騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
つきかげ御影

第二節 騎士たるもの

公開日時: 2021年4月5日(月) 12:00
文字数:3,888

※この節より先には残酷な描写が含まれます。

「さあ、シェリーは何処!? さっさと教えないと、この街を飲み込むわよ!」


 此処は、城下町フィオーレから少し離れた場所“サファイアの湖”の上。フィオーレを中心にあらゆる水辺で、大渦に巻き込まれる事件が多発。純真な花ピュア・ブロッサムの各隊員と分かれて調査を進めたところ、俺とアンナは災いの根源であろうルーシェと対峙する。彼女が放った蒼碧の大渦メイルシュトロムは根源を呼び寄せた巫女部隊のみならず、周辺を見張る騎士たちをも飲み込んだ。

 天に届きそうな竜巻が生じたんだ。おそらく、別の方面を調査する隊員たちも目の当たりにした事だろう。彼女らが来るまでは、時間稼ぎに専念しよう。


 長剣を構えた刹那、真っ先に突進したのは──



「それ以上やらせるかっ!! たぁぁぁあぁぁあああぁぁああ!!!!!!!」



 義憤を覚えずにはいられない剣士アンナだった。

 しかし、ルーシェはアンナの剣撃を軽々と回避。大剣の刃は時に三叉槍のと衝突するも、亡霊の身に到達する事は決して無かった。それどころか、ルーシェはアンナを蔑むように鼻を鳴らす。


「これだから脳筋は……」


 槍にせい魔法のオーラが宿る。彼女は隙を見て、空中で波を放ってきた。


「っ!?」


 波の前で硬直するアンナ。

 その間、俺は彼女の前に立ち、剣身で守るように振りかざす! 波の衝撃は俺たちを少し後ろへずらすも、体勢が崩れるには至らなかった。


「いちいち小細工するより楽なんだよ」

「またあなたね。シェリーの居場所を吐き出さないと……こうよ!」


 眼下に広がる青玉せいぎょくの湖は、再び飛沫を上げる。複数の触手に変化すると、俺の足下に迫ろうとしていた。


 この剣で分断しようとした瞬間、巨大な矢が横切るのが見える。

 矢に貫かれた触手は、ただの水に変化。噴水のように湖へ落ちていく中、俺は再びルーシェのいる上空に視線を戻した。



「わたくしのアレックス様に手出しはさせないのですっ!!」



 ルーシェを囲むのは、エレを始めとした花姫フィオラたち。さすがのルーシェも、彼女らの剣幕には逆らえないようだ。狼狽ろうばいしている様子の彼女に対し、シェリーが強い言葉で制する。


「ルーシェ、もう街の人たちには手出ししないで!」

「……ただの庶民が偉そうにべらべらと! 私だって、本気を出せばあなた達なんか簡単に倒せるわよ!」


「でも軽率にどうなるか、あなたなら判るでしょ?」

 マリアの杖には、既にじゅ魔法の粒子が宿っている。槍を強く握り締めていたルーシェだが、その握力が少し緩んだ気がした。


「ま、まあ。今日は気分が良いから、特別に引き下がってあげる。でもね、シェリー。彼らを返してほしいなら、メルキュール迷宮に来ること。もし仲間一人でも連れてきたら、全員あの世行きよ!」


 彼女はその言葉を残して泡となる。だが、彼女が消えても人質が戻ってくる事は無い。

 重い沈黙の中、シェリーは片手を胸に当てて俯く。


「また、人々を守れなかった……」

「お前のせいじゃねえよ」


 彼女の華奢な肩に俺の手を添える。その下がった肩から弱気さが伝わってくるも、誰もが彼女を責める気配はない。それどころか、強い眼差しで首を縦に振るのみだ。


「一旦、城へ戻りましょ。会議室でもう一度軍議よ」


 マリアは極めて冷静な声で俺たちに話す。湖の上を浮遊する俺たちは、指示通りそのまま城に向かって飛んだ。




 太陽が僅か西に傾く頃。城内の会議室に着いた俺たちは長机で向き合うように座ると、正面奥のマリアとアイリーンを見つめる。午前に戦闘糧食レーションを摂取したからか、胃袋は日が沈むまでつだろう。

 初めに静寂を破ったのは、無論マリアだ。彼女は、俺の右隣に座るシェリーに真摯な目線を向ける。


「本当に一人で行くつもりなの?」

「うん、明日の朝七時ごろに向かうよ。今回は人々の命が懸かっているし、私もあの子ときちんと話がしたいから」


「……お嬢様。恐れ入りますが、対話での和解はもう望めないでしょう。戦う覚悟は、できておりますか?」


 レンズ越しでシェリーを見つめるアイリーン。それでもシェリーは、懸念の眼差しを振り切るように「はい」と頷いた。


「本当は戦いたくありませんが……止むを得ません。犠牲が私一人で済むのでしたら、どんな事も──」

「ダメだよっ!!」


 向かいのアンナが遮るように叫び、勢いよく立ち上がる。浅緑色の瞳に宿すものは怒り──ではなく、友への煩慮のようだ。彼女は土色の眉を下げたまま、言葉を続ける。


「命を粗末にするなんて、ボクが許さないよ……。シェリー、お願いだから生きて帰ってきて! またキミと一緒に遊びたいし、手作りだって食べたい」

「…………わかった」


 シェリーのやつ、やっぱり考えてたのか。後で俺からもきっちり言わねえと。


「……銀月軍団シルバームーンはルーシェだけじゃないわ。シェリーが迷宮に行く間、あなた達はいつでも他の連中を迎撃できるようにして。それから、アレックスには後ほど指示を出すわ」


「今じゃダメなのか」

「ええ。こればかりはどうしても」


 マリアがそう言うってことは、余程の事なのだろう。

 それから花姫たちは細やかな指示を受けた後、会議室を後にする。残るはマリアと俺だけで、未だ重苦しい空気が流れていた。


「で、俺への指示ってなんだ?」

「流石に判ると思うけど、シェリーが身を投げ出さないよう見張ってちょうだい。ただし、人質がいる以上バレないようにね」

「悪いが、最後は約束できねえ。魔法はにならねえと使えないし、あいつ一人で突破できるとは思えん」


「なら銃を貸すわ。大剣をこちらに預けてもらえる?」

「おうよ」



 俺はそのままマリアと共に宝物庫へ向かうと、二丁の銃器を受け取った。一つは、遠距離に長けたライフル。もう一つは近距離用のマグナムだ。なお、彼女が大剣を預かったのは『身軽でいてもらうため』らしい。帰還した後は、銃器と引き換えに返すとの事だ。


「ああそれと、この事は他言無用でね。もちろん本人にも」

「……なぜ俺に託した?」

「あなたなら彼女を守れるからよ。あの子の幸せはあたしの幸せ。それ以上の理由が要る?」


 マリアは後ろで手を組み、上目遣いをしてくる。しかし、その仕草に『誘惑の意図は無い』とすぐに判った。


「頼むわよ」

「ああ。お前らも引き続き気をつけろ」






 明日の準備に専念してから数時間後。辺りはすっかり暗くなり、そよ風がトマトの香りを運んでくる。リビングの窓を開け放ち、ソファーで一休みしていた俺は卓上の通信機を持ち上げた。

 誰に掛けるかは──言わずもがな。液晶に映る『発信』ボタンを押すと、発信音がふた呼吸程続く。そして「もしもし」とくぐもった女声が聞こえたとき、僅かな安堵が生まれた。


「アレックスだ。ちゃんと準備できてるか?」

「ええ。……もしかして、気に掛けてくださるのですか?」


「当たり前だよ。マリアちゃんや他の奴らも心配してんだ」

「どうして、私なんかを……」


「判ってる。でも、が気に掛けない理由になると思うか? ルーシェあいつにどんな要求をされようが、絶対に『死』だけは選ぶな。お前と捕虜が無事でいられるなら、飛び火は大歓迎だ」

「…………!!」


 マイク越しで息を呑む音が聞こえる。彼女の事だ。今頃、膝を抱えながら端末を握っているかもしれない。

 しばらくの沈黙が続いた後、シェリーがある事を尋ねる。声を震わせながらの言葉は、『俺を必要としている』という確信をもたらした。


「アレックスさん。もし私が戻ってきた時は、過去の話を聞いて頂けますか?」

「勿論だ。別にいま話してくれたって良いんだぜ?」


「……それだと、私がずっと気になってしまいますから」

「何のことで?」


「あなたにとって、耐え難い話をしてしまった、と……」

「俺にとって苦痛なのは、野郎に殴られる事ぐらいだよ。むしろ、そんな風に言われたらこっちが気になってしょうがねえ」

「……すみません。まさか電話が掛かってくるとは、思いもしなくて……」


 どうしても後日、か。あんまり聞き出すのも野暮だし、これぐらいにしておこう。


「よし、じゃあお前が戻ってきたらまた二人で会おう。きっと周りの目が気になるだろうし、俺の家に来てくれても良い」

「わぁっ、はわわわわわわ!!! い、家……ですか!?」


「おいおい、今更焦ることねえだろ。俺が何度もお前の家に行ってるんだから。別に変なことはしねえよ」

「そ、そそそ、そうですよね!? あああっ、でも、それはやっぱり悪いですし……」


「でも、あんまり戸惑ってるとマジで襲うぞ」

「へっ!? ど、どうしてそうなるんですかーーー!」


 うん、やっぱりこいつはこれぐらいが可愛いな。まあ、向こうがその気ならいくらでも襲うんだけど。


「今からそっちに行っても良いくらいだ」

「さっきから私をからかわないで下さいっ!! あなただって、本当は好きな人がいるはずでしょ!?」

「…………っ!」


 ……その質問は、流石に予想できなかった。こっちが主導権を握ってると思いきや、いきなり心臓を掴まされた気分だ。


 で、言うべきか?

 それとも──。


「ご……ごめんなさい。お気に、障りました……よね?」

「いや、怒ってはないが意外だった。お前がそんな質問をすることに」


「そうですか? でも、言いすぎてしまった事は謝りますね」

「気にすんなって。それより、お前はもう寝ろ。睡眠不足は戦いの敵だ」


「はい。では、おやすみなさいませ。アレックスさん」

「ああ、おやすみ」


 通話は、俺から切った。俺は端末を再び卓上に置くと、もう一度夜空を眺める。その時に脳裏をよぎったのは、無論シェリーとの会話だ。

 あいつ、無茶してるよな。仮にマリアが指示しなくても、追わねば何が起こるかわかったもんじゃない。


「……もっと素直に頼れよ」


 せっかくの通話だというのに、焦れったさが残る一夜だった。






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