騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
つきかげ御影

第十節 大魔術師との激闘《下》

公開日時: 2021年3月10日(水) 12:00
文字数:3,427

【前回のあらすじ】

 ヴェステル迷宮で待ち受けていたのは、銀月軍団シルバームーンの一人であるヴィンセントだった。アレックス率いる純真な花ピュア・ブロッサムは、ヴィンセントが召喚した幻影を次々と撃破。アレックスが本来の力を覚醒させる一方、ヴィンセントは今にもえんの上位魔法を放とうとしていた。

「やり直せば良いのです……この国も、彼女との愛も!!」


 焦がれるような熱気。

 文化への憎悪。


 そして──過去イリーナへの執着。


 魔術師ヴィンセントが宿す怒りの炎と、悪魔おれが突き出す爪。

 二つの要素は、奇しくも瞬間が重なった。


「インフェルノ──」


 間に合う。


「フィアンマ!!」



 間に合う!



 水晶を包む炎が爆発する今。

 俺が──


 止めてみせる!!



「ぐはぁ!!」



 爪がヴィンセントの脇腹を抉り、鮮血を噴出させる。

 呼吸が魔力に換わる直前、魔法は不発に終わった。爪を一気に引き抜くと、彼はそのまま片膝をつき腹部を手で押さえる。


「止められて……しまいましたか」

「選べ。とっととくだるか、そのまま死ぬか」


「……くくくく」

「何がおかしい」


「私が……貴方の言葉に、従うとお思いですか?」

「は……?」


 なんだこいつ、急に嗤いやがって──


「うあっ!?」


 光の爆発がヴィンセントを包み、俺の身体を遠くへ吹き飛ばす。宙に投げられた俺は一回転して受け身を取ったあと、彼に起こっている状況を見遣った。


 まただ。また……顔の一部が浅緋色あさあけいろに光ってやがる。これは彼が本気を出し始める前触れだ。いくら力を解き放った俺でも、用心せねばまた痛い目に遭うやもしれん。

 あの時──ヴィンセントとジェシーがアイリーンを誘拐したときの出来事──同じ場にいたマリアも察したようで、花姫フィオラたちを守るように防御壁バリエラを展開した。


「そう身を守ったって、無駄ですよ」

 彼の声音は至って冷静だが、政治への憤りを孕んでいる。


 ヴィンセントは杖を触媒として、小さな精霊たちを召喚。彼らは使役者の前で浮遊を始めると、炎を以って無数の放物線を描き始めた。

 それらは結界への集中攻撃を行い、緩やかに焦がしていく。結界の中にいる彼女らは、きっと僅かな熱気を感じているはずだ。


 無論、炎の放物線を狙うのは彼女らだけではない。俺自身に飛び交うそれを何度も躱すが、掠っただけで火傷を負いそうな熱さだった。

 それでも俺は火の包囲網へ潜り込み、ヴィンセントの懐に迫る。


 ただならぬ熱気の中で狙いを定め──

 爪にこくのエネルギーを込める!


「はっ!」


 くそ、当たる寸前で焔撃フィアーレを放ちやがった! 俺は反射的に顔の前で腕を交差させ、簡易的な結界を張ることで焼かれずに済んだ。


「それでどうにかなるとでも?」

「いちいちうるせえ野郎だな」

「その減らず口を叩けるのも、今のうちですよ。さあ、苦しみなさい」


 なんだ、この氣は!?

 ヴィンセントが片手を広げてきたとき、脳内に異物が入り込むような不快感を覚える。


 孤独。殺意。嫉妬。

 あらゆる負の概念が渦巻き、ある記憶が心を蝕んでいく──。




『弟の癖に、何故そんなにも出来損ないなのだ?』


 今でも憶えている。人間界に降り立つ何世紀も前、魔界でり合ったことを。踵で踏み躙ってきたことを。


『本気を出してそれとは、ヴァンツォ家の恥であろう?』

『が……うぁ!』


 あいつは、俺の身体を何度も何度もいたぶった。翼や脚を槍で抉られ、四肢を何度も焼かれた。鼻は既に折れていて、言葉にならぬ痛みが俺を支配する。黒雲に覆われた空の下で、仰向けになるほかなかったのだ。

 泣けば殴られ、抗えば蹴られる。急所も蹴られ続けた結果、俺は砂詰めの革袋同然の扱いと化した。


 当然、彼は俺が逃げることを赦さない。


『立て』


 えん魔法で岩肌を焦がし、俺の背を焼く。そうして俺を起き上がらせたクソ野郎の見た目を、忘れるわけがない。


 呂色ろいろの長い髪に、羊みたいな白い角。兄貴の名はヘンリー。全力を以ってしても、一度も勝てなかった相手だ。

 本当は兄とり合うなんて趣味じゃねえ。でも、俺がそう言ったところであいつは話を聞かないんだ。一に実力ちから、二に権力ちから──とにかく力にこだわる男だったよ。


『兄貴……もう、こんな事は……』

『ふっ、まるで人間のような物言いだな。私と争うのが嫌なら、さっさと奴隷になれば良いだろう』


『ぜってえに、従わねえ……!』

 地面に付けていた片膝を上げ、背筋を伸ばしていく。全身に回る痛みを堪え、悠々と佇む兄貴を睨みつけた。


『もう良いだろ……お前は十分に強い。それで、良いじゃねえか』

『汝と決着を付けねば、真の勝者にはなれぬ。さあ来い、弟よ』


 手の甲を上げ、複数本の指の関節を動かす兄貴。不敵に微笑む彼の表情は、俺に止めどなく殺意をもたらす。


『今日こそは……潰してやる』


 俺は──

 最後の力を振り絞り、兄貴へ突進。


 そして。

 漆黒と真紅のオーラを放つ長剣──ヴァンツォ家で代々伝わる神器──を両手で握りしめ、


『うぉぉぉおおおぉぉぉおおおおぉぉ!!!!!!!!!!!』


 兄貴に向かって振り上げた。




 その戦いも、結局勝てずじまいだった。兄とはそれきりで、今は何処にいるのかわからない。魔界を探し回っても、手掛かりすら見当たらなかったのだ。

 ……もしかしてあいつ、人間界で──。



「危ない!!」



 シェリーの、声?

 今の状況を確認する前に、蒼髪を揺らす少女が既に立ちはだかっていた。それも、俺に背を向けた状態で。


──グワァン。

 黒の閃光と白光の壁が衝突を起こす。ヴィンセントが放った魔法を、シェリーが何らかの力で飲み込んだらしい。


 これもまた、魔術とは違う力か?

 そろそろ教えてくれよ。お前はいったい、何者なんだ?


「どいつもこいつも、その悪魔おとこを大事にするのですね。所詮、魔族は己の手で花を散らす下衆げすな存在……貴方もそう思いませんか?」


「違う!!」

 力強く否定するシェリー。彼女が次に放つ言葉からは、揺るぎない信念が伝わってきた。


「アレックスさんは、どんな魔族よりも信頼できる存在ですわ!! それ以上なら、私が許さない!!」

「……これだから神族は厄介なんですよ」


『神族』……? 女神アリス・ミュールの一族とか、あの辺りの……ってことか?

 いや、今はどうでもいい話だ。此処は俺が戦わねば男が廃る。その意を示すべく「シェリー」と声を掛け、彼女の横に立った。


 兄貴が力を己のために使うなら、俺は──。


「あとは任せろ」

「でも……!」

「構うな。俺は──この国と、お前らを守るためにこの力を使う」


 誰かに使命を託され、何かを守る。それは隣国ヘプケンにいた頃とは似て非なるものだ。


 俺の故郷でもあるティトルーズ王国と、国のため凛々しく生きる純真な花ピュア・ブロッサム

 その二つの存在は、これまで以上に希望をもたらしてくれるのだ。


「守りたいものを抱える魔族、ですか。いい加減私欲に忠実でいるべきでは?」


 ヴィンセントは水晶に光を収束させ、杖を此方に突き出す。

 先端から放たれたのは、陽の光球だ。


 直径一メートルの球が近づく最中さなか

 右手に魔力を込め、下から上へと切り裂いた。


 縦に伸びた直線上の軌道は、光球を真っ二つに分断。

 これを見たヴィンセントは杖の先を床に打ち付け、光の波を起こす。これも陽魔法だ。魔族が弱いとされるそのエレメントで、余程俺を倒したいのだろう。


 けど、それも無駄だ。

 今度は翼に身を任せ、波の中を突っ切る。この瞬間、虚空から神器を召喚させた。


 兄貴との決闘でも使った、大悪魔ヴァンツォの剣。

 人間相手に使えばどうなるか、今こそ見せる時だ。


 魔術師に迫る刹那。

 片足を地面に付け、全身をねじらす。


 一回転する合間に剣を振り上げ──

 斜めに斬る!


「ぐあぁぁああ!!!」


 肩から下半身に掛けて走る大きな傷。

 そこから舞い上がる深紅の花弁は、見せ場を彩る最高の演出だ。


「俺が飽きるまで、たおれるなよ」


 大魔術師の身体を、剣舞で紅く染め上げる。

 断末魔を上げ続ける彼は、もはや人間としてのていを為していなかった。


「ううっ!」


 刃に重力を込め、格子窓と同じ高さまで打ち上げる。

 こいつへのは、ある者に託すことにした。


「アイリーン」

「任せて!」


 アイリーンが大きく跳躍しつつ、左手で拳を作る。

 その手でげつの波動を生み出し、目にも留まらぬ速さでヴィンセントの身体に迫った。



「これで、終わりよ!!」



 正拳が、宙に浮かぶ魔術師の身体を直撃。

 紫紺の波動は彼を遠方へ吹き飛ばし、ついに窓ガラスをぶち破る。


 男の体躯は破片と共に外へ放られ、真下へと落ちていく。

 俺とアイリーン、そして花姫たちは後を追うように羽ばたいた。


 レンガ造りの壁沿いを次々と降下。

 新緑の地が視界に広がる中、ついに彼は頭を打ち付け──


 血溜まりを波紋のように広げていった。


 俺たちは着地直前で止まり、ヴィンセントの呼吸を確認。

 彼は唇を薄ら開け、最期の言葉を発する。



「私もようやく……イリーナの、元へ……」



 届かぬ者への想いを紡ぎ、手を伸ばすヴィンセント。

 黒のつゆと化す直前まで、彼の目線はアイリーンの方を向いていた──。




(第十一節へ)






◆ヴィンセント(Vincent)

・外見

髪:アンバー(茶色)/アップバング

瞳:ライトブルー

体格:身長190センチ

備考:メガネ(スクエア)/ 本領発揮時は顔の一部に火傷のような痕が現れる

・種族・年齢:人間/35歳

・職業:上級魔術師

・属性:すべて

・攻撃手段:魔法(媒体は杖)

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