騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
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第五節 神官ティア・ドゥ・リィス ~青き心と純白の百合~

公開日時: 2022年1月27日(木) 12:00
文字数:5,676

 ──灼熱の渓谷。


 ジャックとアマンダに拷問された末、牢獄でひとり過去に浸る。俺がこんな事してる間、花姫フィオラたちは無事なのだろうか。

 だいたい、俺が捕まる事自体が情けねえ話だ。ジャックはどうせ俺を監視しているに違いないし、此処で抗えば今度はどんな目に遭うか考えたくもない。


 身も心も疲れ果てた俺は、もう一度目を瞑る。瞼の裏で鮮明に浮かび上がるのは、赤い髪を肩まで伸ばした女性──“ティア・ドゥ・リィス”という名を持つ神官だ。

 屈託のない笑顔を俺に見せる彼女。だけど、その表情を見るだけで何故か胸が締め付けられるのだ。


 ……ああ、そうだ。確かこいつは──。








 神官にしては随分と露出度が高く、二つの果実が溢れんばかりにでかい。スリットから覗く脚も丁度良い肉付きで、マリアやアイリーンと並ぶ程のスタイルと云えよう。何度同行してもその姿に見慣れる事は無く、時に頭の中で我が物にする事もあった。


 日にちは忘れたが、満月が浮かぶ夏の夜だったのは間違いない。どこかの村にレイス──幽体離脱に失敗し、肉体が変貌した生霊──が蔓延ってると云う事で、俺たち防衛部隊員は現地に向かっていた。

 その日も、ティアと俺でこんなやり取りをしていたっけ。


「あーっ! アレクったら、まーたあたしをジロジロ見てー!」

「見てねえよ! つか、前から思ったがその恰好で神官は無理だろ」


「無理じゃない! 動きづらいからスカートを捨てただけよ!」

「そんな大事なモン捨てるな、とにかく穿けーーーーー!!!」


 こういう時に限って、大口を叩く戦士ジミーもマスターも黙ってるんだ。魔術師ジョゼだってただ道なりに進むだけだしよ。


 だがその時だった。

 禍々しい気配が四方から現れたと思いきや、レイスが俺たちを囲うように立ちはだかる。容姿は取り上げればキリが無い。きこりをしていたであろう者から女性と思しき存在まで様々だから。いずれにせよ、魂と切り離せなかった苦しみからか不気味な呻き声を上げるばかりだ。


──タス、ケテ……。

──殺ス……殺ス……。


「良いか、一息でめるぞ!」

「「はっ!」」


 マスターの号令に合わせ、俺ら一同は声を揃える。前衛にはマスターとジミー、俺はジョゼとティアを護るべく後衛に立って大剣を握り締めた。

 直後、右方から女の金切り声が接近する!


──ウアァァァアァァァアァァ!!!!!

 女の生霊は、包丁を振り回しジョゼを捉える。ジョゼが半歩後退した刹那、ティアは杖を掲げて青い光弾を放った。


──ギアァ!?

 光が女の顔に着弾した瞬間、彼女は頭から溶けて塵と化す。その間にもレイスどもが迫りくるので、俺は一振りで三体もの生霊を分断した。


「おいおいそんなもんかぁ? もっとかかって来いよ!」

「だめよアレク! 挑発なんてしたら!!」

「ティアさん、援護を頼みます!」


 次々と払っては、漆黒の血が花弁のように舞い上がる。生霊と云えど肉を断つ音が小気味よく響くせいで、今にも覚醒したい一心だった。

 しかしその衝動に身を任せれば、またマスターに叱られてしまう。何とか理性を保ちつつ、仲間と共に敵を駆逐していった。


 特にティアは肉弾戦にも精通しているようで、敵が自身に迫ろうと軽やかに攻撃を躱す。そのたびにスリットが揺れるので、時にちらっと事もあった。……それでもお構い無しなのがすげえが。


──オ前モ、道連レだ……。

「お断りよ!」


 少年の生霊が素早く右手を伸ばし、ティアの首を締めようとする。だが彼女はそれに捕まるどころか、一本背負いでヤツを投げ飛ばした。無論それだけでは倒せないので、石突に霊力を込め、溝を突くと共に浄化する。彼女の神族はあまり聞き慣れないが、少なくともシェリーができそうにない技だ。


 その時、ティアの背後から奇妙な男の影が音も無く襲い掛かる。青白い肌に、黄色と黒の縞模様の道化師──八本の脚を生やすそいつは蜘蛛男だった。

 彼は真っ赤な唇を三日月のように曲げ、『キヒヒ』とほくそ笑む。黒い指先を振りかざした刹那、俺は嫌な予感を覚えた。


 考える間も無く、ティアの背後へ接近。

 その合間に大剣から長剣に持ち替え、弧を描こうとする銀色の糸を片っ端から斬る!


「!? アレク……?」

「後ろがガラ空きだったぞ」


 本当はもう一言添えてやろうと思ったが、喧嘩してる暇はないので黙っておく。それよりもジミーとマスターは周辺の敵を倒したようで、俺たちの方へ駆けつけてくれた。


「うおりゃぁぁぁぁあぁぁぁ!!!!!」


 ジミーは巨大な斧を握り締め、掛け声と共に跳躍。蜘蛛男は振り向きざまに糸を放つが、ジョゼのじゅ魔法によって風向きが変わってしまった。

 その結果、蜘蛛男は自縛する形となり、身動きが取れなくなる。彼はそのままジミーの斧に裂かれ、無様な死に体を晒す事に。


 死臭が立ち込める中、俺やジミーは刃にこびり付いた血を払う。

 ジョゼやマスターも『ふう』と息を漏らす一方、ティアは俺たちに声を掛けてきた。


「ありがとね! 君たちのおかげで助かったよー」

「良いって! お互い様でさぁ!」

「ふん、次から気を付けるんだな」

「何なのよそれー! アレクに御礼して損だったわ!」


『これからもおれ達を頼れよ!』と言わんばかりに厚い胸板を叩くジミー。それに対し俺は女に笑顔を見せるのが気恥ずかしく、どうしても憎まれ口を叩く癖があった。

 とはいえ、ティアも本気で怒っているわけではないようだ。彼女は俺に向かって頬を膨らますが、どこか物腰の柔らかさが拭えない。マスターがそんな俺たちを見て笑うと、さっさとこの場を離れてしまった。



 討伐の帰りがけも、満月は雲一つない闇の空を照らす。はっきりと輝く金色の光は俺らの歩く道を──そして道沿いの花々を照らした。

 その花とは、凛々しく咲き誇る白百合だ。男三人はそれらを気にも留めずどんどん先へ進むが、ティアはそうはいかないらしい。


「何のろのろ歩いてんだ?」

「あっ、ごめん……! あまりに綺麗なもんだから」


「あー。確かお前、百合が好きだったよな?」

「うん……」


 ティアの表情につられ、俺もつい立ち止まってしまう。それから彼女の隣に立って膝を折ると、百合たちをまじまじと見つめた。


「えへへ、ついおばあちゃんの事を思い出しちゃうのよね」

「ガキの頃に貰ったんだっけか?」

「そうそう。しかも初めてくれたのが、物心がついた頃の誕生日でね。『純粋な貴女にぴったりよ』って言ってくれたんだ。……もう現世ここにはいないけど」


 両手を後ろに組み、天空にいる祖母に想いを馳せるティア。祖父母そふぼの話なんざもう何百年と聞いちゃいないが、俺も親を喪えばこんな気持ちになるのかもしれない。

 そんなティアを喜ばせようと、一輪の百合に手を伸ばす。だがその瞬間、彼女は俺の左手を強く振り払ってきた。


「ダメだよアレク! この花は生きてるから、そんな事したら……」

「あ……ああ」


 ……判ってる。こいつが花を思って振り払った事を。

 だけど、その手つきは俺そのものを拒絶しているようにも感じ取れた。『あくまで俺を制止しただけ』──何度自身に言い聞かせても、彼女の剣幕を忘れる事などできない。今まで彼女をからかってきた俺だが、この時ばかりは逆らえずにいた。


「おーい、何してんだぁ?」

「あっ、今行くー!」


 斧を担ぐジミーが振り向き、こちらに呼び掛ける。ティアはいつもの明るい彼女に戻ったが、俺の頭の中はまだ切り替えられずにいた──。








 それから時が流れ、時期としては秋が始まった頃だろうか。この日はリヴィ付近の町で魔物が現れたため、夜は防衛部隊員と寝泊まりしていた。

 この一連の出来事を忘れはしない。なんせ、だからな。あんな事が起きるなど予想してもいない俺は、宿屋の部屋で妄想に明け暮れていた。


「……誘ってみっかな」


 普段は仲間と二人部屋で泊まっていたが、この日は偶然にも一人一部屋だ。巧くやればティアと同衾できるだろう。


 思い立ったが吉日。というわけで自身の部屋を離れ、こっそりとティアの部屋を訪れた。ちょうどジミーのいびきが聞こえるし、仲間たちは就寝中のはずだ。

 それにしても、女の部屋に入るってこんなに緊張しただろうか。ひとまず深呼吸した後、この木製の扉を三度叩いてみる。するとゆっくりと扉が開かれ、ローブ姿──ペンダントを下げたまま──のティアが顔を見せた。


「入って良いか?」

「え!? あ……うん……」


 俺のバカ……今思えば、こんな尋ね方は失礼だろう。それに、ティアの頬には涙の跡があった気がしたのだ。声だって少し震えていたし、もしかすると故郷が恋しくなったのかもしれない。

 だが、当時の俺にはどうする事もできなかった。それどころか暫く続いた渇きを潤したく、余計な事を考えながら部屋へ入り込んでしまったのである。『まさに千載一遇せんざいいちぐうのチャンス』とな。


 ティアが通してくれたのは、何の変哲もない部屋。構造は俺の所と変わりなく、借り物である家具も質素だ。

 テーブル席を通されたのでそこへ腰掛けると、彼女は着替える事なくドアノブに手を掛ける。


「おい、その恰好で行くのか?」

「そ、そうだけど……どうしたの?」


 ったく、いくら身軽でいたいからって胸元露わにしちゃあ男が理性失うだろ。しかもサイズが合っていないせいで、少し動けばまたもや見えてしまう。

 自身の理性をもう暫く抑えるという意味も込めて、俺は自分の上着をティアの手元へ投げやる。彼女は慌てて受け取ると、上着と俺を交互に見つめてきた。


「ねえ、どういう風の吹き回し?」

「良いから着ろ。それから、何かあったら声を上げろ。すぐに助けに向かう」

「……ありがとう」


 はあ、一応長剣けんを下げておいて正解だったぜ。

 ティアは俺の上着を羽織ると、ドアをゆっくりと開けて部屋を出る。トン、トンという木の音が聞こえる事から、一階のカウンターへ向かったと判断。わざわざホットミルクを買いに行ってくれたのだろう。


 どの国にも言える事だが、宿屋によっては夜遅くまで店番をする所がある。その目的は警備がてら、不眠症の客に対応するためだ。

 安全面の理由から、手続きの受付は夕方のうちに締め切るのが大半。だが代わりとして、店員は客に温かい飲み物を差し出す事があるのだ。今回の宿屋も例に漏れず、ホットミルクを提供してくれている。


 この店はそこまで広くないので、すぐに戻ってくるだろう。少し窓辺の景色を眺めていると、ティアの「開けてくれる?」という台詞がドア越しから聞こえてきた。

 ドアを開けた矢先、彼女は二つのコップを両手に持って現れる。うち一つが手元に置かれると、俺は「サンキュ」と一言添えてコップに口づけした。


 ……が、肝心の味は何一つ憶えちゃいねえ。ただ本当に不味けりゃ何度も口にしちゃいないだろう。

 ティアは俺の向かいに座り、淑やかにミルクを堪能している様子。彼女が一息ついた後、大きな瞳でこちらを見るものだからドキッとしたのは言うまでもない。


「それで、あたしに何か用?」

「……えっと……」


 あれだけ彼女を罵ってた俺がどもるなんて……。空想では簡単に襲えるのに、現実となればいざ難しいものだ。

 かといってこのまま居座っていれば、彼女が眠ってしまうかもしれない。一旦咳払いした後、何とか言葉を発してみせた。


「お前、寂しくないのか?」

「っ!?」


 何か思い当たる節でもあるのか? 彼女は肩を弾ませたと思いきや、目を泳がせて金魚のように口を開ける。


「そ、そんな事無いよ……別に、泣いてなんか無いし……」

「…………」


 図星か。あれだけ喧嘩してたヤツも、こうして見れば可愛らしいものだ。俺が抱き締めれば、彼女は自ずと落ちてくれるだろうか?

 重苦しい沈黙が暫く続く中、胸中で不安と焦りが増す一方だ。話題を替えられる前に、俺から動かねえと──!


「きゃっ! な、何よ急に!?」

「今夜は……寝かせねえ」


 俺はティアの横に回り、彼女の豊満な肉体を抱き締める。とても心地良くて、理性が本当に爆発しそうだ。

 さあ、思いっきり胸の中で泣け。そうすればお互い身も心も満たし合え──



「ごめんね。君は“仲間として”しか見れない」



 温かくも、刺のある答えが胸を貫く。腕を自然とほどかれた俺の視界は、急速にモノクロームへと一変した。無論、彼女がそんな事を気に留めるはずもない。

 立ち上がり、谷間に挟まった紐をさっと取り出すティア。俺に見せてきたのは、翡翠が埋め込まれたペンダント。それが何を意味するのかは言わずもがな。それなのに、彼女は残酷な真実で追い打ちを掛けてきた。


「リューク大陸に婚約者がいるの。あたしの住んでる所では、ペンダントがその証。だから君とは付き合えないけど、これからも仲間としていてくれるなら黙ってあげる」

「……ああ、すまなかったよ」


 もし此処でエゴを押し付ければ、嫌われるどころかマスターらにもバレるだろう。俺とした事が、緋色の瞳に宿す信念に逆らえやしなかった。

 ティアは汲み取ってくれたのか、微笑を見せてもう一度腰掛ける。俺も同じく元の席に着くと、寂し気な声音でこんな事を話した。


「どうも胸がざわざわするのよね。明日、あたしらの身に何か起こるんじゃないかって」

「例えば?」

「口にしたくないわ。でも、国を災いから護るのがあたしらの仕事。きっと杞憂よ」


 彼女は『大丈夫だから』と言わんばかりに首を横に振る。もし彼女に男の影が無ければ、俺は今頃ベッドの上で忘れさせていただろう。

 だけど、そんな事はもう許されない。ティアは未来への不安に苛まれていると云うのに、俺と来たら妄想が硝子のように崩れ落ちるだけなのだ。


 ただ仲間としてしか声を掛けられないなら、俺らしくこの部屋を去る他無い。何も言わずに立ち上がり、彼女に背を向けて部屋を出れば良いんだ。


「アレク?」

「さっさと寝ろ。お前らしくねえぞ」

「……ええ」


 ああクソ、結局こんな事言っちまったよ。

 そんな会話を最後に、今度こそ部屋を後にする。そして自身の部屋に戻ると、鍵を掛けずにすぐさまベッドへ飛び込んだ。──涙を隠すように、シーツに顔を埋めて。



「……痴女のくせに、生意気なんだよ……」



 当時の俺が知る由もない。

 フラれた悔しさも、いずれ掛け替えの無い記憶おもいでと化す事に。




(第六節へ)






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