・円頂塔:ドームなどの上にある小さな建築物。主に明り取りや換気口・鐘楼の役割を持つ。
「同盟国へプケンを救援し、シーヴを鎮圧せよ。滞在期間は、329年ダイヤの月から三十年間とする」
三代目国王が俺に告げた言葉は、あまりに衝撃的だった。これまで外国に足を運ぶ事もあったが、いずれも旅行に等しいものだ。今回は旅ではなく、戦うために隣国へ向かう。陛下の下した勅命には決して不満は無いものの、心底動揺を隠せずにいた。
跪く俺に対し、陛下は重要な言葉を加える。
「シーヴとへプケンの紛争は既に七年も続いている。へプケンは全力を以って防衛してきたが、もはや崩壊寸前だ。これ以上侵攻を許せば、いずれ我が国にも魔手が及ぶだろう。防衛部隊長の代役は私が手配している。どうか救って頂けないだろうか」
「断る理由などございません。へプケンは、共にヨルムンガンドを倒した戦友。私でさえ良ければ、直ちに準備いたします」
「よろしい。お前の他に、より高い実力を誇る隊員や騎士も派遣する予定だ。突然の勅命に戸惑うだろうが、お前に信頼を託そう」
「身に余るお言葉、感謝します」
祖国で活動する現在、花姫たちにこの話をしてきたつもりだ。しかし、きちんと思い出すためにもう一度整理しようと思う。
南東に位置するへプケンの軍事力は、『オルガ大陸で自国に次ぐ』と云われている。一方でシーヴとは互角とされており、322年トルマリンの月にはとうとうへプケンを植民地にしようと躍り出たそうだ。
また、騎士団と防衛部隊の主な違いは『取締の有無』だ。防衛部隊はそれが無い分採取や討伐を任されるが、いずれも実力が不可欠。双方を派遣するとなれば、所属など只の記号でしかない。
話を戻そう。この後、陛下は詳細をご丁寧に説明してくださった。簡単に言うと、二百人もの戦士を五十部隊に分けて出撃させるそうだ。中でも俺は第五部隊に配属され、此方と同じく騎士として活動する事になる。兵力は決して多いと言えないものの、少数精鋭も戦略の一つだ。ここから先は俺がとやかく言うべきではない。
装備品については一律で鎧が提供される。僅かに魔法銀を含めているとの事で、防御に役立ちそうだ。
話が一通り終わると、俺は王座の間を粛々と離れる。それから世話になった奴らに別れを告げるべく、今日も酒場へと足を運ぶのだった。
~§~
──ティトルーズ暦329年、ダイヤの月。
ついに旅立ちの時だ。両陛下が用意して下さった馬車の数はなんと五十以上。その多くは幌馬車だが、襲撃については此方も戦えるので然して問題ではない。ティトルーズ軍の馬車は既に長蛇の列を成しており、此処からでは最後尾が見えない。
予定通り第五部隊に所属する俺は、頭から六番目の幌馬車に乗り込む。三人の仲間は車内で控えていて、誰もが物静かに座っている様子だ。
出発して、ある程度の時が流れる。正面の若い戦士と巨大な鞄を背負うドワーフがひたすら世間話をする一方、一人だけ言葉を交わさぬ男がいた。
刈り上げの緑髪に、筋骨隆々な肉体を誇る防衛部隊員“デュラン”。常に獲物を狙うような目つきから、底知れぬ気迫を窺える。外面だけ見れば三十代半ばといったところだろう。
俺の隣に座るデュランは、ぼんやりと映る景色をまじまじと見つめる。一度は『そっとしておこう』と思ったが、スムーズに連携を取るためにもアイスブレイクが必要だ。矢の束を背負い、黙々と腰掛ける彼に話し掛けてみた。
「お前と一緒に戦うのは初めてだったよな。何か困り事があれば、俺を頼ってくれよ」
「…………」
返事が無い……? まあ別にどんなヤツがいても良いが、これでは仲間と上手くやっていけるか不安だ。かといって一喝するのも違うし、無理に話せば関係が拗れるかもしれない。どおりで残る二人も彼に話しかけないわけだ。
「隊長、その人が裏切らないか監視してくださいね……」
「おい、それは失礼だろ」
「ですが……」
デュランに聞こえぬよう小声で話しかける戦士。彼もまた防衛部隊員だが、きっと相手にしてもらえなかったのだろう。それでも仲間の陰口は御法度なので、隊長として無粋な戦士を窘める。
フィオーレからへプケンまでの距離なんて決してバカにならないのに、結局デュランが俺たちに口を開く事は無かったのだ。そう、星を共に見る日までは──。
~§~
馬車に揺られる日々も、ついに終わりを迎える。客車から降りれば、早速肌が乾いた空気に晒された。
まずティトルーズ軍が目にしたのは、ドーム状の屋根が並ぶ城。白壁には一切汚れが見られず、オリーブ色の屋根の上には円頂塔がある。軍団長が城内に入ってから数分のうちに、国王様がお見えになった。
これで、俺たちは無事へプケンに到着した事になる。国王様がご挨拶を終えると、現地の楽団が国歌を演奏。十数分の歓迎会が終わった後、戦士ら一同は寮へと向かった。
第五部隊も寮で一旦荷物を置き、地理を把握すべく街中を歩いてみる。此処の春は、祖国の初夏に近い暑さだ。住民たちが薄着で行き来するのも納得いく。
城下町にある建物の多くは石製だろう。だが、太古より存在するブリガと違ってどれも鋭角的だ。この街並みは陽の都アポローネを彷彿させるが、そこの背景についてはいずれ花姫たちに話そう。
この周辺は都会だが、少し遠くに目を向ければ砂漠が見える。此処から西に行けば、陽神を祀る神殿へ辿り着くだろう。王国南東とへプケンは入り組んだ形となっており、現地人は知らぬ間に二国を行き来する事になる。破壊された形跡は散見されるものの、人々は何とか生活できているようだ。
一方で仲間たちはと言うと、誰もが訝し気に辺りを見回している。それはデュランも同じで、みんな心の中で現状を憂いているのだろう。
「こんな状況でも仕事をするなんて、やっぱへプケンは強いね」
「じゃが、傷ついた者はちらほら見掛ける。戦闘ばかりでなく、時には手助けも必要じゃな」
「ああ、中には住民に紛れて襲うヤツもいるかもしれん。気を引き締めろよ」
「「うむ」」
デュランは声に出さぬものの、戦士らと共に首を縦に振る。隊員として戦う意思はあるようで、ひと安心だ。
散策を続けようと思った矢先。炎に包まれた岩が弧を描いて落下しようとする。人々の悲鳴が穏やかな空気を破り、誰もが一目散に逃げ始めた。
「シーヴの連中だぁあぁあ!!!!」
「きゃあぁぁあああ!!!!」
「た、隊長!」
「判ってる!!」
戦士に言われるまでも無い。俺は助走をつけ、大きく前へ跳躍。
宙を舞う刹那──大剣を引き抜き、隕石に向かって振り下ろす!!
「うぉぉおおおぉおおぉおお!!!!!」
まずは一閃。隕石を真っ二つにする。
次に横、そして斜めに払う。四つ切り、六つ切りとなった隕石は岩とも言える大きさに。
だけど、このままでは街を焼き尽くしてしまう。
焦りが脳裏を過ぎった瞬間、無数の矢が冷気と共に俺を横切る! 清のエレメントを込めた矢は的確に石を射抜き、引火を見事食い止めたのだ。
「もしや、あいつ……!?」
眼下を見れば、デュランが弓を構えているではないか。これまで色んな射手を見てきたが、流星を超える速さは彼だけだろう。それも、筋肉のおかげだと云うのか?
面白い。寡黙すぎるのが玉に瑕だが、ミステリアスなヤツほど興味が湧くものだ。
俺は片膝を曲げ、踵を上げる事で着地時の衝撃を軽減。自身を囲う殺気の正体は、紫色の鎧に身を包むシーヴ軍だった。
人間を殺すのは趣味じゃないが、平穏を脅かす者は例外だ。この大剣を一振りすれば、掃除が終わってしまうだろう。
「悪魔だと!?」
「構わん、殺れ!」
各々が槍や剣を握り締め、俺に向かって突撃する。これだけ多くいながら、波長が乱れてるとは意外だぜ。
「基礎からやり直してきな!」
まずは横払い。大剣で鋼鉄を──いや骨肉を絶ち切った後、シーヴの攻撃に拍車が掛かる。それでも彼らの剣戟が俺の身体に触れる事は無かった。
その時、背後から地面を蹴り上げる音が聞こえた。俺や兵士どもが顔を上げた瞬間、太陽は飛躍する大男を反射。その男の手中に収まる弓は、俺に確信をもたらした。
降り注ぐは──矢の雨だ。
「「ぐあぁぁあぁぁぁああ!!!!」」
垂直に降る矢は、兵士らの顔を射抜く。これを機に、俺は攻撃を再開。片っ端から首や身体を刎ねると、高台に並ぶ砲台たちが意識を奪う。
「そうか、あれが……」
砲口部分に魔法陣を描いた大砲。あれは、魔力を原動力とする魔術兵器の一つだ。先程の隕石もおそらくあそこから召喚したものだろう。ならば、俺の手で仕留めねばならない。
俺がもう一度駆けようとした時だった。翼を翻す戦士たちが地上を離れ、一斉に砲台へと向かう。あの白銀の鎧はティトルーズ軍だ。此方に属する魔族や神族は大砲目掛け、魔法や霊術で援護射撃を行う。
「手を止めるな! へプケンに栄光を!」
「「栄光を!!」」
様々な光が飛び交い、全ての大砲が撃沈される。それを操っていた魔術師は悲鳴を上げて逃げ惑う──かと思いきや、悲鳴は呆気なく途切れた。高台には予め味方が潜んでいたようで、俺たちの部隊がわざわざ遠方へ行かずに済んだ。
粗方落ち着くと、軍団長が俺らの元へ駆け寄る。彼が朗らかな笑みを浮かべる一方、俺は礼儀として跪いた。
「感謝する。貴官ら第五部隊の活躍が無ければ、この街も火の海となっていた」
「はっ。軍団長様にお褒め頂き、光栄に存じます」
俺を始め、隊員の誰もが頭を下げているようだ。軍団長は「良い」と仰った後、険しい表情に戻り言葉を続ける。
「すまないが、このまま軍議に付き合って頂けないか。どうやらシーヴは、我々の動向に気づいたようでね」
「問題ございません。皆も行けるよな?」
「はい!」
「勿論じゃ」
さすがは陛下に選ばれた面子だ。誰もが突然の軍議に不満を示そうとしない。
こうしてティトルーズ軍は、へプケンに設置された拠点へ急行。大勢が集まる軍議は、軍団長の迅速な対応によりスムーズに終わる。
それから数か月の時が流れ、季節は夏へと移り変わる。
国境付近の森にある拠点を壊滅させた晩、第五部隊は野宿をする事になった。
~§~
降り注ぐ日差しが自然を照り付け、俺たちの身体を薄らと焦がす。
だが、夜の気温は秋のように急降下。目まぐるしい気温の変化に慣れてきた俺たちは、篝火を囲って缶詰めを口にする。缶の隙間から漂う豊かな香りは、戦争の過酷さを一時的に忘れさせてくれた。
それぞれの缶に含まれているのは、鶏肉のトマト煮、野菜が入ったパスタ、そして桃とパイナップル──などだ。なお俺は過去の暴走──アリスを亡くしたショックで人間を喰らった事──から、肉を意識的に避けていた。
この四人において魔族は俺だけ。しかし、他のメンバーは俺を疎むどころか人間と同じ扱いをしてくれる。……俺が防衛部隊長であった以上はそれが当たり前に聞こえるかもしれないが、中には『悪魔だから』という理由で従わない者もいた。
俺たちは種族の垣根を超え、美味い物を食いながら談笑する。ちょうどドワーフと目が合ったので、俺から彼に話し掛けてみた。
「ありがとな。お前が荷物を運んでくれるおかげで、俺らはスムーズに戦える」
「まさかこんな爺ちゃんが運び屋だなんて、思ってもみなかったよ」
「ふぉふぉ、儂ができるのはこれくらいじゃ。必要あらばいつでも頼っておくれ」
戦士の言う通り、このドワーフは運び屋の役割を担っている。昔は俺たちのように前線で戦っていたらしいが、今は『もう若くないから』と野宿の必需品を運ぶようになったそうだ。
思えば、野宿といえば獣の毛皮を剥いで布団にしてたっけな。俺なんか武器と小物を持ち歩くだけで精一杯だし、雑用は進んで担おうと思わない。加えて、世間の運び屋に対するイメージは『日陰者の仕事』。だからこそ、俺は彼に敬意を払いたくなるのだ。
一同は俺に目を向け、戦士が「そういや」と話題を変える。
「隊長は確か、『ランヘル元隊長と仲が良い』と聞き及んだ事があります。どういうきっかけで仲良くなったんですか?」
「んー、仲良くなったって言うより……拾われたんだ」
「ほう、拾われたか」
「ま、その訳は話せねえけど、マスターはこんな俺を大事にしてくれた。こうしてお前たちと飯が食えるのは、あの人のおかげといっても過言じゃねえ」
「…………」
デュランは相変わらず表情一つ変えないが、その丸まった姿勢から敵意が感じられない。せっかくだし、またこいつに話題を振ってみよう。
「そういや俺たちが街に着いたばっかの頃、シーヴが襲ってきたよな。あの時、お前の弓矢につい見惚れちまったぜ。……改めて感謝するよ」
「…………」
拳をデュランに見せると、彼も同じく拳を作って突き合わせる。目を丸くし、薄らと口角を上げたのは気のせいだろうか……?
「あっ! デュランさんが笑った!!」
「お主、笑えば良い男ではないか」
「何言ってんだよ、こいつは前から良い男だ」
「…………」
デュランがそっぽを向き、頬を仄かに赤くする。見掛けとは裏腹に、かなりのシャイなのだろう。男らしい風貌とのギャップは、女性を虜にするかもしれない。
何日も一緒にいながら、彼が言葉を交わす事は決して無い。だがそんなコミュニケーションに慣れてきた俺たちは、構わず笑い合ったのである──。
後片付けを終え、戦士とドワーフはテントの中へ。一方で俺も中へ入ろうと思ったが、デュランがなかなか動かない事に疑問を懐いた。
「おーい、寝ないのか?」
「…………」
デュランが夜空を眺めるのはいつもの事だ。けれど、今日は普段よりも長く佇んでいる。その理由を確かめるべく、俺も傍に立ってみた。
暗闇を覆い尽くす、幾多の星々。この中に、どれだけの星座が存在する事か? 幻想的な夜空に心を奪われていると、意外な人物の発言が現実へ引き戻す。
「……死兆星」
彼の声を聞いたのは、これが初めてだった。小声で、しかし腹部を抉るように重々しい。
俺には、何が死兆星なのか判らずにいた。するとデュランが北の方角を指差すので、白い点々の中からそれらしきモノを探してみる。
「赤い……星」
「あれが死兆星か?」
デュランが指すのは、桃色の星。……いや、凝視すれば本当に赤く光っていた。
彼は無言で頷き、言葉を続ける。俺はこの手の話を信じられずにいたが、その内容があまりに具体的で背筋が凍り付く。
「魔は海を轟かせ、俺達を呑み込むだろう。それも……二週間以内、だ」
「おい……冗談はよしてくれよ」
思わず俺が首を振っても、デュランが動じる事は無い。それどころか、俺に背を向けてテントへ潜るだけだった。
これだけの星空なら、赤いヤツが在るのも普通だろう。
だけど、占星術にしては随分と明確な内容だ。それも、あたかも未来から逃れられぬような口ぶり──。
何を考えてんだ、アレクサンドラ。占いを信じるなんて、お前らしくないじゃねえか。
良いさ。もし海に行く事があろうと、俺の力で全て解決できる。
そして一週間後──。
俺たち第五部隊は漁師を護るべく、へプケン領海を訪れる事となる。
(第九節へ)
◆デュラン(DURAN)
・外見
髪:蒼色/刈り上げ
瞳:梔子色
体格:身長196センチ
・種族・年齢:人間/35歳
・職業:ティトルーズ防衛部隊員/射手
・武器:弓
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