陽射しが本格化した、ルビーの月中旬。ティトルーズ城の会議室では、例の如く純真な花が集まって軍議を行っていた。
「皆、先日はご苦労様」
マリアが話すのは、以前向かったエンデ鉱山のことだ。魔法銀採掘に出た鉱夫たちが行方不明だったが、メデューサによって石化された彼らの救出に成功。
また、強化防具の増産が順調に進んでいるらしい。このまま行けば、討伐をギルドの連中に任せて俺たちは反撃に回れるだろう。
「なら、そろそろ私はミュール島へ行かなきゃだよね」
「シェリーにはそうさせたいとこだけど、今度はエク島からの救助要請が届いたの」
「そこって確か、君の別荘があるとこだっけ?」
「ええ。夜になると不死者たちが現れるっていう報告を複数受けてね」
「今回も誰かが居座ってるのか?」
「それが……判らないのよ。巫女部隊を派遣しても、銀月軍団の気配が感じ取れないし……」
これまでの事を遡ると、問題となる地には必ず手下が一人いるはずだ。だから、誰もいないという状況を予想できずにいる。
エク島といえば、南にあるリゾート地だ。建物の多くが木造で、石や鉄で造られるこの国とは雰囲気が全く違う。慣習や文化は異なるものの、一応はティトルーズ王国の一部という扱いだ。
母国では人気の島なので、その単語を聞いて目を輝かせる者が此処にもいる。それは──
「ビーチがあるってことは、終わったら泳げるのですね?」
今にも『泳ぎたい』と言いたげなエレ。しかしマリアは、不安げな眼差しをシェリーに向けるだけだ。
「そうだけど……シェリーは海に行けそう?」
「わ、私は……大丈夫! たぶん……」
『あの事件がきっかけで私は水が怖くなり、人との距離も置くようになりました』
メルキュールで俺にだけ話してくれたことが、鮮明に思い出される。彼女の泣き顔が脳裏を過ぎるたび、胸をきゅうと締め付けた。
だから俺は反射的に花姫たちを窘める。
「遊ぶのはまた今度だ」
「うーん、しょうがないよね……」
遊びたそうな顔をするも、納得した様子のアンナ。その時、マリアの隣に立つアイリーンが俺たちにこんな提案をする。
「然しながら皆様、泳がずとも一日程度の余暇を取っては? 我が国の魔物討伐は、騎士団たちとギルドに託しましょう」
「それもそうだな。みんな頑張ってくれてるし」
「アレックスは泳ぐの?」
「アンナちゃん、こう見えて俺は金槌なんだよ」
「ええっ!?」
本当は全然泳げるが、これもシェリーに恥を欠かせないための作り言だ。
引き続き、マリアが日程と集合場所の詳細を話す。
「当日は船で移動するから、朝の五時にシレーナ港に来なさい。それと、現地では早く遊びたいからって焦っちゃダメよ。ビーチはあくまでおまけだから」
「「はい!」」
楽しみじゃないといえば嘘になるが……シェリーが無理をしていないか、少し気がかりだ。さりげなく目線を彼女に送ると、ズボンのポケットに入れてある通信機が震えだす。
周囲の目を盗みテーブルの下で端末を開くと、シェリーからのメッセージが届いていた。
〈私を気遣ってくださって、ありがとうございます。何度か湯船に浸かれていますし、きっと大丈夫なはずですから〉
〈それなら良かった。怖くなったら無理するなよ〉
俺の返信に既読の印がついた事で、秘密の会話が終わる。……もし大っぴらにできれば、もっと気楽にいられるんだがな。
「アレックス」
「へっ!?」
突然マリアに呼び掛けられ、裏声と共に思わず肩が跳ね上がる。……これじゃあまるで、教師に怒られてる気分だ。
と思ったら、どうやら違う用件で声を掛けたらしい。
「ルナが『あなたと手合わせしたい』って言ってたわよ。彼女、ちょうど今日は手が空いてるそうだし、この後どう?」
「良いぜ。手加減はしないがな」
「大丈夫よ。あちらも真剣勝負をお望みのようだから」
願ってもない機会だ。この機を逃せば、いつできるか判らないし。
友人のアンナは勿論、他の花姫たちも好奇の眼差しを俺に向けてくる。
「きっとすごいだろうなぁ……」
「はい! どちらも素敵な騎士ですし、わたくしも是非見てみたいのですっ!」
「なら決まりね。陛下、軍議はこの辺でお開きといたしましょう」
「そうね、伝えたいことは全部話したし。じゃあ、皆は先に訓練場で待ってて。あたし達はルナを呼んでくるわ」
これで軍議は終了となり、隊員たちが廊下に出る。先程までシェリーが気掛かりだったが、嬉しい誘いのおかげで俄然と漲ってくる。
「アレックスさん、すごく張り切ってますね」
「さすが、武に長ける男の人は他と違うのです」
気がつけば俺は、先んじて訓練場へと足を向けているらしい。シェリーとエレに色々言われるのは恥ずかしいが、だからといって俺の歩みを止められる者は誰一人いなかった──。
壁がけの蝋燭が照らす、半円状の空間。此処は訓練場であり、時に花姫たちや騎士団員と手合わせする事がある。
しかし、騎士団長ルナとの真剣勝負は今回が初めてだ。花姫らが見守る中、俺は中央で待機。少ししてから、マリアとアイリーン、そしてルナが現れた。
「ヴァンツォ殿、遅れまして申し訳ありません」
「良いさ。こっちこそ、わざわざ顔出してくれてありがとな」
お互いに一礼した後、長剣を引き抜いてから間合いを取る。俺たちの戦いに審判を下すのはアイリーンだ。
真摯な眼差しに、堂々たる姿勢──俺はそんなルナに敬意を抱かざるを得なかった。
いよいよ火蓋が切られる。
国を支える者同士の真剣勝負が──!
「始め!!」
アイリーンの合図を皮切りに動いたのは──
「はぁぁああ!!!」
剣を両手で構えるルナだ。
彼女は一気に距離を詰め、剣を振り下ろす!
それぞれの剣が衝突し、金属音を幾度も響かせる。その度に彼女の剣戟を受け止めてきたが、気を抜けば本当に斬られてしまうだろう。
この戦いで魔法と能力を用いる事は許されない。
ただ、ここ最近の俺がその二つに頼ってた以上、『敗北』という単語を一瞬思い浮かべてしまったのだ。
……否!!
「そこだ!!」
ルナの僅かな隙を突き、懐に迫る!
再び刃が火花を散らしては、同時に間合いを取る。花姫たちが静かに見守っているはずなのに、あたかも俺と彼女しかいないかのようだ。
息を呑む音も、感嘆の声も、全く聞こえてこない。目線だって感じない。
ただ聞こえてくるのは──騎士同士の息遣いだ。
彼女が持つ栗色の瞳。それに秘めるものは、『親友や国を護る』という使命感だろう。あるいは、異性への対抗心かもしれない。
鋼鉄の手先が剣を握り直した刹那、『男を越えたい』という執念が音を立てた気がした。
俺も同様に握り直した直後。
彼女は雄叫びを上げ、切先を向けたまま突進する!
「たぁぁぁあああああ!!!!!」
見えた!
横にかわすことで、ルナの突進が空振りになる。
しかし、彼女の復帰は想像以上に速かった。
殺意剥き出しと言わんばかりのスピードで、じわじわと俺を壁へ追い込む。
それでも俺は諦めなかった。
どんな者にも、力を緩める瞬間がある。それを見つければ──!
「はっ!!」
そこだ。
この筋力を活かし、勢いよく剣を弾き飛ばす!
ルナの剣はついに宙を舞い、堅い床に打ち付けられる。
乾いた音が響き渡り、アイリーンの掛け声が緊迫感の終息を迎えた。
「そこまで」
冷淡な声と共に、俺の肩の力が一気に抜ける。それはルナも同じようで、凛々しい笑みを浮かべながら右手を差し出してきた。
「貴方と手合わせできた事、誠に感謝いたします」
「こちらこそ。それから、俺に対しても普通に接して良いぞ」
「し、しかし……!」
「気にすんなよ。俺もそっちの方が絡みやすい」
「……それなら……ありがとう、ヴァンツォ」
汗ばんだ左手で握ると、痺れるような熱が伝わってくる。それは硬い感触でありながら、生命感を覚える温もりとも取れた。
改めて騎士らしく一礼すると、広い空間が手を叩く音に包まれる。それから彼女らが一気に集い、温かな目線を俺たちに注いできた。
「すごいですわ、お二人とも!」
「見応えがあったわね。この二人に国を託して正解だったわ」
「陛下の仰る通りです。戦いが落ち着いたら、是非とも剣術大会を開きましょう」
「お疲れ様、ルナ、アレックス! とてもカッコよかったよ!」
「本当に命懸けの戦いを見ているようだったのです!」
「皆もありがとな……って、ルナちゃんどうした?」
「くっ……アンナの笑顔が、眩しい……っ!」
『どういう理由だよ』なんて思わなくも無いが、顔を赤らめるルナも可愛いものだ。
「ねえ、アイリーン。あたし、パフェ食べたくなっちゃった」
「随分と急ですね。ですが、これだけ暑いと食べたくなるのも事実……。皆様もご予定が無ければ如何?」
「わーい! マリアのとこのデザート、美味しいんだよね!」
「ボクも食べたい!!」
「わたくしもなのです!」
シェリーを始め、アンナやエレも賛同する。一方ルナはさっきからもじもじしているようだが──。
「わ、私は……遠慮す──」
「あら、あたしの部下に拒否権は無くてよ。そうでしょ、皆?」
「ああ。お前はどんなのが好きなんだ?」
「えっと……梨……」
「ならば、とびきりの物をご用意致しましょう。早速、シェフの者たちに頼んで参ります」
「じゃ、あたし達は先に食堂に向かうわよ」
「「はい!!」」
真剣勝負の後にデザート……悪くない流れだ。
俺たちは食堂へ足を運んだあと、何気ない話をしながら完成を待つ。
そして──。
「シェリー、あたしにあーんして」
「ほえっ!? べ、別に良いけど……はい、あーん」
「わたくしも負けないのですっ! ほらアレックス様、この桃も美味しいのですよ!」
「いや何の対抗だよ!? ええっと……」
戦いの最中だからこそ、この交流が貴重な瞬間である事を実感したのだった。
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