騎士系悪魔と銀月軍団《ナイトデビルとシルバームーン》

花に寄り添う悪魔騎士、邪を滅ぼし燐光と共に
つきかげ御影
つきかげ御影

第一節 楽園、そして宮殿へ

公開日時: 2022年3月8日(火) 12:00
文字数:5,777

【前章のあらすじ】

 灼熱の渓谷で囚われたアレックスは、ジャックの拷問を受けた末かつての仲間たちとの死別を思い出す。その最中さなか、自身を解放したのはジェイミーだった。彼は鏡映しのアンナを破るも、ジャックに覚醒の種を植えられてしまう。

 一方、アレックスは花姫フィオラの開花を封じる封印装置を破壊。幸い自我を保つジェイミーと共に渓谷を離れた末、ティトルーズ城で花姫たちと再会。その翌日、マリア・シェリーと共にルーシェのいる天界へ赴くのだった。

 シェリーとワルツを踊った翌朝、俺たち純真な花ピュア・ブロッサムはティトルーズ城の屋上へ。今はラピスの中旬だが、太陽のおかげで寒さは和らいでいる。

 雲一つない空の下で、俺らは互いを見つめ合う。その時ヒイラギが欠伸あくびをしながら此方へ向かい、こう話しかけた。


「ふぁ~……行くんだろ? 天界に」

「ベレ、人前で欠伸なんて失礼よ」


「しょうがないだろ姉貴ぃ」

「相変わらずあなたらしいわね」


 正直、天界あちらへ行ける保証など何処にも無い。けれど、こんな他愛ないやり取りが今の俺には丁度良かった。

 マリアがヒイラギとエレのやり取りを見て頬を綻ばせた後、アイリーンが主人の手を取る。


「どうかご無事で」

「大丈夫よ、きっと上手くいくわ」


「シェリーも気を付けてね」

「ありがとう、アンナ」


 アンナと云えば、昨日さくじつにジェイミーと不透明な会話をしたばかりだ。彼女はシェリーらの前で口角を上げるが、いつもより静かな声色だ。

 その傍ら、アイリーンとマリアが意味深い会話をし始める。


「手紙はお持ちで?」

「ええ、必ず届けてくるわ」


「いくら頑固なあの子でも、それに目を通せば落ち着くかと」

「だと良いのだけど……」


 彼女らの指す“手紙”が何の事かは判らないが、今はシェリーから受け取った“心映しのレンズ”を取り出そう。


『善き行いをした者に、必ず転生の機が訪れる』


 このレンズの縁に刻まれた文は、まるで俺の本性を覗いているみたいだ。掌に収まる程のレンズは虹のように煌めき、今にも出番を待つかのよう。


 さて、覚悟があるうちに向かうとしよう。

 俺がマリアらに目配せすると、残る面子がそれに気づいて口を結ぶ。自分の口から「じゃあ」と漏れた後、レンズを持つ手は自然と太陽へ向けていた。それから一呼吸して、レンズを陽光にかざしてみる。


 刹那、視界が光に覆い尽くされた。反射的に瞼を閉ざすが、この身を包むのは温かな氣。まるでシェリーの放つ霊術にも似ていた。

 果たしてマリアとシェリーはどうか。周囲を見回す猶予は無く、俺の視界はそのまま白く霞んでいく。


 そして──

 意識が今、ある場所へと導かれた。






 視界は徐々に晴れ、地に足が着いたような感覚を懐く。夏晴れのような青空には白い雲が浮かび、道沿いには白煉瓦の建物が立ち並ぶ。その雰囲気はフィオーレを彷彿させるが、明らかに異なる点が目の前にある。


 例えば、青空に薄らと映る虹だ。少なくとも俺は五世紀以上生きているが、虹を見たのは指で数える程しかない。雨上がりにしては随分と空気はカラッとしており、濡れた箇所は見当たらなかった。

 周囲には道標みちしるべのような看板が随所に設置され、馬車が忙しなく行き交う。──が、いずれの馬車も透明であるためか、俺たちの元へ迫ろうとすり抜けるのみだ。


 漠然と周囲を眺めていると、シェリーが呟く。彼女の放った言葉は、俺にとって聞き逃せないものだった。


楽園都市パラディシティ……あの頃より発展していますのね」

前世アリスは、ずっと此処にいたのか」


「ええ。『もう此方には行けない』と思っていましたけど……」

「あたしらの魂も、一日後には人間界へ戻されるわ。早いとこ大天使様と合流しなきゃ」


 マリアも天界を訪れたのはこれが初めてかもしれない。しかし、あらゆる責務を背負う彼女なら尚更景色を見回す余裕が無いだろう。


 その時、上空から人の気配が迫りくる。それは少女の悲鳴と共に現れ、俺の視界が突如闇に包まれた。



「おわーーーーーー!!!! どいてぇーーーーー!!」



 何の事か判らず呆然と見上げた瞬間──硬い何かと衝突し、この身体が後ろへ倒れ込む。瞼を開けてみると、小柄な少女が自身に覆いかぶさっていた。


「いたた……って! 英雄さん!!」

「は……?」


 彼女は慌てた様子で板のような何かを抱え、咄嗟に俺から離れる。そこで自分も何とか立ち上がると、その少女は不安げな表情で俺を覗き込んだ。


「ご、ごめんね……まさか君たちがいると思わなくて……」

「別に構わんが、お前は?」


 目の前に立つのは、つば付き帽子を被る御下げ髪の少女。ピンクローズで染めたような髪色だが、毛先はビビッドの利いた緑やイエローで占める。白のパーカーが体格を覆うせいか、だらしない印象を与えていた。……俺の友達ダチにこんな格好したヤツがいるが、他人同士だよな?

 よく見れば、パーカーには黒の筆記体で『Go 2 Heaven.』──天界へ逝け──と記されている。随分と縁起が悪そうなこの女は、とんでもない名を口にする。その名を聞いて真っ先に目を丸くしたのは、他ならぬマリアだった。


「えと、うちが大天使のガブリエラだよ。英雄さん達をお迎えしようと思ったらさ、派手にコケちゃって……」

「まさか、あなたのような子が……。あ、あたしは……いえ、わたくしはマリア・ティトルーズ。ルーシェ・アングレスと会うべく、此方へお伺いしますわ」

「あー、そんな良いよ。君たちはお客さんなんだし」


「お久しぶりです、ガブリエラさん」

「アリス! その感じだと、今の肉体に慣れてきたんだねー」

「はい、おかげさまで」


 シェリーが話し掛けると、ガブリエラはお下げ髪を揺らして軽く手を振る。

 初めて天界を訪れた俺にとって、理解が全く追い付かない。まず彼女が抱える板は明らかに波乗り用だし、なぜ大天使であろう者がこんな格好を? それに、さっきから俺を『英雄』と呼ぶしでああ判らねえ!!


「ん? どうしたのー?」

「……とりあえず、会わせてくれ」

「おっけー♪ ねね、こっち来てー!」


 余所に視線を向け、横切る馬車に手を振るガブリエラ。透明の馬車が具現化する傍ら、彼女は抱きかかえる板を突如空へ放り投げた。

 大きな羽根を模る板は光に包まれ、音も無く掻き消える。その際、数枚の小さな羽根はひらひらと舞い降り、着地すると共に雪の如く消えた。


 改めて馬車に視線を向けると、優雅な客車を率いるのは翼を生やした一頭の白馬──所謂ペガサスだ。ガブリエラがペガサスを「よしよし」と撫でた後、扉が勝手に開かれる。御者の姿が何処にも無いせいで、まるで怪奇現象を見ているかのようだ。


「じゃ、乗って~」

「はい」

「失礼するわね」


 ガブリエラが笑顔で手招きすると、シェリーとマリアが客車へ入る。俺も後から中へ入れば、柔らかそうなソファーが出迎えた。

 そのソファーに腰掛けた瞬間、身体が吸い付かれそうな感覚に陥る。まさに楽園と形容する程の心地良さで、見晴らしも大変良い。向かいに座るマリアらも幸せそうな表情だ。


 ガブリエラは俺の隣に腰掛け、勢いよく扉を閉める。直後ペガサスは静かに動き出し、暫く馬車に揺られる事となる。

 シェリーが横切る景色を眺める中、俺はさっそく大天使様に疑問をぶつけてみた。


「さっきお前が乗ってた板は何だ?」

「あれがだよ~。此処はいつも温かい風が吹くからさ、そのおかげでんだよねー」


「羽なら『飛ぶ』が正しいんじゃねえのか?」

「天使の羽は何でもできるからね。武器にもできるし」


「それも時代に合わせて、なの?」

「そうそう! いつまでもお堅いとこじゃ、魂も休まらないしね」


 よく判らんが、悪魔の羽と違って天使のそれは自在に操れるのだろう。俺が「次から歩きで来い」と窘めれば、ガブリエラは悪びれも無く舌を出した。


「あの、ガブリエラさん。アレックスさんを『英雄さん』と呼ぶには何か理由が……?」

「それはうちが呼びたいからそうしてるだけー」


「全く答えになってねえぞ」

「だって今話しても判んないっしょ? だから、こっちが好きで呼んでるの!」


 “今”って何だ? そんな疑問がよぎるも、こいつがまともに話してくれる様子は無い。さっそく面倒なヤツに会っちまったな……。


「で、他の天使もお前みたいなヤツばっかなのか?」

「んーん、うちの上司は超カタいよ。なんせ今日も『悪魔は入れるな』って言ってたし。でもうちが『面白いじゃん!』って言いまくったらやっとオッケーしてくれたんだよー」


「断るのも理解できるわ。すぐ女性の身体を見るし」

「それ言うなら、こいつもたまにシェリーの……」


「おだまりっ!!!! もう過ぎた事でしょ!?」

「あはは、ウケるー! やっぱ入れてよかったぁ」

「うう、こんな恋人で恥ずかしくなってきましたわ……」


 もし大天使こいつが上司に逆らわなきゃ、俺は焼かれてたのか? くっ、こんなヤツに救われるのも妙に腹が立つぜ……。


「じゃ、飛ぶよ~」

「えっ」

「「きゃあ!」」」


 ガブリエラに言われるまで、この馬車が飛び立つ事を知らないでいた。それはマリア達も同じようで、パニックゆえに抱き合っている。

 だが程なくして水平に戻った時、俺とシェリーは外を眺めてみた。窓には澄んだ空が映り、白雲を次々と横切る。視線を落としてみると、眼下には街が広がっていた。


「ど、どうなってんだ?」

「もしかして、天の宮殿へブンリー・パレスへ……?」


「うん、ルーシェはそこの省察所せいさつじょにいるからね~。で、ルーシェと会って何するの?」

「人間界へ引き戻すわ。この手紙を彼女に渡して、大魔女デルフィーヌの使い魔になってもらう。あの人の元なら、いくらジャックでも襲ってこないはずよ」


人間界そっちは色々大変なんでしょ? 君たちのとこに銀月軍団シルバームーンが来てるように、他の大陸でもそれっぽい奴らが時々現れるんだってさ。今は現地の人たちでどうにかしてるけど、長く持つかな……」


「あなた達は(人間界に)降りられないの?」

「もし行けるなら、こうはならないよ。うちらは魔族と違って、人間界の空気が合わないからね」


「人間が魔界に行けないのと同じ理由か?」

「そーゆーこと。ここだけは不便なんだよね」


 ガブリエラは軽薄な口ぶりとは裏腹に、悲哀そうな表情を見せる。……と思えばすぐに俺らを見つめ、やや低めなトーンで次のように話した。


「ま、そういう事なら上司もオッケーしてくれると思うよ。あっちが何て言おうが、うちが押し切れば良いし」

「感謝しますわ。ところで、天使の皆さんには銀月軍団の全容が見えますの?」


「それがね、向こうが勘づいてるっぽくて判んないの。それに、こっちから人間に話し掛けらんないし」


「俺らの事情を判ってくれるだけで良い。ありがとな」

「良いってもんよー。さて、もうそろそろ着くよ」


 此処からじゃ見えないが、日ごろ宮殿を出入りする者なら感覚で判るのだろう。

 直後。馬車はゆっくりと降下し、着地と共に扉が開く。ガブリエラが先に降りて「どうぞ~」と手招きすると、俺らも一人ずつ客車を降りた。


「此処が、天の宮殿ね……」

「しかも浮遊島にあるなんて、まるでミュール島のようですわ」


 俺たちが降りたのは、緑が広がる庭園。その正面に佇む純白な建物は、先ほどの都会と違って荘厳な雰囲気を醸し出していた。

 それにしても此処は上空なはずなのに息苦しくない。天界となれば、こういう場所でも快適に過ごせるのだろう。


「省察所を併設してるなら、気軽に面会できるのではなくて?」

「此処は大事な場所だから、結界をちゃんと張ってあるよ。目に見えないけどね」


「俺らは特別に通されたってワケか……」

「事情が事情だからねー。じゃ、中に入って!」


 ガブリエラが先んじて進み、手前の衛兵たちに話し掛ける。すると彼らは俺達に一礼し、両開きの扉を開けてくれた。

 回廊には無数のシャンデリアが吊り下がり、アーチ窓からは青空が見える。こういう場にいると身が締まるものだが、行き来する天使たちの服装は様々だ。都会的な服装から、旧来と思しき恰好まで。伝記の影響で翼を広げてるイメージを懐いていたが、案外そうでもないらしい。それでも違和感を覚えないのが不思議だ。


「先程仰っていた省察所は、人間界における牢獄と同じ場所……でしたよね?」

「まあそんな感じー。あっちと違って処刑はないけど、やり過ぎると地獄へ飛ばされちゃうの」


「魔界と地獄は別物だっけな」

「うん。魔界は単に魔族のいる世界、地獄はダメな魂が行く世界。みんなして此処を天界って言うけど、ホントは“楽園”が正しいよ。楽園も地獄も、どっちも天界だからね。ちなみに地獄に耐えらんなかった魂は、魔界で生まれ変わるんだってさ」


 ああ、だから先程の都市を“楽園都市”と呼ぶのか──と、ガブリエラの説明にしみじみしていると、蛇腹じゃばら式の扉が見える場所へ辿り着いた。その上には黄金で彩られたインジケーターがあり、針は8から徐々に左へ進む。

 やがて針が1を指した時、蛇腹式の扉が開かれ一人の天使が現れた。ガブリエラが「ちーっす」と軽く会釈した後、入れ違いで中に入る。シェリーが扉を閉めた後、ガブリエラは扉の方を見ながらハンドルを握っていた。


「楽園にもエレベーターがあるのね」

「これも時代ってヤツよ。てなわけで、上にいくよ~」


 彼女がハンドルを右に回した瞬間、腹に響くような振動が発生する。そしてこの部屋が浮き出すと、扉越しで無機質な壁が下から上へと流れていった。

 特に話す事が無いので無言で扉を見つめていると、部屋が何かとぶつかり小刻みに揺れる。彼女はハンドルから手を離した後、扉を開けて俺たちを次の場所へ通してくれた。


 そこは扉も天井も白く、高級客舎を彷彿させる。正面にある大きな窓は俺たちを出迎えるが、ただそれだけだ。角を左に曲がり、絨毯の上を歩いていく。

 先程は天使たちの声が聞こえたのに、この廊下は静寂に包まれている。マリアらは気にならない様子だが、重苦しいと感じるのは魔族ゆえか?


「こちらが省察所ですの?」

「うん、罪を犯した魂はみんな此処にいるよ。勿論ルーシェもね」


 小声で話すシェリーとガブリエラ。俺とシェリーがルーシェを撃退した後、彼女はこの場へ連行されたのだろう。いくら此処が楽園とはいえ、厳しい罰を受けるのは同じかもしれない。


 暫く歩くと、俺たちはある扉の前に立ち止まる。その表札には『Lucheルーシェ=ANGLESアングレス』と刻まれてあり、俺に緊張をもたらした。

 ガブリエラはそんな俺を気に留めず、扉を三度ノックする。反応は無いものの、彼女は構わず中へ入り出した。


「ルーシェ、入るよー」


 彼女が俺らに目配せするので、中に入ってみる。狭そうな部屋にはベッドや棚など、客舎と変わらないものばかりが置かれていた。

 だが、それらは然して重要ではない。かつて俺らが倒した亡霊が、窓際のソファーに腰掛けていたから。


 金髪を二つに結ぶ令嬢は俺らに気づいたのか、立ち上がって腕を組む。無論彼女が次に放つ言葉は、決して歓迎を指すものではなかった。



「……また会ったわね、人殺しども」






◆ガブリエラ(Gabriella)

・外見

髪:ピンクアッシュ/毛先にかけビビッドグリーン・イエローのグラデーション/お下げ

瞳:ゴールド

体格:身長157センチ/B78

備考:可変する羽(日常では縦長のボードに変化)

・種族:天使

・職業:執行者

・属性:よう

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