騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
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第五節 清竜と霊嬢

公開日時: 2021年2月15日(月) 12:00
文字数:4,776

 グリフォンから降りると、山吹色の屋根を持つ家や石造の建物が視界に飛び込む。此処が“ブリガ”という隣町で、俺たちはその中心部にいる。

 しかし……肝心の景色も人も、何もかもが凍り付いていた。もうすぐエメラルドの月に差し掛かるというのに酷く寒い。俺や花姫フィオラたちの白い吐息がその証拠で、特にマリアはシェリーに抱き着くほどこごえている。足元の床にも霜があり、気を付けて歩かないと滑って怪我をするだろう。せっかく陽射しがあるのに、全くと言って良いほど溶けそうにない。


「うぅ~。アレックス様ぁ、温めてください~」

「えっ!?」

 エレがマリアらを見て羨ましく思ったのか、俺に容赦なく抱き着いてくる。さっきの午餐ごさんの事もあるし、本気で勘違いされるぞ……。


「ねえ見て。あそこに女の子がいるよ」


 アンナが指を差した先にいるのは、一人の細身な少女だ。アンナと同じくらいの小柄ぶりで、金の長髪を二つに分けて耳の上で纏め上げている。薄浅葱うすあさぎのドレスは令嬢を彷彿させる。だがスカートは見えそうな程に丈が短く、腿より下を白い靴下で覆うゆえ世俗に流されがちな印象を与えた。左手にあるのは、柄が錆びた三叉槍。彼女は俺たちに気づいたのか、海のように透き通った瞳でこちらを見つめる。

 左目の下には泣きぼくろがある。もしかして彼女は――


「ルーシェ。こんなところにいたのね」

 マリアが声を掛けた時、その少女は俯いて肩を震わせる。


「……何が『こんなところにいたのね』よ。あの女のせいで私は……私は……!」

「陛下、お嬢様! ここはお下がりください!」

「ルーシェ、お願いだから私の話を聞いて!」

「うるさいうるさいうるさい!!!」


 シェリーが身を乗り出して向かおうとしたとき、マリアが真っ先に前に立つ。さらにその前にはアイリーンが立つことで緊迫感が増した。

 ルドルフ皇配殿下に似た少女ルーシェは、自身の背丈よりも長い槍を両手で振り回す。それから三本の矛をマリア――いや、シェリーに向けて想像を絶する程の罵声を浴びせる。


「この性悪女ッ!!! 本当は私を生贄にする気満々だった癖に、まだ『自分は悪くない』と言い張るワケ!? 私、知ってるわ。今度は国王の後ろに隠れて、そいつらを下僕にするつもりだってことを。自分が良い思いをするためにマリアその女もお兄様も……いいえ、あなたに纏わりつく者全てを利用する気だものね! 子どもの頃からまあこと!」


「……っ!! そんなん、じゃ……」

「シェリーを悪く言うな!! キミはいったい誰なんだよ!」

「いいわアンナ、これはあたし達の問題だから」


 シェリーが両手を胸に当てて悲し気な表情を見せる傍ら、アンナがルーシェを睨みつける。けれど、マリアは冷静さを欠かすことなくアンナを諭した。

 一方ルーシェは槍を立てたあと、片手を腰に当てて「ふん」と鼻を鳴らす。背丈は俺より低い癖に、他人を見下すような眼差しを送ってきた。


「この私を知らない愚民がまだいるのね。私こそがルーシェよ。代々伝わるアングレス家の娘にして、敬愛なるルドルフ兄様の妹! その腐った脳みそにきちんと叩き込んでおきなさい!」

「ルーシェ様、ですか。とてもはらた……いえ、可愛らしい子なのにどうしてこんな……」


 エレが何か言いたそうだったが、それは気に留めるべきでは無いのかもしれない。


「シェリー、これはもう話し合いどころじゃないわ」

「そんな! いくら何でも、ルーシェを傷つけるなんて……」


「例え彼の妹と云えど、相手がその気ならやむを得ません。それに、殿下は彼女のことが見えていないはずですから」

「身内なのに姿が見えないって、気の毒だな」


『ルーシェ、今もそこから見守ってくれているのかい?』


 俺が殿下にロケットペンダントをお渡ししたとき、ただ空を眺めてるだけだったよな。そのメッセージは果たして彼女の耳に届いていたのだろうか。

 そんなことはさておき、マリアとアイリーンは既に戦闘態勢だ。恐る恐るだが、シェリーも銃を構えてルーシェを囲う。流石にまずいと思ったのか、ルーシェは歯軋りしたあと片手を掲げて叫ぶ。


「出てきなさい、アイヴィ! あの三人を氷漬けにしてやれば良いわ!」


 上空から現れたのは、せいの邪神の名を持つ紺藤色こんふじいろの巨竜だ。その竜は咆哮を上げたあと、俺たちに向かって白い炎を放射する!


「避けろ!」


 俺が声を上げると、アンナとエレも一斉に炎を躱……したはずが、エレは少し遅れてしまったようだ。それが災いとなり、彼女の左脚に炎が絡みつく。

 エレが感じるのは熱気ではなく、冷気だろう。炎はすぐさま氷と化し、彼女の脚を容赦なく凍らせた。


「ああぁぁあぁぁあああ!!!!!」

「エレ!!」


 彼女は床の上で倒れ、仰向けの状態で甲高い苦鳴を上げる。俺は真っ先に駆けつけ彼女の前で大剣を構えると、アイヴィはさらに放射を始めた。

 白い炎はこの剣身に呑まれたものの、凍えるような寒さだけは伝わってくる。俺ですらこれなのだから、エレはもっと苦しい思いをしていることだろう。けれど、この氷を溶かしてくれるヤツはいま別の敵と戦っている。早いうちに蹴りをつけて、彼女らの援護に向かおう。


 アイヴィが再び咆哮を上げると翼が光り、白い大粒が射出される。その大粒の正体は氷であり、雹のように容赦なく降ってきたのだ。

 氷の雨を迎撃するように再び剣を構えていると、エレが突如「アレックス様……」と俺の名を呼ぶ。


「ここは、わたくしにお任せを……!」

 力を振り絞るように言葉を発するエレ。彼女が右手を突き出すと、じゅのエネルギーが水のように絡みついた。


風のエリアス……炸裂プロージモ!!」


 エネルギーは一つの大きな球体に変化。直ちに爆破することで、氷の粒を水へと変えた。雨のように降り注ぐ水は、この地の氷を強く叩く。エレの左脚に纏わりつく氷も例に漏れず、徐々にだが確実に溶かしていった。

 ただ氷を水に変えただけでなく、アイヴィにも苦痛をもたらしたようだ。空中で呻き声を上げる中、アンナは呪文を詠唱する。


雷撃トゥオルティシモ!!」


 大剣に宿る稲妻。彼女はその剣を握りしめたまま走り、翼を活かして飛躍!

 そして今、清竜せいりゅうの腹部を切り刻む!


「たぁぁぁああ!!!」


 アイヴィは腹に大きな傷を刻まれ、身体を仰け反る。ルーシェと戦う花姫フィオラたちは勿論、使役する本人も竜の方を向いた。


「そんな……アイヴィ!?」

 巨大な清竜は霧と化し、街中に残る亡霊を残したまま去った。


「……いいえ、彼はまだ生きてる。ここは私が何とかしなきゃ……」


 ルーシェは自身の胸を片手で押さえ、約束を誓うように呟く。一方でマリアらは息を切らすが、中でもシェリーは全身を濡らして身体を震わせていた。


 俺は、片膝をついて苦しそうにするシェリーの元へ向かう。

 だが――。


――ガッ!

 俺の行く手を阻んだのは、柄が錆びた三叉槍。眼前で凶器が降ったせいかシェリーも目を見開き、息を呑んでいた。


「私はお兄様と会えないというのに、シェリーはいつもいつも良い思いをしてばかり! 今度こそそうはさせないんだから!」


 なるほど。あいつは、『シェリーが自分を殺した』という主張を一切曲げないんだな。

 ……ならば!


「く……っ!」

「アレックスさん!?」


 床に刺さった槍を右手で引き抜く。手先が急速に冷えて凍傷を起こしていたが、構わず力を極限まで振り絞った。


「お前は、エレの処置を……!」

「……わかりましたわ」


 シェリーが立ち上がり、ようやくエレの方に向かってくれた。

 ちょうど槍を引き抜いた頃には冷気が右肩をも支配していた。それでも俺は、ただ槍をルーシェに投げ返すまで!!


「おらあぁぁ!!」


 槍がくうを切り、ルーシェの顔に迫る。

 しかし、彼女は華麗に避け、柄をしかと掴み取った。


「うっ!」

 力が抜け、今度は俺がよろける。その時、何となく右腕に誰かの温もりがある気がした。


治癒レクーペ!」

 マリアが治癒を……? 少し驚いたが、彼女のおかげで一気に感覚が戻ってきた。だから俺は女王に「ありがとう」と言うのだが、ルーシェはどうやら気に入らないらしい。


「ヴァンツォ……! なぜ、なぜあなたが!!」


 俺の親父が有名だからか、流石の彼女もご存知のようだ。

 再び軽やかになった身体を活かし、亡霊の元へ駆ける!!


 ルーシェは俺の剣戟一つ一つを槍で受け止める。簡単に折れるかと思いきや、案外丈夫なのな。

 だが、表情はどうだろうか。憎悪を前面に出す余り、冷静さが欠けているように思える。


「あの女に媚びを売るなんて、お気の毒ね。人殺しに何の価値があると言うの?」

「あの殿下のご令妹なんだろ? 『話を聞く』という考えが脳にねえのか?」

「どうして私がそんなことを!?」


 怒号と共に蹴りを入れるルーシェ。あいにく体術には疎いようで、俺にあっさりと躱されてしまった。


「愛しきルドルフ兄様に何の間違いは無い。それなら私だって正しいに決まってるわ!」

「いくら殿下おにいさまでも、そんなお前を見たら呆れるんじゃねえの?」

「何ですって!?」


 案外挑発に乗りやすいようだ。彼女は俺の胸元に向けて突こうとするが、俺は剣で弾き返した。

 ルーシェがよろける間に身体を掴み――投げる!!


「きゃあああ!!」


 宙へ放り投げられた華奢な身体。冷えた地面に打ち付けられたせいで、仰向けの彼女はすぐに起き上がれないらしい。

 俺は今度こそ彼女に近づき、目の前で切先を向けた。


「なんでよ……この私が……!」

「これ以上暴れたら、顔に傷をつけるぞ」

「…………バカね……」

「あ?」


「どうせ今回も同じ結末を迎えるわ。あなたが悪魔である限り、運命は変えられないのよ。ずっと……ずっとね!」

「っ!!」

 その言葉は俺の脳髄に突き刺さり、ある映像が映し出される――。




『いやぁぁぁああぁぁぁぁぁああ!!!!!!』


 鼓膜が破れそうな程の悲鳴。その声の主は銀髪の女性だが、視界が霞むせいで髪の長さや顔立ちまではわからない。

 温もりだけは判るのだ。俺を抱く彼女の手は、温かくも悲しい。彼女と会ったことが無いのに、まるで知っている人のように感じられる。


 彼女は、誰なんだ――?



 だが、俺の疑問は彼方へと消え去り、次の映像に切り替わる。



『手の大きさ、比べてみませんか?』


 向かいに座る女性はティーカップをテーブルに置いたあと、右手を差し出してきた。彼女もまた銀髪だが、髪型はシェリーのように長い。唇の端から頬までの横髪もそっくりだ。

 俺の身体は勝手に動き、自身の左手を彼女と重ね合わせる。


 その時、シルクのようなきめ細かい触感が全神経に行きわたり――――。




――バキィィイイ!!!

 鉄製の何かが破裂する音が聞こえてきた。目の前にいるのは――


「はあ!? なぜあなたが此処に!?」

「私の仲間を傷つけるなら容赦しない!」


 空色の髪を靡かせる銃士シェリーだ。銃器を構える彼女の後ろ姿は、心臓を揺さぶられる程に凛々しい。……それと同時に、『この女に惚れて良かった』とも思えるのだ。

 けれど、彼女に任せっきりというわけにもいかない。いつの間にか滑り落ちた剣を拾い上げ、ルーシェと対峙しようとした時だった。


「今日はこれくらいにしてあげる。次会ったときには、その身体を……」


 亡霊の言葉は途中で遮られ、泡となって消え去る。魔物の気配が消えたことが判ると、シェリーは俯いて胸を片手で押さえた。


「……本当に、ごめんね。ルーシェ……」


 彼女が発するのは、例の花弁たち。舞い上がった花の群れは次々と氷や霜を溶かしていくのだが、シェリーの心までは溶かせなかったようだ。


「シェリー……」

 マリアが背後から抱き締める。温もりに気づいた銃士は身体を幼馴染の方に向け、同様に抱き返した。


「私はただ、謝りたいだけなのに……」

「あなたは優しすぎよ。でも、そんなあなたの想いを受け取らないあの子が憎いわ」


 このバカ女。ルーシェあいつがあれだけお前を傷つけたってのに、何で振り切れねえんだよ……。

 決してマリアが役に立たないわけではない。でも、この手で抱き締められない自分が何よりも腹立たしかった。





◆ルーシェ・アングレス(Luche=ANGLES)

・外見

髪:ブロンド/ロング/ツインテール(ラビットスタイル)

瞳:ターコイズ

体格:身長159センチ/B76

備考:左目の下に泣きぼくろ

・種族・年齢:亡霊/享年7歳/没後11年

・職業:貴族

・属性:せい

・武器:三叉槍

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