騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
つきかげ御影

第四節 任命の真意

公開日時: 2021年6月15日(火) 12:00
文字数:3,775

 騎士団長ルナと真剣勝負をしてから二日後。俺はアリスの日記を返却すべく王城へと足を運んだ。


「失礼いたします、陛下。ヴァンツォ隊長がお見えです」


 執事に連れられて向かった先は執務室だ。そこには大きな格子窓を背に、執務机に向き合うマリアがいた。逆光のせいか、幼さが残る顔立ちからかげりがあるようにも見える。

 マリアは羽根ペンをスタンドに挿し込み、執事に「ありがとう」と退室を促す。それから桜色の双眸そうぼうで見上げると、俺の片手にある紅い書物に視線を注いだ。


「読み切ったのね」

「ああ、おかげさまで大体思い出せた。……その分、頭痛が半端なかったがね」


 ドア付近に立つメイドは、「お預かりします」と両手を差し出す。俺から日記帳を受け取った彼女が主に近づくと、主は片手で軽々と受け取った。


「早く動いてくれて助かるわ。あなたの心に関わる事だから、もっと遅くに返ってくると思ったけど……」

「シェリーの助けになれるならどんな事でもするさ。ミュール島にだって付いていく」

「っ!!」


 息を呑むマリア。彼女が国王である以上、俺のが如何なるものか汲み取ってくれるはずだ。


「あなた、それがどれだけ危険な事か判ってるの?」

「判ってるさ。ミュール島の連中は、今も魔族を嫌っている。もし俺がそこにいると判れば、間違いなく摘発するだろう。それでも、彼女を一人にしたくない」


「…………あなたがそこまで言うなら、止めはしないわ。その代わり、無事シェリーと一緒に戻ってきなさい。あの子に何かあったら承知しないから」


 マリアは眉根を寄せ、鋭い目つきで俺を見つめる。その表情に一瞬だけ息が詰まりそうになったが、拳を作って何とか声を振り絞れた。


「ああ、どんな処罰も受け入れよう」

「じゃあ、頼んだわよ。ところで、あなたは去年の転移事故をご存知かしら?」


「去年?」

アルタ川近くの街で、壁と同化してしまった獣人がいたの。騎士団の人たちで頑張って引き抜こうとしたけど、やむを得ず彼の上半身を切断させたわ」


「ヒヤッとするな……」

原因は、転移するのに必要な霊力量が足りなかったからよ。これでもしシェリーに何かあれば転移は儘ならないし、銀月軍団シルバームーンの壊滅に更に時間が掛かってしまう。いえ、厳密に言えば……しか移せないわ。彼のようにね」


「それで……彼は今どうしてんだ?」

「此方で保護してたけど、音信不通なの。彼が不死の存在だった以上、苦痛に耐えきれなくなったのかも」


 マリアの話している事は、つまりこういう事らしい。


 昨年の転移事故は、必要な霊力量に達していなかったが故に起こったもののようだ。

 もしシェリーの霊力解放に失敗すれば、俺たちも被害者と同じ目に遭うかもしれない。だからこそ、俺はミュール島で慎重に動かねばならないだろう。


「忙しいところ、大事な話をしてくれてありがとな」

「それで重要性が判ったなら結構よ。何か訊きたいことは?」


「そうだな……アリスについて色々訊きたい。例えば、彼女の最期だ」

「なかなか大掛かりな事を聞くのね。じゃ、この仕事を終えたら──」


 その時、背後から扉を叩く音が聞こえてきた。マリアが「入っていいわよ」と答えると、重厚な扉が軋む音を立てながら開かれる。出入り口に立つのは、厳かに佇むクロエだった。


「失礼致します、コズミシアの者がお見えです。至急、ご対応をお願いしたく存じます」

「今向かうわ。ごめんなさいアレックス、例の件はまた今度」

「ああ。俺もこれで失礼するよ」


 コズミシアは、此処から北西にある夜の国だ。おそらく取引か何かで城に来たのだろう。

 執務室で立っていても仕方無いので、マリアと一緒に退出する。それから彼女やクロエと別れた後、エントランスに繋がる大階段を降りていった。



 庭の噴水を横切り、黒鉄くろがねの門扉へ向かおうとした矢先。金髪を束ねた男性──ルドルフ皇配が立っていた。本当なら見て見ぬフリして去りたいところだが、あの位置だと挨拶をせねばならないだろう。

 しかし、俺が挨拶する前に彼の方から気付いたようだ。切れ長の碧眼と高い鼻筋がこちらを向き、俺に会釈してくる。彼の手中には、一通の封筒が収められていた。


銀月軍団シルバームーンの討伐、いつも助かっているよ。少し話をしないか?」

「えっ…………」


 俺に話したい事、か……。此処で断っても後々面倒だろうし、ここは素直に同行しよう。


「ああ、忙しかったら良いさ」

「いえ、殿下からのお話を無下にするわけには」

「ありがとう。些細な事だから、この辺を歩きながら話そう」


 ルドルフがそう言うと、右手へと歩を進める。新緑の庭園が順々と俺らを迎える中、緊張が俺の心を支配していく。だが、彼が最初に振った話題は意外にも身近な事柄だった。彼は封筒を軽く持ち上げて苦笑する。


「実は旧友から手紙を貰ったのだけど、彼ったらわたくしの名前を未だ間違えるんだ。『Rudolfルドルフ』なのに、『Radolfラドルフ』とね。まあ、かれこれ二十年以上の付き合いだ。今は他国に住んでいるから、なかなか会いに行けなくてね」


 とりあえず相槌を打っておこう。適当に合わせおけば気分良くしてくれるだろうし。


「ところで、シェリー殿と上手くいってるようだね」

「あ……まあ」


「君がいるおかげで、ミュールとうでもきっと暴走せずに済むだろう」

「それは……わかりかねます」


「何故?」

「俺は、彼女の身に厄災が降り掛かる気がしてなりません。だからこそミュール島に向かう際は、自分が彼女に付き添います」


「それだけ覚悟が大きいと云う事だね。ちなみに、君はミュール族が昔と今じゃ慣習が違う事を知ってるかい?」

「聞き及んでおります」


「なら、改めて話しておこうか。昔のミュール族は、魔族との交際──すなわち婚姻が許されなかった。でも、今は違う。彼女がジャックや君と交際するように、自由を主張して今日こんにちに至る」


 あいつと俺を一緒に並べられるのは癪だが、まあ事実だから仕方ない。

 ルドルフは話を続けた。


「島には昔からの慣習に従う者しかいない。つまり、保守派といえば良いのかな。だから、君の素性がバレたらただじゃ済まない。便宜上『保守派』と括ったけど、本来は皮肉が込められている。くれぐれも本人たちの前でそう呼ばないように」


「承知いたしました」


「それにしても、君たちのように仲の良い男女が時に羨ましいよ。私のマリアに対する想いが、一方通行だからね」

「は、はあ……」


「どんなに傍に居ても、私たちの関係は許婚者きょこんしゃに過ぎない。こう見えて、私が彼女を抱こうとしても断られるんだよ。キスですら許されない。その度、になれない自分を憎みたくなるんだ」


「代わり……?」

「君なら判るはずだ」


 いきなり生々しい話題を振られても反応に困る。どういう意図で俺にそんな話をするんだ?


「まあ、君を任命させたのは正解だったけど、それでも本当に結ばれるわけでは無いんだね。私達は」

「あの、先程から何の話を?」


「シェリー殿が邪魔なのさ。マリアの意識はあの化け物に向いてばかりで、一向に私を見ない。もし彼女らが出会わなければ、私はマリアを独占できたのだよ」

「てめ……っ!!」


 ダメだ、此処は怒りを抑えねば──。思わず口走ってしまったが、今殴れば大事おおごとになる。最悪、国王マリアに解雇される可能性も有り得るのだから。

 それでも苛立ちを堪えるべく、奥歯を噛み締めてしまう。ああ、その我が者顔を見るとムシャクシャするぜ……!!


「俺が隊長に選ばれたのも、そういう理由かよ」

「それだけではない。君の功績と人柄を評価したのも全て本当だよ。それに、どうやら君は女性に飢えているようじゃないか。いったい何が不満なんだい?」


「……お前そのものだ」

「君だって彼女に御神子みこ殿の面影を重ねているのだろう? 汚い部分があるのはお互い様ではないか。君が隊長で正解だったよ。なんせ霊力をしっかりした上で、銀月軍団を駆逐しているのだからね」


 その言葉は、俺の理性をついにぶち壊した。

 地面を蹴り、彼の頬に向かって拳を──。



「止しなさい!!!」



 響き渡る女の怒号。それがアイリーンのものだと判った刹那、一気に現実に引き戻された。

 私服姿のアイリーンが俺らの元へ駆け寄り、はげしい剣幕で圧を掛ける。しかし、ルドルフはあたかも『自分は悪くない』と言いたそうな口ぶりだ。


「アイリーン、ちょうど良いところに。やれやれ、厄介者の恋人もまた厄介なものだ」

「……殿下は直ちにお戻りください。彼の事は自分にお任せを」


 彼女が刺々しい声音でルドルフに指示すると、彼は何食わぬ顔をしたまま去っていく。……最初から最後まで腹立たしい男だ。

 アイリーンの視線が俺に移った時、憤りをどうにか心の片隅にしまい込む。だが、彼女の口から漏れた言葉は、決して叱咤の意ではなかった。


「……あの男、またお嬢様の事を……?」

「ああ。マリアちゃんを独り占めしたくて、俺を隊長に任命したともな」

「…………」


 暫しの沈黙。夏の小鳥が猛暑を謳う中、俺たちのいる世界だけは時が止まっているかのようだ。

 だが、その沈黙を破ったのはアイリーンの方だ。彼女は紅い唇を再び動かし、俺をある事に誘う。


「ねえ。貴方さえ良ければ、一緒にお茶しない? 気持ちは判るけど、少し頭を冷やした方が良いわ」

「……そうだな」


 アイリーンは俺に背を向ける傍ら、ウェーブヘアを靡かせる。ヒールの高いサンダルで門扉へ戻った後、門番に開けるよう命じた。




(第五節へ)






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