騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
つきかげ御影

第三節 騎士団長と純真な花

公開日時: 2021年6月14日(月) 12:00
文字数:3,900

 陽射しが本格化した、ルビーの月中旬。ティトルーズ城の会議室では、例の如く純真な花ピュア・ブロッサムが集まって軍議を行っていた。


「皆、先日はご苦労様」


 マリアが話すのは、以前向かったエンデ鉱山のことだ。魔法銀ミスリル採掘に出た鉱夫たちが行方不明だったが、メデューサによって石化された彼らの救出に成功。

 また、強化防具の増産が順調に進んでいるらしい。このまま行けば、討伐をギルドの連中に任せて俺たちは反撃に回れるだろう。


「なら、そろそろ私はミュール島へ行かなきゃだよね」

「シェリーにはそうさせたいとこだけど、今度はエクとうからの救助要請が届いたの


「そこって確か、君の別荘があるとこだっけ?」

「ええ。夜になると不死者アンデッドたちが現れるっていう報告を複数受けてね」


「今回も誰かが居座ってるのか?」

「それが……判らないのよ。巫女部隊を派遣しても、銀月軍団シルバームーンの気配が感じ取れないし……」


 これまでの事を遡ると、問題となる地には必ず手下が一人いるはずだ。だから、誰もいないという状況を予想できずにいる。


 エク島といえば、南にあるリゾート地だ。建物の多くが木造で、石や鉄で造られるこの国とは雰囲気が全く違う。慣習や文化は異なるものの、一応はティトルーズ王国の一部という扱いだ。


 母国では人気の島なので、その単語を聞いて目を輝かせる者が此処にもいる。それは──


「ビーチがあるってことは、終わったら泳げるのですね?」


 今にも『泳ぎたい』と言いたげなエレ。しかしマリアは、不安げな眼差しをシェリーに向けるだけだ。


「そうだけど……シェリーは海に行けそう?」

「わ、私は……大丈夫! たぶん……」


『あの事件がきっかけで私は水が怖くなり、人との距離も置くようになりました』


 メルキュールで俺にだけ話してくれたことが、鮮明に思い出される。彼女の泣き顔が脳裏を過ぎるたび、胸をきゅうと締め付けた。

 だから俺は反射的に花姫フィオラたちを窘める。


「遊ぶのはまた今度だ」

「うーん、しょうがないよね……」


 遊びたそうな顔をするも、納得した様子のアンナ。その時、マリアの隣に立つアイリーンが俺たちにこんな提案をする。


「然しながら皆様、泳がずとも一日程度の余暇を取っては? 我が国の魔物討伐は、騎士団たちとギルドに託しましょう」

「それもそうだな。みんな頑張ってくれてるし」


「アレックスは泳ぐの?」

「アンナちゃん、こう見えて俺は金槌なんだよ」

「ええっ!?」


 本当は全然泳げるが、これもシェリーに恥を欠かせないための作り言だ。

 引き続き、マリアが日程と集合場所の詳細を話す。


「当日は船で移動するから、朝の五時にシレーナ港に来なさい。それと、現地では早く遊びたいからって焦っちゃダメよ。ビーチはあくまでおまけだから」

「「はい!」」


 楽しみじゃないといえば嘘になるが……シェリーが無理をしていないか、少し気がかりだ。さりげなく目線を彼女に送ると、ズボンのポケットに入れてある通信機が震えだす。

 周囲の目を盗みテーブルの下で端末を開くと、シェリーからのメッセージが届いていた。


〈私を気遣ってくださって、ありがとうございます。何度か湯船に浸かれていますし、きっと大丈夫なはずですから〉


〈それなら良かった。怖くなったら無理するなよ〉


 俺の返信に既読の印がついた事で、秘密の会話が終わる。……もし大っぴらにできれば、もっと気楽にいられるんだがな。


「アレックス」

「へっ!?」


 突然マリアに呼び掛けられ、裏声と共に思わず肩が跳ね上がる。……これじゃあまるで、教師に怒られてる気分だ。

 と思ったら、どうやら違う用件で声を掛けたらしい。


「ルナが『あなたと手合わせしたい』って言ってたわよ。彼女、ちょうど今日は手が空いてるそうだし、この後どう?」


「良いぜ。手加減はしないがな」

「大丈夫よ。あちらも真剣勝負をお望みのようだから」


 願ってもない機会だ。この機を逃せば、いつできるか判らないし。

 友人のアンナは勿論、他の花姫たちも好奇の眼差しを俺に向けてくる。


「きっとすごいだろうなぁ……」

「はい! どちらも素敵な騎士ですし、わたくしも是非見てみたいのですっ!」


「なら決まりね。陛下、軍議はこの辺でお開きといたしましょう」

「そうね、伝えたいことは全部話したし。じゃあ、皆は先に訓練場で待ってて。あたし達はルナを呼んでくるわ」


 これで軍議は終了となり、隊員たちが廊下に出る。先程までシェリーが気掛かりだったが、嬉しい誘いのおかげで俄然と漲ってくる。


「アレックスさん、すごく張り切ってますね」

「さすが、武に長ける男の人は他と違うのです」


 気がつけば俺は、先んじて訓練場へと足を向けているらしい。シェリーとエレに色々言われるのは恥ずかしいが、だからといって俺の歩みを止められる者は誰一人いなかった──。



 壁がけの蝋燭が照らす、半円状の空間。此処は訓練場であり、時に花姫たちや騎士団員と手合わせする事がある。

 しかし、騎士団長ルナとの真剣勝負は今回が初めてだ。花姫らが見守る中、俺は中央で待機。少ししてから、マリアとアイリーン、そしてルナが現れた。


「ヴァンツォ殿、遅れまして申し訳ありません」

「良いさ。こっちこそ、わざわざ顔出してくれてありがとな」


 お互いに一礼した後、長剣を引き抜いてから間合いを取る。俺たちの戦いに審判を下すのはアイリーンだ。

 真摯な眼差しに、堂々たる姿勢──俺はそんなルナに敬意を抱かざるを得なかった。


 いよいよ火蓋が切られる。

 国を支える者同士の真剣勝負が──!



始めイニッツィオ!!」



 アイリーンの合図を皮切りに動いたのは──


「はぁぁああ!!!」


 剣を両手で構えるルナだ。

 彼女は一気に距離を詰め、剣を振り下ろす!


 それぞれの剣が衝突し、金属音を幾度も響かせる。その度に彼女の剣戟を受け止めてきたが、気を抜けば本当に斬られてしまうだろう。


 この戦いで魔法と能力を用いる事は許されない。

 ただ、ここ最近の俺がその二つに頼ってた以上、『敗北』という単語を一瞬思い浮かべてしまったのだ。


 ……否!!


「そこだ!!」

 ルナの僅かな隙を突き、懐に迫る!


 再び刃が火花を散らしては、同時に間合いを取る。花姫たちが静かに見守っているはずなのに、あたかも俺と彼女ルナしかいないかのようだ。


 息を呑む音も、感嘆の声も、全く聞こえてこない。目線だって感じない。

 ただ聞こえてくるのは──騎士同士の息遣いだ。


 彼女が持つ栗色の瞳。それに秘めるものは、『親友や国を護る』という使命感だろう。あるいは、異性への対抗心かもしれない。

 鋼鉄の手先が剣を握り直した刹那、『男を越えたい』という執念が音を立てた気がした。


 俺も同様に握り直した直後。

 彼女は雄叫びを上げ、切先を向けたまま突進する!


「たぁぁぁあああああ!!!!!」


 見えた!

 横にかわすことで、ルナの突進が空振りになる。


 しかし、彼女の復帰は想像以上に速かった。

 殺意剥き出しと言わんばかりのスピードで、じわじわと俺を壁へ追い込む。


 それでも俺は諦めなかった。

 どんな者にも、力を緩める瞬間がある。それを見つければ──!


「はっ!!」


 そこだ。

 この筋力を活かし、勢いよく剣を弾き飛ばす!


 ルナの剣はついに宙を舞い、堅い床に打ち付けられる。

 乾いた音が響き渡り、アイリーンの掛け声が緊迫感の終息を迎えた。


そこまでフェルマーレ


 冷淡な声と共に、俺の肩の力が一気に抜ける。それはルナも同じようで、凛々しい笑みを浮かべながら右手を差し出してきた。


「貴方と手合わせできた事、誠に感謝いたします」

「こちらこそ。それから、俺に対しても普通に接して良いぞ」


「し、しかし……!」

「気にすんなよ。俺もそっちの方が絡みやすい」

「……それなら……ありがとう、ヴァンツォ」


 汗ばんだ左手で握ると、痺れるような熱が伝わってくる。それは硬い感触でありながら、生命感を覚える温もりとも取れた。

 改めて騎士らしく一礼すると、広い空間が手を叩く音に包まれる。それから彼女らが一気に集い、温かな目線を俺たちに注いできた。


「すごいですわ、お二人とも!」

「見応えがあったわね。この二人に国を託して正解だったわ」

「陛下の仰る通りです。戦いが落ち着いたら、是非とも剣術大会を開きましょう」


「お疲れ様、ルナ、アレックス! とてもカッコよかったよ!」

「本当に命懸けの戦いを見ているようだったのです!」


「皆もありがとな……って、ルナちゃんどうした?」

「くっ……アンナの笑顔が、眩しい……っ!」


『どういう理由だよ』なんて思わなくも無いが、顔を赤らめるルナも可愛いものだ。


「ねえ、アイリーン。あたし、パフェ食べたくなっちゃった」

「随分と急ですね。ですが、これだけ暑いと食べたくなるのも事実……。皆様もご予定が無ければ如何?」


「わーい! マリアのとこのデザート、美味しいんだよね!」

「ボクも食べたい!!」

「わたくしもなのです!」


 シェリーを始め、アンナやエレも賛同する。一方ルナはさっきからしているようだが──。


「わ、私は……遠慮す──」

「あら、あたしの部下に拒否権は無くてよ。そうでしょ、皆?」


「ああ。お前はどんなのが好きなんだ?」

「えっと……梨……」


「ならば、とびきりの物をご用意致しましょう。早速、シェフの者たちに頼んで参ります」

「じゃ、あたし達は先に食堂に向かうわよ」


「「はい!!」」


 真剣勝負の後にデザート……悪くない流れだ。

 俺たちは食堂へ足を運んだあと、何気ない話をしながら完成を待つ。


 そして──。


「シェリー、あたしにあーんして」

「ほえっ!? べ、別に良いけど……はい、あーん」


「わたくしも負けないのですっ! ほらアレックス様、この桃も美味しいのですよ!」

「いや何の対抗だよ!? ええっと……」


 戦いの最中さなかだからこそ、この交流が貴重な瞬間である事を実感したのだった。






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