※この節より先は残酷描写が含まれます。
ヴィンセントとの戦いで負傷した俺は、城の医務室に運ばれて休養を取ることとなった。同じく手負いのマリアを見舞うべくシェリーと共に彼女の部屋へ向かったのだが、そこでエレとクロエが口論を始めたのだ。
けれどその翌日、クロエは負い目を感じたのか俺に戦闘での必需品と謝罪の手紙を贈ってくれた。それから医務室で朝食を終えたあと、陛下ら花姫たちが待つであろう会議室へと向かう。ちなみにクロエは会議室の前で警備するとの事だ。
予想通り、会議室には既に彼女ら――開花済みの状態――が木造の長机で対面するように座していた。中央には例の如くマリアが、最も近い位置にはシェリーがいる。彼女の正面は空席なのでそこに座ることにした。また、俺の隣に座るエレはアンナと向き合う形だ。
俺が席に着いて皆に挨拶すると、マリアが「早速始めるわね」と一言告げる。彼女の頭部には包帯が巻かれていないものの、時折片手で頭を軽く抱える仕草が痛々しい。しかし、彼女は俺がそう考えていることを気にも留めず、本題へ移った。
「もう判ると思うけど、今日はヴェステル迷宮に行くわよ。準備はできてる?」
「うん! ボクも買い物や武器の手入れをしてあるよ」
「わたくしも、大丈夫なのです」
誰もが真剣な表情で頷く。特にエレについては、クロエと和解したのかどこか晴れやかだ。それについて気にならないと言ったら嘘になるが、今は軍議に集中しよう。
「ヴェステル迷宮は、昨日も話したように野良の魔術師と一部の不死者が共存する場所よ。宝箱に擬装するミメーシスは勿論、スケルトンやリッチだっているわ。おまけに外はゴブリンだらけ。ギルドの人たちなら誰もが向かう場所だけど、命を落とした者も少なからずいるから気を付けてね」
「「はいっ!」」
腹から声を出す花姫たち。彼女らの美しい瞳の奥には『アイリーンを助ける』という想いを秘めているようだ。その想いは俺にもあるのは当然だが、それ以上に『彼女らを守りたい』という気持ちにさせてくれる。
マリアは俺たちを一瞥した後、戦術について次のように述べた。
「軍議が終わり次第、今回もグリフォンで向かうわよ。迷宮に到着したら、風で弓兵のゴブリンたちを吹き飛ばしてもらうの。ゴブリンは単純だから焦って戦闘どころじゃなくなるはずよ。勿論スムーズに脱出できるように、グリフォンには外を回ってもらうわ」
「その方が、着くまでの間に敵が来ても対処できるもんね」
「ええ。本当はあの子を出すまでもない距離だけど、余計な事に手間取ってる暇はないからね」
シェリーの言葉を受けて、首を縦に振るマリア。きっと軍議の時間すら惜しいだろうが、その冷静ぶりは『流石』と思わざるを得ない。これもまたティトルーズ一家の血筋によるものだろう。
「なら、そろそろ向かおう。俺もクロエちゃんからプレゼントをいっぱい貰ったし」
「……クロエも素直じゃないんだから」
陛下も人の事言えないけどな。一瞬だけエレが俺を見てムッとした気がするけど、とりあえず気にしないでおこう。
会議室を後にすると、マリアとシェリーが先んじて廊下を歩いていた。いつもならのんびりと進む俺たちだが、今回ばかりはみんな早歩きである。それでも焦っている様子はなく、俺の両脇にいるアンナもエレも凛とした横顔だ。そんな中、俺はエレに昨日のことを訊きたくて疑問を投げてみる。
「クロエちゃんと仲直りできたのか?」
「はい。わたくしが会議室へ向かう時、彼女からお声を掛けて下さったのですよ。……思えば、わたくしも熱くなりすぎたのです。アレックス様のことをわかってほしくて」
「気にすんなって。お前らがまた上手くやってくれれば良いんだから」
「でも、『プレゼント』ってどういうことなのです?」
「昨日のお詫びと言って、治癒薬とか戦闘の必需品だけくれたんだ」
「そうだったのですね! 良かった……!」
これでさっきの誤解は解けたのかな。さっきのエレが険しい目つきだっただけに、俺もホッとしたぜ。
そうして少し話をしていると、屋上への螺旋階段が見えてきた。それはマリアの部屋に行く時とは違った形状で、階段が緩いぶん上まで延々と続く。天井が高いせいで、白銀のフローリングに一歩踏み込むたび足音が響き渡った。
やがて屋上に辿り着けば、例の如く巫女たちと怪鳥が既に待機している。石レンガの床四分の一を占めるであろうグリフォンは、優し気な金色の瞳から敵意が無いことが改めて判る。乳白色のローブを纏う女性たちは、俺たちと目が合うや一斉に片膝をつけて頭を下げた。
俺は彼女らに礼を言ってからグリフォンに近づく。だが、ふと視線を横に移すと巨大な魔法陣があることに気づいた。
それは鋼の台に埋め込まれてあり、段差は至って控えめだ。魔法陣を囲うように、周囲には五本の柱がある。各々の柱の天辺には、赤・青・翠・黄色に紫――と五色の水晶玉が埋め込まれてある。アンナの部隊を救助しに行ったときは気付かなかったが、いつからこんなモノがあった……?
「アレックス、早くー!」
アンナの声で我に返り、急いでグリフォンの背中に乗る。鶯茶の大きな翼が上下し、身体が宙に浮くような感覚を覚える。怪鳥によって強い風が吹き荒れる中、徐々に離陸を始めた。
城……いや、城下町全体のフォルムが小さくなっていく。
やがて屋根と木々が視界に広がるのと同時に、怪鳥は西に向かって直進し始めた。
俺とシェリーの間にはマリアが、前方にはエレとアンナが座っている。この際だから、さっきの魔法陣についてマリアに尋ねてみた。
「なあ、屋上にある魔法陣って何のためにあるんだ?」
「ああ、あれは……」
なんだ? マリアはどもるし、シェリーは不安そうに目線を逸らすしで……何かまずいことでもあるのか?
マリアはシェリーに気づかれぬよう俺に寄り添い、耳元で囁いてくる。その時、薔薇の香りが漂うせいで現を抜かしそうになった。
「あの子の力について知ってる?」
「本人からは何も」
「それなら、彼女から直接聞いたほうが良いわね」
結局近づくだけ近づいて、話してくれないのか。女の気配が離れるのは少し寂しいが、確かにシェリーから聞くべきだよな。とは言っても俺が詮索するわけにはいかないので、あちらが話してくれるのを待つしかない。
しばらく移動していると、森に囲まれたレンガ造りの建物が視界に飛び込む。塔を幾つかくっつけたようなそれは、絡む蔦とくすんだ色のせいで老朽化が進んでいることが窺える。その上部の所々には、弓を構える緑色の影が点々と存在していた。草が広がる陸地にも、同様の存在が右往左往している。
この場所こそがヴェステル迷宮だ。規模はそこまで大きくない分、敵たちが密集しやすいとも云える。ただ不思議なことに、彼らは眼下に広がるこの大きな影に気づかない様子だ。
「《やっておしまいなさい》」
マリアが魔獣に判る言語で話すと、グリフォンが両翼を大きく羽ばたかせた。
草木を大きく揺らし、小柄な魔物を吹き飛ばす。これはしっかり掴まっていないと落とされそうだ……! 時に地上から醜い悲鳴が聞こえてくるが、轟音はそれらを容赦なく掻き消す。
「さあ、皆! ここから行くわよ」
「「はい!!」」
マリアの号令で、隊員全員が羽毛だらけの巨体から飛び降りる。先んじて下降するマリアは、杖を突き出したまま呪文を唱えた。
「炎幕!」
炎は瞬く間に広がり、陸地で抗うゴブリンたちを焼き尽くす。烈火が森まで及ぶと茂みから無数の鳥が飛び立つが、誰も気に掛けることは無い。彼女の焔魔法は周囲の木々に着弾してもすぐに消えるのに、魔物だけが焦がれる。花姫が持つ魔法は何度も見てきたが、この時改めて不思議に思った。
俺たちが着陸すると、棍棒やダガーを持ったゴブリンの残党数十体が一斉に駆け寄る。そこで俺は前に立ち、大剣で横に一振りした。
この一閃で前方にいる奴らの身体が分断され、生温かい感触が皮膚や鎧に付着する。背後ではマリアがアンナやシェリーに守られる中、魔力を補給しているようだ。
「えーいっ!!」
宙を舞い、後方から複数の矢を一斉に放つのはエレだ。矢の雨が頭や目玉・頬を撃ち抜くことで、残党の動きを鈍化させる。
怒りに身を任せ、各々の武器を振り回すゴブリンたち。
俺は全ての攻撃を躱し――
「それだけか?」
全ての魔物をこの刃で殲滅した。
後方に立つアンナたちも彼らを一掃できたらしく、軽く息切れする様子が何よりも証拠だ。
しかし、それでも魔物の気配はまだ消えてなどいない。
それどころか大地を震わせ、巨大な何かが迫ってきたのである。
「やっぱり出てきたわね」
銀の心臓を持った、一体の巨漢。容姿が先ほどのゴブリンに似ていることから、首領といった存在だろう。全長はざっと五メートルほど、幅はおよそ人間三人分はあると思われる。ヤツは充血させた眼でぎょろぎょろと俺たちを見回すと、丸太のような棍棒を振り下ろしてきた。
――グェェェエエェェエ!!!!
耳を塞ぎたくなるような呻き声を上げるのと同時に、棍棒が迫りくる。俺たちは散らばるように空中へ回避すると、アンナは自身の大剣に雷を宿した。
「やっ!」
彼女が空を切るように振り上げると、刃から眩い衝撃波が放たれる。それは巨大ゴブリンの片目に命中すると、痛そうに左手で押さえて跪いた。
「束になれば、こんなヤツだって!」
マリアの杖から放たれたのは焔撃だ。火の弾がゴブリンの両足を焼き尽くす中、シェリーがレールガンを持って前に出た。
「いきます!!」
筒のように細く長い銃身を突き出し、
銃口から青の閃光を放つ!
――グギャァアァァァアア!!!
極太な左手首が千切れ、不気味な断面を見せる。手首は軽々と飛んだ末、遠くの葉の群れへ落ちていった。
「アレックス様、剣をお貸しください!」
「えっ、ああ!」
腰に下げていた長剣をエレに差し出すと、彼女は予想外の行動に出る。
剣を矢の代わりとする彼女。
狙うは、ゴブリンの胸に埋め込まれた銀の心臓だ。
「これで、終わりよ!!」
極限まで引いた弦は跳ね返り、
剣が心臓に向かって直進する――!
切先はそのまま心臓を、いや背中をも貫いた。
宝石はたちまち粉々となり、巨体の足先から花弁となって消えゆく。
――アァァァアアア………!!
身体と気配が掻き消え、静寂が訪れる。マリアが空中にいるグリフォンを呼び寄せると、着陸する間に再び草木が揺れ出した。
「《あなたはここで見張ってて》」
大きなくちばしを撫でるマリア。すると警戒を見せていたグリフォンの瞳は再び丸くなり、辺りをキョロキョロと見回し始めた。こうして見るととても可愛らしいが、今はアイリーンの救助を急がねばならない。
数段程度の段差を超えれば、もうヴェステル迷宮の中に入れる。石の二枚扉は陽射しのせいで若干熱いが、決して触れられないわけではない。
「覚悟はいいか?」
首を縦に振る花姫たち。
俺が扉を開けた先は、壁掛けの蝋燭に照らされた通路が奥まで続いていた――。
(第五節へ)
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