「おかえりなさい、フローラ」

「ただ今戻りました、お母様、お祖母様……」

「あらあら、随分と元気が無いわねぇ？」

「……むしろお母様達は何故平気なのですか？」

「平気では、無いわよ？　でもね、武人の妻たるもの、夫の無事を信じて家を守るのも役目の一つなの」

「……そう、なんですね」

「フローラは覚悟ができてると思ってたけど……」

「覚悟は……してるつもりでした。でもいざすぐそこに戦争が迫ってると聞かされたら……」

「割り切っていたつもりだったのね？」

「……はい」

「仕方ないわ。そうなってみなければ、人間どうなるか分からないものなの。今のフローラみたいにね」

「うう……実感してます」

「それにね？　いざとなれば私達は何時でも飛び出せる準備もしてるわ」

「飛び出せる……準備？」

「そうよ？　夫達に何かあれば、何時でも飛び出して側に行けるように、ね？」

「……準備」

「貴女も貴女にしかできない準備があるのでしょう？　ならそれをしっかりやらないと」

「……そう、ですね。座して待つなんて私らしくない！」

「「……え？」」

「ベル！　サブ！　何時でも出陣できるよう準備をするわ！」

「かしこまりました、お嬢様」

「ん〜っふふ☆　やぁっと何時ものフローラ様らしくなったわねぇん♪」

「ちょっと待って？　ね、サブリナさん？　あの子、今すぐにでも飛び出しそうなのは私の気のせいかしら？」

「いいえ、気のせいではありませんわよぉん？　クロード男爵夫人♪　すこーし、逸ってる感はありますけれどねぇん☆　それでも落ち込んでいた時よりは大分マシになりましたものぉん♪」

「……そんなに酷かったの？」

「夢遊病、心ここに在らず、生ける屍……その辺りで表現できるかしらぁん？　そうなるのも当然というかぁ、下地からして私達とは違いますものぉ☆　フローラ様の中身である転生者の世界ってぇん、かなり平和だったそうですわ♪　それこそ戦争なんて遠くの国の話で実感沸かない、ってレベルでねぇん☆」

「……平和、だったのね」

「だから近しい人が戦場に赴くことを、人一倍、いいえぇん、人１０倍以上は重く受け止めてらっしゃるのよねぇん☆　以前は『武人なんだから戦争に行くもの』なぁんて随分大人な発言されてましたわぁん♪　でも本当は全然ダメみたいだったようですぅん☆　大丈夫、私が上手く調整・誘導してみせるわぁん♪　ま・か・せ・て・んっ☆」

「お願いするわね、サブリナさん。……ところで、あそこでテキパキ動いているのはベル、ちゃんよね？」

「ええ、そうですわよぉん？」

「何をどうしたら、あの娘がああなるの？　もしかしてフローラやサブリナさん、はてはメアラちゃんかオランジェ先輩からのキツイお仕置きでああなったとか？」

「んまぁ！　奥様ぁん！？　それは事実無根の冤罪でしてよぉ？？　ほらぁん、あの後ろで侍ってる聖獣、居ますでしょぉん？　白虎のガイアちゃんですわぁん♪」

「ああ……普通にそこに居るけどあの子は誰？　って思ってたのよね。何時紹介してもらえるのかと思ってたら、ベルちゃんに絡むことなのね？」

「そうなんですぅん♪　ベルちゃんは、動物が大好きで大好きで大好きらしいですゎん☆　しかしぃ、この国ってぇ、普通の動物って余りいないじゃないですかぁん？　なのでぇ、欠乏症みたいなのを起こしてたらしいのですわよぉ♪」

「欠乏症？　動物の？　……それはそれとして、満ち足りたらああなるの？　なれるものなの？」

「らしいですわよぉん？　何でもぉ、ガイアちゃんを寮に併設されている侍女寮にて飼うことをぉ☆　認めさせるためにぃ、パーリントン夫人とやりあったとかぁん？」

「オランジェ先輩に歯向かうだなんて凄い命知らずね。……でもつまりそれは彼女にとっては命を張る価値のある事、なのね」

「恐れいります、奥様」

「わっ、驚いた。ベルちゃん？　もうフローラちゃんの準備終えちゃったの？」

「いえ。準備の最中、奥様方の事はどうするのか、とフローラ様に問いました所、あの様に止まってしまわれて……」

「………………（チラッ）」

「ああ、良かった。フローラ？　何を心配そうに様子を窺っているのかしら？　でもまぁその様子だと、ようやく冷静になれた所かしら？」

「うう………………はい」

「貴女が飛び出していっちゃったら私達がどう思うか、考えてくれたって事で良いのよね？」

「……はい、御免なさい」

「良いのよ。ちゃんと思い留まってくれたのだし」

「でもそういう所は流石母娘ねぇ。あの人やゼオルグが怪我をした、なんて聞いた日には飛び出して行ってしまう所なんてそっくりだわねぇ……」

「お、お母様！　それは内緒ですわ！」

「あら良いじゃない？　昔の事だし？」

「へっ？？　何の話なんです？　お母様？　お祖母様？」

「まだゼオルグも若い頃、しょっちゅう無茶してたのよねぇ。今は随分と落ち着いているけれど、あの人の配下の中ではずば抜けた才能を持っていたからかしらねぇ？　で、二人が揃って怪我したと聞いたステラが、絶対自分が看病するんだって飛び出して行って……送り返されてきたのよねぇ」

「むー……言わないでって言ってるのに。でもお父様ったら酷いのよ？　私が言うこと聞かないからって、馬に無理やり縛り付けて送り返すんですもの」

「その時付き添った女性騎士さんがそれはそれは困惑してたのよ？　行く先々でやれ人攫いか？　やれ罪人か？　と、質問攻めにあって中々戻ってこれなかったって。あの人には解くなと厳命されていたけれど、流石に不憫になって一度縄を解いたら、あっという間に戦場にとんぼ返りして……。大目玉喰らったのは可哀想だったわね」

「その分、帰って来て話を聞いたお母様から凄いお叱りを受けましたわね……。可哀想というなら、その時のお母様の剣幕で震え上がってたことの方じゃないかしら……」

「他人事ではないのよ？」

「そ、そんなことが……って聞いた限りだと、本当に括りつけられたんですね……」

「あらあら、熱ぅいわ、ねぇえん♪」

「でもまぁその事件のお陰で、かしらね？　向こう見ずだったゼオルグが怪我をしなくなったのは。何かあればステラが飛び出すと分かって、慎重になったのよ。いつかみたくステラが飛び出してきたら、戦どころではないってね」

「……んもう、お母様？　その辺にして下さい。……おほん。ね、フローラ？　お父様やお祖父様も心配でしょうけど、貴女が飛び出していく方が足を引っ張ってしまうかも知れないのよ？」

「今の話を聞いて大いに納得致しました」

「ああんもう！　お母様のせいで私が困った子みたいになっちゃったじゃない！」

「何言ってるの？　事実でしょうに……」

「ううう……」

「ご歓談中、失礼致します。軍部より火急の知らせが届きました」

「「「！？」」」

「こちらに……」

「……これを」

「………………」

「お母様？　どのような要件だったのです？」

「………………はぁ、困った話を持ってきたわね」

「お祖母様？」

「メアラ・グラジアスが敵方について、戦場についたばかりのうちの人の部隊を蹴散らしたそうよ」

「メアラ……ちゃん？」

「メアラ先生が！？」

「……どういう事かしらぁん？」

「皆、怖い顔しないの。ここにはそれだけしか書いてないわ」

「ででで、でもっ！」

「落ち着きなさいフローラ。私は聞き分けのない娘を二人も面倒見れないのだから」

「……二人？」

「ではお母様、私、行ってまいりますわね」

「お母様？　何処に……ってええっ！？　何時の間に着替えられたんですか！？」

「あの人が戦場に赴いている間はずっと下に着込んでいるのよ？」

「お前は何時まで経ってもそのはしたない行為をやめないのねぇ」

「うええええ！？」

「だってほんの数瞬で用意ができちゃうんだもの」

「そそそ、そういう問題じゃ……」

「それにメアラちゃんが出てくるなら私が行ってあげないと……。先輩が出てしまったら殺し合いになってしまうわ」

「うっ……それは……確かに。でもでも！　心配です……」

「あぁんら！　ふろぉら様ぁん？　ステラ様はミローナ様の震経魔法を伝授されてるからぁん☆　少なくても私よりはずぅっと強いわよぉん？」

「ううっそん……マジで！？　いや、元々お母様の方が強かった……？　気もするけど……」

「だからね？　私が出るからフローラはお留守番。良いわね？」

「あれぇ？　どっちかだけが出れるとかそんな話でしたっけ……」

「（ステラお嬢様もお変わりありませんな……おや？）……何？　ふむ、なるほど……。フローラお嬢様。今しがた軍務卿より、軍部に顔を出して欲しいとの通達が届きました」

「はぇ！？　何で軍部……？」

「げぇむ？　が、どうとかのお話で、フローラ様にしか分からないとの事でした」

「あー……確かに？　それは……そうですね」

「フローラ、貴女の方こそ大丈夫なの？」

「あー多分？　そちら用件はすぐにも戦場に出ろ、っていうような話ではありませんので」

「私達も付いていくぅぅん？」

「いえ、大丈夫よ。このままここで待ってて」

「分かったわぁん☆　じゃあミローナ様とお茶でもしてるわぁん♪」

「……あんた馴染み過ぎてない？　まじでちょくちょくお呼ばれしてんの？」

「そおよぉん？　ステラ様の震経魔法がちゃんと身についているかぁん☆　わ・た・し、の身体でもって体験してるわぁん」

「うわぁ、それなら大丈夫？　かな……」

「くすくす、お互いがんばりましょうねぇ、フローラ」

「うう、お母様はいのちだいじにでお願いします。では一足先に、行ってまいります」

　………

　……

　…

（そろそろ良いかな？　……あいつは置いてきたわよ？　居るんでしょ？）

　有難うフローラ！　愛してるぅ！

（外身は〜だとか、色々条件がついた前提でよね？）

　以心伝心……最高過ぎないか！？

（知らねえよ）

　暇だった。暇だったんだよぉ、フローラぁ。

（もしかしなくても外側に向けて言ってるよね？　何時もは喪女呼ばわりだもんね？）

　軍部じゃ誰が待ってるんだろうな？

（うーん。家に帰る前もグレイス様が対応してくれてたから、やっぱりグレイス様じゃないのかなぁ？）

　ま、それが妥当か。後は残り組が全員居るかな？

（……メイリアはバモン君の事、聞いてるのかな？）

　答えられないな。

（びっくりしただろうな……それとも怒ってるかな？）

　普通に考え・てもぉ、操られてるんでしょう？

（おま、通販番組のノリ大好き過ぎないか？　たまには別のネタも混ぜない？）

　あえて言おう！　操られていると！

（あえて言わなくたってそうだろうよ）

　これこれ！　これだよこれ！

（あーはいはい……）