──アングレス領家、中庭。
ロジャーとヒイラギ、そしてヴァルカが戦う相手は、動乱期に殺したはずのルドルフ元皇配。顔の右半分を不気味なマスクで覆う彼は、レイピアを握り締めこちらを睨みつけていた。
「……ついに来たか。私と彼女の愛を阻む者たちよ」
以前、俺はアイリーンと協力してルドルフを殺害。彼がアイリーンを苦しめる最中、騎士の剣を顔面に向かって投げつけたのだ。故に、マスクの下がどうなってるかなど言うまでもない。
左胸に視線を移せば、心臓が露出している? ……いや、この銀色の宝石は間違いなく銀の心臓。これを壊せば鎮まるだろうが、今の彼が簡単に隙を見せるとは思えない。
なぜなら、次に放つ言葉の節々に狂気を込めているからだ。生前の穏やかな声音が、まるで夢だったかのように。
「ヴァンツォ。君は、私から何もかもを奪った。その苦しみを……君が味わう番だ!!」
もしや、敏捷性も上がってるってのか!?
彼がレイピアを天にかざした刹那、俺の頭上から雷が落ちた。俺は間一髪ってところで三度の後方転回を取るが、今度は足下に蒼い魔法陣が展開される。魔法陣が光った瞬間、サイドステップで回避してみせた。
「今度こそ逃がさない。出でよ!!」
魔法陣があった地面から、氷の槍が数本突出。俺が躱すたび蒼の照準は次々と狙いを定め、最終的にはヒーターの傘部分へ跳躍するハメに。照準を追うように槍が幾度も出現するが、いずれも俺の身体に触れる事は無かった。
俺が着地するや、ロジャーが無言でルドルフの背後に立つ。
ルドルフはすぐさま振り向くが、焔の氣を宿した曲刀によって派手に吹き飛ばされた。
「後は任せたぁ!!」
「射撃用意。Spara」
「ぐあぁぁあっ!!!」
細身の貴族が宙へ放りだされる中、ヴァルカはハルバードを彼に向かって投げ飛ばす。
彗星のような速さで斧槍はルドルフを捕え、腹部を見事串刺しにした。
しかし──。
「い、生き返った……!?」
ヒイラギが声を漏らすのも無理もない。ルドルフは豪快にハルバードを引き抜き、ヴァルカに向かって投げ返す。そして一回転しながら着地する様は、腹立たしい程に無駄が無かった。
ヴァルカが飛行機具で後退すると共に、自身の武器は直前の位置に突き刺さる。彼女がハルバードを抜く傍ら、ルドルフは不敵な笑みを浮かべた。
「君たちがこの心臓を壊さぬ限り、私は何度でも復活する!」
蘇生の原動力は、元妻への執着心か。それとも、国を支配せんとするジャックの意志か。
ルドルフが次に狙いを定めたのはジェイミーだ。彼らが対峙する中、ジェイミーは構えをと──
「……っ!!?」
いつもの調子で戦闘態勢を取ろうとしたジェイミー。
だが、一瞬何が起きているのか俺ですらわからなかった。
息を呑んでから間もないうちに、彼の全身から血が噴出。
彼が前へ倒れると、その傍らには既にルドルフの姿が在った。
「並外れた上級魔術師ですら、私の剣戟は見破れない……恐ろしい力を授かったものだ。そうだよ……この剣さえあれば、マリアの“逃げ”だって奪える。果たして、どんな声で啼いてくれるかな?」
もしや、またマリアを監禁する気か……?
ルドルフは、細剣に張り付いた吸血鬼の血を舐め高笑いを上げる。ヴァルカがジェイミーの治癒に当たる一方、病んだ貴族に刀を向ける女が現れた。
「そんなに殺りたいならうちを狙いな。簡単に手に入っちゃ面白くないだろ?」
『喧嘩するほど仲が良い』とはこの事か。散々マリアを“ロリータ”と罵っておきながら、本当は彼女も友達として認識しているに違いない。
それを表すのは、煽りとは相対的な剣幕だ。流れる黒髪は冷風に揺られ、空気がさらに凍り付く。ルドルフは流し目で彼女の凛々しい佇まいを見ると、嘲笑するように鼻を鳴らした。
「君のような低俗に用は無い。金に目が眩む女なら尚更ね!」
「はっ! 親と女に依存する癖によく言うさ!」
ルドルフが細剣で刀を弾き、絶え間なくヒイラギを突く。だがヒイラギの刀は、切先が迫るたびに鎬でしかと受け止める。それにより彼女は徐々に追い込まれるも、焦る様子は一切見られなかった。
「私が依存? 違うね、彼女が私に依存しているのだ」
「此処に来て寝言かよ。名誉がそんなに欲しいかい?」
「私が欲しいのは、名誉などではない。彼女からの愛だけだ!!!」
ヒイラギが壁際に立たされた刹那、ルドルフは力を込め彼女の顔に向かって突く。ヒイラギは持ち前の素早さを活かし、攻撃を軽やかに回避。彼女が横切る頃、ルドルフの左頬には既に傷が走っていた。
ふと彼女の手元を見れば、刀から扇子に入れ替わっている。これもまた、東由来の武術なのか?
「あんたはもう傷物なんだよ。その顔じゃ、どの女にも好かれないさ」
「な…………ウソ、だ……」
顔を再び傷つけられた怒りか、身体をわなわなと震わせるルドルフ。
ヒイラギが俺たちの前に戻った瞬間、彼はこちらを向き怒号を上げた。
「嘘だ!!!!」
鋼鉄のマスクに亀裂が走り、花弁のように砕け散る。露わとなった傷はもはや吐き気を催す程の模様だ。幸い復帰できたジェイミーはもちろん、俺ですら反射的に顔を背けたくなる。
それでもなお、ルドルフは無念をぶつけるまで。距離を詰めるにつれ、目に見えぬ瘴気が俺らを呑み込もうとしていた。
「彼女は、私にこう誓ったんだ。『ずっとあなたの傍にいる』と。それが嘘とでも言いたいのか!?」
ルドルフの足下に宿る炎と水流。
炎は波のように荒れ狂い、水流は触手のように蠢く。それらが迫る寸前、俺は前に出て大きく跳躍した!
「るぅあぁぁぁぁああぁぁ!!!!!」
長剣で水流を裂き、炎の波を剣身で受け止める。
魔法は瞬く間に勢いが増し、手に負えない段階にまで膨張した。
しかし──
「それってさ」
水を宿す触手が仲間に迫る寸前。それらは、ジェイミーによって氷漬けとなったようだ。
あれだけ高かった炎の波も、同時に放たれた吹雪のせいで掻き消されている。自信に満ちたルドルフは、動揺するしかないようだ。
俺はルドルフの真正面に着地し、仲間たちに背を向けたまま補足する。
「上辺の関係──って事だろ、ジェイミー」
「そそ、それが言いたかった」
「ば、バカな……私の、最大級の魔法、を……!!」
改めて反撃開始だ。
まずはステップで距離を詰め、今度こそ触手を分断。彫刻と化した水流は軽やかな音と共に粉砕され、ついに無へと還る。
そして──今度こそ切先で左胸を貫き、銀の心臓を破壊してみせた。
「いい加減眠れってんだ、クソ貴公子」
剣が捉えたのは、人肉の感触。
愛を求め剣を振り回す亡霊は、今ここで果てる事となる。
「あ……が……私には……マリア、が……」
もはや、神ですら手を取ろうとしないだろう。
ルドルフは灰色の空に手を伸ばすも、足元から掻き消えるのだった。──一つの小さな金属を遺して。
「お、何だぁ?」
「識別いたします」
ロジャーとヴァルカが屈んで覗き込む。ロジャーが金属に付着した血を指で拭うと、鍵のような物が現れた。
「広間に繋がる鍵と判断」
「よし、それは俺が持とう」
俺はロジャーから鍵を受け取り、この目で今一度確かめてみる。それは、取っ手に雪の結晶をあしらわれたもの。……こうして見ると、『本来のアングレス家は清魔法に特化しているのではないか』とさえ思う。すると背後からヒイラギの視線が集中している事に気づく。
「どうしたヴァンツォ? そんなにマジマジと見て」
「ヒイラギ、お前はルーシェと話した事あるんだろ? ……彼女が“出来損ない”と感じた事はあるか?」
「あいつはただ運が悪かった、それだけじゃないか? もしあいつが笑える家庭で生まれりゃまた違ったかもしれんが……そうすると、兄を凌ぐ程の清魔法を持たなかったかもな。親に恵まれなかったとこは、うちと似てるよ」
「複雑な嬢ちゃんよぉ。これからオレたちぁそいつのお子さんを殺すんだ。人間界にいても、天界にいても地獄。ジャックどもがまたそこに目を付けてもおかしくねえ」
「“ども”?」
「アレックス、この戦争はてめぇにとって辛ぇモンになる。早いとこあの銃士さんを助けっぞ」
珍しくロジャーが真剣な表情だ。声音もいつもの調子こいたそれではなく、何か不吉な事を物語るようなもの。
アリアを倒さない限り、シェリーや清の都の救出はおろか、オーブの回収も儘ならない。だが、同時にルーシェが復活する可能性も否めないのだ。そこで俺はある事を思いつき、ジェイミーに尋ねてみる。
「ジェイミー、天界に行ける方法を知らねえか?」
「んー、デルフィーなら知ってるかも」
「ありがとう。オーブを回収したら彼女のとこへ行くよ」
デルフィーとは、リタ平原の近辺に住む大魔女デルフィーヌ・アルディを指す。彼女の魔法専門店に行くのは、不死の薬を買った時以来だ。情報料はかなり取られるだろうが、確実な方法を知るにはやむを得まい。
「御主人様、広間へ向かいましょう。これ以上の長居は、被害者たちの存命に悪影響を及ぼします」
「そうだな。じゃ、目の前の事に集中するぞ」
「おうよぉ!」
それにしても、兄弟揃って誰かに依存するなんざ哀れだな……。でも、もし俺もシェリーと永遠の別れを遂げてしまえば、同じような末路を辿るかもしれない。
向かうは亡霊の子が待つ広間。
何としても、俺たちの手でアングレス家に纏わる悲劇を終わらせるのだ。
(第十節へ)
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