デタラメ戦線

とっても愉快な仲間たちと、ちょっとファンタジーな戦場を
鶴菌スズヒト
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011 英雄と銃とゴブリン

公開日時: 2021年11月24日(水) 15:30
文字数:5,258

ヒーローものって、私は結構好きなんですよね。

なんか、いいじゃないですか。こう、変身したら元の自分とは別人みたいに強くなって。

それで正体を隠しながら活躍するんだけど、その正体が好きな子にバレちゃったりして。

なんかそういうのってずるい気もするけど、でもやっぱり謙虚さも感じられる気がして。

私はヒーロー、好きですね。


でもその正体は、見えないうちが一番おいしいんですよね。


救われる人にっとっては、マスクのままでいてもらったほうが、幸せだと思うんです。

 響く爆発音———。それは、タイミングよく、突然だった。

戦闘車両が、火を噴いた。

奴らが乗ってきた車である。

突然の爆発に戦闘どころではなくなり、双方に沈黙が走り距離を取る。

車から立ち上る黒煙の向こうからシルエットが浮かび上がってきた。

煙の中の人影は、灰色をかき分けて現れる。

後ろに反り返った、アイベックスに似ている二本の大きな角。白い装備。真っ直ぐな長髪。長い棒、ではない。先に刃がつけられた薙刀だ。

胸のプレートに黒字で「03」と「山羊」を模したステンシルが入っている。

別方向の敵小隊と戦闘していたはずの第三班。

こちらも増援だった。

「あーあ。夜船ちゃん、相変わらず派手よね。」

いつの間にか、クワナの隣に男が一人立っていた。同じステンシルをつけた白装備の中年である。角が感知できなかったわけじゃないが、感知した時には既にそこにいた。

(感知が遅れた?)

側頭部から横に生えた角は上方に向かって湾曲していて、牛の角に似ている。

そして年に似合わない、砕けた口調。


 火の手が上がり、煙が立ち昇る舞台の上。女はポーズをとった。戦隊モノに出てくる決めポーズである。

「新人救済!!みんなも安心してよね、ヨフネちゃんが来たからにはもう全部解決。大船に乗ったつもりでいればダイ・ジョウ・ブ!!!」

前に突き出したグーサイン。

呆気に取られている敵部隊を前に大見得を切った。そのドヤ顔は言語の壁をも超えて、挑発としての牽制も担っていた。しかし、相手にしてみればそんなことは最早、些細なことである。

「とう!!」

自分で効果音までつけて、車の上から飛び降りる。すると、タイミング良くもう一度爆炎が上がり、こちらから見れば戦隊ヒーローの登場シーンのような構図になった。車が一台、大破した。

長い黒髪をそのままに、薙刀を担いで着地する彼女の姿は歌舞伎の見栄を思わせる。

なんて派手な登場シーンだろうか。まるでそのために誂えられたような敵方の戦闘車両には、なんだか申し訳無さ半分、恥ずかしさ半分といった感じの複雑な心境にさいなまれる。なぜ俺まで恥ずかしがらなくてはならないのだろうか。

というか、なんだこの人。

「いいかい、新人諸君。授業の時間だ!! ステップ1!! 敵戦力はまず、移動の足を潰すのだ!!」

極悪人だった。

ガソリンタンクに引火したらしく、大きな爆発が車にとどめを刺した。

そしてあっという間に、二台目の戦闘車両の破壊を目論み、走り出す。

その意図を察した敵兵達は、慌てて走り出す。

会敵地点まで車を持ってくるということは、やはり彼らも不慣れな兵士に分類されるということか。

 程なくして降伏。これは正しい判断だったと言えよう。

味方だからドン引きする程度で済んでいるが、敵として相対している彼らからすれば、いきなり現れた頭のおかしい女が、生命線であるところの移動手段を叩き降伏を迫っているのだから悪夢である。

しかし、その行動は最適解だったと言えよう。移動に使う足を失えばこの壮大な氷漠を人間の足で彷徨うことになる。特に遠方から訪れたであろう彼らにとっては致命的で、失われれば絶対に助からない。天体災害が発生したその日、凍てついた空母から日本を目指して歩き続け、ついには氷像となった彼らのように。

相手が降伏したまではいいのだが、ここで一つ困ったことがある。捕虜となった彼らの運搬である。3班と5班のバギー2台では追加であと3人が限界だ。これ以上は現実的ではない。

「この中で日本語を喋れる人〜」

薙刀を使う変人、白河夜舟は挙手を求めるクラスの担任教諭のような口調で問う。

ヘルメットを外して両手を頭の後ろで組み、膝をつく彼らのうち二人が名乗りを上げた。

ヨフネは、そのうち一人に耳打ちする。

耳打ちされた男がロシア語で一人の隊員に声をかけて、彼がその人だと伝えた。

「よし、じゃあ。お疲れさん」

ヨフネはそのロシア人の腰につけてあった拳銃を奪うと三人以外に向けた。

この世界では初めて目にする、拳銃だった。

「マガジンよし、安全バーよし、セミオートよし。スライドを引いてっと」

油を刺されて滑らかに可動する、金属音。

そして登場シーンから変わらぬ表情で、

「腕は肩からまっすぐ、左手で右手を隠すように構えて――」

正確に残りを射殺した。正確な銃さばきで、見事に眉間と胸を撃ち抜いていった。

弾を打ち尽くすころには、人数の半分に、二発ずつ撃ち込んだ後だった。

スライドが戻らなくなったのを見て、マガジンを捨てる。

そしてヨフネは、生きている敵兵に笑顔で片手を差し出した。

「なくなっちゃった」

隣の男と同じような末路を想像した男は、震えだす。

この極悪人は、これから撃たれんとする男に、そのマガジンをせがんだのだ。

クワナは耐え切れずに声を上げた。

「待ってくれ!!そんな、降伏していた彼らを何故殺す」

それをきっかけに、自分を打つためのマガジンを要求された男は、発狂した。

言葉にならない何かを叫びながら、震える手で渡すはずだった拳銃を構える。

―――響く銃声――。

「なんでって、そりゃ。こうしてあげないと可愛そうじゃん?置いていかれたらきっと寒いだろうし、うちでは三匹しか飼えません!これはしょうがないので~す」

発狂した男をヘッドロック――――打たれるようなヘマを踏むことは、なかった。

男は10カウントで、泡を吹いて動かなくなった。

もう少し彼女から人間らしい側面が見られていたら、今の説明で納得できていただろう。けれど一人、また一人と打ち抜いていく彼女は、それでもその表情を崩さない。それを前に俺が覚えたのは、果てしない嫌悪感であった。

「いやー。こういうとき、拳銃は便利だね!全く、戦前の人間は恐ろしいことを思いつくもんだね!!」

引き続き、響く銃声。

「そうだね、無抵抗な大人数を処理するにはもってこいだ」

一番恐ろしいのは他でもない、お前等だ。


 3班の男が不満そうなクワナに、強引に肩を組んで話しかけた。

「君は~あれだあよね、新人のクワタ君。見てたよ、さっきの殺さず生かしたほうがってやつ。孔子だっけ孟子だっけ?おじちゃんの世代でギリギリ残ってる思想だぜ、よく知ってるね。勉強熱心なのは悪いことじゃないよ。けどさぁ。流行には乗らなくちゃ時代遅れだぜ?あはは。なに、おじちゃんだって着いてこれてる程度の流行だから大丈夫だよ。それにまぁ、クワタ君だっておんなじムジナなんだからさ、僕や夜船ちゃんと一緒で」

「—————それでも俺は、無駄に人を殺めたことなんて」

「んー? 小蘆君。コレってどゆこと?」

気まずそうに眼を泳がせるコアシ。

「そ、それはですね…」

コアシが口ごもる理由を知らないヒルマは、迂闊にも説明した。

「あー、そいつ。とどめ刺したことない殺人童貞なんで」

ヒルマが入って話に入ってきたのだ。

「こらこら、女の子が童貞とか言っちゃだめだよ。————んー。でもそれはちょっと問題だね、クワタくんさ。良からぬ疑いをかけられるかもしれないよ、このままだと」

優しい口調の中には、誤魔化しきれていない厳しさが滲んでいた。

「まぁこれはおじちゃんの独り言だし、君の主張も何も僕は聞いちゃいないから。まぁつまりは、深い意味はないからさ。気にしないでいいよ。―――ただね。そういうやつはさ、遠くないうちに後悔するんだ。何かを選んでおけばよかったって」

クワナは唾をのんだ。

「お前は、―――」

「ああ、名乗り忘れてたね、こりゃ失敬。おじちゃんの名前はね、落合悟《オチアイサトル》っていうんだよ。あそこの元気なお姉ちゃんと同じ3班なんだ。これから宜しくね」

 3班は班員が補充されることのない、二人で成立する唯一の班である。薙刀を特注している白河夜船の特異性に吊り合う、古株の落合悟。このツーマンセルは、196拠点の中でも上位に坐する実力と撃破数を誇るという。

「小蘆くん。このことは一応、上には黙っておくからさ。まぁ、ここでの生活を続けていればそのうち、考えも変わるだろうけどさ」


 これが、お嬢が言っていた”考え方”だろうか。

いや、たしかに残虐性はあるが、それは彼ら自身を滅ぼすものとは違うような気がする。戦争というものに照らせば、むしろこれが至って正常なようないがしてきてしまう。

俺のほうが平和ボケしていたのではないだろうか。

孔子いわく、戦争というものは追い詰めすぎてしまってはいけない、らしい。

なぜなら、後の和平を結ぶ段階にまで軋轢を残すからだという。

ではこの戦いに、和平はあるだろうか。

この太陽を奪い合う戦争に、終わりはあるのだろうか。

誰かが日向を勝ち取れば、誰かが必然的に日陰に押しやられる。

太陽光がなければ子供は育たないし、補うためのビタミン剤も安くはない。

光エネルギーの不足によって植物の育ちも悪く、生態系は跡も形もない。

去年は最終的に北に0,002°、東に0,0005°。太陽座標が動いた。

日本の紫外線量は少しだけ増えたことだろう。

座標の1万分の1°を稼ぐために、今日も明日も戦争は続けられる。

和平など、終結など―――。

それを思えば、彼らはただ、

合理的だ。


 肩を強く掴まれた。つづいて、頬をぺちぺちされた。

「ほら、ボーッとしてるなよ童貞くん!!引き上げるゾ!!!」

目の前にいたのは、白河夜船。


思いの外、身長は俺と同じくらいで、

グローブをしていた彼女の手は、意外と小さかった。

それにしても、

「―――童貞くんって...」


 ヒルマは夜空を見上げて、ぼんやりと見ていた。

雲と闇と若干の木漏れ陽。流れていく雲の影に汚されている空を走る、一筋の白い雲。飛行機雲だ。ここ最近ではめったに見なくなったし、仮に見つかればそれが意味するものによっては、嬉しくも悔しくもある光景だ。

太陽座標の操作はロケットで月に干渉して行われる。

「今日って、ロケットの打ち上げ日でしたっけ?」

いや、そんなはずはない。

俺たちがしているのは、ロケットを打ち上げるための防衛戦をしているのだ。本当にロケットならば今頃俺たちはもっと忙しく職務に励んでいるはずだ。

なにより、敵としてもそんな情報、外から眺めているだけでわかるようなものは逃すはずがない。

「クワナくん! 伏せてください!!」

コアシは叫んだ。この場で空を走るアレの正体に思い当たったのは、新人以外の3人だった。

「あれがどうしたんですか」

「敵襲です」

空母のミサイル迎撃システムが作動するよりも早く低い高度で、その飛翔体は分裂した。

空中で分解したそれらは、地面に突き立てられる。

白くて丸い種子のような形状の大きな飛翔物は、ガスを噴出しながらその蓋を開く。中からは溢れるように、大量の動物が放出された。

オチアイは発煙筒を地面に擦る。

オレンジの狼煙―――これの意味するところは、急襲である。


白い飛翔体は全部で、3つ。その全てから、大量の何かが放たれた。

その数はおよそ3000。遠目で視認できる色は白と緑。

迫りくるそれは、生物兵器である。


緑色の大群は迷うことなく、こちらに向かってきていた。

ドドドド。

低い地鳴りが、近づいてくる。

クワナは単眼鏡で確認すると、ぼやける照準を合わせた。

「緑色の肌で二足歩行――人型です!!」

「おいおい、勘弁してよ」オチアイは溜息混じりにつぶやいた。

「班長、どうすんの。これ」

(この量の生物兵器となると、厄介ですね。なにか未知の病原菌を体内に持っている可能性は極めて高い。なぜなら、わざわざ磁気嵐にジャミングされない輸送手段を取ってきてまで、こちらに送りつけたいものなど、他に見当がつかない)

「クワナ君、敵の装備は?」

「えーっと、白いTシャツのみです!」

「いや、ファッションなんて聞いてないですよ!! 装備はありますか!!」

「ですが、白いTシャツのほかには何も身に着けていません!!」

ヒルマが単眼鏡をひったくった。

「そんなわけないだろ、バカハマグリ。―――ほんとだ、しかも意味不明な漢字Tシャツだし!!」

大量に走ってくる二足歩行のそれは、緑色の肌の変態だった。

下半身には何もつけてはおらず、上半身には、日本に訪れる外国人が好んで着ていたはずの漢字Tシャツがあったのだ。

反抗期、馬鹿者、侍、痛風、痔、婚活、除菌、烏賊、漢字、牛乳、夜勤、童貞、禁煙、自己嫌悪、甘党、彼女募集、冷奴etc。

狂ったように全力疾走で向かってくる彼らの挙動には、およそ理性と呼ばれるものはなかった。

体格も個人差はない。

そして若干、背が低かった。

あれは、なんだ―――。

「オチアイさん。しばらくすれば、十三班と合流できるはずです。それまで、ここで遅滞戦闘に努めてください。クワナ君とヒルマさんもここに残って」

コアシが指示を飛ばした。何か策があるらしい。

「はいはい。了解了解。―――ヨフネちゃん、何割イケそう?」

「3分の2ッ!!!」

返事と同時に走り出した。カチューシャに触れると、大きな角はカーブを描きながら生成された。担いでいた薙刀を脇に抱えると、大群に向かって突っ込んでいく。

「じゃ、クワナくんとヒルマちゃんはおじちゃんと、3分の1だから」

「「はい!!」」


蛙間:白河、強い・・・。

落合:まぁ、ヒルマちゃんに比べるとお姉さんだからね~

蛙間:白河、角デカい・・・。

落合:ヌベア・アイベックスっていう山羊の角がモデルらしいよ。

蛙間:カッコいい。ずるい。

落合:ヒルマちゃんは猫だもんね。あれはあれで、可愛いよね~

蛙間:おじさんは?

落合:お、おじさんは牛の仲間だね。

蛙間:わたし、角じゃなくて耳じゃん。わたしだけじゃん。

落合:似合ってると思うけどな、猫耳。昔は流行ってたんだけどね

蛙間:えー。角のほうがカッコいいし強いし。耳って・・・?

落合:いやいや、僕たちは別に角で戦うわけじゃないでしょ?

蛙間:じゃぁなんでついてるの?

落合:え、小蘆君から聞いてないのかい?

蛙間:そういえば、班長。片っぽだけじゃん。

落合:あー、あれね。本人は結構気にしてるみたいだよ?


次回、「ロリータとオークと勘違い」


蛙間:え、ナニナニ。何がったの?

落合:そんな重要な伏線、こんなところで回収しないさ。

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