騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
つきかげ御影

第五章 清の災禍

第一節 新たな災い

公開日時: 2021年4月2日(金) 12:00
文字数:4,921

【これまでのあらすじ】

 アレックスら純真な花ピュア・ブロッサムは、ヴェステル迷宮でアイリーンを救出。ヴィンセントを撃退後、メイド長の生還を祝う宴が行われた。

 一方で、シェリーはアレックスに過去を打ち明けるべきか思い悩む。果たして、アレックスは彼女が懐く波瀾の記憶をどう受け止めるか。

 血のにおい、冷えた空間、錆だらけの檻。この狭い世界で耳にするのは、誰かの飢えや断末魔だけだ。そこにオスもメスも関係ない。身ぐるみを剥がされた彼らは、いつかは業火に呑まれて灰となるのだ。

 無論、俺もその一人。首輪のせいで大悪魔ヴァンツォの力を封印された俺は、格子から漏れる光の筋を見つめるほか無かった。


「もうすぐお前のところへ行くよ」


 不思議と恐怖心が湧かない。

 名前は思い出せないが、初めて愛した女に会えると思うと期待で胸いっぱいになるのだ。


 足音が近づく。いよいよか。

 なら、この言葉を最後に──



「あんたがアレクサンドラか」



 あ? 随分と威厳のある低声だ。看守の声はもっとし、耳に入れるだけでイラつくからな。……だとしたら、きっと俺を買いに来た輩だろう。

 振り向くと、檻の前には隻眼の狼男が立っている。露わになった上半身は、厚い胸板と鍛えられた腕が目立つ。加えて身長は二メートル程あるせいか、ただそこにいるだけで威圧を与えてきた。


 でも、それが何だってんだよ。こんな図体でけえ男に殴られるくらいなら、大人しく焼かれる方がマシだ。


「あんたの行き先は地獄じゃねえ。戦場だ」

「ふっ。そんなクセえこと言って、どうせ俺を奴隷にするつもりだろ」


「そうじゃねえ。『この牢獄はあんたにはもったいねえ』って言ってるんだ」

「ほっといてくれ。生きがいを失くした俺にはちょうど良い」


「ならば……」

 狼男が小さな金属を鳴らし、穴に挿し込む。


 檻が開いた瞬間、頬に飛んだのは──


「ぐぁっ!!」


 音速の鉄拳。それは俺の顔に痺れと痛みを与え、口から赤い雫を噴出させた。


 この、狼野郎がぁぁあぁぁあっ!!!

 今すぐ怒りをぶつけてえのに、口も身体も動かねえ……。なんで俺が殴られなきゃならねえんだよ!


「ちとやりすぎたか」


 狼男の猛攻はこれで終わりじゃない。

 抵抗する力を奪われた俺は、そのまま馬乗りを許してしまう。岩のような重圧で骨が折れそうだ……!


 首に向かって振り下ろされる長い爪。

 くそ、このままじゃ……!!



──ザシュッ……。



 厚手の布が破れた音。彼が引き裂いたのは俺の皮膚ではなく──魔力を制御する首輪だ。

 狼男が離れると、しぼむ風船のように力が抜けていく。本当は魔力がみなぎるはずだが、今はその感覚すら掴めない。


「来い」

 身体が突如浮き、乱暴に担がれる。


 このまま何処へ連れ去るってんだ……。

 ぬるい風が肌を撫で、陽光が目を眩ます。


 罪を犯した俺なら尚更気づくまい。

 これから向かう先が、王室ギルドの本拠地って事にな──。




「……んな事もあったな」

「連れ出されたおかげで、此処の女神と出会えたんだ。感謝してる」


 ルーンの月──湿った夜空に、銀の満月が浮かんだある日の事だ。数日前にマスターから手紙を受け取った俺は、約束通り酒場ランヘルに向かう。

 その約束とは、『俺と彼だけで酌み交わす』と云うもの。マスター曰く、『どうせ店を空けるなら貸し切りにしちまおう』との事だ。しかもタダで飲み食いできるんだから、これ程お得な事はえ。


 せっかくだから、内輪の話をさかなに各々の好きな銘柄を嗜む。親しいヤツと飲む酒は当然美味いものだ。彼は顔を綻ばせて先程の追憶に言及する。


「親父さんからの力に頼んなくても、あんたならもっと羽ばたける。そう信じて連れ出したまでだ」

「でもよ、それまではお互い話したこと無いだろ?」


「『単独で(ギルドの)任務をこなしてるヤツがいる』って周りがうるさかったんだ。それが……アレクサンドラって男だとな」


「へえ。あの時は単に『つるむのが嫌だった』ってだけなのに」

「どおりで……。あんたを飼い馴らすの、すげえ大変だったんだぞ」

「『飼い馴らす』言うなって!」


 アルコールに身を任せて冗談を言い合い、高らかに笑い合う。マスターとこんな風に盛り上がったの、いつぶりだろうな。

 思えば、当時の自分は恥ずかしいぐらいに聞かん坊だった。ふつうはヒトが獣を調教するはずなのに、『なんで俺が獣に調教されなきゃならんのだ』って散々愚痴ってたっけ。


「そんなアレックスも、今じゃこんなに丸くなってホッとしてるよ。ま、女を片っ端から喰ってるとこは変わらんがね」

「おいおい、それじゃまるで“女たらし”って言ってるようなもんだろ」


「違うのか?」

「断じて!」


 いかにも『信じられない』って顔してるな……。まあいいや。

 マスターはカウンターに置かれたグラスを手に取り、「そういやよぉ」と話題を変える。


「シェリーから聞いてるか? わしとあいつが初めて会った時の事」

「いや?」

「なら、今のうちに話しておこう。本人にも他言無用だぞ」

「おう」


 朗らかな空気は一変し、静寂に満ちる。ウイスキーで喉を潤した後、彼は落ち着いた声音で話し始めた。


「あいつが十三の頃だったか。わしがいつものように店に向かおうとしたら、街中まちなかで女の子が倒れてたんだよ。だから救護馬車に乗せて病院に連れてったわけだ。……そしたら、三年後にこの店にやってきて。あいつ、なんつったと思う?」


「『恩を返しに来た』と?」

「ああ。んなの要らねえってのに、あいつは変なとこで強情だからよぉ」

「ははは、シェリーらしいな」


 マスターとシェリーって、かなり前から知り合ってたのか……。ちょうど俺が隣国のヘプケンにいた頃だし、その時にいればもっと早く出会えてたかもしれん。

 マスターは葉巻たばこで紫煙をくゆらせると、それを手に持ったままを提案してくる。


「あんたらがもう少し仲良くなったら、そん時は三人で飲もう。ピアノもあることだしな」

「俺としては、あいつに制服を着てもらいたい」


「よくそんな事言えるな。どうせわしが居ない間に良からん事をする気だろ」

「あっちがオッケーしてくれたらの話だよ。どっかの蛇じゃねえんだから」


「蛇、か……」

「どうした?」


 俺が尋ねても、マスターは「こっちの話だ」とかわすだけだ。疑問に思わないわけじゃないが、貴重な一時ひとときを保つべく敢えて他愛ない話を振った。





 日付が変わってから数時間が経った。酒場で大いに盛り上がった俺たちは、閑散とした城下町フィオーレの中をゆっくり歩く。今宵の月は、いつにも増して強い光を放っている。魔物への警戒心を片隅に留めつつ、引き続きマスターとの会話を続けた。

 しかし、彼は突如立ち止まり、大きな左手で右眼を覆い始めた。ズキズキと痛むのか、眉をひくつかせて歯を食い縛る。隣を歩く俺も立ち止まると、真っ先に彼を気に掛けた。


「おい、どうした!?」

「……古傷が痛むだけだ」


 そういや、出会った頃も同じような仕草をしていたっけ。それも確か満月の時だ。


 長年魔物を狩っていた経験からして、狼人と満月は切っても切れない関係だ。月光を浴びた狼は血が目覚め、誰彼構わず食い殺す。それが例え同族だとしても容赦はしない。マスターが言うには、『己を誇示するために、あるいは生きるために』本能に従うらしい。……それがマスターにも適用されるかはわからんがな。彼は『病気で右眼を失くした』って言ってたし。


 とりあえず腕を彼の背に回し、家まで送る事にする。持病が悪化しては困るので、俺たちは急ぎ足で向かった。




 〜§〜




 翌日、マリアは通信機経由で俺たち純真な花ピュア・ブロッサムを城に招集した。向かった場所は会議室。先に待っていたマリアは、手中にある朝刊と俺たちを交互に見た。

 それから隊員たちが席に着くと、彼女は軍議を開始。現在起きている事件について、次のように述べた。


 水に纏わる行事が開催された昨今、人々が大きな渦に飲み込まれる事件が相次ぐ。始めはアルタ川と其処を繋ぐ“サファイアの湖”で起こったため、住民たちはプールに移行。しかし、何らかの魔物はその場にも目を光らせ、今日こんにちも何処かへ連れ去るらしい。彼らは現在も行方不明で、手掛かりが一切見当たらないようだ。


 その報告を受けたマリアは、ただちに各地の湖及びプールの閉鎖を指示。災いをもたらす魔物の正体は、未だ判明できていないと云う。


「そういうわけで、あなた達には巫女部隊と一緒に水辺を調査してもらうわ。彼女らがおとりになるから、皆は正体を突き詰めてちょうだい」


「囮、ですか……!? でしたら、わたくしがその役目を──」

「エレ、花姫フィオラであるあなたが巻き込まれたら大変よ。……あたしもそんな事はしたくないけど、彼女らが『お役に立ちたい』と聞かなくてね……」


 それだけ『マリアが人の信頼を買っている』という事だろう。事件を解決するには、部下の忠誠心が必要不可欠だ。俺も、もっと皆に信じてもらえるよう頑張らねえとな。


「さあ、早速調査するわよ。アレックスはアンナと一緒にサファイアを、シェリーはあたしとアルタ川に向かうわよ。それからエレとアイリーンは、一等級士官学校のプールを調べてきて。他の地域は騎士団と防衛部隊に任せるわ」


「「はいっ!!」」


 こうして俺たちはそれぞれの場所に向かい、調査を始める。誰もが中庭で開花した後、俺は翼を使ってアンナと一緒に現地へ飛び立った。




 例の場所に着くと、木々に囲まれた大きな湖が目を引く。普段は釣りやボートなどで賑わっているが、今日は不気味なくらい静かだ。水面が真っ青な空と豊かな緑を映す一方で、甲冑姿の男たちが水際を見張るという不釣り合いな光景である。それに俺らが加わるのだから、この状況がいかに非常か見て取れる。


 ちょうどそこに、乳白色のローブを纏う数人の女性がやってきた。彼女らこそが巫女部隊で、俺とアンナに一礼すると、そのうちの一人が「ご準備はよろしいですか?」と尋ねる。


「それではわたくし達が水面上で魔物を呼び寄せますので、隊長様とアンナ様は迎撃願います」

「おう」

「わかった」


 彼女らは湖の前に立ち、それぞれが両手を広げて魔力を注ぐ。身体が一斉に宙に浮くと、ローブの裾を揺らしながら水面へと向かっていった。

 各々が水面に踵をつけると、水紋が共鳴するように外側へと広がる。その上で中心を囲む様子は、まるで氷上の舞台だ。巫女部隊は魔物を呼び寄せるべく、次のように唱える。



 悪しき魔物よ。我らの前に姿を表し、汝の罪を──



「そんな事しなくたって、私はちゃんと居るわよ! 蒼碧の大渦メイルシュトロム!!!」


 災いは詠唱を遮るように訪れる。水面が小刻みに揺れ、大きな波へ進化しようとしていた。

 異変に気付いた巫女部隊は詠唱をやめ、水面から離れるべく宙に浮こうとする。だが、その頃には水が彼女らの脚を絡め取り、水中へと引き込み始めた。水は大きな渦を描いたと思いきや、上流して竜巻へと変化。絶え間なく溢れる水しぶきが、俺たちの身体に付着していった。


「「きゃぁぁぁああぁぁああ!!!!」」

「みんな!!」

「こうなったら俺らも行くぞ!!」


 この少女の声、まさか──! アンナと俺は同時に翼を広げ、水の竜巻へと向かう。彼女は自身の大剣によう魔法をを込めようとするが、竜巻が吹き出す飛沫で後ろへ吹き飛ばされた。


「うあぁぁあああぁ!!!!」

「アンナーーー!!!」


 俺は真っ先に彼女を抱き留め、今一度竜巻を見遣る。湖の面積を超える程に肥大化しており、今にも天に届きそうな高さだ。

 次は俺たちを飲み込むかもしれん。そう思って空中で距離を取ってみるのだが、竜巻は前進する前に霧散した。さっきまで湖を囲っていた巫女どころか、見張りの騎士たちすらも居ない。この場所にいる自軍は、俺とアンナの二人だけだ。


 俺らの前で、小柄な人影が姿を表す。金色のツインテールを揺らすドレス姿の少女。……やっぱりこいつだったか。


「ルーシェ、何故こんな事をする!!」

「こうでもしないと、あの女は来ないでしょ?」

「そんな……全部、シェリーを呼び寄せるためだったの!?」


 なんて下劣な女なんだ……! 俺の中で苛立ちが沸々と湧き上がる中、あの女は不敵に笑ってやがる。右手に三叉槍を構える彼女はバトンのように振り回した後、矛先で俺たちを睨みつけた。


「さあ、シェリーは何処!? さっさと教えないと、この街を飲み込むわよ!」


 シェリーは今頃、(マリアと一緒に)アルタ川で調査をしている事だろう。でも、あのでかい竜巻を彼女らも見たはずだ。


 彼女が来るまでは時間を稼ごう。

 長剣を構えた刹那、真っ先に突進したのは──



「それ以上やらせるかっ!! たぁぁぁあぁぁあああぁぁああ!!!!!!!」



 義憤を覚えずにはいられない剣士アンナだった。




(第二節へ)






読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート