときのように、錆をこするような音がして魚類の鱗のような盾が展開された。パネルの一枚一枚が扇子のように広がり、抜け目なく桑名を包み込んだ。
これが資料にあった、対爆シェルだ。
しかしまぁ、随分と使い込まれているな。
おいおい、こんなんで大丈夫かよ。
それにしても、これらの装備は、誰が使っていたのだろうか。
そして元の持ち主は――――――――。
桑名は考えるのをやめた。今は、イノヅカとかいう女からの呼び出しが優先だ。女から呼び出されたら、本来はもっとウキウキするはずなのだが、今回はそうでもないから不思議だ。
なんでだろうか。と、しらばっくれてみるも、そこに意味はなかった。
班長も今日のところは初日だから休んでいいって言ってたし、緊急はないだろう。服は、ジャージでいいか。貴重品は―――そもそも持ち合わせていなかった。クワナは、立体的な二畳の空間を後にした。
廊下に出てから、はたと気づく。そういえば、道を知らないな。
すると都合よく、通りかかった青年に声をかけられた。
「お、君が新入りだね。イノヅカに呼ばれてるんだろう。あの人は毎回やるんだよな、まぁ気にすることはないよ」
気にするなって言われても・・・。
「気にしないって言っても大方、僕は今から絞められる感じの流れですよね」
「お、話が早いじゃないか。まぁ、なに。ただの新人いびりだよ、洗礼というやつさ。ここをまっすぐ行ったら突き当りを左。進んでいくと亀卦川っていう珍しい表札があるからそこを左にまっすぐ。そこにある大きな部屋が演習場だよ」
なんというか、垢ぬけた好青年といった感じの男だった。
左手にギプスをつけ、右目の上にガーゼを貼っていたその男は、登坂兎と名乗った。
首元には血の滲んだ包帯が覗いていたが、どうやら珍しいことではないらしい。
亀卦川、亀卦川。
あった。
言われた通りに歩いていくと、「ココカラ先、暖房ナシ」という看板があった。確かに心なしか、空気がヒンヤリしてきた気がする。
エントランスまでくると、いよいよ寒くなってきた。壁のフックにかけてあった作業着を借りた。
電灯は一つしかないらしい。暗くて判断しにくいが、戦闘機がいくつもあるハンガーだ。かなり広いが、暖房機能は死んでいるのかもしれない。ただ広さだけは十分にある空間だった。本来なら船体に固定され整列していたであろういくつかの戦闘機は、乱雑に端に寄せられていた。おかげで真ん中に広場があり、端に寄せられた戦闘機の翼はスタジアムを覗きこむような観客席の体を成している。唯一生き残っている電気系統と思われる中央部の青白いランプは、中央の広場を真上から照らして、中心の空間を一際目立たせていた。
そこ以外は暗くなっているので気づかなかったが、ギャラリーが随分と集まっているようだった。
その群衆の中にトサカの姿もあって驚いた。近道があったのか。
いや考えてみれば、左に2回曲がったのだから最初から右に曲がるルートがあっても不思議じゃない。思えば、最初に声をかけてくれた時も、トサカさんも随分なれていたような気がした。
中央の戦闘機の左翼に座って待ちま変えていたのは、勿論イノヅカである。
仁王立ちで竹刀を地面につき立ている。一昔前の体育教師スタイルだ、滅多にお目にかかれるモノじゃない。
こんなに寒い空間で僕のことを待っていたのであれば、それはちょっと申し訳なくなった。なんというか、遅くなりました。はい。
荷物の詰め込みの時もそうだったが、いちいち律儀な人だ。
「よくきたな、桑名青年。コレはまぁ恒例行事だ。付き合ってくれるだろう?」
そういって渡されたのは、よく見慣れた竹刀だった。ただの竹刀だが、やけに重たい。
中に何か仕込んである。
「これはなんだ、ご期待に副うには何をすればいい」
イノヅカの楽しそうな顔が少し曇った。
「おいおい、察しが悪いな、新入り。ルールとか、順序だとかって言う奴は長生きしないぜ。コンディションなんてのは、負け犬のリーガルだ。そうだろう?」
何だその言い回し、かっこいいな。
位置についてー、よーいどん!!!
若い女の声。軽い口調。
突然かつ強引に始めさせたのは、集まったギャラリーの中にいる誰かだった。
お互いが竹刀。
一足一刀の間合いから始められることはなく、普通にしゃべっていた距離から。試合のような何かは始められた。すべてがここにいる奴らの気まぐれみたいだった。
クワナは構えてすらいない。どうやら、戦えということらしい。遅れてそのことに気づいたクワナは、持っていた竹刀を構えようとする。
しかし、そんな隙もなく―――――――顔面パンチを食らった。
拉げた鼻が頬に当たり、拳が唇を介して歯茎を穿った。
なんじゃそりゃ。
竹刀は使わないのか。
痛い。痛い痛い。
この女、容赦がないどころの話ではない。
バーリトゥードを曲解している。
うっすらと、口の中で血の味がした。
図らずも相手との距離が開けられたクワナは、やっと構えることができた。しかしその時には既に再び、距離が詰められる。
既に竹刀を構えているクワナは、そのまま竹刀の根元で受け止めた。
鍔迫り合いである。
竹刀同士、そしてお互いの拳同士がぶつかり合う。
互いに押し合うと、容易に押し任すことができた。男であるクワナは、腕力だけでなら負けていないことに気づいたのだ。
(この調子でいけば押し勝てるか。押し勝てればこっちのものだ)
イノヅカの竹刀を、根元から上へ弾きあげ、そしてガラ空きになった胴へ切り込む――――。
鍔迫り合いが解かれた瞬間に始まる一瞬の攻防。剣道ではよくある展開だ。
どちらの竹刀のほうが早く敵へと届くのか。
クワナは鍔迫り合いで押し合っている竹刀を少し右に傾け、イノヅカの鍔に引っ掛けて、全身をバネにして持ち上げた。
思いのほか容易く持ち上がった。これは、これならいける――――――――。
クワナの好感触に対して、観客たちは何かを悟ったような、分かっていた結末通りになることを諦めたような。そんな空気を漂わせた。
クワナのとった行動が剣道経験者によくある癖だったからである。
クワタはそのまま上へあがった竹刀の隙間に入り込むと、そのまま敵の腕の内側へ―――———。
しかし、そこにあるはずのイノヅカの胴が、そこにはなかった。
眼前に現れたのは―――――膝?
次の瞬間には、自分に影を落とす複数の人影と、ぼやけた電灯の光源が見えた。
眩しさに目を細める。
「クワナ君、大丈夫ですか」
「死んだか? ハマグリ」
班長?なんでこんなところに。ってかイノヅカは?
死んでねぇし。これはヒルマか。
それでもまだ頭がぼんやりとする。焦点は定まらない。
じんわりと鼻や人柱に痛みを覚え、熱くつたうものを感じた。
「やっぱりだめだったか」
「僕は君に賭けてたんだけどね」
「こりゃダメだな」
「次は、あの新人が何日死なないかで賭けるか?」
いや、まだだ!!
クワナは、そういって起き上がる。気絶していたのは数十秒の間だけだった。
「へぇ、まだ立つか。私はいいぜ。なんせルールなんて、」
「ないんだろう? 後悔するなよ!!」
自分を囲む数人を押しのけて場の中央に飛び込むと、再度切りかかる。
頭頂部を狙った面に見せかけた小手だ。これならどうだ。
焦りすぎていた。ガタガタな下半身。隙だらけの構え。自棄になっていた。
必然的に生じる、大きな隙。
「めーん!!」
棒読みのふざけた掛け声で飛んできた竹刀は頭頂部、ではなくクワタの側頭部をとらえた。
反則、ではないんだろう。則する規律がそもそもない。
イノヅカは手首のスナップで竹刀の軌道に回転を与え、横に弾いたのだ。
首が変な音を立てる。
「おいおい、頼むぜ新入り。そんなんじゃ、私は捕まんないよ?」
よろけるのを堪え、踏ん張って体制を整えた。
熱いものがさらに、耳から顎につたうのを感じた。
口から大きく息を吐き出すと、クワナは少し冷静になって相手を見た。
竹刀を正面、イノヅカの顎に照準を合わせて構える。
そこからしばらくは、まともな攻防が続いた。やっとバトルになった。
途中から、イノヅカの構えがどんどん崩れていき、終いには片手で竹刀を振り回していた。本来のセオリーに照らせば下手くそもいいところだと指摘されるような酷い有様だが、クワタはあと一歩のところで攻めきれず、ひらりと躱されていた。
素直で直線的な高速の面。何よりも早くシンプルな一打。
しかしこれも、振りかぶるタイミングで竹刀を当てられ、まっすぐに振れない。
そして二度目の鍔迫り合い。
今度は膝を外向きに蹴り飛ばされ、傾きかけたクワタの側頭部に片手の薙ぎ払いで追撃。先の一撃でとらえたところを、もう一度なぐったのだ。
「めーん」
ひざまずき、上半身が回転していくクワタをしり目にイノヅカは勝利を確信した。
ニヤリと上がる口角。
――しかしその時には既に、クワタは竹刀を持っていなかった。
ならどこに行った?
投げられたクワタの竹刀は、イノヅカの額をとらえていた。
鈍い音がして、額から血が流れる。
中に何が仕込んであったのやら。
両者ともに闘技場の中心で倒れ込んだ。
「クソ、やればできるじゃねぇの」
イノヅカのほうが先に立ち上がる。
「負けてたまるかぁぁああ」
クワタも負けじと立ち上がった。
盛り上がるギャラリー。
「いいぞ、もっとやれ」
「殴られてから投げたのか、殴られてから殴られたのか!!」
「おぉ、面白いな」
「よくわかんねぇけど、どっちも頑張れ」
竹刀はお互いに忘れ去り、いつしか殴り合いへと発展していた。
これを見かねた男が、ギャラリーの中から割って入ってきた。
イノヅカと同じ班に所属する石部金吉と、袖崎小夏である。
「馬鹿、これ以上は明日の仕事に響くだろうが」
架台のいい男が、興奮状態にあるイノヅカを抑えつけた。
「そうですヨ?まぁ、ワンチャンそれで休暇貰えるかもしれないんで別に良い、って考えがー私にはあったりしますけど?」
前髪をいじる。なんというかここでは珍しく、女子だった。
「もちろんだめだ」
「ですよネ~」
ソデサキがイシベを手伝う様子は、なかった。
「おいカネキチ、見てわからないのか。今からが面白いところだろ」
襟首をつかまれながらも口答えするイノヅカだったが、その額には確かに傷が入っていた。
「もう十分遊んだろ。今日はここまでだ」
一喝され、小言を吐きながらも折れた。
「うわー。ひどい顔」
ソデサキがイノヅカの顔面を面白がった。
クワタはというと―――ヒルマに関節を決められ、コアシに介抱されていた。
「これでも一応、俺は怪我人だぞ、」
「それならちょうどよかった。木を隠すなら森の中」
「それ使い方間違えてるからな。っというか隠す気無いだろ!! よし。今度はお前が相手だヒルマぁ!!!」
鈍い音が響き―――――――またも、知らない天井。
石部:イノヅカはいつもアレやるよな。
袖崎:ヅカちんは、溜まってたんじゃない? 最近、仕事ないし。
石部:ストレス発散で仕事をされても困るんだがな。
袖崎:あれだけ仕事熱心なヒトもそうはいないんじゃない?自主練なんてしちゃってさ。
石部:その自主練に付き合わされる新人も気の毒だがな。
袖崎:あの新人くんね。名前は――なんていうんだっけ。
石部:――確か、ハマグリだ。
袖崎:なんだか珍しい名前ね。主人公にはなれなさそー。
石部:ただ、今日の最後の一発。あれは大したものだったがな。
袖崎:あー、竹刀投げたあれね。っていうか、投げられた竹刀が顔に当たっただけで、血なんか出る?
石部:いや、あの竹刀はイノヅカの特性だからな。大方、鉄でも仕込んでたんだろう。
袖崎:あちゃー。そっちを相手に渡しちゃったわけね。
石部:いや、あいつが使ってた竹刀にも仕込んでたぞ。
袖崎:うそ、何それ。フェアじゃん、律儀じゃん。
石部:あいつはあれで、そういうところがあるからな。
袖崎:ふーん、真面目なこともするのね。
次回、「蛙間は斬り、桑名は走馬灯を見逃す」
石部:あいつ、警視庁から来てるからな。
袖崎:え!? はいそれ、ダウトー!w 絶対に嘘ww―――え。嘘、よね?
読み終わったら、ポイントを付けましょう!