乙女ゲー転生、私が主役!? ……いやそれ、何かの間違いです!

まんどう
まんどう

スパルタもしくは調教

公開日時: 2021年3月9日(火) 18:29
文字数:3,537


 頬を紅潮させて上機嫌で歩いていくグレイス嬢。置いていかれないように必死で早歩きするうちの喪女さんと、一応護衛としてついてきていたアーチボルドは首を傾げっきりだ。


「なぁ、フローラ嬢。今度は何やらかしたんだ?」


「やらかしてはないですよ!? グレイス様にお土産を渡しただけで……」


「おっ! おみやげか。なぁ? 俺には無いの?」


「アーチボルド様は甘いのお得意ですか?」


「あー、そっち系かぁ。苦手だな、聞いといてなんだが要らねえわ」


「配慮が足らず申し訳ありません。また何か考えておきますね」


「いやいや! 大丈夫大丈夫! グレイス用って事だったんだろ? なら良いよ」


「……いえ、今度可愛い栞なんかをご用意します」


「? なんで栞? しかも可愛いヤツ?」


「アメリア様にプレゼント、要りませんか?」


「おお!? あーそっかー。気を使ってくれてんのか! でもまぁそれも良いや。フローラ嬢に買わせたってのは多分良くない気がする」


 へー、考えるようになったな。


(おお!? あー君が成長してる、だと!?)

「では少し恥ずかしい思いをしてでもご自分でお買い求めくださいね」


「……そこまでの思いをするのか」


 すっごい死にそうな顔したけどまぁ仕方ない。爆発しろ! 順調なようで良かった良かった……なぁ!


(祝福するのか呪うのかどっちかにしなさいなみっともない)


 正直どっちでも良いです。面白ければ。


(最悪だな、お前は!?)


 こうして3日目は純真なグレイス嬢を黒堕ちさせて


(してねえってば!?)


 4日目の居残りへと移る。


(たまには途中経過も挿め!?)


 フローラ、アメリア嬢堕とす。帰る。甘味先輩とにゃんにゃん。朝、友人達とわき。

 フローラ、サイモンに発情。キモイ。帰って甘味先輩と同文。朝、友人達とあい。

 フローラ、グレイス嬢悪墜ち。ゲスい。帰る。甘味先輩と略。朝、友人達とあい。

 こんなんでどうだ。


(雑い! ゲスく書き過ぎ!? 甘味先輩って何だよ!? 和気あいあいを分割すんな!?)


 注文の多いフローラだなぁ。塩は塗り込んだか?


(注文出すほうが塗り込むんじゃないわよ!?)


 ちな魔王とは会えてない。あれでフリーダム、居る時間のが短いんだ。

 そして今日はまぁあれだ。グッドラック。


(何がぐっどら……)


「今日は俺様がマナーを見てやろう」


「はひ……」

(あー、ありがと。幸運があるよう自分でも祈り直すわぁ。俺様ディレク皇子。今日はどんなかなー……)



 ………

 ……

 …



「違う」


 ビシッ!


「あいたっ!」


「そうじゃない」


 バシッ!


「きゃっ!」


「音を立てるな」


 ゴンッ!


「ぎゅえっ!」

(超スパルタなんですけどー!?)


 思わずメアラ先生にヘルプアイを向けるフローラだったが、メアラの表情と逸らす視線が全てを物語る。「こっち見んな」と。


(ひーん)


 流石に手が出るのが早過ぎるので、最初のうちはメアラも苦言を呈していたのだが、


「ここまで物分りが悪いのだから骨の髄まで叩き込んで覚えさせる以外あるまい」


 と断じ、口出ししようものならその鞭はメアラにさえ飛んだ。一瞬真顔になるメアラだったが、小首を傾げて「俺が間違っているのか?」と問われれば、一分たりとも反論の余地はなく、じゃあ良いじゃん的に投げやりになっているのが現在。


(もっと頑張って!?)


 そもそも、アメリア方式が通じないのが問題だった。ダンスは喪女さんの記憶に無いものだったから、具体的な例さえあれば、本体の経験や記憶が浮き上がってきたものの、食事のマナーなどは生前の記憶が色々邪魔をするらしく、やれ持ち上げるな、やれ音を立てるな、やれ存在が喪女イだの言われたい放題だった。


(さらっとただの悪口ぶっこんできてんじゃねえ!)


「顔」


 パシンッ!


「ひぎゃっ! でで、殿下!? 顔……って」


「笑顔を絶やさず優雅に。どうしても難しい場合は扇や手などで口元を隠せ。ただし眉間にシワだけは寄せるな。貴族たるもの、全てに表情を出すべからず」


(何と言う高難度か……!?)

「が、がんばります」


 パシッパシッ


 皇子が鞭を手に叩いて、何時殴ってやろうかと手ぐすねこまねいているぞ。


(ひぃっ!?)


「安心しろ。今日中に条件反射で貴族令嬢らしい振る舞いが出来るよう、生まれ変わらせてやろう」


(御免被りたいで)


 バシンッ!


「すぎゃっ!」


「拒否は却下だ」


 心読まれてやんの。



 ………

 ……

 …



「殿下? そろそろお開きにしましょう」


「む、もうそんな時間か。先の者共から色々聞いていたので少し楽しみにしていたのだが……仕方ないな」


「楽しみ、ですか?」


「うむ。フローラ嬢は貴族としては褒められる所は無いが、その持てる知識の運用に関しては高い評価を得ているようでな。これまでに居残りに参加した俺のグループの、特に女性陣が非常に褒めていたのだ。……その内容までは教えてくれなかったが」


「そうなのですねぇ。普段の彼女から、上位貴族に気に入られる様な何かがあるとは全く想像つきませんけど……」


「………………」


「茶」


 サッ!


「菓子」


 サッ!


「飲め」


 スッスッ……クイッ、スッ。


「食べろ」


 スッスッ……モクモク、コクン。


「よし。今日はこれまで。忘れているようならまた叩き込んでやる。覚えておけ」


 スッスッ……ファサァ。


 椅子から音もなく立ち上がり、優雅にお辞儀するフローラを見て満足そうに頷くと、


「ではメアラ女史、これにて失礼する」


「お気をつけてお帰りください」


 簡単に挨拶を交わすとさっさと出ていってしまった。護衛として扉の外で待っていたアーチボルドの「お、ちょ、待てって!」と、慌てて追いかける声が聞こえてきた。


「………………」


「………………」


「大丈夫?」


「(フルフル)」


「よね。……仕方ない、今の貴方を放り出せないわ。今日は私が送ってあげる」


 精も根も尽き果ててフラフラするフローラを、いつもは厳しいメアラが心配そうに送っていったことはこの後、長い間女子寮の不思議話に加わることになったのは余談である。

 お菓子先輩? 抜け殻になったフローラを甲斐甲斐しく世話してたさ、勿論……。

 魔王? 今日は居た。何があったか聞いたら流石に憐れんでいたよ。



 ………

 ……

 …



 所変わって、別格貴族達の集い。


「さて、俺は残念ながらあいつのお茶会とやらを体験できなかったわけだが……」


「当たり前だ。あんな無遠慮にビシバシやったら誰だって魂が抜けるわ」


「まぁ! 私の提案した方法を試されなかったのですか!?」


「はしたないぞアメリア嬢。あれのことがお気に入りなのは分かるがそうカッカするな。試さなかったのではなく、試したが上手く行かなかったのだ。どうも別の作法のようなものが身についてるらしくてな。完全に抜くためにはやむを得ず、といったところだ」


「しかし相手は女性ですよ、殿下。傷が残ったりしたらどう責任を取るおつもりで?」


「グレイス嬢。君もアレがお気に入りだったか? いつもはそんなに踏み込んでこないだろうに……。

 心配ない。斬るも裂くも腫らしあげるも、傷つけるつけないも俺の手心次第よ」


「胸を張って言うことじゃないだろう、ディレク。いつも言ってるだろう? 女性には優しくしなさい……って、何だいその顔は」


「エル兄は一度痛い目を見たのだから大概になされよ」


「うっ……」


 ディレクの言葉がエリオットにクリティカル! 効果は抜群だ!


「シンシアもエル兄の周りには十分注意しておけよ。エル兄には幸せになってもらいたいからな」


(ペコリ)


「で、ジュリエッタの様子はどうだ?」


「今日はいつもより酷いみたいです。明日もどうか分かりませんね。本当にただの寝不足なのだろうか?」


「グレイス嬢には世話をかけるが側にいてやってくれ。何がどう転ぶかわからんしな」


「御意」


「未熟な我々には彼女が必要だ……」


「またそういう言い方をする。……でも起きそうにないのであれば、明日は僕が行こうかな。サイモンのおかげで僕の役割は無くなっちゃってるんだけどね」


「ふむ……間を開けるのもどうかと思うし、そうしてもらえたら有り難い。エル兄頼む」


「任せて」


「先生方の方には僕から、何時でもスケジュール調整してもらえるよう打診しておきます。

 ……にしても、話を総合すると殿下『だけ』、市井の者達が口にするお菓子を頂かなかったのですね」


「……やけに『だけ』を強調するじゃないかサイモン。そんなに美味しかったのか?」


「食べ慣れないお菓子というのは中々良いものですよ。そもそも下級貴族とはいえ、貴族の子女が好むお菓子なのですから」


「ぬ……そう言われると……。ん? しかし食べていないのはアメリア嬢もではないのか? 菓子の話は聞いてないぞ」


「私はお話に夢中で覚えてなかっただけですわ……(やんやん)」


「……くっ。いや、そういえばアーチボルドが居たな!」


「や、俺は断った」


「……そうか」


 こうしてフローラは、己の与り知らぬ所で一矢報いていたのだった。


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