騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
つきかげ御影

第二節 蠱惑にして自由奔放な魔女

公開日時: 2021年8月25日(水) 12:00
文字数:4,245

 げつの都アルテミーデの住宅街を後にした俺たちは、廃墟となった都市エリヴィラに辿り着いた。立ち並ぶ石造の建物はいずれも雪のように白く、灰色の空と相まって虚空にいるような感覚だ。遠くで楕円形の屋根が見え隠れするが、あそこが神殿なのだろうか。

 住宅街で会った親子曰く『魔物がいるかもしれない』との事だが、幸い不穏な気配は感じられない。それどころか、シェリーやアンナは観光に来たかのように感動している様子だ。


「す、すごい……! 本当に誰も住んでないんですか?」

「何年前から在ったんだろう……」

「ご先祖様が生きてた頃、此処には多くの人が住んでたみたいよ。“スネッグ”という国の一部だったわね」


「そもそも、元素の都自体が別の国の所有地ものだったんだよな」

「ええ。だから文化もフィオーレとはちょっと違うわけ」


 およそ四世紀前。ティトルーズ初代国王は、オルガ大陸に存在する数多の国を実力で制した。その圧倒的強さに敵わず、降伏した国もあったぐらいだ。

 しかし、元来の文化を制する事は考えていなかったらしい。賛否両論こそあったものの、国王の人柄を知った彼らはいずれ心から従うようになったのだ。ちなみに俺と両親が人間界に降りたのはもう少し後の話だ。


「それにしても、お前のご先祖は相当良いヤツだったんだな」

「おじいちゃんからよく聞かされてたわ。『お前は父に似てる』ともね」


「すげえ事じゃねえか」

「そう言われるとちょっと恥ずかしいわね……」


 王家と云えど、こうして話を聞けば庶民の親子と変わりねえな。『似ている』というのは人柄のみならず、素質もだろうか。だとすれば、彼らが今もティトルーズ王家に敬意を示すのも納得だ。


 だが、朗らかな空気は歪な影たちによって破られる。建物の死角に何かが潜んでいる気がしたのだ。


「止まれ。魔物が来るぞ」


 俺の言葉で一同が立ち止まり、武器を構える。

 そしては、俺たちの動きを察するように飛び掛かってきた!


 現れたのは、ゴブリンのように醜い顔を持つ狼男──いや、コボルトだ。

 小柄な彼らは敏捷性を活かして迫りくる。しかし、そう安々とやられる花姫フィオラたちでは無かった。


「せいっ!!」

 コボルトが手にする槍を躱し、お得意の回し蹴りを決めるアイリーン。相手がよろめくと、巨大な鉤爪クローを召喚して心臓を貫いた。


 一方、シェリーは二丁拳銃の乱射で三体ものコボルトを牽制。彼らが突進するも、アンナが前に出る事で瞬く間に両断された。


 コボルトたちは彼女らの前に散り、鼠色の石畳を赤く染め上げる。しかし、張り詰めた空気は和らぐどころか、ある女の声で増す一方だった。



「なかなかやるのね、お前達」



 妖艶な声と共に、一人の女が舞い降りる。襟足を伸ばした黒髪の女は、紅い唇を三日月のように上げた。


 つり上がった目で俺たちを見据え、レオタードで豊満な肉体を包み込む。大きな胸を隠すための布地はあまりに小さく、今にも溢れそうだ。加えて膝上までのブーツが太ももを魅せるせいで、男の俺は思わず視線を泳がせてしまう。

 背から生えた翼はからすを彷彿させる。一瞬『鳥人か天使のいずれか』だと思ったが、耳はエルフのように長い。この誘惑的な女が、どうにも味方と認識できずにいた。


 彼女は緋色の瞳でアイリーンを捉え、見下すように言葉を並べる。


「ああ、なんて美しいのでしょう。敬意を称して痛めつけてあげるわ」

「何者? 陛下を狙うならタダでは済まないわよ」


「わたしはチェルデイン。この世で一番美しい女は、わたし以外に存在しないの。そうでしょ? 悪魔さん」

「そうか? 俺は美人が沢山いればそれで良いぜ」


 チェルデインは俺に視線を移すが、俺が首を横に振ると露骨に舌打ちする。

 いかにも性格が悪そうなこの女は、苛立つように言葉を放った。


「お前の目は節穴なのね。良いわ、そこの武闘師さんを潰せばわたしが再び一番になれるもの。……はっ!」


 消えた!?

 彼女を探るべく、辺りを見回すが──



「そぉれ!」

「ぐあぁあっ!!」



 気づけばアイリーンの背後に立ち、高身長の彼女を抱き上げる。アイリーンはそのまま後方へ投げられ、石畳に頭を強打する事となった。

 強い衝撃のせいで身動き取れぬ彼女。チェルデインは追い打ちを掛けるように、高いヒールでアイリーンの胃を踏みつけた。


「がは……っ!」

「ほらほら、どうしたの? 純真な花ピュア・ブロッサムの女はこの程度ぉ?」

「アイリーンさんを……よくも!」


 アンナが歯軋りし、大剣をチェルデインに振りかざす。

 だが、チェルデインは想像もつかぬ行動に出た。


「え!?」

「武術相手に剣は反則よ? お嬢さん」


 なんだあいつ……剣を素手で受け止めてやがる!? あの女の皮膚はどんだけ強靭なんだ!?

 刃先を握り締めたまま、不敵な笑みを浮かべるチェルデイン。アンナが剣を引き抜こうとしたとき、彼女の身体を稲妻が包み込んだ。


「うあぁぁあぁぁああぁあああ!!!!」

「うふふ、悪い子はそこで反省なさい」


 稲妻がアンナから離れるも、彼女は為す術もなく倒れ込んでしまう。シェリーが彼女の身体を支えて回復に専念する一方、俺たちはチェルデインの気迫に圧倒されたままだ。

 チェルデインは依然としてアイリーンを踏みつけたまま、俺たちに氷のような眼差しを注ぐ。


「お前達もああなりたくないなら、そこで大人しく見ていなさい。これはわたしと彼女の戦いなの」


「アイリーン様……今わたくしが助けるのですっ!」

「待って、エレ! 迂闊に魔女に近づけば、彼女が危ないわ!」

「その通りよ、マリアさん。まあ、お前たちががお好みなら別に構わないけど?」


「俺らは見てるしかないってのか……?」

「大丈夫、アイリーンならきっと……!」


 マリアが確信を呟いた直後、チェルデインはアイリーンから足を離す。が、それは束の間だ。彼女はアイリーンの脇腹を何度も蹴り、起き上がるよう促す。


「ほぉら、さっさと起きなさい。抗ってくれた方が悲鳴も格別なのよ?」

「……はぁああ!!!」


 アイリーンが立ち上がり、目にも留まらぬ速さでパンチを何度も繰り出す。チェルデインは彼女の攻撃を全て受け止めるが、この状況を愉しんでいるようだ。


「うふふふ! それでこそ花姫! こんな辺鄙へんぴな場所で花を散らす事になるなんて、とんだおバカさんよねぇ。うぉりゃあああ!!!」


 アイリーンが気づいたときには既に遅し。チェルデインは彼女の拳を受け止め、そのまま背負い上げる。アイリーンは受け身を取った後、回し蹴りで何度もチェルデインを追い込んだ。


「ふうん? 少しはやるのね。ならば!」


 また消えた!?

 俺が瞬きした直後、チェルデインはアイリーンの懐に潜ってアッパーを決める!


「きゃぁぁあ!」


 身体が宙に浮くアイリーン。

 しかし、チェルデインの追撃はそれで終わりでは無かった。


 チェルデインは烏の翼を翻し、アイリーンを捕獲。

 空中で一回転した後、アイリーンの身体を建物の壁へ放り投げた。


「が……っ!!」


 壁に背を打ち付けられたアイリーンは、口から紅い飛沫を撒き散らして落下。チェルデインは対角位置にある壁を蹴った直後、肩肘を突き出してダイブした。

 肘を胸に当てる事で、アイリーンは唾液を吐き出す。魔女は立ち上がって両手をはたく一方、武闘師が起き上がる事は決して無かった。


「はあ。思ったほか歯応えが無かったわね。さて、次は……」


 チェルデインの視線がマリアを捉えた矢先、俺は国王の前に立って長剣を構えた。

 次の手を探るべく、敢えて瞬きせずに凝視したが──彼女は指を唇に当てて腰を艶かしく動かす。


「悪魔さんにわたしの魅力を教えるのも悪くないわ。で・もぉ♡」


 彼女は俺に向けて片手を掲げ、トンボの目を回すように指先でぐるぐると弄ぶ。そこから現れた乙女色のもやは、渦を巻きながら俺に迫ってきた。


「今はお前をにしてやりたいわぁ」

「は!?」


 チェルデインの突拍子もない発言で、剣を握る手が緩んでしまう。

 その靄がいよいよ近づく矢先──



 は赤橙の髪を揺らし、俺を守るように立ちはだかる。



「く……っ!!」

「あら?」


 満身創痍の女──アイリーンは靄に包まれると、俺の視界から突如いなくなってしまう。

 ……いや、違う。俺のにいるんだ。


「けほっ、けほっ……いい加減になさい、チェルデイン!!」

「ふ……ふふふふふふふ、あはははははははは! いい気味だわぁ!」


 チェルデインが腹を抱えて笑い出す。そう、俺を庇ったアイリーンは七歳程の少女に変えられてしまったのだ。服装は開花時のままだが、髪の長さはうなじまでしかない。おそらく幼少期は髪が短かったのだろう。

 アイリーンはチェルデインに向かって怒るが、幼い声もあってどうも迫力に欠ける。


「な、何がおかしいのよ!」

「これは予想外だけど、結果オーライね。一生その姿で苦しむが良いわっ! あっははははははは!!」


 チェルデインは平静さを取り戻すと、勝ち誇るような笑みを浮かべて飛び去る。黒い羽根がはらりと落ち、魔女の影は雲の中へ呑まれていった。

 それにしても、こういう場合はどうしたら良いんだ……? 今まで色んな魔女を見てきたが、あそこまで意味不明な女は初めてだぞ。


 花姫の誰もがアイリーンを見つめ、憐れな視線を注いでいるかと思いきや。


「か、かわいい……」


 最初に発したのはマリアだ。元々美人なのもあって幼少期も可愛いが、それまで魔女に滅多打ちにされていたんだよな……。


「あ、アイリーンさん……? どうなってますの……?」

「ボクもわからない……こんな事ってある?」


「あの、できればずっとそのお姿でいてほしいのです。きっとベレが喜ぶので……」

「いやよっ! はあ、これじゃロクに戦えないじゃない……」


 花姫が様々な反応をする中、アイリーンは溜息をつく。身体が幼少期に戻ってしまった以上、成人のように上手くはいかないだろう。

 そこで俺は膝を折り、手を差し伸べる。今まで通りに接するつもりだが、こうして見るとつい子供扱いしそうになるな。


「その状態じゃ疲れがすぐに来る。魔物が現れるまでは俺が抱っこするぞ」

「気にしないでちょうだい。自分一人で歩けるし──きゃっ!」


 言ったそばからバランスを崩し、身体が前に傾くアイリーン。俺はすぐに抱き上げると、彼女は顔を赤らめて拳で俺の頭を叩いてきた。


「は、放して! こんなの屈辱よ!」

「いて、痛えって!」


「わたくしもあんな風になれば、アレックス様に抱き上げてもらえるのでしょうか……」

「大変そうだからボクはいい……」


 魔女の気まぐれで幼い姿になってしまったアイリーン。

 案外意地っ張りで溜息つきそうになった──なんて所感は、墓場に持っていく事にしよう。




(第三節へ)






◆チェルデイン(Ceridwen)

・外見

髪:鉄色くろがねいろ/ウルフカット

瞳:緋色/つり目

体格:身長176センチ/B93

備考:烏のような翼/長耳

・種族・年齢・属性・能力:すべて不明

・攻撃手段:武術(主に投げ技)

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