私は死ねなかった。生きてしまった。多分、心の中のほんの少しの私は、死にたくなかったんだ。あの火事があって、私がいた施設は破棄された。私は、この国の第一小隊所属のΩ分隊とか言う精鋭部隊に助け出された。
そのまま、”パパ” とかいう人と一緒に生活をすることになった。この時の私はもう、何もかもがどうでも良くなっていた。生きたいとも死にたいとも思わなかった。本当にどうでもよかったんだ。
この時の私の日常は戦闘とは無縁になり、殺し合いをすることはなくっていた。それでも私が人の顔を見た瞬間にその人の顔にはモヤがかかっていた。
冷たいオレンジ色の液体で満たされたポッドの中で、私の体と頭を毎日のように白衣の人たちがデータとか言って調べ始める。分からない、けど何かが
”95%” らしい。
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私はいつしか ”レイン” と呼ばれるようになって、私と同じぐらいの歳の女の子が、一緒の施設に居た。
「ねえねえ、レインちゃん! 遊ばない——時間あるよね?」
いつも、共同の広いスペースの端っこで本を読んでいたら話しかけてくる。その子と私以外は居ない。けど、私は人と接するのが嫌だった。
何も言わずに無視をする。本を読む。
「ねええ、聞こえてるでしょーーー。なーに読んでんの?」
無視だ。
「ねえったら、あー分かった。実はあああ、それ本じゃ無いんでしょ!」
この子は何を言っているんだろう?顔にモヤがかかっているから人の顔が分からない。どんな表情をしているのか、分からなかった。
「あっ、ちょっと怒った! ねえ、いいじゃん。本ばっかり読んでるとじじいになっちゃうよ?」
「なにか用?」
呆れすぎて声が出てしまった。
「喋れんじゃーん! 声可愛い! いつも本読んでるしさあ、暇じゃん。遊ばない!? あっちでお茶会してるから!」
意味が分からない。その子は私の腕を思いっきり引っ張って、読書どころでは無くなった。
「ちょっと……」
その子に引っ張られて、部屋の隅から中央に来た。人形とその人形用のテーブルや、家、イスがある。
「じゃじゃーーーん! 私が作ったのこれ。その名も、ブリブリ王室! どう、可愛くない?」
「……。全く」
「ええぇぇ、私のブリブリ王室可愛いいよお。こんなに綺麗なお洋服をお人形に着せてさあ、ティーカップとイスを用意して、ウサギを隣に座らせて、ほら今お茶会してるの!」
その変な名前の王室ではお茶会を開いているらしい。けど、
「なんで、ウサギと人間が一緒に座ってお茶会を開くの? それに、ティーカップが逆じゃない。あとは王室とか言う割に、お姫様以外が裸じゃないの……」
「あーそれはまあ、ちょっと手ェ抜いちまって、フフフフッ」
その日から自由時間はその子の遊びに付き合わされた。その子の名前は ”X" と言った。私はそのこと接していくうちに、その子の顔がちゃんとはっきりと分かる様になった。
切りっぱなしの髪の毛は私より少し長いくらいの黒髪で、横髪が肩に付くか、つかないかぐらいの長さ。その瞳はいつも真っ直ぐに何かを見つめていた。
そんな頃に、私は国の軍学校へいく事になった。つまり、私と ”X” のお別れの時間がきた。私が施設を出る前の日に ”X” に挨拶をしようと思ったら、その子はもう居なかった。学校は退屈だった。でも、施設よりは新鮮で、いろいろな色があった。『人』の顔がはっきりして来た頃に、いつしか私は "X" の事を思い出せなくなっていた。
私が殺して来たたくさんの ”ワタシ” の顔は思い出せるのに ”X” のことが日に日に私の頭の中から煙のように、静かに消えていった。
その日、学校に編入生が来た。名前を ”ナギ ” と言った。どこかで見た様な顔と雰囲気がある子だった。そんな気がした。
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「なぜ、完成しないのじゃあああ。——なぜだ。なぜ拒絶する。レイン!」
「多分。その残りの%は心だよ。感情という本来人間が持っている、いや持つべき、そうだなあ。
この世の概念から外れた一種の可能性とでも言っておこうか。僕はね、それには質量があると思っているんだ。
でも彼女にはそれがない。だから、こうしよう。『ココロを持たせて、それを奪い。それを埋めるために学校へ行かせるんだ”』」
「——それで、どうなるというんだっ!」
「それで、完成に近づくと思うよ。おじいちゃん。ロストチルドレンは交換神経系が遮断されている。だから、痛みを感じない。けど、彼女が心を取り戻すと、彼女は再び痛みを知る。そして、完成する。 ”母体” が」
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「あっ、レインちゃーん!」
「どうしたんですか、あなたは。そんなに大声で呼ばなくても」
「ああ、ごめんごめん。どうしても渡したいものがあって」
「渡したいもの?」
「そうそう、はいこれ!」
そう言って彼女は銀色の髪留めを私に差し出してきた。
「これは、髪留めでしょうか?」
「そーーーう! レインちゃん最近髪伸びたかなーって思って、それで髪邪魔になるかなって、本とか読んでる時に鬱陶しくない?」
鬱陶しいと思ったことはあったが、別に気にならなかった。
「……お気持ちだけ受け取っておきます」
「まっ、気に入ったら付けてみてよ! 世界変わるからさ! んじゃ、また!」
そのまま、図書室へ続く廊下から、彼女は颯爽と教室に入っていった。銀色をした綺麗な髪留め。正直、着ける気は無かった。けれども
『ねえねえ。それつけてみなよ? 絶対似合うと思うよ! だってレインだもの』
私の頭の中の誰かがそう語りかけてくる。すごいモヤがかかっていて、私はその声の主が思い出せない。でも、なぜだかその声は私を安心させた。
「少し、着けるだけなら……」
そう思って、右の前髪を少し纏めるようにして着けてみた。確かに前より髪が垂れ下がって来なくて、読書に集中できるかもしれない。
『うん。やっぱり似合ってるよ! 私の……』
そう言いかけて、その声はぱったりと途絶えてしまった。ナギとかいう女の子はいきなり私達と同じ最終学年として編入して来た。
異例だ。
特別な事だから、貴族かと思ったけど、彼女は武器を一つも持っていなかった。それに、仕草や、行動が貴族のそれとは丸で違った。学校では選定試験と本試験という二つの試験がある。
私は施設で見た ”花” が選定試験にいるのを察知していた。全身で感じた。私はもしかしたら、あの怪物と”意識的に繋がっているのかもしれない”。だって、私もバケモノだから。
なぜ、学校へ来させられたのか理由が分からなかった。それでも私は、やっぱり誰に対しても、例え、相手が ”花” でも傷一つでもつけるのが怖かった。
「逃げるだけじゃ、ダメなのに。ダメ」
私は疲弊していた。辞書型のフレームを使いながら、ただ逃げ回るだけで全くと言っていいほどそいつには攻撃できなかった。
「——レインちゃーん!」
「あなたは、何でこんなところに」
彼女が選定試験場の森の奥からものすごい速さで飛び出して来る。
「誰かが、困ってたら——助けないと! 私は困ってる美少女はほっとけない!」
「私は大丈夫だから、あなたは何もしなくていいわ」
「でも……」
「——いいから! もう、ほっといてよ。これは、私がケリを着ける!」
ダメ。私は、私のせいで、彼女が傷つくのが怖かった。けど、私は、やっぱり。私はまだ、あの時のままだ。あの時から私の時間は止まっている、レイン。
彼女の、あの血溜まりの中の顔が私の頭の中から消えてくれない。
「グリャア?」
私は思考が停止していて、”花” の攻撃に対応が遅れた。その間を彼女は光のシールドで守ってくれた。
「間一髪だったわ、ナギ様特製、そうね、”壁”よ。あんたの攻撃は通らないわよ。雑草」
「あなた、どうして。私は……」
「いいから、早く! モタモタしてるとあいつがまた!」
「ナギストレート! しゃああ!」
彼女の武器は見たことがない形をしている。それでいて強い。彼女の右の拳は怪物の顔を捉えて、そのままそいつは川の浅瀬へと衝撃でふっ飛ばされた。
「すごい……」
「まっ、ナギ様にかかればこんなものよ! それよりキズは大丈夫?」
「うん。私は大丈夫。それよりあなたは?」
「私? 私はこの通り、ぜーんぜん問題ないわよ!」
私と彼女がその場を立ち去ろうとした、まさにその時だった。私は油断していて、地面から急に伸びてくる ”それ” に気がつかなかった。
「危ないっ!」
彼女は再び私を守る様に体を張ってその怪物の分離していた拳を下方向から受け止める。
「いいところ当ててくるわね、アンタ」
「ナギ!」
「くっ——んの植物! レディのボディになんてことを!」
「大丈夫!? ”アレ” が分離するなんて、いいえ。最初から左腕を切り離していたのか。怪物が知性を持ってる?どう言うことなの?全て、私の責任だ。私が、安らかに眠らせてあげないといけないのに……」
それにナギはなんで、こんなに私のことを。
「ナギ、どうしてそこまで、あなたには関係ないのに」
そう。あなたには関係ないの。これは、私の。
「確かに私には関係無いかもしれない。けど……」
「じゃあ! 私はあなたに助けなんて求めてないっ! 私は、あなたとは一緒の世界で、生きちゃダメなの、感情をもってはだめ。なのに、どうして、あなたはそんなに、優しくするのよ……」
「レインちゃんとアレに、何があるのかとか、分かんない。あなたの過去とか知らないし! だけど私は、あなたと友達に! あなたともっとお喋りして、
可愛いお洋服とか着て、これからももっと一緒に、辛いその過去を、忘れちゃうぐらいの思い出を作っていくのじゃダメ?
ごめんでも、私は困ってるあなたを見過ごせないっ!」
「ナギ……心がポカポカする。どうして、この子はそんなに前を見て歩いていけるの。こんな、世界で、ねえ。私は、どうしたらいいの?私は、この子を頼ってもいいの?」
「でも今は、あいつを倒すのが最優先! フェンリルッ!」
その後は私と彼女で共闘してなんとか、そいつを倒した。そして、その後。私は本試験に合格し学校を卒業した。
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