※この節より先は残酷描写が含まれます。
ティトルーズ城で泊まった翌日の午前。ロジャーにジェイミー、ヒイラギにヴァルカ、そして俺の五人はティトルーズ城の屋上で集まった。そこには既に花姫たちや巫女部隊の姿もあり、中心にある巨大な竜が俺らを見下ろす。朱色の鱗に身を包む彼は“サラマンドラ”と呼ばれる火竜だ。おそらくは、動乱期に暴走したそれと同じ存在だろう。
「おはよう。もう準備はできてる?」
「ああ、よく寝れたさ」
本当はシェリーの事がずっと気掛かりだった。けど、ジェイミーが励ましてくれたのもあってぐっすり眠れた。六時間も睡眠時間を確保できれば、俺は本領発揮できる。
……のは良いが、隣に立つジェイミーの恰好は実に妙だ。幅広の黒いパーカーには中心に海を大きく描き、裾の長い白シャツが垣間見える。カーキに染まったズボンは少しゆったりめで、ベルト部分から銀のチェーンを垂らしている。なら流石に足元は防具で覆ってる──と言いたいが、これまたビビッドな色が利いた運動靴だ。果たしてこいつはやる気あるのか?
「あのなあ、遊びに行くワケじゃねえんだぞ」
「これでも俺様はガチだっての!」
「説得力ねえから!」
「まあいいじゃねぇか! 遊びだろうがガチだろうが勝ちゃ良いんだよォ!!」
この男があり得んくらいに強いのは知ってるが、まさかこれが戦闘服とはな……。思えばエンデ鉱山の時も遊びに行くような恰好だったし、もう突っ込むのはよそう。
ちなみに口を挟んできたロジャーは、彼らしく軽装だ。どうやら背中に装着された蒸気機具で飛行するらしい。
「ちったぁ重いが、てめぇらの足を引っ張るわけにゃいかねえからな!」
「頼りにしてるぞ」
「無駄話してないで、とっとと乗るぞ」
「搭乗準備、完了」
俺に話し掛けるヒイラギとヴァルカも、状況に適した服装だ。まずヒイラギは袴で身を包み、胸と右肩を鎧で覆っている。これは、エレと一緒に薬草を取りに行った時と同じ格好だ。あの時は幸い魔物と戦わなかったが……。
次にヴァルカは、上半身を包む鎧にひざ丈までのフレアスカートという出で立ちだ。鎧が白銀である事を除けば、まるで花姫の戦闘服に酷似している。もしかすると、彼女らを参考にしたのかもしれないな。
さて、ヒイラギの言う通りそろそろ乗ろう。俺は先頭、ジェイミーは俺らに背を向ける形で後方に座る。間にはロジャーがいるし、空を飛び交う魔物たちを難なく殲滅できるだろう。
サラマンドラは轟雷のような声を上げ、双翼を翻す。俺たちは残る者たちに向かって手を振ると、アルタ川が流れる西方面へ向かった。
アルタ川を辿れば、海岸沿いの街が見えてくる。この場所こそが清の都ウンディーネだ。
……が。堤防を超えると、そこは氷の世界。運河も、横へ連なる細長い家々も、全てが凍り付いているのだ。本来なら、建物の殆どが秋色で構成される。しかし今では何もかもが白く、屋根から氷柱が降りそうな程の寒さだ。隙間なく設置された窓の向こう側に、人はいるのだろうか。
辺りを見回していると、ヒイラギを皮切りに一同で会話を始める。
「随分と派手にやったな。天気さえ良けりゃ本拠地が見えるんだが……」
「旧ルーセ城の事か。距離はそこそこあるが、行けなくはない」
「しかし、開門には五大元素のオーブが必須。残るは清と陽、計二個です」
「清の神殿って海底にあんだろ? 霊術使いがいねえのに、どうやって行くんだい?」
「海を護る神様にお願いすれば行けんじゃね? えっと、なんて名前だっけ? が、が……」
「“ガニメデ”な。亀の姿をした幻獣だよ」
「それだ! グラッツェ~」
他の神殿が地上にあるのに対し、清の神殿だけは例外だ。本来なら神族と一緒に向かいたいところだが、あいにく彼女は行方不明。この街の問題を解決した後は、幻獣ガニメデに乗せてもらう必要がある。神の加護があるうちは、地上にいる時のように呼吸ができるのだ。
彼らが今後について話してくれた事で、俺も今一度整理できた。
だが直後、向かいから竜の群れが急速に飛んでくる。彼らは咆哮を上げ、たちまち俺たちを囲い込んできた。
白縹色の鱗で覆われた竜──アイス・サラマンドラ。しかしその全長はたったの三メートル弱しか及ばない事から、幼少と思われる。
うち一体は口元を光らせ、冷気を溜める。間髪入れずに青い炎をこちらに撒いてきたが、ジェイミーの焔魔法によってあっさりと無に帰された。
「《頼む、サラマンドラ。奴らを燃やしてくれ!》」
ジェイミーは、幻獣に判る言語でサラマンドラに指示。すると火竜は首を上げ、急上昇をしてみせた。彼に跨る俺たちは思わず落ちそうになるが、身体を掴む事で何とか凌げている。
──ゴォォオオォォオオオ!!!!
吹き荒れる風は氷竜どもの体勢を崩し、熱気を帯びる炎は円を描いて鱗を溶かす。氷竜は悲鳴を上げ、次々と森の中へ落下してしまった。
火竜はそのまま飛行速度を上げ、都へ直進。地上からは鋭利な何かが忙しなく飛んでくる。その正体は、銀月軍団の兵士が放つ矢だった。
「邪魔だっつの!!」
ジェイミーが特大の竜巻を起こした事で、大量の矢が巻き込まれる。矢は中空で幾度も弧を描いた後、矢じりを弓兵たちに向けて発射された。黒鉄色の鎧を射抜かれた事で、地上から男の呻き声が鼓膜を掠める。
「よし、飛び降りるぞ!!」
「良いぜェ!! おりゃああああ!!!」
俺の指示に合わせ、誰もが火竜から一斉に飛び降りた。俺は一回転する間、大剣に持ち替える。その一方で、四方からは矢を弾く音がけたたましく聞こえてきた。
「よっ……と!」
幸いにも、俺たちは街の広場と思しき場所に着地する。中心には城下町のように噴水が配置されているが、凍っているせいでどんな石像があるのか判らない。
それよりも、今は兵士を倒す方が先決だ。俺たちに向かって突進する奴らの他、屋根や高台・バルコニーから銃を構える者までいる。……まずは目の前の連中からだな。
「どっからでもかかってこい! 手加減は無しだぜ?」
「「うぉぉぉぉおおぉぉおおおおぉおお!!!!!」」
兵士どもが雄叫びと共に剣を振り上げる。だが、俺に躱される事でどの攻撃も空振りだ。
彼らが隙を見せる刹那、大剣を横に払い肉を断つ。首や腕など、あらゆる人形のパーツが弾け、雄叫びはたちまち悲鳴に変わった。
「もう女の尻に敷かれるのはごめんだ。消えろ、偽善ぶった悪魔め!!」
残る兵士は俺を睨み、傷み切った剣で挑む。俺は背後に回って彼の胴体を切断。下半身を断たれた男は助けを求めるも、同士たちに踏まれて惨めな末路を辿った。
左方向から感じる気配──銃兵だ。俺が振り返る瞬間、屋根に立つ兵士が大型の銃を乱射させる。銃弾が絶え間なく放たれる一方、剣身で身を護る事に専念した。
だが──。
「とっととくたばれ! この羊頭が!!」
剣で銃弾を受け止める最中、背後から気迫が襲い掛かってくる。こうなりゃ刺される覚悟を──
「うぉあ……!」
「てめぇの背中、オレに預けな」
後ろに立つ者が誰か、もう振り向かなくても判る。加えて俺を狙う銃兵は、誰かに命を絶たれたようだ。
「楽してうちらを殺せると思ったら大間違いだ」
宙を舞う、褐色肌のダークエルフ。既に魔族の力を解放しているヒイラギは弓を構え、片っ端から銃兵たちを撃墜していく。勿論、それで退く彼らでは無かった。
「この裏切り者どもがぁ!!!」
決死の思いをぶつけるように、残る銃兵たちが高所から大きく跳躍。中には手榴弾を投げ飛ばす者もいたが、ヒイラギの矢によって不発に終わった。
「ふっ、いかにも弱者って感じだな」
彼女が弓を射た瞬間、一本の矢は複数に分裂。それらは弧を描いた末、兵士たちの頭や顔を撃ち抜いていった。
「ぐあぁぁぁぁあ!!!」
「銀月軍団に、栄光……あれ!」
空を舞う銃兵たちが地に落ち、血だまりを広げていく。ふとヴァルカの方を見れば、彼女は兵士たちに包囲された状態だ。
だが、何故かその状況を見ても不安が沸き上がらなかった。それは、彼女が直ちに放った月魔法のおかげだろう。
「殲滅」
彼女が淡々と武器を構え、虚空から複数の紅い刃を現す。三日月を描くように兵士らの身体を抉った末、ハルバードで一閃。表情一つ変えぬ様は、まさに殺戮兵器──もし彼女が今もジャックの下にいれば、ますます恐ろしい存在だっただろう。
ヴァルカの手により、最後の兵士たちもついに斃れる。
これでようやく探索に──と思ったが、今度は紺碧色の髪を揺らす女が上空から現れた。それも、活力の無い拍手を添えて。
「うふふ。ただ女を率いるだけの男ではありませんのね、アレックスさん」
……やはり、見た目も話し方もシェリーを想起させる。目の前にいる女はあいつの鏡映し。それなのに、背筋がゾクッとするのは何故だ……?
彼女は中空で座り、不敵な笑みを浮かべるのみ。俺たちがもう一度戦闘態勢に移ると、高らかにこう叫んだ。
「さあ、出てきなさい! 徹底的に凍らすのよ!」
俺たちの前に、複数の黒い魔法陣が石畳に浮かび上がる。そこから現れたのは、小人に似た清の魔物フロスティだった。
「ひゅうう、寒ぃねェ!」
彼らは木製の杖を構え、一斉に白い霧を射出。刺々しい冷気が俺たちを襲うも、一人の影が霧へ突進しだした!
「へへ、俺様を止めてみな!!」
身体に焔の氣を纏い、踊るようにフロスティの群れへ突っ込むジェイミー。流石の奴らも想像つかなかったのか、唖然として魔法を弱めてしまったようだ。その隙に彼は魔物たちを殴打。本当に、こいつが動いたらあっという間に終わるよな……。
ジェイミーは倒れるフロスティの前で手をはたいた後、勝ち誇るような視線をシェリーに送る。
「で? これがどうかしたの?」
「くっ、まさかこの男が来るなんて……止むを得ませんわ」
シェリーは海岸の方を向き、何やらボソボソと呟く。直後、彼女の言葉に共鳴するように、激しい縦揺れが俺たちを襲った。
「おおおお!!? 何が起こってんでい!?」
「幻獣の存在を検知。あと十秒で海岸へ接近するでしょう」
「まさか! さっきヴァンツォが話してたヤツじゃ……!?」
「とにかく行くぞ!!」
俺たちが海岸へ飛行する中、ロジャーは機具を用いて後から追いかける。
そして──
「おい!? これマジヤバじゃねえの!?」
「あっはははははは! あなた達は此処で果てる運命でしてよ!」
ジェイミーが捉えたものは、海上に佇む巨大な獣。
厳かな風格は失われ、今では銀月軍団の兵器として変わり果ててしまった。
そう──彼こそが“Ganymede”。
ティトルーズの海を護る、清の幻獣だ。
(第六節へ)
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