騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
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第七章 幻想の間 〜生死彷徨う騎士と銃士〜

第一節 吸血獅子との再戦

公開日時: 2021年5月8日(土) 12:00
文字数:4,258

【前章のあらすじ】

 アレックスとシェリーがメルキュール迷宮でルーシェを倒した一方、エレの妹ヒイラギがペルラ村を襲撃。程無くしてエレたちの故郷リヴィへ向かった純真な花ピュア・ブロッサムは、ガルティエの遺跡でヒイラギと対峙する。ヒイラギは花姫フィオラとの戦いを機に改心するが、突如乱入したジャックによってエレが誘拐された。アレックスとヒイラギは倉庫で彼女を救出するも、アレックスはジャックの攻撃を受けて気絶してしまう。

 謎の空間で目覚めたアレックスは、かつて撃破した吸血獅子ヴァンレオーネと戦うこととなる。果たしてその空間とは一体? 彼は脱出できるのだろうか?


※この章には過激な描写が多く含まれます。

 さっきまでリヴィに居たはずが、いつの間にか青紫に輝く空間に飛ばされてしまったらしい。等間隔に設置された直方体の柱は時に幾何学模様に灯るも、それが何の意味を為すのかさっぱりである。もはや此処が人間界に存在する場所かどうかも怪しいところだ。


 俺は今、この広く果てしない通路の中で吸血獅子ヴァンレオーネと対峙している。隊長になったばかりの頃は花姫フィオラたちと一緒だったが、今回は一人だ。油断すればこいつの餌食になるかもしれない。

 鼠色の毛に覆われた胴体は、おおよそ四メートルはあるだろう。薄汚れた白い鬣と尖った耳が威厳を表しているようだ。


 よくわからない場所に飛ばされたとはいえ、武器や魔法は変わらず使えるっぽい。

 だから俺は鞘から長剣を取り出し、切先をヤツに向けて宣戦布告を行う。


「またお前と戦う事になるとはな」


 獅子が雷を轟かすような呻きを上げる。まさに身体から小さな稲妻を放つ彼は、今にも俺を食い殺しそうな勢いだ。

 そしてヤツは鋭い牙を見せ、耳を塞ぎたくなる程の咆哮で空間を震わす!


──オオォォォオオオオォォ!!!!!

 身体から放つ稲妻は瞬く間に衝撃波を形成。


 衝撃波が急速にこちらへ迫る瞬間。

 俺は前方に大きく跳躍し、身体を丸めて攻撃を回避した。


 あれは、以前アイリーンがマリアを庇う時に受けた魔法だ。もしまともに受ければ、身体が麻痺してそのままられてしまう。

 空中で転回する刹那、右手を獅子の背に向け魔力を注ぎ込んだ。


「はっ!」


 冷気が手を包み込んだ矢先、ダガーに似た氷柱が掌から数本射出される。それらは背をなぞるように一列となって放たれるが、俺の反撃は一歩遅かったようだ。


 獅子が再び吠えると、身体中を光らせて床に電流を流す。

 それはほんの一瞬で、幸い自身の両足を着地させる頃には効果が消えていた。だが、俺がさっき放った氷撃は先程のスパークで砕けたらしい。それどころか──。


「なんだ、あれ……!?」


 片足を軸にしてヤツに身体を向けたとき、彼を包み込む稲妻はさらに広がりを見せていた。それはもはや彼のオーラと云っても過言では無く、一歩近づくだけでも感電しそうだ。

 しかし、それがまだ序の口である事は、振り下ろされた爪が物語る。


 くうを切り裂くような音。

 幸い俺は後ろに跳ぶことで事無きを得たが、その音を聞いた頃には俺の右手前に来ていたのだ。


 ヤツが飛び掛かって来るのと同時に、潜り込むように前転。位置が入れ替わってもなお、まばたきも許されないような速さで俺に襲い掛かってきた。

 こいつ、こんなに速かったか!? 確かにあの時はアイリーンらのおかげで大事に至らずに済んだが、今ほど高い魔力を有していなかったはずだ。


 本体を肉眼で捉え、攻撃を躱すのに精一杯だ。それに、本体と残像が重なるせいで錯覚を起こしそうになる。

 何してるんだ俺! お前は一人じゃこんな魔物一体も倒せねえのか!?


「うが……っ!!」


 白銀の軌道が眼前で降りたとき、胸部から腹部に掛けて激痛が走る。鋼鉄の鎧は絹のように容易く裂かれ、体内からは温かくもドロドロしたものが滴り落ちた。

 内蔵を抉られたような痛みに逆らえず、俺はとうとう後ろへ倒れてしまう。獅子はその瞬間を窺っていたかのようにジャンプし、馬乗りで此方の動きを封じてきた。


 愚かな事に、俺はこの時ある事を忘れていたのだ。獅子ヤツが今、稲妻のオーラを身に纏っている事に。

 それを思い出させるかのように、俺の全身に電流がとめどなく迸る──!


「うあぁぁああ!!!」


 電流は鞭打たれるような痛みを注ぎ、皮膚感覚を一気に奪い取る。もはや眼球を動かす事しか出来ない俺は、自身の真上に立つ獣をただ見つめるほか無かった。

 ついに獅子は血色に塗れた舌を覗かせ、管のように長いそれをしならせる。


 先端に空洞が生じた舌は、傷口へと到達し──



 否。

 けたたましい銃声が最悪な結末を破った。



 幸いにも麻痺がほどけた俺は、舌先が降りる直前に身体を僅か左へ。舌が硬い地面に叩きつけられるのと同時に、その大きな口腔から血が溢れ出たのだ。

 血飛沫が肩や顔半分に掛かるものの、血を吸われるのと比べればさして問題ではない。可能な限り上体を起こして後ずさりする中、ヴァンレオーネは苦痛に悶えるように前屈する。


 その後ろで、蒼い髪を揺らす少女が立っていたのだ。

 細長いフォルムの銃器を両手で構え、獲物を仕留める眼差しで俺らを見つめる彼女は──シェリーだ。


 助けに来てくれたのか? でも、こんな場所にどうやって?

 俺の心に希望の光が宿ったのと同時に、『何者かが仕掛けた幻影』という邪推も脳裏によぎる。


 しかし、この謎を知るにはもう少し時間を要するだろう。何故ならば、吸血獅子が起き上がり身体を彼女の方に向けたからである。

 それでもシェリーは銃を下ろす事無く、力強くこう叫ぶのだ。



「しっかりしてアレックスさん! 私を置いて死ぬなんて、絶対に許しませんわよ!!」



 ……こいつ、嬉しいこと言ってくれるじゃねえか。

 そうだよな。こんな場所で死ねば、もう誰にも会えなくなるんだ。何よりもシェリーに触れられなくなるのだけは御免だし、彼女を泣かせたら地獄でずっと後悔しちまう。


 痛みが全身を支配し、意識が朦朧もうろうとし始める。

 それでも俺は立ち上がり、彼女を支えてやらねばいけない。


 しかし。

 懐に手を忍ばせたとき、俺の頭の中が真っ白になった。


 高度治癒薬ハイポーションが無い。

 それどころか普通の薬とか探索用の道具だって無い。


 いったいどうなってるんだよ……!!

 このままじゃ、魔物が倒された頃にはマジで死ぬんじゃねえか?


 視界がぼやけ出した時、薄水色の鎧が眼前に迫り胸部に手を当てられる。傷口に温かい氣が注ぎ込まれ、徐々に塞がっていくのが判った。

 もやが掛かるように曖昧だった意識は次第に晴れ、視界はたちまち輪郭を鮮明にしていく。目の前には、眉根を寄せて瞼を閉じるシェリーが屈んでいたのだ。


 いつの間に俺の方へ……? 獅子はどうなったんだ?

 ふと見上げたとき、俺たちを囲むドーム状の結界が答えを示した。獅子が何度結界を引っ掻いても傷一つ付く様子が無い。油断できない状況なのに、防御壁バリエラに守られているという事実だけで安堵感が込み上がった。


 その中でもう一度シェリーに視線を戻すと、偶然にも目が合ってしまう。だから俺は礼を言おうと口を開けるが、シェリーはすぐさま立ち上がって背を向けた。

 それから彼女が右手を掲げると、魔力を注ぎ込まれたのか結界が煌めきを見せる。獣が一瞬の眩い光に弾き飛ばされると、俺らとヤツの間に一頭分の距離が生じた。


「やってみるしかありませんわね……」


 決死の覚悟を固めるように、片足を半歩後ろへ置くシェリー。

 彼女が息を大きく吸う頃、獅子もまた威嚇の姿勢を見せ始めた。


 鬣を逆立て、耳をさらに釣り上がる獣。

 俺らをしばらく睨みつけたあと、天に向かって雷鳴の如く吠え出す!


 獅子の身体を駆け巡る無数の稲妻は、結界に向かって高速に突き進む。

 それらが結界を囲むと、鼓膜が張り裂けそうな音を立てて(結界全体に)振動を引き起こした。


「くっ!」

「シェリー!!」

「来ないで!」


 俺が立ち上がり、シェリーに近づこうとした矢先。

 両手を広げる彼女の髪が、強風に煽られるように大きく揺れていた。その気迫は強大な力を打ち出す前兆のようで、俺ですら近づく事が許されない。


 稲妻と結界が干渉を繰り返した末、ついに結界に亀裂が走る。

 亀裂はやがて複雑な模様を描き、今にも破裂しそうな刹那──



「この世界を……必ず抜けて見せますわ!!」



 シェリーの誓いに応えるかの如く、結界がついに爆発を起こす。


 空中に飛び交うのは破片──では無く、瑠璃色の花弁だ。それらが前方へ飛び散ると、雷を放つ獣に着弾。花弁は獣に硬直をもたらし、一時いっときの空白を生み出した。


「アレックスさん!」

 シェリーが振り向きざまに名を呼ぶ。彼女の手中にはレールガンが収まっており、俺が何をすべきか言う前に察せた。


「お前は魔力の充填に集中しろ。俺が惹きつける」

「はい!」


 俺は翼を広げ、敵に気づかれぬ速さで獅子の手前に着地。

 硬直が消えたのか、獅子は獰猛な目で俺を捉えた。直後、開かれた口から雷球を射出。人間一人を飲み込めそうな大きさだが、俺が恐れるまでもない。


 雷球を縦に分断すると、火花が飛び散り相殺が起きる。

 懲りずに数発放つも、全てが無に帰る事となった。


──グルルルゥ……。

 獅子がバランスを崩し、よろめき出す。シェリーの攻撃が効いたのか、全身に帯びる電流もかなり弱まっている様子だ。


 一方で、シェリーも充填が終わったらしい。

 俺が彼女のいる位置へ戻ると、銃口に青白い光が収束する!


「《当たれスパーラ!!》」


 彼女の叫び声と共に閃光がほとばしり、うずくまる獅子を貫く。

 その時、俺は違和感を覚えた。


 光の刃が突き刺さると、獅子の肉体が割れた風船のように肉片を撒き散らす。普段なら黒い花弁となって消えるはずなのに、これまで俺が魔物を殺した時と変わらないのだ。

 それに、よく見れば銀の心臓も無い……? じゃあ、いま倒した吸血獅子は野生だって事か?


 だが、残骸はすぐに砂塵のように消え去る。静寂が再び宿る中、実体とも幻影とも言い難い存在は俺に疑問を残した。

 その答えについてシェリーに尋ねようと思った矢先、彼女は突如手を絡ませてくる。俺の目下に立つ彼女は、霊力を膨大に消費したのか疲弊しているように見えた。


 彼女が俺に触れるのは、ただ霊力を回復させるためだけに違いない。

 そうと判っていても、俺の左手が勝手に彼女の頭を撫でてしまう。直後、彼女の頬がほんのりと色づいたのは気のせいだろうか。


「……ありがとな、俺を助けてくれて」

「いいえ、これも花姫としての大切な役割ですから」


 ついさっきまでのしたたさから考えられない程、静かな声音だ。本当はあのような怪物を前にして、きっと恐れていたかもしれない。俺はそんな彼女に何ができるのだろうか。

 霊力が回復したのか、シェリーの手がゆっくりと離れる。それからいつものように胸に当てるのだが、どうも指先が泳いでいるような……。


 いや。今はそんな事どうでも、いい。

 今度こそ、この状況について尋ねてみよう。


「教えてくれ、シェリー。ジャックにやられてからの俺はどうなってるんだ? さっきの魔物は銀の心臓が無いっぽいし、俺たちは幻影と戦ってきたのか?」


 ああ、今の俺はまくし立ててないだろうか。普段は気にならねえのに、なんでこんな時に限って……。

 けれど──彼女の口から出た言葉は、心臓が飛び出るような真実だった。そう、こんな下らない不安を掻き消す程の。



「アレックスさんの肉体は今、城内の医務室で横たわっていますわ」




(第二節へ)






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