騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
つきかげ御影

第二節 向日葵

公開日時: 2021年6月25日(金) 12:00
文字数:3,589

「つい張り切りすぎて……例のソースを混ぜちゃいました」


 例のソース──それは、以前酒場ランヘルで口の中にぶち込まれたデスソースだ。あれだけ俺が悶絶してたところを見たというのに、なぜ笑顔で残酷な事ができるのか全く理解できない。

 この事実は、せっかくのピクニックを台無しにする程の破壊力を持ち合わせていた。木陰の下で涼んでいるにも拘らず、全身の毛穴から汗が噴き出る。


「それ、いくつ入ってるんだ?」

「えーっと、多分一枚……いいえ、二枚、三枚……四枚、かな」


「なんで増えてるんだよ!」

「で、でも! あの時よりほんの少し、ですから! そう、一、二滴程度……」


 バスケットの中に残る、数枚のサンドイッチ。たかが数滴、されど数滴だ。あんなえげつねえモノが紛れてると思うと、迂闊に手を出すことはできない。

 シェリー。もし知らないうちにお前を傷つけてたなら、今すぐに謝る。教えてくれ、何かまずいことをしてしまったか?


「集中しろ、俺……」


 落ち着けアレクサンドラ、今こそ長年の戦闘経験を発揮する時だ。これらのサンドイッチを食えるのは俺だけじゃなく、シェリーもだ。上手いこと心理戦で誘導して、自爆してもらうしかない。

 それに、痛みを共有すればまた絆が深まるはずだ。我ながら良い作戦じゃねえか。よし、これで行くぞ!


「あ、あまりに美味いから結構食っちまったし、そろそろお前も食べろよ」


 美味かったのは事実だが、こうやって回避するしかない。


「そうですね。私ももう少し頂きますわ」


 それでいい。まんまと口車に乗ってくれて嬉しいぜ。

 シェリーは右端にあるサンドイッチを手に取り、小さな口を開けて齧る。まあ、端っこに入ってるわけが──


「あ、これでしたわ」


 嘘だろ……!? まさかこいつ、強靭な舌の持ち主か!?


「お前……辛いと感じないのかよ」

「ちょっとピリッとする程度ですわ。アレックスさんも食べてみます?」


 こ、ここで彼女の食べかけ……!? 本来ならその齧った跡やごく僅かの唾液にエロチシズムを感じるところだが、全くそれどころじゃねえ。


 そう、今は──絶体絶命の危機だ。


「だ、大丈夫だ! 俺は……」

「私、アレックスさんと一緒に好きなモノを共有したくて。だから、ちょっとだけでも……!」


 そんな色っぽい眼差しで見られたら余計断れねえだろ!

 ああやってやる!! 男ってもんを見せてやるさ!!!


 シェリーがサンドイッチを持ったまま、俺の口に近づける。

 だから俺は牙を立て──



「っ!!!!!」



 あっ、これはからい ヤバい 死ぬ

 ここはどこ? 俺は誰? リタ平原? いや、ここ地獄だろ?


 待って、待て待て待て待て待て待て待て待て待て待てマジでからいマジでからいマジでからいマジでからいマジでからい!!!!!


「ひぃいぃいいいいいいいい!!!!!」


 口の中が!!!! 熱い!!!!!

 マジで無理!!!!


 誰か!! 誰か助けてくれ!!!!!

 俺は、おれは……



 …………………………………



 ……………………………



 ………………………



 ………………



 ………




「……はっ!?」

「アレックスさん……! 気が付いたようで良かったわ」


 枝葉が生む陰の中、後頭部に柔らかい何かが当たる。見上げればシェリーの不安げな顔があり、どうやら膝枕をしてもらっていたようだ。

 まさか、この俺がデスソースの入ったサンドイッチを食べたぐらいで気絶するとはな……。だが、彼女の指先が頭を撫でる度に先程のからさを忘れられそうだ。今度こそ食わんけど。


 それにしても、まさかアレが俺らの距離をまた近づけるなんて思ってもみない。すげえしんどかったが、結果オーライ……なのかな。絶対に食わんけど。


「次からは無しで頼むぜ」


 そう言いつつ、手は勝手にシェリーの頬へ伸びる。真夏なのもあってか、ほんのりと温かい。早くもてのひらが汗ばむが、離せば泡のように消えてしまいそうだ。


 かれこれ女性とは触れ合ってきたが、今更胸が高鳴るなんてよ。……ホント、アリスに寄り添ったときと似ているさ。

 この懐かしさが頭痛の種になるはずなのに、不思議と痛みが無い。それが永遠に続けば良いんだがな──。


「胸は痛むか?」

「いいえ」シェリーが首を小さく横に振る。


 もし彼女がを思い出した時、変わらず愛を紡げるのだろうか。『そばにいてくれるか』と尋ねたくても、恐怖が先行して何も言えない。

 胸がきゅうと締め付けられ、涙腺が緩み出す。それでも『恋人に情けない格好は見せまい』と、舌を噛み続けたのだ。



「私は、あなたのお役に立てていますか?」



 その表情が俺に追い打ちを掛けた。蒼い眉が下がるたび、目頭が熱くなるのを覚える。それでも感情を殺し、「もちろんだ」と静かに答えた。


「この先何があろうと、私の霊力ちからであなたを守ってみせますわ。もちろん、シェリーとしてね」

「無理だけはするなよ」

「はい……!」


 シェリーは口角を上げて頷いたあと、俺の額に唇を添えた。

 何度も味わってきた感触が、じんわりと全身に行き渡る。まるで、霊力をまた分けてもらったかのようだ。


『アレックスさんは、どんな魔族よりも信頼できる存在ですわ!! それ以上なら、私が許さない!!』


 ヴィンセントと戦った時、お前はそう言ってくれたよな。あの時のお前が俺をどう思ってたかは知らないが、そのおかげで立ち上がれたんだ。

 彼女は慈愛に満ちた表情を崩す事無く、首を軽く傾げる。


「そろそろ、あちらへ向かいませんか?」

「だな」


 上体を起こした後、近くに置かれた麦わら帽子を手に取る。その大きな被り物を持ち主の頭にそっと被せてやると、彼女もゆっくりと立ち上がった。




 緑の木々が生い茂る中、無垢な川がせせらぐ。それらは四世紀前の面影を残したまま、俺たちを温かく迎え入れた。


 想い人と手を繋いで歩くところも、あの頃とほぼ同じだ。水面に目を向ければ、この癖毛だらけの男がゆらゆらと映し出される。

 ……やはり恥ずかしい。川から目を背けたあと、薄らと見える青い世界目掛けて土を踏み続けた。


 さあ、もうすぐだ。

 あと少しで、俺とアリスが愛を育んだ場所に辿り着け──



「……あれ?」



 ある光景を見て、思わず声を漏らしてしまう。


 視界に広がるのは、平原に佇む廃屋ではない。

 大きな蜜を持つ黄色い花々──向日葵の畑だった。


「あら……もう取り壊されてしまったのかしら」


 背後に立つシェリーが寂しそうに話す。

 俺が最後に見たときはあったはずなんだが……。まあ、仕方ないよな。アリスと一緒に行った時から、既に老朽化が進んでいたのだから。


「いいさ。魔物が棲みつくよりは」


 喪失感はあれど、銀月軍団シルバームーンに占拠される方が尚更辛い。その代わり、この美しい畑を見れたんだ。これは、『天が新たな場所を授けてくれた』と解釈しよう。

 それに、取り壊されたからって思い出が完全に消えるわけでもない。なぜなら──この微風が季節を越え、あの頃の匂いを運んでくれるから。


「アレックスさん」


 細い両腕に後ろから包み込まれ、全身が圧し掛かる。

 向日葵たちが揺れる中、シェリーはこう言った。



「強くて、カッコよくて……優しい貴方が大好きです」



 ……油断した。

 胸がギュッと締め付けられ、視界が滲んでいく。風が花々を更に揺らしたのは、気のせいだろうか。


 熱が頬を伝う刹那。

 ズボンのポケットに両手を入れ──布地を強く握り締めた。


 聞こえてないだろうか。

 気づかれて、ないだろうか。


 絵が下手でちょっとだらしないくせに……頼もしくて、綺麗なお前が大好きだ。

 そう言いたいのに、なぜ止まらねえんだよ……!


 別に泣いてなんかいねえ。

『俺を好きでいるのは当たり前だ』とうそぶきながら、この青い空を眺めるまでだ。


 嗚呼──

 流れる白い雲が、まるで塗りつぶされた絵具みたいだ。


 今なら言えるだろう。



「愛してる」と。



 この限りなく低い声を空に放った時、鼻を啜る音が後ろから聞こえてきた──。






 時の流れは早いもので、空が茜色に染まろうとしている。俺たちは緩やかな足取りで先の場所に戻り、平原の端へ向かった。

 視界に広がるのは、緑の木々や色彩豊かな屋根。上空にはミュール島が浮かんでいた。


 シェリーの目線は古の浮遊島を捉え、瞳の奥に強い決意を秘めている様子。そんな彼女に目を向ければ、自然と肩に手を添えたくなるのだ。


「もうすぐ花火の宴ですわね」


 彼女との遠出とおではこれで終わりじゃない。次はあずまの国に行く約束だ。俺達だけの約束は、これからも生まれるものだと思いたい。


「ああ。……その様子だと、『怖くない』って感じだな」

「これもあなたが近くにいるおかげですわ。どうもありがとう」

「こちらこそ」


 霊力解放に対し、どこか躊躇いを見せるシェリー。でも、今となれば自信に満ち溢れている気がした。

 俺から手を差し出せば、優しい温もりが握り返してくれる。この一挙一動も、今の俺たちにとって貴重な瞬間だ。


「もうすぐ帰りの列車が来る頃だよな」

「ええ。そろそろ行きましょうか」



 この手を離すなど、決して起こりはしない。

 そう。黒鉄くろがねの蒸気機関車が、現実に停まるまで──。






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