騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
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第九節 悪魔を惑わす花々

公開日時: 2021年6月22日(火) 12:00
文字数:5,910

 ──エク島、マリアの別荘付近にある海辺。


 不死者アンデッドを討伐した翌朝。太陽は、真っ白な砂浜をジリジリと照りつけた。もしサンダルを履いていなければ、素足が焦げてしまうのではないか──そう思う程に暑い。


 このような暑さなら俺も水着になりたいところだが、それはシェリーと逢瀬する夜中まで取っておこう。何せ今日は、日没まで花姫フィオラたちと海で遊ぶんだ。特にエレやヒイラギ、アイリーンが水着姿の俺を見て何をしでかすか判らない。

 白のシャツにミントグリーンのハーフパンツ、という至ってシンプルな格好だ。ボタンを上から二~三段だけ開ける事で、少しでも風通しが良くなるようにしている。


 十時頃にこの海辺で合流する予定だが、花姫たちはそれより前に来ているようだ。

 ……判っちゃいたが、いくら隊員といえど水着姿は余りに眩しすぎる。あそこで水を掛け合っているのは、エルフ姉妹にアンナ辺りだろうか。まあ、ジロジロ見るのも失礼だし、適当にサマーベッドで──


「おはようございます、アレックス様!」

「待ってたぞ、ヴァンツォ」

「おわっ、おい! いつの間に!?」


 さっきまで海で遊んでたのに、気づけばビキニ姿の彼女らが俺の両腕を掴んできた。左腕には紅い水着のエレ、右腕には黒い水着のヒイラギ。お揃いを意識しているのか、両者のビキニはフリル調だ。

 その女性らしいデザインが、二人のスレンダーな身体をより際立たせる。すっきりしたヘソ周りとシャープな骨格が目立つ彼女らは、アイリーン達とはまた違う色気を醸し出していた。


「もう、アレックスったら! さっきから何処見てるの!?」

「す、すまん!」


 おまけにアンナに怒られる始末……。花柄でワンピースタイプの水着に身を包む彼女は、紅白の浮き輪を持ったまま頬を膨らませていた。──と思いきや、俯いてぼそぼそとつぶやく。


「やっぱり、ボクじゃ子どもっぽいもんね……」

「そういうわけじゃねえって。今日のお前も可愛いぞ」

「……ホント?」

「ああ。そうだろ? エレちゃん、ヒイラギちゃん」


「はい! いつにも増してとっても可愛らしいのですよ!」

「そのままさらいたいくらいにな」

「ううっ……なんで、ボクこんなに緊張しちゃうんだろう……」


 ついに浮き輪を放り投げ、サマーベッドの近くで膝を抱えるアンナ。以前あれだけ肌を出してたというのに、何を今さら悶々としているのだろう……。


「具合が悪いなら無理するなよ」

「そんなんじゃない……あと、そんなに見ないで……」

「す、すまん……」


 この短時間で二回も謝ったのは初めてだ。まあ十七歳と云えど少女であることに変わりはないし、複雑な乙女心を持つ年頃なのだろう。

 その一方で、エレ達は先程からにこやかに俺を見つめてくる。どちらも自身の肩紐に手を掛けるせいで、今にもを見せてきそうだ。


「ほらほら、遠慮せずにもっと見ろよ」

「そうですよ、せっかくの海なのですから!」


「あのな……プライベートビーチつっても、公衆の面前だぞ?」

「細かい事は気にするな♪ あんただって本当は嬉しいんだろ?」

「わたくし達とイイコトしたい時は、いつでも仰ってくださいね。例え森の中部屋の中、何なら今ここでも!」

「此処は流石にまずいし、誰ともそんな事しない。海で遊んだら帰るぞ」


 やんわりとエルフ姉妹を引き剥がすと、彼女らが「えー」だの「連れない悪魔」だのとごねてくる。そりゃあ美人の水着姿に喜ばない男はいないが、世の中にはやって良い事と悪い事が存在するのだ。


 しかし。

 そんな俺の理性を壊そうとしてくる存在が現れる事など、すっかり忘れていたのである──。



「みんな、お待たせ」



 女王の号令により、誰もが彼女の方を向く。

 直後、俺達は国王のお姿に驚きを隠せずにはいられなかった。


「今日は張り切って、“カッコいい水着”にしてきたの! ねえアレックス、あなたも『似合う』って思うでしょ?」

「…………そう、かもな……」


 おいおい、なんで一国のあるじがそんなやべえ恰好してるんだよ。もし此処がプライベートビーチじゃなかったら、全国民のオスどもが野生に帰るぞ。今度は何の女王になるつもりだ?

 なんせ血のように真っ赤なスリングショットを着てるんだ。色々な意味で迫力が有り過ぎるし(何がとは言わないが)溢れそうだし、日差しでギリギリ誤魔化さねえとアウトだろ。


 その後ろから現れたのは、純白のサマードレスと麦わら帽子を身につけるシェリーに、パラソルをさすアイリーンだ。シェリーはさておき、アイリーンもどうしたって云うんだ? そのボンキュッボンなスタイルではダメだろ。王室の水着ってこれが標準なのか?

 なあ、隊員たちは俺という存在を忘れてないか? 俺は一応男だぞ? 何かの拍子で理性ぶっ壊れたらこの国すら救えねえぞ。


「ほう、ロリータのくせにそんな恰好するのか」

「誰が童顔よ!!」

 ヒイラギが煽ることでマリアとの衝突が勃発する。


「夫がいながら部下に色仕掛けとは、感心しないな」

「あたしが変態悪魔を誘うわけないでしょ!? 好きで着ているだけよ!」


 二人が口論するなか、俺はシェリーにこっそり尋ねてみた。


「なあ、シェリーちゃん。あいつの水着っていつもああなのか?」

「いいえ、あの子は単に令嬢服以外のお召し物に疎いだけですの」

「料理に加えてファッションセンスも無えのかよ……」


「何か言った?」

「「いや、別に!!!」」


 どうやら俺らの会話がご本人の耳に届いたようで、睨まれてしまう。偶然にも声が重なった俺とシェリーは、首を横に振るほか無かった。


 大体、女王こいつなら泳ぐ機会がいくらでもあるだろうし、わざわざ俺の見えるとこでそんな恰好しなくても……。

 アイリーンは、ヒイラギとマリアの両者を見て溜息をついたあと、主人の頭を小瓶で軽く叩く。


「いたっ。なーんであたしだけ殴るのよっ」

「さあ陛下、日焼け止めを塗りますよ」


 こうして見ると、まるで姉妹のようだな。まあ、アイリーンもオフでは義姉あねのように振る舞うらしいが。

 ヒイラギはマリアへの冷やかしに飽きたのか、アンナ・エレと共に浅瀬へ向かう。俺もシェリーと一緒に二台のサマーベッドに腰掛け、大きなピンクパラソルが作る日陰に身を委ねた。


 何処にいたのか判らないが、給仕服のメイドが現れて二つのグラスを差し出す。ベッド間の丸テーブルに置かれたのは、空色のトロピカルジュースだ。グラスの縁にささったオレンジやハイビスカスに、液体に溜まる沫──常夏に最適な飲み物だ。

 右隣に座るシェリーは、麦わら帽子をベッドの角に掛けてのんびりと過ごしている。彼女はジュースの存在に気付くと、一口飲んでから俺を妖しく見つめてきた。


 片脚を軽く上げ、スリットから太腿を覗かせる彼女。よく見れば、側面からは胸のラインがくっきりと浮かび上がる。ちょうどベッド間の距離が近いんだ、ちょっとぐらい悪戯してもバレないと思いたい。

 俺はその悪戯に持ち込むべく、シェリーに口実を述べてみた。


「ところで、日焼け止めは塗ったのか?」

「ええ、メイドさんに頼みましたの。……あなたに塗ってもらおうと考えましたが、それはまた別の機会に」


 シェリーは、まるで俺の願望を悟ったように。俺もその間にジュースで喉を潤すと、グラスをそっと卓上に置いた。


 やるなら今か?

 海辺の少女たちは気づいてないし、今のうちに──。



「い、いやぁ! そこはダメぇ!」

「マリア、声を抑えて!」



 ……マリアたちは何をやってるんだ? 花姫たちも気づいたようで、一斉に声のする方を見遣る。


 そこには──パラソルの下でうつ伏せになり、アイリーンに日焼け止めを塗ってもらうマリアの姿があった。うなじに掛けられた紐はほどかれ、柔らかそうな何かが布地と敷物を押し潰している。一見普通の光景だが、マリアの反応は明らかに妖しいものだった。


「隊長たちが驚いてるでしょ!」

「見世物じゃないのよ……って、くすぐったい……!」


 アイリーンが触れるたび、マリアは敷物を掴んで身体をよじらせる。……どうやら、マリアがマッサージに弱いのは本当のようだ。


「よし、あの女王をちょっといじめてやるか」


 この状況に最も興味津々なのはヒイラギのようで、彼女がアイリーン達に近寄ろうとするが──。


──ドカッ!!


「ぐはぁ!」

 ヒイラギは丸い鈍器で後頭部を殴打され、昏倒してしまう。


 その近くに立つエレの手中には、いつの間にかスイカが収まっており、満面の笑みを浮かべて此方を見つめる。

 なおエレが尋ねる傍ら、黒髪の女の周囲には血溜まりが広がっていった。


「アイリーン様! 日焼け止めを塗り終えたら、皆様で一緒に食べましょ!」

「あら、良いわね。もう少ししたら、この主人のケアが終わるから……」


「誰が『いかがわしい』ですって!? 元はと云えば、あなたのマッサージが──」

「ほら、もう少しの我慢ですよ」


 アイリーンがマリアの言葉を遮ってケアを再開する。女王がすぐ身をよじらすせいで、スイカを食すのはもう少し後になってしまった──。






 俺たち純真な花ピュア・ブロッサムは、スイカを食べたり水を掛け合ったりと楽しい一時ひとときを過ごした。時にはヒイラギがアイリーンの水着を剥ぎ取る事態になったが、厄介エルフを水中に沈める事で騒動は終息する。

 時はあっという間に過ぎ去り、空が桜色に染まる頃だ。先ほどまで青かった水面は、紫色に変わり新たなおもむきを魅せる。


「マリアー、早く行こう!」


 声を張り上げるシェリー。彼女らが別荘に向かうなか、マリアだけは何故か俺の隣に立っていた。アイリーンと数人のメイドは、軽々とパラソルやサマーベッドを担いで歩く。

 しかし、マリアが彼女らを追う様子は無い。それどころか、俺と二人きりになるのを待つように佇んでいた。


「後で行くわ!」


 彼女はシェリーに向かって叫ぶと、俺の方に向き直る。相変わらず過激な水着だが、夕陽に照らされる彼女は妖艶で儚げだった。


「良いのか?」

「ええ。ちょっとあなたと話したい事があるから」


 まさか、デートの誘いとかじゃねえよな……? 美女と二人きりは大歓迎だが、俺たちは男女以前に『国王と直属の隊長』という関係だ。生ぬるい空気が漂う中、少しだけ緊張してしまう。

 そして、彼女は口を開いてこう言った。



「本当はシェリーとずっと一緒にいたかった。あの人との婚約を破棄してでも」



 長いまつ毛と朱く膨らんだ唇が目立つ横顔だ。彼女が地平線を見つめる中、白い光は珠のような肌を照らす。その際、薬指に嵌められた白銀が光った気がした。

 マリアは左手を胸元に当て、静かに拳を作る。その大きな瞳の奥に、『本当にやりたかった事』を抑制している気がした。


「勿論、それはあたしのワガママ。上級魔術師同士で契りを交わし、子孫を残していくことがティトルーズ家の使命だから。……それなのに、身体がどうしても営みに応じてくれない。まるで彼を拒むかのように、ね」


「それは今もか?」

「ええ」


 ルドルフが愚痴をこぼした通りか。それと同時に、彼のマリアに対する想いは一生実らないことを悟る。何故なら──“指輪を嵌める”という行為は、彼女にとって建前に過ぎないからだ。

 そこで俺は、彼女にあることを尋ねてみる。


「教えてくれ。なぜ悪魔を隊長の候補にした? 俺の能力はさておき、人柄と実力を兼ね備えた存在なら人間にもいるだろう?」

「…………それだけは、口にしたくない。があるからこそ、あたしの身体を彼に委ねられないの」


 一体どういう意味だ? 訊きたいのはやまやまだが、『口にしたくない』と言われた以上は黙らねばならない。

 その代わり、彼女は俺が着任する前の事をぽつぽつと明かしてくれた。


「……あたし、ずっと反対してたのよ。『知らない男には託したくない』って……。この部隊は、男がいなくても成立するのに……あの人はやたら探し求めてた」


『女しかいないからって調子に乗らないでよね』


『また迂闊にシェリーに手を出したら、承知しないわよ』


 今でも憶えている。初めて会ったばかりのマリアは今より刺々しくて、俺を威圧する勢いでああ言ったのだ。しかも、この時から常にシェリーを気にかけている。マリアの幼馴染に対する想いは、夫の感情こころよりも尊いものだ。


「本当は『来ないで』って願ってたのに……初めてあなたと会ったときは、期待と不安が入り混じってたわ。不思議よね。三年前、あの子に『ふさわしい人がそのうち現れる』って言っておきながら……あなたに期待しておきながら……嫌がる自分がいたなんて」


「当然のことだ。一日で相手のことをわかるはずがない」


 判ってる。今彼女が話してくれているのは、あくまで過去の話だ云う事を。それでも……胸にナイフが刺さるように、ズキズキと痛むのだ。

 それに、こんな話を聞いてて思う。やっぱり俺は、いや『次期隊長なんて要らなかった』とも。


「シェリーとジャックは、あたしが止めてから互いが会うことは無かった。いえ、正しくは……シェリーが待ってても彼が来ることは決して無かった。勿論あの子が卒業する日も。だから部屋に入れて慰めてたんだけど、もうこっちは我慢できなくて、初めて彼女を……‥‥。まあ、『寂しい時はあたしを頼って』ってお願いしたのよ。例え利用されても構わなかった。そう決めたのに、『ずっとそばにいてほしい』と願う自分がいて辛かった。……もう何言ってるのかしらね、あたし」


「良いさ。俺もアリスを愛したとき、頭の中がグチャグチャだった。『お幸せに』なんて言えたらすっげえ楽なのに、死んでも言いたくない自分がいたんだよ」

「そうでしょ。……確かにあたしの手じゃ幸せにできなくて悔しいけど、あの子の意思は誰にも止められないからね」


 両手を大きな胸の前に当て、俺に優しく微笑むマリア。その癖はきっとシェリーの影響だろう。

 そんな彼女の口から出た言葉は、俺の心臓をどくりと高鳴らせる。



「あたしの代わりに、シェリーを幸せにしてあげて。それが、あなたが隊長でいるための絶対条件よ」



 ……思わず、彼女に跪きそうになった。流石に格好が格好である以上、それは頭の中に留めるが。

 国王マリアは、自分の望みを犠牲にして国を護ろうとしている。それは俺ら国民のためと云うよりも、『シェリーのため』と言った方が正しい。


 だったら俺は──今後も、国と大切な存在たちの為に剣を振ろう。それが陛下への恩返しなのだから。


「ありがとな、陛下」

「何よ今更改まっちゃって。いつも通りで良いわよ」


「ちょっとそう呼びたくなったんだよ。……お前がティトルーズの王で良かった」

「…………もうっ! さっさと戻るわよ!」


 マリアはそっぽを向くが、頬にはほんのりと赤みがさしている。


 空が群青色のトーンを見せ、星がまたたき始める。

 砂浜の上を早々と歩く中、マリアの横顔は少し嬉しそうに見えた。




(第十節へ)






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