騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
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第四章追憶 吸血鬼は淫らな夢を見るか

公開日時: 2021年4月21日(水) 12:00
文字数:3,083

 魔術と蒸気の国は、王の理念に基づき今日こんにちも人族と魔族が共生する。

 しかし──意のままに生き、人族を貶める魔族が存在するのも事実だ。その歴史は時に他者の愛を阻み、心に大きな影を落とす。故に自身の生れに悩む魔族は、近しい者と痛みを分かち合うのだ。


 これは、平穏を愛する悪魔と吸血鬼の他愛ない会話である。

「は? サキュバスに襲われた?」


 此処は、以前俺とシェリー・アンナとジェイミーの四人で立ち寄った喫茶店だ。ある日、俺はジェイミーから『相談に乗ってほしい』と頼まれ今に至るが、内容が内容で呆れちまったよ。

 近くに座る客たちが一斉にこちらを向くと、ジェイミーは慌てた様子で付け加える。


「『襲われた』じゃなくて未遂だから」

「どのみち、お前も『相談』という名のモテ自慢をするタイプの輩か」


「いや、十分モテてるだろ!!? 毎日女の子に囲まれてさ!!」

「あれは仕事だよ。つか、そのまま身を委ねれば良いんじゃね?」

「それは……ほら、俺様にはあいつがいるし……」


 あんま細かい事は説明できないが、サキュバスはこちらにとって都合の良い特質だからな。誘いをわざわざ断るオスはごく少数だ。ったく、こいつはどこまで純粋なんだよ。こっちは何十年も来てねえんだぞ。


「お前だってハメを外したいときはあるだろ」

「あんたと一緒にしないでくれ。仮にそんな事して、罪悪感湧かないの?」


夢魔あっちだって満たせればそれで良いんだよ。これ程互いにとって有利な事は無いさ」

「あのなぁ……」


「良いか、あの種族はそう簡単に来るものじゃない。どんなに見た目が良くて力があっても、結局は向こう次第だ。俺がヘプケンに居た頃、それを望んで鍛えたヤツは山程見たけど、誰もその夢を叶えられなかった。それだけ貴重な機会を逃すお前は純粋通り越してただのバカだ」


「なんでそんなに言われなきゃいけないんだよ! ただでさえあのサキュバスに『ザコ』とか『坊っちゃん』って散々言われたのに……俺様が、何かしたってのかよ……」


 野郎のお前がさせても胸キュンもクソも無いんだけどなぁ。つか、結構ナイーブなのが意外だよ。


「とりあえず、何があったか説明してくれよ」


 俺がそう吹っ掛けると、ジェイミーは次のように打ち明けてくれた。



 俺様が寝ようと瞼を閉じたとき、なんかし掛かってたんだよ。目を開けてみればさ、やたら布の面積が薄い夢魔おんなが乗っかってたわけ。見た目は……そうだね、紫色の長い髪にサイドツインテールだし、明らかにツリ目系の童顔だった。でも体型が大人って感じで、ちょっと不思議だと思ったんだよね。


 それで俺様のことをじーっと見ながら、唇を舐め回してたんだよ。しかも、無駄に甘ったるい声で罵倒しやがってさ……。


『余にはわかるぞ〜? そんなチャラい見た目しておいて、実はただの♡ 長年生きてるくせに経験が無いなんて、気の毒なヤツよのぉ〜』


『あ、あんた誰だよ! いきなり家に上がって、俺様に何する気だ!?』

『お〜お〜、“俺様”とか随分とイキりおるな? そんな生意気な吸血鬼にはぁ……お仕置きなのだ!』


 そいつは雷の魔法で身体を硬直させたんだ。仰向けになってる俺様は痺れて何にもできないし、魔法を使う余裕だって無かった。おまけに彼女の幻聴こえまで聞こえてさ、あたかもしてるような気分だったよ。

 無論、それだけじゃない。ピンポイントにくすぐられて結構キてたってのに、とどめを刺すように囁いてきたんだ。


『ざ〜こざ〜こ♡ 結局うぬも変態の端くれなのだ。“一冊も持たぬ”なんぞ只の虚勢よ。さあ、今すぐ余に乞え。“麗しきリリト様、可哀想な僕ちゃんをお慰め下さい”とな』


『ほざけ、この女──』

『ほ〜? 余に逆らうとな?』


『うがぁぁあ……っ!!』

い鳴き声ぞ。うふふ、もっと聞かせよ』


『や、やめろ……! それマジで痛いから!!』

『そうかそうか。もっといじめてほしい、と……素直にそう言えば良かろう?』

『ぐあぁぁああ!!!』


 ……あれはあまりに痛すぎて、細かいことは思い出したくない。でも、俺様は一応上級魔術師だ。じゅ魔法で全部打ち消したら酷く驚いててさ。相当見くびってたんだろうね。


『な、何故なにゆえ余に逆らう!!』

『逆らうも何も、俺様はあんたに従った憶えはない。リリト……と云ったか? これ以上手を下すものなら、俺様も黙っちゃいられないよ』

『くっ……! 憶えておれ!! 近いうちに跪かせてやる〜〜〜〜!!』


 俺様が起き上がると、あいつは蝙蝠こうもりになって消え去った。随分人騒がせな女だと思ったよ。




「どうせあんたの事だから『羨ましい』とか思ってるんだろうけど、実際は超厄介だよ。聞いててわかったでしょ?」

「……もうちょっと歳行ってたらアリかもな」


「そういう問題!? あんたってMだったの!?」

「逆だよ逆。本当はそいつがマゾなんだよ」


 ジェイミーは『よくわかんねー』と言いたげな表情でアイスコーヒーを飲んでいる。俺もあんま他人ひとのこと言えないが、『こいつは一生女心を理解できない』と思った。


「確かあんたの母親がサキュバスなんだろ? 何か対策を教えてくれよ」

「素直に従えば、向こうが満足していなくなるよ。どうしても無理ってなら、


「何を!?」

「言わせるな。飯の場だぞ」


 はーあ、ジェイミーがダメなら俺のとこに来てくれねえかなぁ。まあ、どんなにイイ女でもシェリーには敵わんけど。

 ……ん? ちょっと待て。シェリーにそういう格好を頼めば良いんだよな。何だかんだで乗ってくれたりして? すっげえエロい格好でさ、悪魔っぽい角と翼を生やしてんだよ。片手で上手いこと隠しつつ、脚をこう──


「随分と楽しそうだね。時々あんたが羨ましいよ」

「お前がもっと素直になれば良いだけだ。変にカッコつけてねえで、堂々と『えっちな事は大好きだ!』って振る舞ってりゃ良いんだよ。だいたい、今の今までどうやって乗り越えたんだ?」


「うーん。元々そこまで興味無かったっつーか……」

「でもお前だって血を吸う相手は選ぶだろ。もとが良いんだから、気に入った相手をそのまま口説けば大体は上手くいくよ」


「そんなことして何になるって言うの。確かに可愛い子は好きだけど、向こうが困る事はしたくない」

「……もしかしてお前、血を吸う時いちいち許可取ってるの?」

「そりゃそうだよ。だから動物の血を吸うほうが楽なの」


 きっとこいつ、女の家に入り込んでおいて『いきなり入ってごめんね。あんたの血を吸って良い?』って確認してるんだろうな……。もっと積極的に攻める方がカッコいいはずなんだが。

 ジェイミーは窓に映る青空を見上げ、溜息をつく。その眼差しはどこか寂しげで、突如胸が締め付けられた。


「だからさ、俺様は時々思うんだよ。『人間が羨ましい』って。あんたもそう思ったこと無い?」

「……そうだな。この国は魔族も受け入れてくれるとはいえ、好きな女が俺みたいなヤツと付き合ってくれるとは限らない」


「そうだね。……少なくとも、アンナを怖がらせたくないよ」

「ま、彼女も色々あっただろうし、今のままでも良いんじゃねえか」


「いきなり生き方を変えるってのは、難しいもんだよね。やっぱ、『誰でも良い』ってのは俺様には無理だよ。あんたと違って」

「最後は余計だ」


 つい話がそれてしまったな。男二人でしんみりは性に合わないし、話を戻すとしよう。


「で、仕込むのか?」

「うーん、もうちょっと楽な方法は無いかなって」


「代替品なら市場にある。せっかくだから付き添おう。ちょうど本屋に寄りたいと思ったとこだし」

「何(の本)買うの?」


「そりゃあ決まってるだろ。だ」

「……相変わらずだね。相談に乗ってもらったお礼として、俺様もついて行くよ」



 ジェイミーと一緒に喫茶店を後にすると、俺たちは市場で瓶詰めの飲み物を買った。何の変哲もないごく普通の飲み物だが、敢えて明文化は避けよう。

 それから書店に立ち寄り、俺は例の書物が並ぶ箇所で漁る。一糸纏わぬ美女のポスターを見た吸血鬼が、慌てて店を抜け出したのは言うまでもない。






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